俺はギタリストなんだが、なぜかコーヒーが飲めないみたい
第11話 叉市との会話
朝から雨が降っていた。
俺は窓際に腰かけ、外をただボーっと眺めていた。
「くぅあ~。……はぁ。」
大きくあくびをした後、ため息までついてしまった。このため息の原因は自分でもわかっている。
ここ最近、断続的に続いている雨のせいではない。
いかにも。
それは、あの”時空のおっさん事件”の後、ビリーが帰ってくることに五日間も要したことにある。
あの事件(事件といえるかどうかは不明だが)の内容からすれば、この五日間というものがどれほど無益なものかわかるだろ?わかってくれよ……。
まぁつまり、俺は五日間もビリー(俺のママチャリ)がいない生活を強いられて、非常に不便だったわけだ。
ここまで話せば気になってくるだろ?この五日間、ビリーがどうなっていたかを。
勝手に話すぜ。
どうやらビリーは俺の知らないところで、例の駅前交番からΩ丘駅の近くにあるZ谷警察署に移送されていたらしい。
そこまではいい。
俺も詳しいことはよくわからないし、そういうお役所仕事の都合みたいなもんがあるんだろ?きっと。
だが納得いかないのは、そういう大事な連絡が俺に一切無かったことだ。
3日経っても向こうから連絡が無いから、何度も俺からアプローチして、やっとビリーはシャバに出てこられたんだ。
なぜ俺たちはそんな仕打ちを受けねばならなかったのだろうか。
まぁいいさ。
当のビリーはと言うと、特別気にしている素振りもないからな。クールな奴だ。
生来そういう事に無頓着な性質なだけに、俺としても先が心配だ。そして、その分余計に愛おしいが…。
あと、もう一つ原因を挙げるとすれば……ここ数週間、なぜか叉市と連絡がつかないことだろう。
叉市との連絡手段は基本、電話しかない。
メールやらSNSは無いし、手紙も、その時その時でどこにいるかはっきりしていないようで送れない。
電話はこちらからもかける事は出来るのだが、大抵あいつは出ない。
数日後くらい(数分後の事もある)にあっけらかんと「なんか用だった?」とか言って折り返して来たり、こちらのタイミングに合わせて叉市がかけ直してくる。
どうやってこっちのタイミングを計っているのかは全く謎なんだが、俺の知ったことではない。っていうか、そういう便利能力は存分に使って欲しいと思ってるぞ。
にしても……ここまで連絡が滞る事は今まではなかった。
もしかして叉市の身に何か起こったのか?
まさか、事故か?病気か?はたまたもっと大きな事件の香りがするのか?
俺はスンスンと鼻をかいでみたが、うーん、匂うのは数日続いた部屋干しで充満したドウニーの香りだけだ。
あと…さっき食べたフライドチキンが少々。
ま、こんなとこだ。
その辺の思案はやったところで無意味だから、とりあえず今の自分がやれそうなことを考えることにした。
そう決意した俺の横顔、マジで絶対輝いてたはずだから誰かに見て欲しかったが…こういう時に限って絶賛ぼっち中なんだよなぁ。
あぁ。もっと褒めてくれ。誰か、もっと俺を褒めてくれ!
……。
なんだか空しくなってきた俺は、これまでの叉市との会話の内容を整理してみようと思った。
そうすることで今後のSorrys!の活動に役立てようと思った。
さて……。ふむ……。
……。
あれ?
今、俺は一つ気付いたことがある。
記憶力には割と自信がある方なんだが、どうも叉市との会話の内容は思い出せない。
ってかこれまでも何度か頭を整理しようと思って会話の内容を思い出そうとしたんだが、結局あまり思い出せなかった。
っていうか、ほぼ無理だね。
どんなカラクリなのかは分からないが、どうやら叉市との会話は思い出してまとめようとしたり、誰かに説明したりすることが全く出来ないようだ。
いや。もう少し突っ込んで考えると。その内容は確かに自分の中にあるし、意味は分かる気はするのだが、どうもうまく言葉には出来ない感じだ。
もやもやしている状態のままでそれが俺の中にあるという感じで、あーもどかしいっ。
……。
「うぅ~ん?」
俺は考えるのをやめた。
リラックスって大事だと思うわけだよ。諦めも肝心ってやつかな。いや、決断力って言ったほうがいいだろう。
そうしておいてくれ!
