第4話 

「おぅおぅ?アークじゃないか。どうしたこんな時間にこんな所で?」


「いや!それはこっちのセリフだろ?」


いきなり俺の目の前に現れたデカい男は、

あのSorrys!でベースとシンセサイザーを担当している男セージだった。

交番の中だというのに、実家に帰った時に偶然居合わせた親戚のおじさんのように、

落ち着いたテンションで話すそのブレないスタイルは流石の一言に尽きる。

そのセージの前には恰幅のいい、いかにも威厳を見せつけたそうな顔つきをしている、

50代そこそこって感じの警察官が凄みを効かせて仁王立していた。


うっわー…。関わりたくねえわー…。


俺があのデカ物に対してこんな印象を抱いていると、

出島ちゃんがコソコソとした感じで恐る恐る喋り出した。


「先輩…、遺失物届けの記入書類はどこでしたっけ?…」


デカい警察官はムスッとした表情をしたまま、部屋の脇にあるラックを指差して力強く言った。


「書類の場所くらいいい加減覚えろよ。もう新人じゃないんだからよ!な?」


「はいぃぃっ!申し訳ありませんっ!」


こわ!ってか声でかっ!


出島ちゃんはまるで生まれたての小鹿のように体をぶるぶると震わせながら、

ラックのある場所に移動した。

出島ちゃんは出島ちゃんで、こりゃなんか大変そうだな…。

そしてこのデカい警察官は明らかに出島さんをパワハラってる。

いや、完全に支配しているといったほうがいい感じだ。

今にも「力こそが正義、いい時代ですねぇ」なんていいだしかねない勢いすら感じる。

南の出身者かお前はっ!


つまり、圧倒的にエラそーな人だった。

しかし、エラそーなわりになぜかネームプレートが付いていないので名前はわからなかった。

俺が警察官二人の関係性を観察していると、セージが話しかけてきた。


「おいおいアーク、防犯登録はしなきゃダメだろぉ。」


「いや、まあ、そうなんだね。今まで不都合がなかったから完全に忘れてたよ。

で、セージは何してるんだよ?」


「俺は、まぁ、色々とあるんだよ。」


「なんだよ、教えないのかよ!ずるいなぁ…。」


俺がセージと話している間に出島ちゃんは書類を持ってきてくれた。

そして、俺は言われるがままに書類に必要事項を記入していった。

その間にセージの方は用事が済んだらしく、さっさと帰ろうとした。


「じゃ、アーク。色々と気をつけるんだぞ。それじゃーねぇ?。」


「お、おう…。それじゃあおやすみー。」


俺はセージを引き止めることもせず、とりあえず書類の記入に精を出した。


...。


待て。

気をつけろ…?

一体、何に気をつけろってことだろう?


俺は、防犯登録を怠ったり、夜更けに交番にきたり、

その辺を色々と察しての”気をつけろ”ってことなんだろうと解釈した。


「書き終わりました。」


「おぉ。どれ、ちょっと見せてね。」


俺の押しては返す疲労感の波は、何度目かのピークに達した。

なんか色々あったわけだが…すっげえ遠回りした気がする。

いや、こういうのって遠回りっていうんだろうか?

当初あった犯人逮捕という目標はもうだいぶ前に完全に消えているわけだし。

そもそもビリーは、俺がG徳寺に警察官を呼ばなければそのまんま乗って帰れたわけだよな。

ってかそもそもビリー奪還という目的は自分が作り出してしまったとも言えるんだよな。

もはや目的もなんとなくしかよく分からない。

でも、規則には従っている。

だから遠回りとさえ言えない、こう言うのってなんて言うんだろうな。


”形式や法則にだけ則った非合理的で不条理な行動”ってのは...。


ん。

なんか俺、疲れてるせいかも伸すごーく難しい日本語を言わなかったか、いま?

いかにも叉市がいいそうな言葉を言ったような気がするぞ。


えっと、なんだっけ?

あ、無理だ、もう無理だわ。出てこねぇ。

まあ、とにかく今は書類記入を終えることで、

ようやくビリーが俺の元に帰ってきてくれるという喜びの方がずっと強い。


俺がまだか?まだか?と帰りたい気持ちを全身から滲み出していると、

出島ちゃんは淡々と言葉を発し始めた。


「よし。それじゃこの自転車は預かるよ。確認が取れれば取りに来てもらえるはずだから。

その時はこの携帯番号に電話していいのかな。」


「え?はい!?」


俺は一体何が起こったのか分からなかった。

一旦ここまでの流れを整理しよう。

一つ一つ相手の言うとおりにして来たぞ俺は。

母さんに電話して、

チャリを並んで押してここまで来て、

書くものもちゃんと書いたんだ。

だからビリーは今すぐ俺の手元に戻るんじゃないの?

