俺はギタリストなんだが、なぜかボーカルが帰ってこない:LE

@sage0613

俺はギタリストなんだが、なぜか時空のおっさんについて考えることになった

第1話 

時刻は夜の23時を過ぎていた。


俺は…、すごく…、…疲れていた。

それはバイトのせいもある。

たしかに、俺がバイトを2コ掛け持ちでやってるせいでもある。

だがはっきり言っておこう。この疲労感の主はそれじゃない。

そういうことじゃないんだ…。

あぁ…だめだ、説明する気力すら湧いてこない。

とにかく、今日はもう色々頑張った。

ソッコーウチへ帰って、ソッコー靴下脱いで、

なんもせずうつぶせに倒れこんで、そのまんま眠りこけてやる!


…。


ブーッ


ブーッ


…。


無常にも、スマホが唸り始める。


この絶妙すぎるタイミング。

俺にはイヤ~な予感しかしないのだが…。


「あ。もしもしアーク?」


またしても、叉市つくるからの連絡だ。

一体どうなってるんだか…。

兎にも角にも疲れ果てている俺は、

なんとかこの疲れを叉市に丁寧に伝えることで、

さっさと帰宅できるようにしたかった。


「やっと我がG徳寺駅に着いたよ。

今日はもうヘトヘトだからウチ帰って寝ようとしてるとこだ。」


「ああ、そうなんだ?

あのさ、さっきに続いてこれからもう一個イベントがあるみたいだから。」


「はぁ!? まだ何かあんの?? ちょっと、今日はもういいだろー...。

それにもう、G徳寺に帰ってきてるし。」


「うん。イベントはG徳寺で起きるからそこは大丈夫。

まあ、しょうがないっしょ。決まっちゃったんだから。」


「えー?もう、

俺は駅から布団まで一直線で倒れこむってところまで想像済みだったんだぞ。」


いつもの事だが、叉市に文句を言ってもどうにもならん。

それはわかっている。よーくわかっているんだが…。

文句を言いたい時は言うしかない!

それが俺、麻生田川貴士という人間なんだ!


「はぁー。で、どういうのが始まるんだよ?」


「んー、たぶん普通に過ごしてりゃ分かるっぽい。そいじゃね。」


叉市はさっさと電話を切ってしまった。


俺はその一方的な電話の内容に対して、

美食家YOUZAN先生もびっくりするほどに不満をぶちまけたい気分だったが、

あまりにも疲れていたのでとりあえず改札を出て家路に着こうとした。


と、ついさっきまでは布団の事しか頭になかったはずなんだが。

叉市のせいで俺は、

ただなんとなーく駅前のファミマに寄ってから帰る気分になっていた。


んー、何を食べよう…。

いかにも。甘いものが食べたい気分だ。


俺がファミマに入ろうとした時、視界の横のとこに何かがチラついた。


「あれは…。」


ファミマの入り口付近の脇道に、見慣れたシルエットが浮かび上がる。

そのシルエットが意味するものを感じ取った時、俺の全身は震えた!


ビリーじゃないかっ!!


俺はすぐにビリーのそばへ駆け寄った。


...。


やっぱりそうだ。

間違いない。

俺のビリーだ。


先に言っておきたいことがある。

俺は、とあるオートロック式のワンルームマンションに住んでいる。

建物の駐輪場は共用玄関の中にある。

ビリーが盗まれるはずはないと思い込み、俺はロックをせず鍵を付けっぱなしにしていた。


え?これって普通じゃね?だって建物の中に駐輪場があるわけだからさ。

しかしそれは過信に過ぎなかった。

ビリーがあっさりと盗まれたのが数日前のことだった。


あ、もう一つ言っておかなきゃいけないことがあるな。

俺とビリーの話をしよう。


こいつとの出会いは10年くらい前まで遡る。

母さんがなんかのお祝い(何の祝いかは忘れた)で自転車を買ってくれると言うので、一緒に近所のホームセンターに行った。

俺はその当時流行っていたMTバイクを所望したのだが、

それはあっさり却下された。

っていうか俺へのプレゼントだから俺が選んでいいじゃないのか?

なんて素朴な疑問も虚しく、

母さんはブリッジストーン製の高性能三段変速ママチャリをプレゼントしてくれた。


そして、こいつはホームセンターから横浜の我が家に堂々とやって来たのだった。

その姿はまるで、俺が当時大好きだったアメリカンロックバンド:グッショアーで

リードギターを掻き鳴らすあいつと、

ダブって見えてしょうがなかった……ような気がする。

だから俺はこいつと自然と仲良くなったし、

ごく当たり前にこいつをビリーと呼ぶようになっていった……

そんな感じだった気がする。


中学、高校、大学での俺の基本的な移動手段は電車や徒歩だったから、

ビリーの待機状態はかなりの間続いていた。

しかし、俺がSorrys!の為にG徳寺に引っ越して来てからのビリーは、

常にフル稼働だった。

雨の日、風の日、雪の日、そして台風の日も俺はこいつを乗りこなし、

こいつはそれに対していつも高いパフォーマンスで応えてきたのだ。

ちなみに俺が上京する際も他の荷物たちとは違って、

ビリーだけは運ばれるどころか逆に俺を横浜からG徳寺の新居まで運んでくれた。

あの日、こいつに乗って二子橋を渡った時の風は、

まるでジ・アンセムのように心に響いた。


そんな俺のビリー…。

それが、こんなあられもない姿になって…。


客観的に見れば、盗まれた時とルックスは違っていないだろう。

俺は元々そんなに手入れをしないで乗るタイプなわけだし、

付いている泥も汚れも俺が乗った時のものだろう。

ボディについてるステッカーも俺が張ったものだし、

ちょっとサビのついたベルも以前と変わりない。

鍵も盗まれた時同様、付けっぱなしにしてある。


......。


しかし俺には分かるのだ......。

ビリーは全然気乗りしない相手に跨られ、そして弄ばれた事がっ!


く、くぅぅぅ…。なんと卑劣な……。


俺の瞼の裏に、まだ見ぬ卑劣な犯人「ユージ(仮名)」の下劣で自己満足的で、

破廉恥な笑顔がありありと浮かび上がった。

一気に俺の怒りは燃え上がった。

そう。俺の頭にSorrys!のBet Itのイントロリフとサイレンが同時に鳴り響いた!

握り締めた拳は破壊的な金属音のSEとリンクした。


俺はビリーをその場に囮としてキープし、近くにある電柱の陰に身を潜めることにした。

奴は来る!必ず来るっ!


俺はああああああ!


ビリーをもう一度弄ぼうと近寄ってきたユージ(仮)をとっ掴まえ……、


そして

シ・バ・ク!!

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