第20話

【睡眠と覚醒・観測と考察】

 被験者  16歳男性 


 被験者はレム睡眠下にあって、約一年間という時間を病院のベッドの上で過ごした。それにより、若い被験者は貴重な時間を失った訳だが、我々にはまた別の意味での貴重かつ非常に興味深い時間となった。先ずはこの場を借りて、被験者とその家族に大きな感謝を捧げたいと思う。


 1998年に発見された、睡眠と覚醒のバランスを調節する神経伝達物質「オレキシン」の維持が、睡眠から覚醒へ切替わる際に必須であることは、周知の事実である。しかし、今回のケースがナルコレプシーと同じく、オレキシンの欠損によって引起こされたものであれば、被験者を覚醒させることが、これほどまで難航することもなかったであろう。

 特筆すべき点として、被験者の脳に、感覚器官とはつながっていない状態であるにも関わらず、《何らか》の刺激により脳内の神経配線の《整理》現象が観測されたのである。

 上述の通り、被験者がレムからノンレムへの切替が可能な状態であることが判明したことにより、覚醒への切替を試みたところ、被験者自らノンレム睡眠下で「夢と感情」の密接な関係性を用いて、「睡眠と記憶」そして「記憶と覚醒」を結び付けるかのような作業を行っていることが証明された。そこで、今回の事象において考察したいのが、前述の「何らかの刺激」である。


 人間特有の現象として「泣く」という生理がある。感情が高ぶった時、通常の役割(角膜への栄養補給、雑菌からの防御と消毒や、瞼を動かす潤滑材等)としての排出量を超え、涙が体外に排出される。この「感情と涙」の関係をフレイの仮説に沿って解いてゆくと、泣くという生理は「感情的緊張によって生じた科学物質」を、体外に排出し除去させる役割があるということになる。

 我々が流す涙は、その90%が水であり、その他タンパク質やリン酸塩を含有する。原材料は血液であり、涙腺内の毛細血管の血液から血球を除き、液体成分のみ取り出した、感情的緊張によって生じたアルカリ性の分泌液である。

 余談ではあるが、人間が流す涙の成分、排出時の脳波、ホルモンや血圧の状態、ストレスとの関係性、いずれも数値や物質名称での観測は可能であるが、感情とタンパク質にどのような関係性があるのかは未解明である。人間はなぜ「泣く」のか。

 今回被験者のご家族とともに覚醒の瞬間に立会い、認識を新たに大胆な仮説を立ててみた。昭和の青春小説にもある『涙は心の汗だ』である。

 先にも述べたように、涙の原材料は血液である。肉体における血液の役割があるように、心=意識における血液たる物質が「涙」なのではなかろうか。

 仮に、意識を発生させる物質または発生した状態を「U」、その運動値を「U値」と呼称する。U値は肉体の運動を誘発し、Uは別の個体のUと影響を及ぼしあう。

 感情の高ぶりにより、U値が上昇し発汗が促される。物体として存在し得ない人間の意識=魂が、肉体というフィルターを通して可視化した魂のひとしずく。それが「涙=感情的緊張によって生じた科学物質」を、体外に排出し除去させる「泣く」という生理現象なのである。


 以下は「Nature」のオンライン版を参考に、詳細をお伝えする。


『脳内には植物のツタのようにニューロン(神経細胞)が縦横無尽に張り巡らされ、我々の認知能力や思考を司っていると考えられてきたが、意識そのものは発見されていなかった。しかし今回、米科学者らが新しいデジタル技術を用いて、マウスのニューロン網を可視化したところ、脳を取り巻くように伸びる異常に長いニューロンの存在が判明。そして、このニューロンこそ「意識の源」であるという。

 驚きの研究成果を報告したのは、米「A脳科学研究所」のクリストフ・C教授率いる神経生物学者の研究チーム。「緑色蛍光タンパク質」でマウスのニューロンを染色し、鮮明なニューラルネットワーク(神経回路網)の3Dイメージを再構築したところ、ニューロン細胞が集まる灰白質「前障」に位置する3つの脳細胞が意識の発生源である可能性が極めて高いことが分かった。

 3つのニューロンのうち1つは“いばらの王冠”のように脳全体を取り巻き、視覚情報など含め、脳のほとんど全ての領域と接触しており、C教授は「前障」が脳全体の入出力を統合し、意識を生み出していると考えているという。

 前障と意識の具体的な関係は今後の研究課題だというが、意識の解明に行き詰まっていた脳科学界にとって大きな希望となる発見であることは間違いないだろう。』


 事実、氷川聖名は覚醒した。

 私は、今回の事象を元に、脳神経医学という枠を改めて見直し、いばらの王冠と意識の関係性は、「物質=前障や涙」と「非物質=意識・心」を結ぶ第三の「半物質」なる存在を仮定し、スピリチュアルな側面に正しくメスを入れることで、魂と肉体の関係性をより深く探れば、今日の医療の更なる発展に繋がると確信するものである。


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