第13話 ギターとビリーと俺
地下鉄のドアが開いた。
俺はバイト先に一番近いAKA坂駅でなくて、
シブ谷から溜池3王に向かい、そこから更に乗り換えてRッポン木一丁目にやってきた。
Rッポン木ならバイト先まで歩いて行けるところだし、時間潰しにもちょうど良い気がしたわけだ。
なんで来たかっていうと、昨日ニュースを見ていたらRッポン木通りでたくさんの外国人が古代ギリシャ風の仮装をしていたからだ。
俺はそれを見た瞬間に、なんとなく『ソクラテス』って言葉とパッと繋がる感覚があった。
そういうのって人に説明しようとすると、バカみたいになっちゃうしうまくイカないもんなんだけど…ピッ、とかパッ、って来た一回きりの感覚を、俺はかなーり大切にして生きている。
感覚自体をうまく説明は出来ないが、俺の中にそれは絶対にあるみたいで、その感覚がいくつも繋がっていった時に何かが起こった瞬間の快感は、まさにスッキリっ!と言っても良いかもしれない。
これは俺の人生ですげえ大事な要素だと思ってる。
うん、いかにも。
大げさに言っているのでなくてね。
改札を出て地上に出ると、雨がぱらついている。
俺は、ビニール傘を差してRッポン木ヒルズ方面に歩きだした。
しかし昨晩から雨だった事もあり、仮装してる人はほとんどいない。
このまま歩いてバイト先に行っても、どっちにしろ時間は余る。
でも、雨の中で傘を差して歩き回りたくもない。
喉も渇いてるしどっか入るか、と思ったらすぐ目の前にスタバがあった。
ふーん。
OK、ここって事ね。
突然だが、困ったことに俺はコーヒーが飲めない。
人に話すと「カフェインだめなんだー?」とかよく言われてしまうのだが、それはちょっと違う。
カフェインというのはお茶全般にも入っているらしく、それらは平気なんだが、コーヒーだけは飲むと貧血になったようにクラクラしてしまう。
俺のような元気野郎がくらくらする事なんて滅多に無いんだが、こればっかりは避けて通れない。
ウパン三世に出てくる仲間のイゲンが、帽子を取ると射撃が全く命中しなくなるような具合だね。
コーヒーに入っているカフェインが特別なのか、それとも別の何かに反応しているのかはわからない。
あの真っ黒い液体にはなんらかの魔力があるんじゃないか…と俺は10数年は疑っている。
店に入ると、コーヒーの香りが充満していた。
その匂い自体はけっこう好きなんだが、しかし……ねぇ。
うん、いかにも。
俺はチャイティーラテを注文した。
これにハチミツをたっぷり入れるのが通な飲み方だと思っている。
ちょうどソファのゆったり出来る席が空いていたが、今日はなんとなく隅っこの方の普通のテーブル席が気になったので、傘を引っ掛けてキープした。
店内はそれほど混んでいるわけでもなく、そこかしこにハロウィンの飾りつけがされている。
見渡せば、色んな人種の人がくつろいでいた。
俺は椅子に腰を下ろし、一息ついた。
壁際にはティン・バートン展のフライヤーが飾られていた。それは体の細いミイラの絵だった。
その時、
『そのママチャリって、ビリーってお前が呼んでたチャリだろ?好きなアメリカのバンドのギタリストとかの名前なんだっけ。』
と言う叉市の言葉がいきなり脳内再生された。
ビリーの由来は、グッショアーのリードギター(ビリー・マージン)であると答えたはずだ。
『ビリーが盗まれたのって、こないだ新しいギターを買ってからすぐか?』
数週間前に交わした会話のひとコマが、鮮明に頭の中に甦った。
その会話の内容は忘れていたわけではなかった。
でも、こんなにはっきりと聞こえてくるからにはきっと意味があるのだろう。
叉市に確認したわけではないが、俺が中学高校と憧れ続けたギタリスト:ビリーに因んで名付けたママチャリ:ビリーが盗まれてしまった事と、数週間前に俺がSorrys!に入って初めて買い換えたギターの事とがどこかで関係しているとでも言いたげな言葉だった。
「ギタリスト、ギター……ね。」
そう言われて見れば、さっき”シブ谷の渦”を目撃した時にも偶然ギタリストが隣にいたよな。
