第2話
皆もご存知だと思うが、「Bet It」と言うのは3:33の曲である。
…。
…。
あれから何回くらいBet Itが脳内リピートされただろうか。
俺がいくらBet Itを愛してやまないからと言っても、
さすがにずっと同じブチ上げテンションで10回以上もリピート出来るわけはない。
「...って言うか………なかなか現れないな...。」
ビリーを見つけたときのテンション的では、
すぐにでもユージ(仮)が現れて、しっちゃかめっちゃかの場外乱闘スマブラ編へ!!
見たいな事になるのだと思っていたんだが。
まさか30分以上待たされることになるとは夢にも思わなかったぜ。
俺は周囲の通行人に怪しまれないように、電柱の陰でスマホをいじるただの一般人を装っていた。
ふふ。まさかこんな俺の脳内でBet Itがエンドレスリピートされているとは、
G徳寺駅前の道行く人は思いもしないだろう。
そう。それはまるでSorrys!のライブを見に来たはいいものの、
知り合いがいないから彼らの演奏が始まるまでライブハウスの隅の方で
適当に時間を潰す時のような自然な姿だった。
でも、そんな時って客席は静かだけど、
その皆の心の中にはBet Itのリフがこだましているものなんだよ。 たぶん。
そんなわけで、もう何回とBet Itのリフレインが脳内にこだましているわけだが、
一向に現れないユージ(仮)のせいで最早、
シュールな光景を引き立てるBGMみたいになってきている。
俺の大好きなSorrys!の楽曲をこんな風にしやがって。
それも含め、やはりユージ(仮)の卑劣漢ぶりを許すわけにもいくまいっ!
しかし、そこに追い打ちを掛けるかのようにさっきまでの疲労感が俺を襲ってきたりする。
ね、眠い…。
......。
あっ。
そうだ。
警察官を呼ぼう。
俺は、京都にでも行きたくなったかのような優しいテンションで名案を閃いた。
警察と一緒に張り込むことで、ユージ(仮)をその場で現行犯逮捕してもらおう。
そうすればビリーの面目も立ち、
俺のBet Itの脳内音量の小ささに対するコンセンサスも見事に取れる。
あと、あまりにもユージ(仮)が遅い場合俺が家に帰ってしまったとしても、
警察官がその後はフォローしといてくれるわけだから、ユージ(仮)は確実にお縄よ...!
っていうか、ユージ(仮)。お前、遅すぎるよ。
なに……うんこしてんの?
だめだ!たとえそのような理由であろうとも、俺は容赦しないぜっ!
奴をお縄にすることで、ビリーも納得してくれるだろう。
俺は電柱の陰に隠れてひっそりと110を入力した。
数分後、自転車に乗った一人の若い男性警察官が現れた。
そして駅前のファミレスの前でキョロキョロと辺りを見渡していた。
「あのぉ。さっき電話したものですけどぉ。」
「あぁー君か、電話をくれたのは。で、自転車というのはどれだい?」
左胸に”出島”というネームプレートを付けている。
見た感じ爽やかでかなり優しそうな警察官だった。
この人なら頼みごとをしやすそうだ。
俺は早速ビリーを出島巡査に見せた。
「これです。今ここで見つけたんです。
きっと盗んだ奴がまた乗りに帰ってくると思うんですけど。」
「わかった。とりあえず防犯登録を見せてもらうよ。」
………。
……。
…。
「あれ。この自転車は防犯登録してないのかい?」
説明しよう。
ビリーはホームセンターで購入した為なのか、防犯登録をしていない自由で根無し草な身分なのだ。
だがそれがいい。そこがビリーらしいのだ。俺には分かる。皆にもわかって欲しい。
そして出島さん、あなたにも。
「すみません。これは母さんがお祝いで買ってくれたもので。
多分その時に防犯登録をしなかったんだと思います。」
防犯登録をしないことが悪だとは思っていない俺は、
ちょっと済まなそうな顔だけしておくことにした。
「うーん。ちょっとまってね。」
なんだか、よくわからないが巡査が急に無線で色々やりとりしたり、
急にちょっとよそよそしい感じになった。
え?なに?ここまででなんか変なとこあった?
