第5話

 それ以降、聖名の反応は無かった。

 アラームは止み、やがてモニターのグラフは元の平常なリズムに戻った。

 ナースコールではなく、個室備え付けの内線で、正一郎は1階のナースセンターへ連絡し、主治医のホットラインに繋いでもらった。詳細を報告した聖名の主治医、沖崎おきさきとは、30分後にここで立会うことになった。

 正一郎と理紀の心拍数も平常値に落ち着き、心の緊張も解けてきた。でもやっぱり、もしかして、という期待はあったわけで、反動の落ち込みと疲労感がドッと込み上げてくる。正一郎はフーッと長い息を吐き、椅子にもたれて首を深く垂れた。

 沖崎到着まで、なんとか場を繋ごうと、理紀は必死になって言葉を探した。

「なんなんだったんですかねえ。」

 ・・・頼む正さん、なんか応えてくれ殺す気か。

 やがて正一郎は低く唸って立ち上がり、「タバコ。」と、部屋を出て行ってしまった。理紀は、こういった時の凌ぎ方ができる喫煙者を呪った。

 だがしかし、本当に何だったんだろうか。

「期待させやがって。」

 空いた椅子に腰掛けて、窓の外を眺めると、いつの間にか太陽は西に傾いて少し風が出てきていた。


 ***


「まいいわ。みどりくんから見て、嘘にしろ、ホントにしろ、早和は何かを隠してる、様に見えると。」

 相手が気まずい沈黙をやぶって話し始めたので、窓架はホッとした。

「で、実際、今そのロザリオは今どこにあんの?」

「え・・・どうだろう。」

「そこらへん、重要な気がするんだけど。」

 窓架が考え込んでしまったので、

「例えばね。」

 MDOは足を組んで滑らかにしゃべり始めた。

「人間の無意識がどこかで繋がっていて、それを皆で共有していると仮定する。クラウドみたいなものね。で、肉体を動かすことの出来ない状態のお兄さんの無意識が、家族の無意識に働きかけてロザリオを探す夢を見せている。結果、夢を見た家族の手を借りて実際にロザリオを探す事が出来る。遠隔操作のようにね。」

「エンカクソウサ・・・。」

「みどりくんだって、その夢が気になってるから、今ここにいるんでしょ?」

「俺、兄ちゃんに操作されちゃってんの?」

「そうとも言える。」

「俺が自分の意思で行動していると思っていても、実は誰かにのかもしれないの?」

「それがお兄さんの意思であるか、わからないけど。」

 そう言って、MDOは首を窄めて見せた。混乱して頭を抱えた窓架に、彼女は自信満々に断言した。

「わからないからこそ、自分を信じて動けばいいのよ。」

 世間には、露見していないだけでは結構起こっている。ただその殆どが、面白おかしく真相を捻じ曲げて伝わっていくものだから、きちんと解明されずに都市伝説化されていくのだ。

「結果には原因がある。現象には理由がある。ただね、お兄さんの真意が、単に『失くし物を探して欲しい』ってことではないとしたら・・・」

 そのとき、着信音が鳴った。きっかり一時間、和二郎であろう。

「すいません、ちょっと。」

 窓架は着席したまま電話に出た。

『おー、無事か?例の人には会えたのか?』

「うん。今、目の前にいるよ。真っ黒で怪しいけどいい人だよ。おごってもらった。」

「怪しいって、どこが!人聞き悪いな!」

 MDOがムッとして言い返してくるので、窓架は彼女にスマホをに差し出した。

「代われって。」

 するとMDOは、とたんにあたふたと挙動不審になって断固拒否を続けた。

「わじさんに用はないって。」

「言わんでいい!」

 アニメ声がキーキーとやたらうるさいので、窓架は和二郎との会話に戻った。早和の具合がよくないらしく、これから点滴を受けに行くそうである。行先は正一郎と理紀が向かった横浜の総合病院だ。

「これからお兄さんの病院へ行くの?」

「ハイ。俺は兄ちゃんがロザリオ持ってるか確かめてくる。」

 頬杖をついて、ジッと窓架の様子を伺っていたMDOは、

「センシティブなところに深入りするつもりはないけど、また何か起こったらここに連絡して。」

 と、URLを張り付けたSNSを送信してきた。画面を確認した窓架は、張り付けられたスタンプのエンブレムが、MDOが持っていたクレジットカードにもついていたことに気が付いた。いや、クレジットカードだと思い込んでいただけで、実際暗証番号の入力もサインもしていない。

「MDO…って、何なんだ?」

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