第14話 幸福
「…ところでさ」
「なんだよ」
「…この際だから言うけど、女の口調に戻せば?」
キョトン、としたオレはその後に顔を赤く染める。
頭を左右にブンブンと振った。
無理。
無理だ。
「絶対無理!」
「でもさ。最近ちょくちょく女口調に戻ってるぜ。折角可愛くて美人なんだから。それに社会に出るようになれば嫌でも口調戻さないと、仕事就けないんじゃねーか」
「し、仕事…」
「まぁ俺は大学卒業したらお前をお義兄さんから奪う気でいるんだけど?」
「な、ななっ、何言って…」
慌てるオレににっこりと竜は言って、テーブルの上に小さな箱を取り出した。
「本気だから」
「…兄貴に殴られるぞ」
「上等だな。それに自分は結婚して子供までいんのにお前を手元に置いとくのも虫が良すぎる話だぜ」
それは兄妹で身内もいないし…。
って、あれ。
前に叔父さんと叔母さんが居て、引き取るとか何とか言ってたのを断ったって言ってなかったか。
それならオレは無理にあの家にいなくてもいい事になる。
でも、兄貴は絶対オレを離したりしないだろう。
何となくそう思った。
「それは俺のもんだって証だ、付けとけ」
小さな箱を開けてみれば、そこには輝く指輪。
「…も、もらえないよ」
「ペアリングなんだ」
え?と思って竜の指をみれば、右手に光るもの。
とくん、と心が暖かくなるのを感じた。
黙ったまま、箱の中に収まる指輪を外すと、そっと竜がその指輪をとってオレの右手の薬指にはめてくれた。
「…似合う」
「…あ、ありがとう…」
まずい。
顔がにやけそう。
我慢だ。我慢しろ、愛華!
「素直に喜べよ」
悶々と戦っているオレの頭をポンポンとしてくる。
きゅん、とときめく。
「う、うるさい」
「可愛い、愛華」
「うるさい!」
溶けかけたパフェを食べるべくスプーンを持つと。
その手をぐいっと引っ張られて、口付けをされた。
生気が入ってくるわけでもない。
正真正銘の恋人のキス。
慌てて離れて周りを見るが、この時間は他の客もいない。
でも、お店の人はいるのだ。
「何すんだよっ」
「何って、キスだろ」
「ここはキスする場所じゃ…っ」
「…だったら、俺の家くる?」
「い、いかねぇ!」
真剣な眼差しに一瞬ドキッとする。
この誘いは反則だ。
いつも校門の前で誘ってくる口調とは全然違う。
男の、顔だ。
「そうか、来るか」
「い、行かねえって言ってんだろぉが」
「…お前に、拒否権はねぇよ」
くっ、こいつぅぅぅ。
殴りたい衝動を抑えて、アイスが溶けてしまう前に胃の中に収めた。
「今日泊まりな。里夢さんには俺から連絡しとく」
「…ま、待って。ほ、本気?」
「当然だろ」
金を払いながらニッと機嫌よく笑う。
オレは苦笑いしながら、どうやって逃げようかと考えていた。
「あー、それと。逃げる権利もないから」
「!」
「逃げようとしたら、もーっとお仕置きしてやるよ」
「い、いらない…」
ひぃぃとオレは涙目になる。
「今日は朝まで起きとこうな」
「え? えっ?」
「…ちょうど借りてたDVDが明日までなんだよなー。付き合ってもらうぜ」
な、なんだ。
DVDのことだったのかとホッとすれば、囁くように竜が言う。
「愛華の期待通りの事してもいいけど?」
「っ!」
ボッと顔が一気に熱くなった。
な、なんて事を言いやがる⁉︎
睨むようにみれば、竜は余裕な笑みを浮かべていた。
店を出ると、恋人つなぎをされて、強制的に竜の家に連れて行かれる。
その途中で携帯電話を取り出して兄貴に連絡を取る竜。
電話先から聞こえてきた怒鳴り声に、ほらやっぱりとため息をついた。
「…里夢さんには奥さんいるでしょう。たまには奥さんと仲良くした方がいいんじゃないですか? 他の男に取られても知りませんよー」
竜の言葉に兄貴は黙ったようだ。
義姉さんはオレが言うのもなんだけどすごく綺麗な女性だ。
元モデルであるだけ、知名度も高い。
奏希が大きくなればモデルの仕事も復帰するとか。
兄貴の中でもそれはすごく心配な事なんだろう。
妹のことばかりを構っていた数ヶ月。
義姉さんが面白くないと思っていても仕方がなかった。
やがて兄貴はオレが竜の家に泊まる事を認めたようで、一悶着はあったものの無事に連絡は終わったようだ。
「さぁて。明日は学校休みだし、夕方までオフだし。たっぷり愛を語れるな」
「…オヤジ臭い」
ため息を更につくオレの頭をまたポンポンと撫でた。
…優しいのは反則だ。
つい甘えたくなってしまうから。
目の前に佇む竜の家は、オレの家よりも大きかった。
「…竜のご両親って…」
「あぁ、言ってなかったな。医者だよ医者」
と言うことは、竜も将来医者志望⁉︎
ぎょっとして言葉を失う。
「俺も医学部のある大学行って卒業したら親父の病院に行くんだ。そこでスキル積んで医師免許取ったら、結婚しような」
「はっ? 待って…待ってくれ。意味が…」
今のモデルの仕事はどうするのか。
兄貴はソロモデルをやめた。
竜と共に写真に収まることで、世の中も慣れてきている。
「モデルの仕事はそんなに忙しくないからな〜流石里夢さんだよ。NG出さないし、俺のフォローもしてくれる。柳さんもスケジュールをカバーしてくれるから、楽勝? と言うか逆に暇」
暇っていうけど、撮影自体は3、4時間はかかるものじゃないだろうか?