んんんん?
数分の後、巡査の眉間にはシワが収束していた。
俺も察しは悪くないほうだ。
そのシワ一つ一つが「お前も怪しい奴だぞ」と物語っていることは十分に伝わってきた。
何がどうなった?
どうしてこうなった?
その視線を向ける先は俺ではないよ?出島巡査。
君がしょっぴくと手柄になるのは俺ではない、ユージ(仮)だよ?YOU KNOW?
夜中も0時を回ろうとする時間、
防犯登録がなく鍵の付いたままの(客観的には)古びたママチャリ、
それを自分のものだと主張し、犯人を共闘して掴まえる事を熱望する男。
冷静に考えるなら、これらの要素が揃えば、
出島巡査の捜査過程は合理的で無理のないものかも知れない。
そうかも知れないが、俺は納得いかなかった。
これは俺のビリーだ。そして俺のビリーを辱めたのはユージ(仮)だ。
俺は、それを常識的な言葉でゆっくりと再度説明した。
それはなかなかストレスの溜まるプロセスだった。
ここではビリーとかユージ(仮)とかBet Itの再生時間の問題とか、
そういうのは一切口に出してはならないわけだった。
一通り俺の説明を受け止めた後、出島巡査は少し距離を縮めて提案してきた。
「じゃあ一応確認するから、君のお母さんと連絡は取れるかな?」
「へ?今ですか?」
「そう。今。」
ほぉ……。もう夜の0時近い時間だというのに、
この若い警察官は、こんな晴れやかな顔で母親と電話で話をさせろと提案するわけか。
そしてそれが出来なきゃ俺はもっと微妙な立場になっちゃう感じなんだな?
……
『ウゥゥゥウ………(サイレン音)』
ぅおっと、危ない。鎮まるんだ。
巡査相手に心のBet Itが鳴り響きそうになっちまった。
いや、待て待て待て。それでは本末転倒だよ。そうだろ?麻生田川貴士。
悪いのはユージ(仮)だ。それなのに俺が巡査をシバいてどうする。
変だろ?そんなの。な?ほんと変だよ。いや、色々変だ。変って言い出せば色々変過ぎる。
だからって、ここで国家権力を後ろ盾とする至って普通キャラな出島ちゃんをシバくほどには、
俺はBet Itしちゃいない。
と、もはや着地点がよくわからないままに、俺は渋々だが速やかに実家に電話をする羽目になった。
「はいっ。もしも...。」
「おっ。佳棲か。俺。」
「え?お兄ちゃん?元気ぃー?!どしたのどしたのー?」
「ちょっと母さんに用があるんだけど、今いる?」
「いるよ?!!ちょっと待っててね。おかーさーん!お兄ちゃんから電話だよ?!」
俺の妹、佳棲は元気いっぱいの女の子、絶賛女子大生中だ。
そしてあろう事か、テニサーだ...。
あまりに元気で妖精的性格が功を奏しながらも災いして、
夜中の0時を前にしてこの高テンションをむやみに叩き出してしまうのだ。
そう、それはまるで、Sorrys!のライブでドラムの哲平が”これでもかっ!”てくらいに力強くスネアドラムをブッ叩いていて見た目の爽快感極まりないってのに、客席の俺の隣で見ている出演後の対バンの人たちが「ああやって叩いても音は普通の時とそんなに違わないんだよね」とか言ってるのが聞こえてくるジレンマの図式に似ている。
兄貴としても、そんな元気な妖精過ぎる性格はどんなものかと心配になる事もある。
でも、まぁなんとかなるんだろうとも思っているから基本は気にしていない。
つまり自己責任でよろしくってこと。
「もしもし...。代わったけど、どうしたの?何かあったの?」
佳棲の声もそうだが、母さんの声を聞くのもなんだかかなり久しぶりのような気がした。
「夜遅くにごめん。実は、自転車の防犯登録をしてなかったから警察官に質問されてるんだ。
ちょっと母さんと話がしたいらしいんだけど。」
「ふーん。わかったわ。じゃ、代わって。」
すまねぇ、母さん。
久しぶりの電話だってのに、こんな夜更けに防犯登録の確認のためだけに電話なんかして…。
ユージ(仮).........この借りは必ず返すっ!
