自殺少女
伊集院田吾作
第1話
私はいちか、1つの花と書いていちか
その花は今、マンションの3階のベランダに咲いている、そして枯れて朽ち果てようとしている
この高さでも頭から落ちたら死ぬだろう
ここまで自分を追い込んだ中学校のクラスメイトか、それを黙認していた担任か、はたまたこれから死のうとする自分自身になのか
誰に対して言ったのか自分でも分からないが
「死んでしまえ」
そうポツリと呟き身を投げ出した
次の瞬間には強い衝撃を受け私は地面に真っ赤なバラを描いて死んでいるだろう
しかし予想に反しその強い衝撃はいくら待てど来ない
代わりに来たのは息を切らした1人の少年だった
どうやら彼が駆けつけて私を地面から守ったようだ
「なんで自殺なんてしようとしてんだ!」
私を抱きしめるように地面に横たわる彼はそう叫んだ
何年かぶりに感じる人の温もり
その温かさに思わず甘えてしまいそうになる、しかし
「余計な事を…」
そう口にしていたそして続けた
「私はもう嫌なの、疲れてしまったの。だからもう死んでしまいたいの」
淡々と、しかし力強く彼に伝えた
「だったら何度でも死のうとすればいい」
彼が口にしたのは余りにも意外な言葉だった
こういう時は反吐がでるような綺麗事を並べられるものだと思っていた
私が少し驚いた表情を見せると彼は白い歯を見せてこう言った
「その度に僕が死んでもで生かしてやる」
私はさらに驚き思わず
「変な人」
と言っていた
しかし気づけば私も釣られて笑っていた
「笑った顔かわいいじゃん!」
そう言って彼はまた笑ってみせた
本当に変な人だ
「1年だけでいい」
彼は言った
「もう1年だけがんばって生きてみてくれ、それでもまだ死にたかったらまたここで飛び降りればいい、その時はまた助けに行くから。約束な」
そう続けて彼はまた笑った
「そんな約束なんか私が守る必要は無いよね」
そう言い残し私は部屋に戻った
そして、その日から1年が経った
この1年間いじめが無くなったことは決してなかった
彼との約束を守ろうと思っていた訳ではない
この1年間、全く死のう思わなかったことはなく何度もベランダに出て再び身を投げ出そうと思った
しかしその度に彼の屈託のない笑顔を思い出しその1歩を踏み出すことが出来なかった
「あの日からちょうど1年か、もう約束はいいよね。まぁどうせあんな約束なんて彼は覚えてないだろうけど」
今日は初めて自殺を試みた日からちょうど1年経った日だった
そして、再びベランダから身を投げ出した
「なん、で」
衝撃は、来ない
来たのはやはり彼だった
「へへ、今日はあの日から1年だろ?もし僕との約束を守ってくれてたら死ぬのは今日かなったら思ったからさ」
あの日から全く変わらない、いや少し背が伸びただろうか
しかしあの日と全く同じ笑顔で私にそう言った
「じゃあ、また1年がんばろうな」
「どうして!私はこんなに苦しいのに!
あなたは私に、もっと、ずっと苦しめって言いたいの?」
叫んでいた、今まで出したこともないような声で
「違う!」
「じゃあ、なんで!なんで私に「好きだから!!」
私が全て言う前に噛ませ気味に彼は叫んだ
「……え?」
彼は何を言っているのだろう、突然の事に私が固まっていると彼は続けた
「あの日、初めて君に会った時、最初はただの同情心で君を見ていた。しかし君が笑った時、あの弱々しく悲しみを帯びた笑顔を見た時僕は思ったんだ。あぁ、僕は彼女を守らないといけない。きっと守るために生まれてきたんだ、と」
「意味、が、わからない」
たどたどしくそう言い私は部屋へと歩みを進めた
「もう1年な!!」
後ろから彼の声が聞こえた
それから4年が経った
進学校だったため高校へ行ってもほとんど顔ぶれは変わらずいじめも続いた
私ばかりをいじめて何が楽しいのだろう
相変わらず私は毎年あの日になるとベランダから飛び降りていた
そして、やはり彼はやって来る
「いつもごめんなさい」
ある日私は彼にそう言った
しかし彼は不思議そうな顔をしていたので続けた
「いつもいつもこんな私の事を助けさせてごめんなさい」
彼は納得したような顔を見せて
「なんだ、そんな事か。別に俺は好きな人を助けてただけだからな!