もしくは半日以上。
そんな環境でモデルと医者の両立なんか…。
「親父もお袋もモデル続けて良いって言ってくれてるし、そこは心配無用」
家のドアを開けながらそんな事を言う。
「…倒れるぞ」
「そのためにお前がいるんだろ。わかってるか、神の子が特別だと呼ばれる由縁」
特別?
オレは首をかしげた。
カノカの記憶を探ってみるが、そんな記憶はない。
「神の子は生気を送ることができる。俺が良い例だ。だが、俺には生気を送るのに限りがあるんだ」
「…?」
「…それに対して愛華、お前は無限に送り続けることができる。完全に心臓が止まる前なら瀕死の人間も助けることができるんだ」
それを聞いて、ゾッとした。
ほぼ化け物と変わらない。
「ただし。神の子のその力を発揮させることができるのは限られた人間のみ」
「…え?」
背中を押されて中に入ると、ドアが閉められた。
「血縁者の家族と自分の愛している人間とその関係者だけだ」
オレがもし他人を助けたいと思っても無理だと竜は言いたいのだ。
「だからもし俺が倒れても、お前が助けてくれる」
「…オレは道具じゃない」
「勿論、俺は倒れるつもりはない。お守りってところだな」
ニッと竜が笑う。
お守り…ねぇ。
「布団の中で愛華の事を愛して倒れるなら本望だけどな」
「絶対嫌だ!」
オレは冗談じゃない!と頭を振った。
カノカの記憶に焼きついた光景と痛みは忘れてない。
絶対に無理だ。
誰かに身体を委ねるとか、一生無理な気がする。
「あーそうか。カノカの記憶が邪魔してんのか」
「…」
「言っておくけど本来の愛し合う時はあんな記憶と同じにするなよ」
どう言う意味かさっぱりわからなかった。
分かりたくもなかったけど。
靴を脱いで揃えると、また竜にエスコートされて一室に入れられる。
紺色のカーテンに黒色の机と椅子。
ベッドの枠組みは白だけど布団のシーツは黒だった。
…竜の、部屋だろうか。
それにしても広い…。
20畳はあるのではないだろうか。
勿論ソファーやテレビなどもあってDVDを見る機械も置かれてあった。
その側の床にはレンタル屋さんで借りたのだろうカバーが置かれていて、本当に大量にあることが見て取れる。
「…一体何枚借りたんだ」
「14枚くらい」
「…一週間で見れる量じゃねぇよ」
そうか?と竜が言っている。
「せめて2日に1枚とかにすればよかったのに」
ため息をついてそういえば、今度からそうして見る、といった。
それからひたすらアクション映画を見させられて、うとうとすれば隣から口づけが降ってきた。
後半になれば眠気を覚ますためにとオレの苦手なホラー映画を流されて、怖くなるたびに竜にしがみつく。
外が明るくなってきた頃には残りの枚数は2枚となっていて、どちらも恋愛ものだった。
やがて全部を見終わって、解放されたのは6:30。
めまいがする。
眠くて眠くて仕方がない。
オレは隣に座ったままの竜に寄りかかるようにして目を閉じる。
「愛華、寝るなら布団で」
「ん…」
かすかに返事はしたものの、もう意識は朦朧。
そのうち、オレはぐっすりと眠ってしまった。
目がさめるとオレは布団の中で、隣には寝息を立てている竜の姿があった。
驚いて身体を離そうとしたけれど、抱きしめられている形ではどうしようもない。
もじもじしていると、竜が目を開けた。
「…っ」
「可愛いなぁ。愛華」
頭を撫でられて、ぎゅうと強く抱きしめられると。
ドキドキする。
それと同時に安心感もあって、居心地がいい。
まずい…抜け出せないかも知れない。
「悪いけど服シワになったらまずいから脱がした」
「…え?…は⁉︎」
布団を少しめくると、本当に下着姿だった。
壁には丁寧にハンガーにかけられた服がある。
恥ずかしくなって布団に顔を隠してしまうと、ぎゅーっと強く抱きしめられる。
「は、離せっ」
「今日は布団デートだな」
「そんな言葉はない! は、な、せ‼︎」
「愛華って気持ちいい。女の肌でも最高級じゃねぇか?」
聞かれても困るし、オレは他の女の肌なんて触ったことないし!
って待てよ。
「…竜は、当然付き合った彼女とかいるんだよな」
「…あるけど、中学までだぜ。高校の時はお前を見つけて遊ぶ必要なくなったしな」
…遊ぶ…。
そういえばシーナも、女遊びの噂が絶えなかったような。真面目な性格なのにこればかりは残念だ。
「…浮気、一度でもしたら別れるからな」
「何、やいてくれんの?」
「ちがっ」
「そうかそうか。ようやく俺の彼女だって認識でてきたか。いい子いい子」
オレは頭を撫でられてムスッと唇を尖らせた。
「子供じゃない!」
「心配するなよ。俺は今も昔もお前しか愛せないんだから」
「……い、言ってて恥ずかしくないか」
顔が熱い。
きっと真っ赤になってるだろう。
ストレートな言葉は苦手だ。
誤魔化せられないし。
逃げれない。
「恥ずかしくねぇよ。…なぁ愛華」
「何だよ」
「…幸せになろうな」
そっと耳元で囁かれた言葉に。
オレは微笑んだ。
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