出島巡査は俺のスマホを手に取り、母さんと話し始めた。
ホームセンターでの自転車の購入記録や、自転車の合鍵がどうのと言う話をしているようだ。
その間、俺は佳棲とも母さんとも先週実家で会ったばかりなのに気がついて、
なぜさっきは久しぶりに感じる自分がいたのか不思議な気分になった。
状況的に少し変だからほっとしたのかな...俺。
そんな事を考えていると、巡査がスマホを俺に返してきた。
「ありがとう。お母さんとの確認は取れたので電話は返すよ。」
「あ、どうも。」
俺はスマホを受け取るとすぐに母さんに話しかけた。
「夜遅くにごめん。これだけだから。」
「別にいいよ?。じゃ、がんばんなさいよ。おやすみー。」
「あ、おやす...。」
プツッ
サバサバしている母さんの場合よくある事だが、こっちが話し終わる前に切れていた。
その時、その感じがつい先ほどの叉市との会話を思い起こさせた。
『もう一個イベントあるみたいだから』
イベント……。これの事だったのか?
何はともあれ、母さんのおかげで事なきを得た。
俺はもはや何故自分がわざわざ出島巡査を呼び出したのかと言う事や、
ビリーの名誉、まだ見ぬ卑劣漢ユージ(仮)への怒り、
その他諸々を忘れて早速ビリーと一緒に家路に着こうとした。
そして、ソッコーで寝たい。マジで。マジで爆睡5秒前、MB5だぜ。
夜もすでに0時を過ぎている。
怒りまくったり、勇み足して肩透かし食ったり、疑われて夜中に家族を起こしたり、
こんな事にもう関わっていたくない。ということで、俺はそそくさとその場を去ろうと思った。
「お疲れですー。それじゃ、俺はこれで帰ります。」
さっとビリーに飛び乗ろうとした。
その時。
「ちょっと待って!まだこの自転車は渡せないんだ。
これからちょっと交番まで来て書類を書いてもらわないといけないんだよ。」
「へ?今からですか?」
「そ。K堂駅前の交番まで一緒に来て。」
巡査はまたも、一転の曇りもないマナコでそうおっしゃってらっしゃる。
ははは。何を言ってるんだ出島さん。
その自慢の曇り無きマナコで見定めれば十分じゃ無いの?
何、書類って?
出島ちゃん、真っ直ぐさとは時に罪なものだ。
K堂駅っておいおい!隣の駅じゃないかっ!この辺に交番はないのか!?
っていうか、今ここで書けないものなのかっ!?
っていうか、もろもろ色々アホだろ!?
これらが渾然一体となった心の状態のまま、俺は無意識のうちに
「そうなんですか。わかりました。」
と無表情で言っていた。
あともう少しで皮肉たっぷりに、
「わーかったわーかった。分かりまーちたー。チミには負けたよ。出島ちゃん」
と言いそうだったが、俺はその誘惑をギリギリでかわした。
誰かが言った……
「無心とは、ノイズキャンセラーヘッドホンみたいに、
あらゆる気持ちがあらゆる気持ちを相殺し得る時に起こるのだ」と。
そうだ。俺はもっと修行を積まなくてはならない。
もういっそのこと自分の心にメジャーボール養成ギブスでもつけて、
ちゃぶ台の一つや二つひっくり返されるくらいの修行をしなくてはいけない。
俺の怒りの矛先はいつの間にかユージ(仮)から国家権力に向いていた。
…かも知んない。
でも…そんな事はこんなとこで大っぴらに書いたり出来ないので伏せておく。
そういうわけで俺は今度はK堂駅前交番まで行く事になった。
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