それから!!こういう時はごめんじゃなくてありがとうって言うんだよ!」
「…そう」
そんな会話があった次の年
私は今日高校を卒業した
そして今日はあの日だ
「今年も彼は来てくれるかな」
そんな事を思いながら帰路についていると
近くで大きな音がした
クラクションの音
音のする方に目を向けると大きなトラック
動けない
どんどん近づくトラック
しかし対照的にゆっくりと進むように感じる時間
「あぁ、私は遂に死ぬのか
さんざん飛び降りていたのに実際に死ぬのは車に轢かれて死ぬのか」
そんな事を思いながらトラックを眺めていると突然体が何かに強く引っ張られ私は道路の端に尻もちをついた
さっきまで私がいた場所に変わりになるように人がいた
彼だ
彼はこっちを見て笑った
いつもの笑顔で
そして、その笑顔がトラックによって消し飛ばされた
少し先で大きな衝突音がした
先ほどのトラックが壁にでもぶつかったのだろう
そして続けて聞こえてくる悲鳴
目を向けると彼が横たわっていた
血にまみれで
動かない
死んだ
私のせいで
彼が死んだ
私が殺した
私が死ぬはずだったのに
なんで、どうして、なぜ
いつまでも聞こえる悲鳴
誰が呼んだのか救急車のサイレンが聞こえる
運ばれる彼
駆けつける女性
泣き崩れる
彼を抱いて
母親だったのだろうか
そのまま彼と共に救急車へ運ばれ
彼を乗せた救急車は遠くへと消えていった
しばらくして彼の葬儀が行われた
私はそこに足を運んでいた
彼は私の命の恩人なのだから
葬儀場に入ると1人の女性が私に鬼気迫る形相で近づいてきた
彼の母親だ
「どうして!どうして私の息子が
死ななければならないの!?
なぜあなたじゃなかったの!?
あなたのせいで私の息子は…
あなたが死ねばよかったのよ!!」
まだ何かを続けようとしていたが父親らしき人に連れられて姿を消した
「私が死ねばよかった、か」
私はなんども死のうとしていたのに
あなたが死を望んだ私の死を防いでいたのは他でもないあなたの息子なのにね
なんの皮肉なのだろうか
私はそんなことを言ってしまうほど落ちぶれた人間だったのか
そんな事を考えていると私はこの葬儀に参列するのに相応しくないように思えてきて葬儀場に背を向け歩き始めた
数歩歩いたところで足を止め振り返り
「ありがとう」
ーーーごめんじゃなくて
ありがとうっていうんだよーーー
彼の言葉を思い出し
そう言い残して再び歩みを進めた
彼が死んでから不思議と涙は1度も出ていなかった
こんな薄情な人間はやはり死ぬべきなのだろう
彼の母親の言うように
そんな事を考えながら私の足はいつものベランダへと進んでいた
今ここから飛び降りれば誰に救われることもなく死ねるだろう
もう彼はいないのだから
「さようなら」
そう呟き
私は
飛び降りた
「なん、で。どうして!」
私は死ななかった
・ ・
偶然通りかかったトラックの荷台に
・ ・
偶然古紙が積まれていてクッションになったからだ
ーーー死んでも生かしてやるーーー
何年も前に言われた彼の言葉が突然思い出された
「あなたなの?あなたが
私にまた死ぬなって言ってるの!?
死んでも生かしてやるって言って
ホントに死んじゃってどうするのよ!!!
私はここに生きている!!
なのに、あなたは…どう……して
うっ、うぅ…」
その時に私は初めて涙を流した
止まらない
「あり…がとう
私を…生かして……くれて
ありがとう!!!」
私はそう叫んだ
トラックの運転手がやってきて驚いた顔を見せたのに気付いたがそれでも私は涙を止めることが出来なかった
運転手に一言だけ謝罪し私はその場を後にした
その日から私は自殺することを辞めた
どれだけ苦しい事があっても
それから数十年が経った
私はあの後から死ぬことを諦め全うに生きた
結婚することはなかったが仕事に就き自分一人を養うには十分なお金を得た
そして今、誰にも看取られることなく命を終えようとしている
私はいちか、1つの花と書いていちか
その花は学生の時に枯れてしまった
しかし枯れてからも力強くしぶとく咲いていた
その花は今まさに朽ち果てようとしている
彼の姿が見える
あの時と変わらない笑顔で私に手を述べている
その手をとり私は息を引き取った
そしてあの時彼に言えなかった言葉を伝えた
「ありがとう」
自殺少女 伊集院田吾作 @tagosakujp
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