第7話 ベータ

そう。十数メートル先にいたのはSorrys!に正式加入したギタリスト、麻生田川 貴士(あくたがわたかし)、通称アークだ!

いや。別にアークに街でばったり出くわすことは不思議ではない。

住んでる場所が近いから、わりと遭遇するし。

ただ、今日はなんか様子がおかしい。

ヤツは電柱の陰にコソコソ隠れていた。

おい、アーク。明らかに怪しいぞ……。

アークはどこか一点に集中しているようで、こちらに気づく気配は全く無い。


「はっ!」


俺は察した。

これは何かの事件だ。

なんかよくわかんないけど……ただ事ではない気がする。

色々と考えたが、気がつくと俺もG徳寺駅前にある招き猫の地蔵の陰に身を潜めていた。


「……なんか、声かけづらくなってきたな…」


3分ほど経つと、もう俺はだんだんと飽きてきていた。

アークがあまりにも真剣に隠れているし、特にこれといって新しい動きもない。

なので、俺は予定通りダイスキ屋に足を運んだ。


店内には、これでもかってくらい肉の香りが立ち込めていた。

この何ともいえない食欲をそそる香りは、本当に久しぶりだった。

もうこのまま店内で食べて行こう。それでいいわ。


「いっらっしゃいませぇーっ。ご注文お決まりになりましたらお呼びください。」


「牛丼の並、一つ。」


「はい、喜んで!並一丁っ。」


この時間帯は、仕事帰りのサラリーマンやらなんやらで混んでいる。

俺は一つだけ空いていたカウンターに座ると、すぐに出された牛丼を一気にかきこんだ。

うーむ…。久しぶりだけど、やっぱりうまい。

お冷をグッと呑み干して一息ついた俺は、まだまだ混みそうな店の雰囲気を気にして、外へ出た。

途端に、あの光景が目に飛び込んできた。


「……まだいたのか。ってか、何してんだよ……。」


アークは、まだ電柱に身を潜めていた。

アークよ、君は一体何がしたいんだ。

しかし彼が発する並々ならぬオーラのせいもあって、俺は声をかける気にはなれなかった。

っていうか、関わらない方がいいと思ったと表現するのが妥当だろう。

なので、そのまま帰ろうと思ったが、何かを踏んづけた感触がしたので足元を見た。


「ん…?おっ、財布だ。」



どうやら俺は、誰かの財布を拾ってしまったようだ。

これは一体何フラグなのかな?

アークはなんか怪しいし、財布は拾うし……。

とか考えながら、とりあえず中身をチェーック。

え?普通見るよね?

財布にはそれなりに現金やカードなどが入っていたので、俺は交番に届けることにした。

しかし俺の知る限り、このG徳寺に交番は無い。

俺は食後の散歩も兼ねて、K堂駅前にある交番へと向かった。

そして何気なくアークのいる方に目をやった。


「……まだ隠れてるのか。」

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