誰だってそう思うだろ?


さらに出島ちゃんは続ける。


「いやね。そういう事はないとは思うんだけど、

万が一他に持ち主を名乗り出る人が出てくるかもしれないから。

規則として数日間は署で預からせてもらう事になるんだ。」


「いや。でも、さっき母さんと電話で話しましたよね?確認取ってましたよね?


「うん。君のお母さんは確かに君の自転車を買ったとは言っていたし、

あの自転車の特徴とも合っているのだけどね。レシートは残っていないだろうと言っていたし、

合鍵もすぐにはあるかどうか分からないと言っていたんだ。

我々としても、証拠になるものが無いとなると、

証言だけではすぐに君を持ち主だと認めることは出来ないんだ。

麻生田川君を疑うわけでは決してないんだけどね。これは規則なんだ。」


「いやいや、でも今返してもらえないんですよね?じゃあ確認の意味がないじゃないですか!


「証言に意味がないわけではないよ。うん。

麻生田川君の気持ちも分かるけど、落し物を一旦預かるのは規則だからねぇ。」


…。


規則…。


きそくきそくきそく!またKI・SO・KU!!!


憎い!規則がにくいっ!


”だめよアークっ!憎しみに飲み込まれたら、あなたも祟り神になってしまうわっ!”


どっか遠くのほうで、やたらデカイ犬にまたがった美少女に忠告されたような気がして、

俺はかろうじて自我を取り戻した。生きろ。

ありがとよ、謎の仮面少女よ。


でもな…。

っていうか落し物って…。

やっぱり納得はいかないぞ...。

なんなんだこの結末は。出島ちゃんよ。

俺は何を信じたらよかったんだ……。


そう。それはまるで、Sorrys!のライブを見に行ったら彼らの前に出演したバンドが時間を押しまくってしまい、Sorrys!の演奏が始まってものの5分でバイトにダッシュしなければならなかったあの時くらいに心がガタガタ言っていた。


俺もいっぱしのイケメンだ。

出島ちゃんが俺にわざわざ意地悪をしようとしているわけではないのはよく分かる。

それは押しまくってしまった対バンの人達も同じだ。

しかし、だ。

その文脈とはまた別に俺の気持ちと言うものがある。

その所為で心の屋台骨がガタガタ言っちゃってんですよぉー!!もぉー??


その後俺は感情的に食い下がって色々言っては見たが、

出島ちゃんにも立場があり、また規則があり、俺がここで押そうが引こうがブッ込もうが、

それを覆すのは難しいということがわかった。


つまり、今日は俺はこっからまた歩いて帰ることになる。

また少なくともここ数日はバイトには電車で行く事になる。

その上、後日ビリーが返って来るかどうかさえ確実な保証はない、と言う事だった。


心底アホくさくてめんどくさいと感じたが、

このKISOKUという名の高等術式の前では俺はあまりにも非力すぎた。

きっと皆もこんな感じの経験あるんだろうけどね…。

だから、逆に考えると、このKISOKUによって自分のチャリを他人から守れた人もいる、

ということなのだろう。


わかったわかった、帰ればいいんでしょ。歩いて帰れば…。

(ちくしょう。もとより倍以上の距離になっちまった。)


俺はここまで来るのに、自分で色々決断してきたと思っていた。

でも実は、その瞬間その瞬間にある自分の心のあり方なんてものは変えようがなかった。

要は、どうしてもそうなってしまったんだ。

だからこの”ビリーが帰ってこないという運命に抗うことは出来なかった”という着想に、

一瞬ストンッと辿りついてしまっていた。

その時まぶたの裏で、ネオンのような輝きを放つ回転体がくるくると回ってるような気がした。


『イベント』…一体どこまでが、そうなんだ?

そしてそう感じた時、エラそーな恰幅警察官が無表情に急に口を開いた。


「そもそも君が防犯登録をしなかったのが何よりいけなかったのだし、

君自身に大きな責任があるんだよ!な?

君が防犯登録していれば私も彼もそして君も、

こんな事をして夜を無駄にせずに済んだワケだよ!な?」


確かに一理ある。

一理あるんだが、今このタイミングで言うことかそれっ!?

お前には真心ってもんがねぇのかっ!!!


