顔だけ扱いの男
「えー?マッドぉ?」
心底面倒臭そうにパーマを掛けた長い髪を弄る、色気ムンムンの美人。彼女がマーサである。しかし、実はまだ処女なのだ。彼女目当ての客が多いため、お話代という異例の徴収で成り立っている。未成年であることも理由らしい。
「ああ、特別仲の良い男の話を聞いたことはないか? 」
辛抱強く聞いているのは、アルス上官である。十隊からなる軍の内の一つを任されているほどの軍人。損な役回りでも率先して受けるほどの堅物だ。
「マッドはぁ、ウザいくらいくるけどぉ。……メタな話ぃ、顔だけしか取り柄ないからぁ、内容なんか覚えてないわよぅ」
話し方もイライラする。何故彼女が人気者なのか……。七不思議がこの国にあるならば是非とも加えて頂きたい。
「そこを何とかお願い出来ないだろうか」
生真面目軍人と頭空っぽ女の会話は彼女のやる気のなさで難航していた。マッドは彼女のどこに惚れたのか、それとも別の理由があるのか。どうでも良さそうな謎が浮上してしまう。彼の性格を考えれば、双方ありえてしまうからだ。数多くの客と話をする彼女から情報を得ようとしているのか、はたまた目の保養か。……口を開けば落胆しかないけれど。
「勝手に話してたかもしんないけどぉ。マジ顔しかよくないしぃ、友だちの話されてもマーサの知らない人だからぁ、興味もないー」
正直、この手の相手から話を聞き出すこと自体、どだい無理な話である。マッドの顔にしか興味がないのだから。
「マーサぁ、忙しいのぉ。もぉいいー? 」
飽きたらしい。
「では最後に一つだけよろしいか」
「えー?なぁにぃ?」
「グングニールについて聞いたり話したことは? 」
ピタリとマーサの手が止まる。
「……あたし、特にそれ、興味ないわ」
一変して、口調とトーンが変わる。市民の中にはいるのだ。争い事に関することをはなすことすら、嫌がる者が。
そのまま挨拶もせず、踵を返してしまった。
「……興味を持たせない、それが嫌悪感を生むことも然り、か」
一般人とて人間。しかし、上部にいる者たちには家畜同然。価値観の違いから生まれるものが何なのか。彼は知っていた。彼も嘗ては一般人だったから。軍人として来た時点で彼女は彼とまともに会話する気がないことをまざまざと思いしったのだ。
(彼女は考えていないのではない。相手を選んでいるのだ。会話の内容すらも操作して、話したくない話は一切受け付けないために。マーサ嬢は軍人嫌いだが、下手に応じなければ自らを危険に晒すことをわかっていた……。無関係であっても。どこの国も同じだろが、私は軍人としての役目を果たさなくてはならなかった。彼女はわかっていたからこそ、姿を見せた。その誠意に心から感謝しよう)
その心に無言で、彼女の長屋に向けて一礼した。
(……あの軍人、バカ真面目過ぎるわ。見てるともわからないのに。……正直何も覚えちゃいないわよ。マッドの話なんて取るに足らないって思ってたし。グングニールは花街では禁句ってわかったでしょうから、よしとしますか。……そう、夢や春を売る場所にグングニール《現実》は持ち込んじゃいけないの)
アルスが見えなくなると、マーサは窓を閉めたのだった。
純朴乙女グングニール 姫宮未調 @idumi34
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