第5話
それ以降、聖名の反応は無かった。
アラームは止み、やがてモニターのグラフは元の平常なリズムに戻った。
ナースコールではなく、個室備え付けの内線で、正一郎は1階のナースセンターへ連絡し、主治医のホットラインに繋いでもらった。詳細を報告した聖名の主治医、
正一郎と理紀の心拍数も平常値に落ち着き、心の緊張も解けてきた。でもやっぱり、もしかして、という期待はあったわけで、反動の落ち込みと疲労感がドッと込み上げてくる。正一郎はフーッと長い息を吐き、椅子にもたれて首を深く垂れた。
沖崎到着まで、なんとか場を繋ごうと、理紀は必死になって言葉を探した。
「なんなんだったんですかねえ。」
・・・頼む正さん、なんか応えてくれ殺す気か。
やがて正一郎は低く唸って立ち上がり、「タバコ。」と、部屋を出て行ってしまった。理紀は、こういった時の凌ぎ方ができる喫煙者を呪った。
だがしかし、本当に何だったんだろうか。
「期待させやがって。」
空いた椅子に腰掛けて、窓の外を眺めると、いつの間にか太陽は西に傾いて少し風が出てきていた。
***
「まいいわ。みどりくんから見て、嘘にしろ、ホントにしろ、早和は何かを隠してる、様に見えると。」
相手が気まずい沈黙をやぶって話し始めたので、窓架はホッとした。
「で、実際、今そのロザリオは今どこにあんの?」
「え・・・どうだろう。」
「そこらへん、重要な気がするんだけど。」
窓架が考え込んでしまったので、
「例えばね。」
MDOは足を組んで滑らかにしゃべり始めた。
「人間の無意識がどこかで繋がっていて、それを皆で共有していると仮定する。クラウドみたいなものね。で、肉体を動かすことの出来ない状態のお兄さんの無意識が、家族の無意識に働きかけてロザリオを探す夢を見せている。結果、夢を見た家族の手を借りて実際にロザリオを探す事が出来る。遠隔操作のようにね。」
「エンカクソウサ・・・。」
「みどりくんだって、その夢が気になってるから、今ここにいるんでしょ?」
「俺、兄ちゃんに操作されちゃってんの?」
「そうとも言える。」
「俺が自分の意思で行動していると思っていても、実は誰かにそうさせられているのかもしれないの?」
「それがお兄さんの意思であるか、わからないけど。」
そう言って、MDOは首を窄めて見せた。混乱して頭を抱えた窓架に、彼女は自信満々に断言した。
「わからないからこそ、自分を信じて動けばいいのよ。」
世間には、露見していないだけでフィクションみたいなことは結構起こっている。ただその殆どが、面白おかしく真相を捻じ曲げて伝わっていくものだから、きちんと解明されずに都市伝説化されていくのだ。
「結果には原因がある。現象には理由がある。ただね、お兄さんの真意が、単に『失くし物を探して欲しい』ってことではないとしたら・・・」
そのとき、着信音が鳴った。きっかり一時間、和二郎であろう。
「すいません、ちょっと。」
窓架は着席したまま電話に出た。
『おー、無事か?例の人には会えたのか?』
「うん。今、目の前にいるよ。真っ黒で怪しいけどいい人だよ。おごってもらった。」
「怪しいって、どこが!人聞き悪いな!」
MDOがムッとして言い返してくるので、窓架は彼女にスマホをに差し出した。
「代われって。」
するとMDOは、とたんにあたふたと挙動不審になって断固拒否を続けた。
「わじさんに用はないって。」
「言わんでいい!」
アニメ声がキーキーとやたらうるさいので、窓架は和二郎との会話に戻った。早和の具合がよくないらしく、これから点滴を受けに行くそうである。行先は正一郎と理紀が向かった横浜の総合病院だ。
「これからお兄さんの病院へ行くの?」
「ハイ。俺は兄ちゃんがロザリオ持ってるか確かめてくる。」
頬杖をついて、ジッと窓架の様子を伺っていたMDOは、
「センシティブなところに深入りするつもりはないけど、また何か起こったらここに連絡して。」
と、URLを張り付けたSNSを送信してきた。画面を確認した窓架は、張り付けられたスタンプのエンブレムが、MDOが持っていたクレジットカードにもついていたことに気が付いた。いや、クレジットカードだと思い込んでいただけで、実際暗証番号の入力もサインもしていない。
「MDO…って、何なんだ?」
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