第13話 デート


 ドークを封印して一ヶ月。


 オレは竜の正式な彼女として今日もまた。


「まーなーか! 今日も可愛いなぁ」


 学校の校門の前で抱きしめて頬ずりをしてきそうな竜の腕が広がった瞬間に走って逃げる。


 冗談じゃねぇ!


 こんな場所で恥ずかしい事なんかされたくない!


 必死で逃げるオレだったが、足の長さがそもそも違う。


 竜は身長180センチ。


 チビのオレはどんなに足が速くてもこいつに負ける。


「まーなーか。いい加減に毎日逃げるのやめようぜ」


 校舎の裏庭までなんとか捕まらずに走って、足を止める。


 い、息切れ。 疲れた…。


 はぁはぁと息を乱しながらも、オレは言う。


「テメェが、あんな場所で毎日抱きつこうとするからだろうが‼︎」


「それは、愛華が可愛いから」


「それがウザイって言ってんだよ!」


 喚くように抵抗すると。


 突然竜の周りの空気が変わる。


 その途端にオレはまずいと思った。


 こいつ、いつもは軽い感じで過ごしているけど、本来はシーナと同じで超がつくほど真面目だ。


 学校では真面目さを見せないためにわざと服を乱していたり、女の子との交流をしてみたりしているけど。


 その真面目さは勉強やスポーツの時に発揮されているようだ。


「ウザイ? 誰が?」


「う…」


「俺は愛華の何だった?」


「か、彼氏、です」


 竜がにっこり笑みを見せた。


 ダメだ。逃げれない。


 身体が石のように固まって動けなかった。


「そうだよな。じゃあ…俺の言う事、聞けるよな?」


「っ、は、い」


 勝手に口が動く。


 竜の目から視線を逸らせなかった。


 竜にそのまま抱きしめられて、耳元で囁かれる。


「逃げるな」


 ぎゅっと目をつぶったオレの心臓は、ドキドキしていて、竜に絶対バレているだろうと思う。


 囁かれた耳が熱い。


「今日一緒に帰れるか?」


「…でも、今日は兄貴と撮影って言ってなかったか?」


 そう。


 あれから一ヶ月しか経っていないと言うのに。


 竜は兄貴と仕事を始めた。


 流石仲が良かった2人なだけに、最初から息はぴったり。


 兄貴はソロモデルをやめて、竜と組んだのだ。


 モデルの名前は愛夢のままで、竜は椎凪になったとか。


 思いっきりシーナからとったんだろうけど。


「それがさ、今日里夢さんが延期だって言うんだよ。何でも用事があるとかで」


「用事?」


 なんだろうか?


 父さん母さんの命日でもないし、誰かの誕生日でもない。


 思い当たることがなくて、モヤモヤする。


「…それで兄貴、どこに行くとか言ってなかったか?」


「あー、何かマネージャーに会うとか?」


 そういえば、入院中にマネージャーさんに兄貴が入院中一度も会ってなかったことを思い出す。


 事故があったあの日も、病院には来なかったらしいし…。


 何かあったんだろうか。


 オレのモヤモヤが強くなる。


「放課後の時間帯だよな、撮影オフになったの」


 オレは確認する。


 竜は頷いた。


「…そのマネージャーさんの所にオレも連れて行って欲しいんだ」


「いいぜ。俺も気になるし」


 こうしてオレたちは学校が終わるとすぐに兄貴がいるだろうスタジオに向かった。


 スタジオの前にいるはずの警備員の姿がない。


 交代の時間帯なのか?


 不用心だなーと思うところもあったが、そのおかげでオレは竜と一緒に中に入ることができた。


「多分、待合室だろうぜ」


「う、ん」


 空気が重い。


 何だ、これ。


 周りを見回してみるけれど邪気のようなものは見えない。


 だけど、確実に何かがいると思った。


 早足でその待合室に向かえば、兄貴の声と数回聞いたことのあるマネージャーさんの声が聞こえてきた。


「…お前には分からない、私の苦労など」


「あぁ、分からないな。…でも、やなぎさんの仕事に理解はしてきたつもりです」


「何が理解だ! 里夢、お前は私からモデルの道を奪ったんだぞ!」


 そんな会話が聞こえてきて、そういえばマネージャーの柳さんは、アキヤと言う名前でかつて人気男性モデルだった事を思い出す。


 兄貴はそんな柳さんに憧れを抱き、モデルになったようなものだった。


 それに金も稼げるとか言って。


「だからって、セットを倒す理由にはならないと思いますが」


 その言葉でオレと竜は息を飲んだ。


 ドアの隙間からそっと覗くと、もっと驚くことになる。


 柳さんの周りに、邪気がまとわりついていた。


 これが、空気が重い原因だと察する。


 でも、柳さんは鬼ではないはず。


「…憎悪?」


「だろうな」


 コソッと竜に聞けば、竜も頷く。


「でも、あんな憎悪を巨大化できる人間はいない。傍に何かあるはずだ」


 小さな声でそう言われてドアの隙間から覗いてみるが隙間では全体を見回せられない。


 こうなれば。


「竜、乗り込む」


「おいっ、ちょっ…っ」


 静止する声も虚しく、オレはバン、とドアを開けた。


 中の2人が驚いてこっちを見ていた。


「ま、愛華さん?」


 柳さんがオレに作り笑いをみせる。


 オレも作り笑いで柳さんに近づいた。


 元々の原因は…。


「お前のせい!」


 バチンッと片手で思い切り柳さんにビンタする。


 —— 憎悪、卑劣の気に纏し者を今ここで浄化する!


