第18話
僕の自我が、まだぼんやり、フワフワしていた頃、白い大きなお城へ招かれた。お城には、強そうな王様と、綺麗な女王様、カッコイイ二人の王子様がいて、女王様は僕に素敵なドレスを着せて、僕をお姫様に変身させた。皆ニコニコ楽しそうで、僕はそれが嬉しくて、王子様たちとクルクル回って遊んだ。そのあと大好きなイチゴのショートケーキを頬張るのだけど、夜になると、ドレスもケーキも消えてお家へ帰らなければいけなかった。
その夜、お父さんが寝る前に「シンデレラ」を読んでくれた。シンデレラは僕にちょっと似ているなと思った。
弟に苛められるのは時々だったし、優しいお母さんもいたけれど。
どこかの中庭に気持ちのいいテラスがある。
ガラス張りの大きな鳥かごの様な形をしていて、とても静かなテラスだ。
きちんとアイロンが当ててある、真っ白なクロスが掛かったまあるいテーブルを中央に、あめ色に光る猫脚のチェアが四つ。
金のボタンがついている、深いブルービロードの素敵なやつ。
テーブルの真ん中に名前の知らない花が飾られていて、大きな銀のトレイの上にティーセットがのっている。
何杯もお代わり出来そうな大きな丸いティーポットには、シャンパンゴールドのサテン生地で作られたティーコゼーが被せてある。その横には取っ手が華奢な白いカップが三つ。
カップと同じ小花模様のお皿が三枚重なって、その上にのデザートフォークが音符のように並んでる。
僕はふと、大きな陶器のシュガーポットに手を伸ばし、バラの形の蓋のつまみを持ち上げてみた。中には涙型の角砂糖がぎっしり詰まっていた。
それはひとつひとつ、悲しいほどキラキラして美しかった。
僕はいつからここに居るんだっけ。
誰かを待っているんだっけ。
ぼんやり考える。
今が春なのか夏なのか、秋なのかそれすらも分からない。
頬杖をついて考えながらテラスの外を眺めると、白い日傘をさした誰かが歩いてゆくのが見える。
テラスの外には、ベンチとブランコ。
ブランコを揺らしているのは、緑色の頭をした男の子。
元気に風を切って立ちこぎをしている。
ベンチの子は静かに本を読んでいる。なんだか泣いているみたい。
気になって、席を立つ。
桜貝のような爪をした長くて細い指が、新しく紅茶を注いでくれた。
いいにおい。
涙型の角砂糖をひとつつまみ上げてカップに落としかき混ぜると、儚いくらいすうっと溶けて消えた。
今はまだここにいようかな。
僕はもう一度席に着いた。
テラスの外はいつのまにかサラサラ雨が降っていた。
雨のテラスはちょっといい眺め。
もうどのくらいこうしているんだっけ。
外が暗くなってきた。
僕も、家に帰らなくていいのかな。
僕はどこから来たんだっけ。
外の雨は段々強く激しくなってきている。
大粒の雨がテラスのガラスを叩いて音を立てている。
遠くで轟いていた雷が、今は近くで、黒い雲の間から光っているのが見える。
誰もいないテラスに、白いカップとお皿が三つ。
あめ色に光る猫脚の、背に金のボタンの飾りがある、深いブルービロードのチェアが三つ。
僕の大好きなイチゴのショートケーキが三つ。
銀の小さなスプーンと、音符のようなフォークが三つ。
温かい紅茶と、シュガーポットの中の砂糖たち。
バイバイ。
僕は、ロザリオだけを握り締めて、テラスのドアを開けた。
***
最初に見えた色は緑色。
瞼が重くて霞んで見える緑色。
でもとても綺麗な緑色。
眩しくて、目を開けていられない。
光の海。
誰か呼んでる?お母さん?
もう朝なの?
体が動かない。声も、出ない。
緑色が揺れてる。
「ミナ!ミナァ!」
「聖名!!」
音の洪水。
「兄ちゃん!!」
まどか・・・まどだ。
ぼくの、おとうと。
まどが・・・緑色?
「まど・・・は・・・なん・・・で・・・みどり・・・。」
「ミナぁあ!!」
「うわあ!!」
「やった!やったぞーッ!!」
なんでこんなに大騒ぎをしているの。
なんかのお祭りなの?
重いって。
窓架が僕に抱きついて、その上から乗っかってきたのは有ちゃんだ。
正さんと・・・白衣を着た眼鏡のおじさん、誰?
「晴三郎さん!晴三郎さん!大丈夫ですかっ!?」
えりりんの声だ。
お父さん、どうかしたの?
大丈夫?
手を伸ばそうとしたけど、なんだかうまく動かなかった。
「もしもしっ?もしもしっ理紀か!?聖名が起きたぞ!!」
あの声は・・・わじさん。
僕がなに?
「ホントだよ!早和は?寝てる?いいっ、いい、起こすな、そのままにしとけ。」
さわ・・・また寝坊したの?
ホント朝弱いんだから。
しょうがないな、僕が起こしに行こう。
「兄ちゃん。」
まどが呼んでる。
「・・・なに?」
これ僕の声?
やだな、変な声。
「えへへ、兄ちゃん。」
「だから・・・なに?」
「うわー、兄ちゃんが返事する。」
なんなのこの子。
「おい聖名。」
「・・・ゆうちゃんまで、なに?」
「ゆうちゃん、だって!」
「俺も!俺も!兄ちゃん、俺も!」
「・・・まどか?」
名前を呼んだだけなのに、また大爆笑された。
涙が出るほど大笑いしたまどが、「ウケる!!」と喉をヒィヒィゆわせて言った。
「まどこそ、なにその頭・・・。不良みたい。」
「やった!やっぱり怒られた!!」
どおゆうことなの!?
やだもう。疲れる。
まどはゆうちゃんとハイタッチしてガッツポーズしてる。
やっぱあの二人、全然わかんない。
よくわかんないけど、僕も笑った。
もうなんだか、口の周りに力が入らないし、お腹もふにゃふにゃするので上手く笑えてない気がする。
あれ、これって久しぶりな感じ。
お腹が震えて、体があったかくなっていくのが分かる・・・鼻の奥がツンツンする・・・。
そうか。
今、僕は泣いているのか。
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