「(怒りでプルプルしつつ)あ……あなたは。ちょっと、名前はなんていうんですか?」


「なんで名乗らないといけないんだね?」


プルプルプルっ!!!


俺の中のアドレナリンがsatisfActionのギターリフで、

ジャジャンジャッ!君自身を!!!あぁぁぁっ!セカァーイっ!!!と言った感じに頭の中に飛び散った。


その時だった。


”エラそー”警官の体がブルっと揺れた。

揺れたというかブレたと言ったらいいのか、警官の輪郭が10cm位ぼやけたようになった。

その一瞬後、”エラそー”警官の体はついさっきよりちょっと痩せて一回り小さくなった。

そして、肌感が10歳とか20歳くらいは若返ったかのようにツルッと変わった。


うぅ~~~ん?


...な、なんだよ、いきなり。


俺を驚かそうとしてんのか?

そんな特技持ってる奴なんて見たことねぇよ。

伊藤さんもびっくりの芸当だぞマジで。


俺は素直に呆気に取られていた。

そこに気まずそうな顔をした出島ちゃんが間にサッと割って入ってきた。


「と、とにかく。後日確認の電話をする事になるはずだから、悪いんだけど今日は渡せないんだ。

ごめんね。それで良いね?


「...あの……はい。わかりました。」


…。今の……出島ちゃんは気づいてないのか?


俺の大規模噴火したはずの感情は、

プリニー式噴火的かなと思ったらハワイ式噴火へと、一瞬で変化していた。

その場合、ドロドロ状態になった溶岩は周囲に飛び散らず赤く川のように流れていくので、

自分の怒りで多くの人が傷つく事がない。

ラキ火山もこのようにハワイ式で噴火してくれると良いな、と俺は思う次第だ。


俺は、自分の怒りのあり方の急な変化に戸惑っていた。

しかし”エラそー”は何事もなかったかのように、エラそーな態度を崩さない。

まだこっちを見たまま突っ立っている。


くっ…。

とにかく、まともではない。

かなりムカつくが何かがまともではない。

そして、何かがやばい。


俺は本能に従ってさっさと帰ることにした。

なんて言ったらいいか色々わからんが、とにかくここにいちゃいけないのだ。

奴の態度はムカムカするが、それだけは本当だ。


「出島さん。あなたは良い人ですけど、上司に恵まれなくて大変ですね。

お仕事頑張ってください。それじゃ。」


俺は突っ立ってる”エラそー”に聞こえるような声量で挨拶を済ませて、すぐそこを立ち去った。


...。


俺は来た道を引き返して、G徳寺の我が家に向かった。

とりあえずあの場は離れたものの、さっきの”エラそー”との会話でのムカつきで思考回路は焦げ付いて使い物にならなくなっていた。


…。


あーー腹立つなーーー。

あの”エラそー”のエラそーっぷりは一体なんだったんだ!

なんつー腹立つツボの押し方を熟知し、それでもなお上達意欲の衰えないおっさんだ!

あのまま奴が野に放たれたとしたら、

近隣の腹立ちレベルは軒並み急上昇して、ドミネーターでも手に負えんぞ……。

まるでそれ用に誂えられた腹立たせアニマル、

その最上位機種にして最終形態おっさん改だな!あぶねえ兵器だぜ。


俺は暗い道を一人歩きながら、思いつくままに心の中で悪態をついていると、ゆっくりクールダウンしてきたようだ。



……。



……。



まてよ……。


おっさん...?



おっさん……だと……?


確か、叉市が交番に入る前におっさんの事を何か言ってたよな。

あの後も自分の感情の山とか谷とか噴火とかがドッカンドッカンあって、すっかり忘れていたが。

時空のおっさんをオグれって言ってたな。


俺はその場ですぐ”時空のおっさん”というワードを検索した。

その検索結果の中で、めぼしい体験談のようなものを数件読んでみた。


これが時空のおっさん...。

ふーん。パラレルワールドの番人。

っていうか迷った人の方向支持器みたいなものか。でもきっとNPC的なやつか。


叉市の口ぶりからするとあの”エラそー”は時空のおっさんが関係してる。

それか、”エラそー”が時空のおっさんの亜種みたいな何かか…。

そういえばもう一つ、「ジゲンのおっさん」とか言ってたな。

次元?

時限か?


うぅ~ん?