 両手を柳さんの前に出して、その邪気を取り払った。


 やっぱりその時に身体から力が抜けるが、ドークの時のような体力の限界を感じることはなかった。


「ま、愛…お前、いつから」


「さっき。兄貴知ってたのか、自分が誰に…」


 殺されたのか。


 そう続けられなかった。


 兄貴は肩をすくめて言った。


「確信はなかったんだ。邪気も見えなかったし。でも態度がおかしかったからな」


 オレは柳さんに近づいて、胸ポケットにあるペンを取り出した。


 ここから、強い邪気を感じた。


「…出てこい、憎鬼ぞうき


 憎鬼とは鬼の一種ではなくて、あくまでも人の憎悪に取り付いて倍増化させる妖の事だ。


 オレの言葉におとなしく出てきて床に額をつけて土下座している。


「か、カノカ様! この度は、本当に…偶然っ」


「言い訳はいい。昔もうしないと約束したはずだよな。…闇扉の向こうに行きたいか」


「ひぃぃ、お、お許しを〜っ。私に分かることがあれば、情報を流しますからぁぁっ」


 憎鬼はそう言って何度も謝った。


 オレはため息をつく。


「今回だけだ。次はないと思え」


 そう言った途端、逃げるように憎鬼は消えていった。


 後ろから竜がやってきて言う。


「憎鬼か。知り合い?」


 知り合いじゃないと言いたかった。


 でも、昔にあったことはある。


「知り合いってほどでもない。昔同じように対象の人間の物に取り憑いて悪さをしてた時があってな」


 ため息をついて苦笑い。


 兄貴が初期に戻った柳さんに近寄った。


 修羅場にならなきゃいいけど。


「柳さん」


「里夢? 私…?」


「覚えてないですか?」


 柳さんは暫く何かを考えた時に顔を青ざめて両手を合わせた。


「す、すまない‼︎」


 柳さんの片頬は真っ赤になっている。


 オレが思い切りビンタしたからだろう。


「…もういいですよ。愛が代わりに思い切り引っ叩いてくれましたし。でも、柳さん。これからは不満も言ってください」


「里夢…」


「何年柳さんにお世話になってると思ってるんですか。竜と組ませて貰えただけで俺は感謝してるんです」


「…すまなかった…」


 良かった。


 俺はホッとして竜を見上げた。


 竜も頷いて微笑む。


 今日は撮影は無しということで、オレと竜はそのまま外に出る。


 兄貴は別の打ち合わせとかで暫く残るとか。


「兄貴って誰にでも優しいよな」


「…そうか? お前に関しての事になると鬼より怖いんじゃないか」


「…大袈裟」


 肩をすくめて見せれば、竜が本当だと言う。


「おかげで未だにキス止まり」


「…何か言った?」


 ボソッと呟かれた言葉を聞こえないふりをしてスルーすると、竜がにっこり笑う。


「パフェ食いに行こうぜ」


「行かない」


「えー、美味いところ知ってんのに。パフェってアイス入ってんだぜ。アイス」


「……行く」


「よし、じゃあデートだ!」


 オレの手を持って走り出す竜。


 時々早すぎて足をもつれさせるかと思った。


 たどり着いた喫茶店は落ち着いた雰囲気で、出されたパフェもとても美味しかった。


 こんなに美味しいものがあるなんて!


 目を輝かせていると、竜が聞いてくる。


「何でそんなにアイスにこだわるんだ」


 聞かれて持っていたスプーンをお皿に置く。


「…笑わないか」


「笑わない」


「…昔、家族で旅行に行った時に…はじめて食ったアイスのトッピングに見惚れて…」


「それで?」


「…溶けたアイスしか残らなかったんだ。それを飲んで…美味しくなくて」


 だろうな、と竜が頷く。


「…母さんがこっそり家に帰ってからコンビニのアイスを一個買ってきてくれたんだ。バニラアイス。それを食べて美味いって知った。誕生日の日に両親が死ぬなんて思ってなくて、ホールケーキ型のアイスを前日に買ったんだ。みんなで食べようと思ってさ。…でも、食べられなかった。…それからだなぁ。アイスしか目が行かなくなった」


「そうか…」


 竜は目の前のアイスを見て目を細めた。


「良かったな」


「え?」


「両親との記憶が奪われるところだったんだぜ。あいつに」


 あいつとはドークの事だろう。


 何もかも記憶を奪って未練なく地獄へ堕ちれるように。


「…うん、良かった」


 オレは素直に頷いて、笑った。

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