ふと、テーブルの方の、何かの紙切れが視界に入った。
叉市との会話のメモのようだ。
ほら、リラックスって大事だろ!(どやっ
俺はこんなこともあろうかと、電話中にメモを取るようになっていた。
どれ。何が書いてあるのか、見てみようじゃないか。
ふむふむ…….。
……。
ふむぅ……??
今、俺はまた一つ確信した。
叉市が言ってることの意味が全っ然わからない。
いや、おそらく聞いてる時はほんのりと分かっていると思うんだが、それを書き起こしたメモは読み返せるほどの代物ではない。メモの内容を解読するのは非常に困難だ。
一応日本語だけど、理解しようとすればその難易度は古代エジプトの壁画レベル…とでも言っておこう。
いや、既に解読されている壁画もあるだろうし、むしろこのメモの方が難しいかもな……。
まさか、俺の部屋にこんな世界トップクラスの難題が存在してるとは、誰も思わないだろう。
底無しの探究心に沸く世界中の学者達よ、俺の部屋に来てチャレンジしてもいいぜ。
冗談だよ、てへっ!
そして俺はまた、考えるのをやめた。
この会話のメモが紙くずとわかった途端、なぜか叉市が言った言葉が少しだけ蘇ってきた。
「この世界では匂いが持ってる厚みがもうかなり減ってきてるってわけだ。」
「水が一体なんで水という名前で体ン中にあると思ってるんだ。」
「運命とかってのはQIXみたいな陣取りゲームにはなってないんだよ。」
……。
「うぅ~ん??」
今となっては、どれもガラクタだぜ…。
つまり、”叉市の言葉”と”理解した内容”はリアルタイムでのみ結びついてるってことのようだ。
後から思い出そうとしても、無駄骨に終わることが決定しているんだろう。
なんて厄介な能力を持つ男なんだ。叉市つくるという奴は本当に得体が知れないぜ。ふっ。
先に言っておくけど、単純に俺のメモが下手ってことじゃないからな……?
そういえば先日、部屋を掃除している時にも思い出した言葉があった。
『ソクラテスの時代は終わろうとしてるんだ』
……。
……。
「うぅ~ん??」
またこれも、かなーりワケのわからない部類の言葉だよなぁ。
っていうか、どんな会話のタイミングで叉市はそんなことを言ったんだよ!?ってセルフツッコミを入れたくなるほどのぶっ飛び具合なんだけどね。
困ったもんだよ全く。
ソクラテスってあのソクラテスだよな?ギリシャとか地中海とかの哲学のすごい人だよな?
ヒゲとかあったっけ?......もじゃもじゃだったっけ?
……あれ?
ぐぅうっ。
ぐぅうううぅぅぅううん!
「うぁ、また来た……。」
突然、頭の中がグルグル回転するような感覚に襲われた。
その苦痛にも似た、言いようの無い感覚が全身を貫いた後、シブ谷のスクランブル交差点の真ん中を透明な渦がギュルギュルと回っている映像が目に浮かんだ。
ぅぅぅぅううううう。
まるで、渦に飲み込まれそうだ!
はっ。
「はぁ……はぁ……。なんなんだよ、全く。」
俺の意識は元に戻ってきた。
叉市関係のことに探りを入れようとすると、ごくたまーにこういうことが起こるんだけど、これもまた迷惑な話だぜ。
叉市が言うには、この現象は何かのヒントになるみたいだから、放っておくわけにはいかないんだよなぁ。
……。
おいおい!
俺ばっかり受難にあってないか!?
まぁいいさ。きっと何か意味があるんだろう。
そんなわけで俺は明日、バイトの前にシブ谷に寄ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます