第9話 能力

「愛華、しっかり覚えとくんだ。里夢さんは愛華の兄貴でアレクーナじゃない」


「アレクーナじゃない…」


「お前はカノカじゃない。カノカの意識に捉われるなよ」


 何度も何度もそう言われて、ようやく兄貴が兄貴の顔に見えた。


 こればかりは竜に感謝しなければならない。


「ご飯できたわよー、食べましょ!」


 リビングの方から義姉さんの声が聞こえてきてハッとする。


 そうだ。今日は兄貴の快気祝いだ。


 兄貴がリビングに戻って行く。オレもそのあとに続こうとして、その腕を取られた。


「っ? 竜、どうしたんだよ」


「愛華、お前は俺の事どう思ってる?」


「は? な、なんで、そんな突然っ」


 顔が熱い。


 きっと今のオレの顔は真っ赤だ。


 見られたくなくて顔を伏せると、その顔を上に上げさせられた。


「…今度アイス食いに行こうぜ。本場の抹茶味食わせてやる」


「………行ってやってもいい」


 竜は嬉しそうに笑った。


 その顔がとても眩しくて、温かくて。


 こいつの傍に居たい。


 初めて、そう思ったんだ。


 ご飯を食べて奏希の写真会が始まると、オレと竜はお払い箱状態になってしまって2人で夜道を散歩する事に。


 その際、竜はオレの手を恋人繋ぎをしたままで決して離さなかった。


「…シーナは、カノカのどこが好きだったんだ」


 沈黙に耐えられずに聞くと。


「あぁ、シーナは家族の中で一番力があって、小さい時から疎外されてたんだ。10歳頃か?初めてカノカに会った時に言われたんだ。私と一緒だね、たくさんの人を救える力、頑張って強くなろうね。ってな」


「…それで?」


「力なんていらなかった。疎外されて友人もいない。そんな力育てる気もなかった。だけど、同じくらいの年齢の彼女はその環境下に置かれても嘆かなかった。シーナは…そんなカノカを守りたかったんだ」


 カノカは強い。


 なんでも自分で決めてやり遂げてしまう。


 でも、本当は臆病者で、意地っ張りで、頑固。


 それを知ったシーナはいつしか彼女に恋をしたのだと竜はいう。


「…カノカはどうして気づかなかったんだ」


「カノカにはアレクーナがいたからな。気付かないさ」


 肩をすくめて説明された。


 そういえば夢の中、いつも見るのはアレクやドークと一緒にいるところだけだ。


 カノカはアレクに想いを寄せていたし仕方がないといえば仕方がなかったのかもしれない。


「カノカに告れば良かったのに」


「告って関係を悪くする事はできないだろう。これでも一応はカノカの次に神に仕える力を持ってたんだからな」


「…そんな力のある人が何で戦争なんか」


 妖退治をする人間なんて限られているというのに。


「当時の国は荒れてたからな。人には見えない妖怪など気にも留めない。男である以上、戦いは避けられなかった」


 オレは何もいえなかった。


「でも、あの時に死んだからこうして巡り会うことができた。里夢さんと愛華に」


 悔いはない、と竜は笑う。


「…竜は、シーナの最期を覚えてるのか?」


「あぁ、確か相手の大将を討ち取った後に油断して刺されて死んだ。呆気なかったなぁ、あん時は」


「…怖く、ないのか」


「普通怖いだろ。だけど怖がってる暇はないし俺には目的もあったからな」


「目的?」


「…お前を落とすことだ」


 その真剣な眼差しにどきりとして視線を逸らした。


 手を握る手が強くなる。


「…い、痛いんだけど」


 戸惑ってそういえば少しだけ力が抜けて痛みがマシになる。


「毎日毎日好きだ可愛い言ってて飽きねぇ?」


「全然。言っただろ、お前の表情が変わってきたし態度も違う。今は…そうだな、もう直ぐ俺のものになってくれそうだな」


「ッ、やっぱ別れ…」


「別れさせない。この命尽きるまで、今度こそお前を守ってみせる。お前の恐怖も苦痛も全部取っ払ってやるよ」


 グイッと引っ張られてオレは竜の腕の中にすっぽりと収まった。


「…お前ってほんと、バカ…」


 ポツリと呟くことしかできない。


 自分が鬼と契約をして、命も記憶も消えて行くことを思い出す。


「…カノカの最期、オレは知ってる。それがオレの最期だってことも、わかってる」


「愛華は生きる。必ずだ」


「無理だ。足だって段々弱ってきてるし、記憶だって、学校の校舎も思い出せない」


 進行して行く。


 失われることがこんなに怖いなんて思わなかった。


「記憶なら取り戻せる」


「どうやってだよっ…ッ」


 顔を上げさせられて、竜の唇がオレの唇と重なった。


 離れようと胸を叩いた時だ。


 スゥッと頭に浮かんでくる建物があった。


 あぁ、そうだ。


 オレの通う学校だ。


 口付けを離されて、竜はふっと笑った。


「こうやって」


「…これが、竜の力っていうことか?」


「正しく言えば力の一つにしか過ぎない。俺はシーナの力を100パーセント引き出せる。あとは、愛華次第なんだ」


 オレ次第?


 どういうことなのかさっぱりわからなかった。


「カノカの紋様を受け入れる覚悟を持って、その記憶を自らの糧にする。決してカノカの意識に捉われてはいけない。それができれば、お前は無敵になれる」


「…もっと意味がよく…」


「簡単に言えば、カノカの意識に呑まれず自分のものとして記憶を体に受け入れる。そうした後ならお前には敵なんかいない。神の子だからな」


「…敵がいない?」


「鬼の封印の仕方も、カノカは知っていた」


 封印⁉︎


 ぎょっと目を見開く。


「カノカの力は強大だった。魔王でも封印できるほどのものだ。その力を手に入れられれば、絶対封印できるはず」


 でも、封印なんかしたら…。


「封印して、兄貴は生きられるのか」


「あぁ、別に鬼を抹殺するわけじゃない。ある時空に閉じ込めるだけだと聞いている。だから願いは維持されるんだ。そもそも鬼自身が契約者の身体から魂を引きずり出すんだからその鬼が封印されればその時点で契約者との関係は切れる」


 説明を受けて想像してゾッとした。


 魂を引きずり出される?


 じゃあ、カノカの魂は…ドークの手によって取り出されたということになる。


 カノカの魂はどうしてここに?


 地獄に送られているはずなのに。


「…お前の魂を救ったのは、アレクーナだよ。あいつには黄泉へ続く扉が見える。地獄への扉が開く祭、必ず天へ続く扉も隣に現れるんだ。油断していた鬼からカノカの魂を奪って、天界の扉へ投げ入れた。だからお前はここにいる」


「…どうしてそんなこと、知ってるんだ」


「飯の時にこっそり里夢さんに聞いたんだ」


 そういえば食べている時に2人が話していた姿を思い出す。


 内容までは聞こえなかったが、楽しそうに話していたから雑談かと思って気にも留めなかった。


「…カノカの記憶、どうやって…」


「夢を見るだろう?」


「…見る、けど」


 首をかしげる。


 夢を見てどうするんだ。


「夢の中のカノカに触れるんだ。その瞬間身体に記憶が流れ込んでくる。途中で手を離すなよ。夢の中のカノカはお前の魂が作り出したカノカの記憶だ。受け入れる覚悟が決まった時で大丈夫」


「…わかった」


 返事をしていると、ツキンと左手が痛み出した。


 見て見ると、紋様が少し大きくなる。


「っ!」


「…まずいな、そう長くは待っていられないかもしれない」


 紋様を見た竜がそう呟くと同時に、スッと何かが抜け落ちる。


 …あれ、視界が…。


「っ、愛華⁉︎」


 ダメだ、立っていられない。


 それに、目が勝手に閉じる。


 オレはそのまま竜に寄りかかるように意識を手放した。

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