追っ手と駆け引き

……キールは悩む。このまま、この『グングニール』を名乗る少女を連れてきてしまっていいのか。いや、否応なしについてくるだけなのだが。彼の意思など尊重されるわけもなく、少女はついてくる。

キール自身は可も不可もない、一般的な一般人。対して少女は、黙っていれば誰もが振り向く美少女である。確実に目立つ。彼の意思に反して目立ってしまう。お上や兵

職、情報屋以外は何の楽しみもなく、惰性で生きているだけ。街について来たら格好の餌食である。マッドに見つかればややこしいことになることは想像に難しくない。正直、会いたくない。だが……。


「おいおい、スライム狩りしにいってスライムじゃなく、女の子持ち帰って来るとは……」


何でこうもタイミング悪く、街の入り口にヤツがいるのか。ツケを恥じるような繊細な神経なぞ、ヤツには持ち合わせていない。わかってはいたが、これは最悪の事態。広くもない街、諦めもあった。……ただ、対処法なんてものがなかっただけの逃避でしかない。結局のところ、マッドでなくとも誰に会っても変わらないが、マッドは予想斜め上の最悪をもたらす。想像したくない。しかし、確実にヤツの手中に填まる。何故かといえば……。


「キールの友か?我は『女神の鉄槌・グングニール』である」


彼女も似たタイプ。止めても名乗る。頭を抱えるしか選択肢がなかった。こうなると想定出来たからこそ、最悪なのだ。


「なにそれ~?! まさかの『グングニール』?! 」


信じているのかいないのか。ノリ易いために、容易にはわからない。まかり通ってしまえば、キールは。ヤツはそういうヤツだ。


「マジなの?おしゃべり出来ちゃうタイプ実現?」


のためなら、ガセでも手に入れようとする。の情報を。


「……知らねぇよ。襲われそうになってたのを助けたらついてきただけだ」


キールはまだ信じてはいない。厄介に他ならないからだ。


「俺、マッド。キールは甲斐性なんてないから、俺んとこ来ない? 」


絶対になどと言って、お上のところに連れていく気だ。ただナンパしているわけがない。


「駄目だ、キールは我の。我らは共にあらねばならぬ」


再度頭を抱えた。


「へぇ?えらく気に入られたじゃん?こんな美少女滅多にいないし、羨ましいなぁ」


チラッチラッと何か言いたげである。真偽を問いたいのはわかる。だが、キールにもわからないのだ。答えようがないが、信じざる得ない現実は呼ばれなくてもやって来てしまうものなのである。


「いたぞ! あのだ! 」


軍服の男が三人の一人がこちらを指して叫ぶ。


「あれがか! 」


「さっさと確保して、するぞ! 」


……信じたくない。しかし、軍人までがこの少女をと呼んだ。もう、考えている暇はない。


「あちゃー、確かめる前にお上は知ってたかー」


このままでは、マッドにどうぞどうぞされる。かくなる上は……!


「マッド! 」


「……へ?」


「……このまま俺たちをヤツらに渡せば大金が入る可能性があり、ツケも払えるだろう。だが、俺たちを売らずに一緒に来たら、にしてやる! 売ったら一生恨んでツケ地獄だからな! 」


最後はテンパって変な言い回しになったが、必死の説得だった。それにマッドは……。


「…………………。よし! 行くぞ! 二人とも! 」


返事の代わりに二人の手を掴んで走り出す。キールたちはよろめきながらも、共に走る。


「お、おい! マッド?! 」


「……キール、今おまえらを売ったとしても、遠目で一緒にいるのを見られたら同じだ。俺は俺が可愛い。だから……、選択肢は一つしかねぇだろ! 」


……ただのバカだと思っていた。けれど、マッドもマッドなりに考えていたのだろう。


「あ! 一緒にいるヤツらがを連れ去っていくぞ! 追え! 」


気がついた三人が掛けてくる。あちらは軍人、こちらは一般人。追い付かれるのは時間の問題だ。

必死の駆け引きは成功した。……状況が味方をして。しかし、追っ手を回避する手段はまだない。


「……くそ! 」


そんなとき、マッドと反対側の袖を引かれた。


「キール、は必要か?必要ならば、ヤツらを消してみせよう」


焦る二人と共に走りながら汗一つかかず、真顔でキールを見つめる。キールは唇を噛み締める。ここで『どうにかしてくれ!』なんて無責任なことは言えない。……ふと、彼女の一言を思い出す。


「……ピンポイント、いけるんだよな? 」


無責任なことは言いたくないし、したくない。でも、このままでは捕まる。可能性に賭けるしかない。


「我がの赴くままに……」


!! 」


「了承した」


するりと二人の手を離し、軍人たちに向き直り、おもむろに片手を掲げる。


「……女神の鉄槌よ! いかづちとなり、ヤツらに降り注げ! 」


雲もない空を切り裂くように、細い光が三人を一瞬にして貫く。その瞬間、軍人たちはバタバタと倒れた。


「し、死んでない、よな?」


「我がを所望した。……感電させただけぞ? 」


キールはこの瞬間、自覚した。彼女はであると。……それと共に、言い知れぬ恐怖を感じた。

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