歴史学者の家族

歴史学者の家族

「元々、寿司というのは天正16年に琵琶湖の南に建立された三輪神社に白い蛇が現れて村に疫病が広まり……」

「お母さん、これわさび入ってる？」

「玉子にわさびなんか入ってるわけないでしょ？」

「マグロは？」

「めくってみなさい」

「お姉ちゃん、このマグロ薄いからわさび透けて見えるよ」

「げ、お母さんわさびとってー」

「自分でとりなさい」

「お箸にわさびがつくー」

「およそ千年以上もの間、どじょうの寿司が神様に供え続けられているわけで……」

「いかのおすしって学校で習ったよ」

「あたしもー」

「いかない、のらない、おおきなこえをだす、すぐにげる、しらせる、だよねー」

「ねー」

「我が国の寿司の原型とも言える滋賀県の鮒（ふな）寿司は、腸（わた）を抜いた鮒を塩漬けにしてだな……」

「お母さん、イクラ無いよ？」

「こんな安いお寿司にイクラが入ってるわけないでしょ」

「お母さんお茶ちょうだい」

「あたしがいれてあげるー」

「お母さん、半額シール剥がした跡があるよ？」

「こっちのもー！」

「そういうのは見ても言わないの」

「お前たち、お父さんの話、ちゃんと聞いてるか？」

「もちろん！」

「鮒寿司の話まで来たー」

「そうそう。握り寿司ができるようになったのは江戸時代に入ってからで……」

「熱いよ、ふぅふぅして飲みなよ？」

「ありがとー……あちっ！」

「だから言ったじゃん」

「大丈夫？」

「うん」

「ねえ、お父さんの分、とっておかなくていいの？」

「いいのいいの。全部食べなさい」

「はーい」

「エビ、とっとこうか？」

「イカもとっとく？」

「いいから食べなさい」

「勿論その頃から江戸前の魚介類をネタにした寿司が……」

「あー、お腹いっぱい」

「ぼくもー」

「ごちそうさまでしたー」

「ごちそうさまー」

「お父さんのお皿も片づける？」

「そうね。こっち持って来て」

「はーい」

　お母さんが別のお皿にとり分けておいたお寿司を食べ終えたお父さんが書斎に戻ると、机の上にはエビとイカのお寿司が置いてありました。