第3話 

夜中0時をとっくに回った住宅街。

辺りはすっかり静まり返り、軒を連ねる民家の灯りも消えていた。

そんな状況の中、小田Q線の高架下を二人の男が自転車を手で押しながら、

K堂駅方面に向かって歩いていた。

一人は爽やかさが取り柄の若輩警察官、

そして普通のなかなかカッコいい男性(俺)が斜め後ろに続く。


端から見ればどんな光景に映ってるんだろうか...。

普通に考えると「なんかやっちゃたんだな。あのちょいイケメンは。」とかそんな感じだよなぁ。

はは、いや、まぁ………。どおってこたないっすよー...。

おかまいなく(ウィンク)!!!


夜中にブラブラ出歩いているこの辺の住人とか紳士淑女の方々!聞いてください!

このちょいイケメンは、別に全くやましい事のない清廉潔白イケメンなのであります。

簡単に言うと、システムとか構造化社会の隙間に足をとられてしまうと言う、

誰にでもふいに起こりうるキセキを体現しているだけなんだよねーん。

とまぁ心の中でかなーり高度な皮肉を交えながらふざけている時にも、

ずっと言いたいことが一つある。

ずーーーーーっと言おう言おうと思ってて、なんか気が引けたから言わなかったけど。

だが、もう言う!絶対言うぜっ!


「あのぉ...。チャリ、乗って行きませんか?」


「うーん。とにかく、書類を記入してもらってからじゃないと乗ってはいけない規則なんだ。

それまでは手で押していこうね。」


「はぁ。そうですか。」


体現しているだけなんだよねーん、じゃねえよっ!


あえて言おう。

今この状況において、

ビリー(ママチャリ)が俺のものだという事実を疑うものは誰一人としていない。

いたら出て来い!出てこいやぁっ!

まぁいい。百万歩譲ってどっかに一人くらい居たとしても、だ。

俺たちはどうして書類のサインのためだけにわざわざ隣の駅、

つまりK堂駅まで自転車を手で押さないといけないのか?

誰かわかるように説明してくれっ!


わかったわかった。規則だろ。

き・そ・くっ。

頭ではわかっても、本能がそれを理解できないとはこの事だろう、と俺はつくづく感じていた。


そう。それはまるで、Sorrys!のアルバム「そう今すぐ そう全部」を初めて聞いたとき、一曲目の”satisfAction”でボーカルがもう聴こえ過ぎて困るってくらいクリアに耳ン中にビンビン入ってくるってのに、どういうわけかどれだけ頑張っても歌詞は一切聞き取れない、にもかかわらず俺の心が大きく揺さぶられていた時のようなそんな説明し難い状況みたいだった。


俺と巡査が目的地に向かって無言で歩いている時、俺のスマホが鳴った。

叉市からだった。


「どんな感じ?」


いつもの甲高い声で訊いてくる。

俺は横に出島ちゃんがいたので、差し障りない感じにこれまでの経緯を叉市に伝えた。


「そうか。なるほどね。」


「何がなるほどなんだよ。叉市が言ってた『イベント』ってのはこれの事なんじゃないのか?」


「まず待て。確か、そのママチャリってビリーってお前が呼んでたチャリだろ?

好きなアメリカのバンドのギタリストとかの名前なんだっけ。」


先に言っておく。

このように叉市つくるという男は俺の言ってる事を聞いていない事が多い。

が、訊きたい事はあちらが優先的に訊いて来るのだ。


まるで大阪随一のオフェンス、ラン・アンド・ガンみたいだよまったく。


「そう。グッショアーのリードギター。」


「そんでえっと……ビリーが盗まれたのって、こないだ新しいギターを買ってからすぐか?」


「え?うん。すぐっちゃすぐだ。」


叉市は黙った。

何か考え込んでいるようだ。

俺にとっては何がどこで引っかかってるのかが、まるでわからない。

一体この男は何を考えてるんだ?


「でも関係ないだろう。それとこれとは。」


「そんなんは関係ないとかあるとかじゃないんだよ。毎回言わないとならないな、お前は。

お前っていう人間に起こってる事が幾つかあって、それらが相互に関係してないとかって、

んな事あるわけないだろう。今考えてるからちょっと待ってろよ。」


うぅ~ん?

俺なんか気に障るようなこと言った?

そんなに言うこと無いじゃ~ん…。


若干しょげた俺は、片手で自転車を押し続けながら左手でスマホを耳に当てて待っていた。

…。


K堂の街の灯りが見え始めた時だ。


「時空のおっさん!」


「は?何それ?ジクウ?おっさん?」


人の思考とは不思議なものである。

全く予期していない言葉を突然投げ込まれると、

その言葉をまともに受け取ることも…な状態になる。

っていうか、いま叉市は何ていった?


ジ・クウノオッサン?

は?

もしかするとジークのおっさんと聞き間違えたかな?

はたまたもしかすると、ジークンドーのおっさんだったかな?

どっちにしてもやべぇな…。


とにかくだ!

突然の意味不明な言葉に、俺はほんの少し混乱した。


そのタイミングで出島ちゃんがこちらに何か言おうとしているのにも気が付いたが、

さっきの叉市の言葉が気になりすぎて、それどころじゃなかった。

気がつくと、もう交番の前まで来ていた。


「こないだ”時空のおっさん”って言葉オグっといてって言ったじゃん。オグってないのか。」


「え。あぁ。言ってたな、ごめん、まだオグってない。」


確かに数日前にそう頼まれていたんだった。


「あの……叉市、もうK堂駅前交番に着いてしまったんだ。待ってくれてるし、もう切らないと。」


「時空のおっさんってのはさ、ガードレールみたいなもんなんだ。

だからそういう場合には周りとか構わず出てきちゃうんだよ。

時空のおっさんがこっちに来てる場合、それはジゲンのおっさんと言うんだ。

それが目の前に出てくるだろうけどおっさんに徹頭徹尾悪気はない。

おっさんはおっさんとしてのあり方でしかその仕事をこなせないだけなんだ。

それじゃな。」


プツッ


…。


何が何だかわからないままに、叉市との通話は断たれた。


うぅ~ん???


「そういう場合」ってどういう場合だよ?

俺が一体いつどこで時空のおっさん出現フラグを回収したって言うんだよっ!?


「電話は終わったかな?じゃ、これから書類を書いてもらうから。どうぞ中に入って。」


俺は、叉市に言われた時空のおっさん及び次元のおっさんのことで、頭がまだ混乱し続けていた。

だから、交番の中に入って勧められたパイプ椅子に座ってしばらくしても、

気がつかなかった事がある。

交番の中にいた先客、俺の横にいる図体のデカい男。


そいつがどこかで見たことがある奴だって事を...。

いや、それどころかすっげーよく知っている男だ!


「おいおい!セージじゃん!何してんの!?」

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