むずい。

だから俺は考えるのをやめた。


ただとりあえず俺にわかるのは、叉市の言った「イベント」は完了したようだと言う事だ。

あのネオンのように光る回転体、あれにはそんな手ごたえがあった。

あのすぐ後だった。”エラそー”が急に俺を怒らせるような事をしゃべりだしたのは。

その後、完全なるおっさん存在から、

ちょいおっさんっぽいってくらいの存在に俺の目の前で変化したんだ……。

なぜか出島ちゃんは気が付いていないみたいだったが、確かに俺にはそう見えた。


『おっさんはおっさんとしてのあり方でしかその仕事をこなせないだけなんだ』


叉市が時限のおっさんについて注釈として発した言葉がふいに心に湧いてきた。

つまり…。

俺を異常なほどムカつかせる事が、あの場合の仕事だったってのか。

どんだけ嫌なやつなんだよ、時限のおっさん。


そう言えば何でセージが交番にいたんだ...?

あの時点で既に”エラそー”は時限のおっさんだったんだろうか?


いや、わからん。さっぱりわからん。

まあ、今度のSorrys!の3人ミーティングの時にセージに訊いてみる事にしよう。


気がつくと、我が家の玄関前に着いていた。

今日俺がやった事の全体的な意味はよくわからない。わからなすぎる。

もし、あのイケ好かない時空のおっさんと出会ったことで、

俺が時間とか空間とかの流れに逆らわずに済んだということなら、

まぁグッジョブってことにしておこう。


玄関ドアを開けて、誰も居ない部屋に入る。


「ただいまぁ...。」


布団の上にドッとうつ伏せで倒れこむ。疲労感が一気に襲いかかる。


「はぁ…。今日もやりきったぜ…。」


ふと時計に目をやると2時11分だ。

ほぼ同時にスマホが鳴る。


「…。無事終わったみたいだね。」


叉市は静かに言った。

普段の俺なら、このタイミングの良さそれ自体に疑問を浮かべるはずだが、

あまりにも疲れていたせいで会話は普通に続けられた。


「ああ、今日は疲れたよ。フルコースだったなぁ。

よくは分からんけど、多分あれで良かったんだろ?」


うつ伏せでほとんど眠りながら言った。


「ふむ。よくやったね。」


「ああ」


「 」


叉市と会話をしながら、俺は完全に眠ってしまった。




___P.S___



あの時、大好きなSorrys!はまだ三人組で、俺は大学生だった。

彼らが新しく四人編成になる為にギタリストを募集しているという情報を聞いた時、

俺にはそれが全然信じられなかった。


Sorrys!はスリーピースで完成していた。

当時そう思っていたのは俺だけじゃなかったはずだ。


なのに、だ。


自分でも本当に不思議なのだが、

あの時の俺は「Sorrys!の四人目のメンバーになるのは俺以外にはいないんだ」と強く信じていた。

それから俺はSorrys!がギタリストを募集している状態でいる限り、

何度も何度もそのオーディションに挑み続けた。

練習や曲作りに参加出来なくても、

ギターを担いでリハーサルしているスタジオに押しかけ気味に通い続けた。


そして、あるライブの後、

メンバーからSorrys!への正式な加入が決まったと告げられた時の感動をまだ鮮明に覚えている。

その時俺はそれをすぐには信じられなかったくらいだ。

でも、それをずっと ずっと信じ続けていたわけだったのだ。


信じるという心の動きは、自分では制御しようもない不思議な行為だ。

そしてそれは不思議な軌跡を描いていく。


叉市って奴は変わったところが色々とある。

いつも難しい言葉遣いだし、

かと思うと、すげー面白い冗談を言うし、

頭がいいんだなって思ってると、

いきなり「え?そんなことも知らないの?」みたいな一面も見せる。

とにかく不思議な奴なんだ。

でも、俺がSorrys!という存在を信じきっている理由のコアは、

間違いなく叉市つくるというボーカルの存在にあるんだ。


俺がSorrys!に加入した後、叉市に何が起きたのかは誰にも分からない。

それとももっと前から、あいつには何かが起きていたのかもしれない。

どちらにしても叉市はSorrys!が四人編成になってからほどなくして「すぐ戻る」と言い残し、

東京から忽然と姿を消してしまった。


でもさ。

いなくなったの、去年の一月くらいだかんね…。


全然っ「すぐ」じゃないだろっ!!!


とキレ気味になりながらも、叉市を待っている中で起こるなんか不思議な日常生活。


俺はギタリストなんだが、なぜかボーカルが帰ってこない。


つまりそれは、Sorrys!がもう一度音楽をつくり始める為の、

俺たちの奮闘やら世界の再調整やらを描いた物語だ。

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