彼のプレイを見たのはもう何年も前だったかな。
その時の彼はテレキャスター(というギターの機種)を使っていた。
なぜ俺が彼のギターの種類をそんなによく憶えているのかと言うと、ちょうどそのライブを見に行く数日前に俺はそれまで使っていたギターをテレキャスターに買い換えていたからだ。
そして彼の演奏に引き込まれた俺は、音色の作り方や演奏方法を参考にしようとライブ中に彼とそのギターばかり見ていた。
思い出してみれば、Sorrys!がギタリストを募集することを知った俺はすぐに選考オーディション的なものを受けにいった。
が……、全然ダメだった。
それで俺は直感的に「ギターをテレキャスターに換えてみよう!」と思ったんだった。
そう。数年前の俺は、その当時のSorrys!のサウンドに合わせてテレキャスターを選んだと言える。
彼がさっきシブ谷で俺の目の前に現れたのは、まるでその時のことを思い出させようとしてるみたいにだった。
そしてここに飾ってあるティン・バートンの絵を見て自動再生された叉市の言葉は、テレキャスターから今度はセミアコースティックギター(エレキギターでありながら、まるでアコースティックギターのようにボディの中が空洞になっているもの)に買い換えた事を思い出させていた。
その両方を思い起こさせる事が今日連続して起こっている。
これは…つまり……。
俺は普通のギタリスト達と比べるとそこまでギターに拘らない方だろうと思う。
そこまで、っていうか……むしろたぶん、全然の部類だ。
コレクター的にギターを何本も部屋に並べる人達もいるが、俺は彼らとは違う。
ギターは必要な音が出るのがあればそれで良い、という一期一会タイプのギタリストなのだ。
そうだろ?フォレスト。
その上、今のSorrys!にはボーカルがいない。
活動が止まっている今のSorrys!には、”そうそう!これっ!”というサウンドがあるワケでもない。
そうなると焦ってギターを選ぶ必要はないはずだった。
俺も普通ならそう思う。
ところが夏以降、俺は「ギターを買い換えなきゃならない!」という意味不明な衝動に駆られて、居ても立ってもいられなくなった。
その衝動は日に日に増していった。
ギターを変えないと何かうまく進まないような、進められないような……、よくわからない脅迫観念みたいな気持ちに襲われてきた。
それから俺は、自分でも不思議なくらい熱心にギターを探した。
楽器屋やネット上を見回り、散策する日々が続いた。
その頃は叉市と電話で話す機会が少しでもあれば、「どんなギターが良いと思う?」「音色は?響きは?」「どんなスタイルが似合うかなぁ~?」と、しつこく聞いていた。
今思えば、そのしつこさはまるでデートの時に彼氏に対して何でも一つ一つ質問する女子のようで、ちょっと危ない香りがしてたかもしれない……。
それが原因かどうかはわからないが、叉市の返事はそっけなかったなぁ……。
そのそっけない回答と俺の直感を合わせて、やっと導き出された答えがセミアコースティックギターだった。
買ったのも数週間前である。
その衝動に沿う事にどんな意味があったかはよくわからないが、買い換えた事で自分の気持ちはようやく落ち着いた。
そして、その新しいギターが今日の出来事や脳内再生と関係しているようだ。
俺はギタリストだから、ギターを買い換えることに区切り的意味合いがあるであろうことは感じていた。
でも、ビリーが盗まれた事やさっきの”シブ谷の渦”、それにあの映像なんかを総合すると、俺が考えるよりもっと大きな、別の意味があるって事になるんだろうか?
それとももっと何か更にヤバイ感じの事と繋がってたりするのか…?
……。
「うぅ~~ん?」
俺は考えることをやめた。
とりあえず、このギターが次のSorrys!のサウンドを暗示していたりするって事くらいにはなるのかな?といった程度で区切りをつけた。
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