第18話 その者、天より堕とされて3

 ちなみに……当然だがアオンの階層を繋ぐエレベータは一つではない。

 複数のアオンエレベータが乱立している。

 その許容量も千差万別だ。

 無無明とラーラが初めて出会ったのは個人用のエレベータであるし、現在無無明とラーラが乗ったリムジンを運んでいるのはそれなりの大きさを持っているエレベータである。

 大質量を運ぶための専用のエレベータも存在する。

「じゃあ一層にいるってことっすか?」

 エレベータを降りてリムジンがヘルクラネウムファミリーの本拠に向かっている。

 その車上で無無明はカオスと連絡を取っていた。

「まぁな」

「ふぅむ」

 思案するような(実際思案しているのだろう)カオスの言。

「何かあったら頼むぞ」

「にゃはは。それは構わないんすけど……」

「何か問題が?」

「いや、まぁ、注意と留意くらいはしておいてほしいかと」

「俺の戦力は知ってるだろ? ましてお前がいる」

「そうなんすけどね」

 それ以上は会話にならなかった。

「ラーラは?」

「それこそ無意味な杞憂だと思うがな……」

「ん。状況はわかったっす。後は祈るのみっすね」

「ああ、唯一神にでも祈っててくれ」

 唯一神を否定する無無明の言葉では説得力皆無だが。

 そしてリムジンは一層の舗装された道路を走ってヘルクラネウムファミリーの本拠についた。

 相も変わらず贅を凝らした西洋建築であった。

 悪い事をすれば金が儲かるというのは現在の人類にとっても適用される現実らしかった。

 無無明はフーッと煙を吐く。

 その隣でラーラがキョロキョロしていた。

 大理石で出来た豪奢な建築物に畏怖さえ覚えているようだ。

 だからどうだというわけでもないのだが。

「ヘルクラネウムファミリーってマフィアですよね?」

 事実の再確認をするラーラに、

「だな」

 何を今更と無無明。

「敵ですか?」

 答え様のない質疑だった。

「知らん」

 無無明はけんもほろろ。

「ベルが俺たちに用があるんだよな?」

「さてそこまでは」

 案内人は答えをはぐらかした。

 実際に知らないのだが。

「ではどうぞ」

 そんな案内人に従って無無明とラーラはヘルクラネウムファミリーの本拠に足を運ぶ。

 西洋建築らしい豪奢な屋内にラーラは気圧されたらしい。

 無無明は無言でタバコを嗜むのみだ。

 金のかかった調度品や天井の聖画など中世ヨーロッパの貴族の屋敷を彷彿とさせる。

 無無明にしてみれば成金以上の感情はないのだがラーラは感嘆としているようだった。

 案内人に従って無無明がベルと先日会合した食堂の扉の前に立たされた。

「…………」

 無無明は紫煙をフーッと吐く。

「おい」

 と漆黒スーツの案内人に声をかける。

「何でしょうか?」

 案内人は淡々としている。

「わかってやってるのか?」

「何のことでございましょう?」

 本気で、

「わからない」

 という表情をする案内人。

「さいか」

 突っ込むことをせず無無明は案内人を視界から外した。

 無無明に生まれつき備わっている異能(第六感とも呼ばれる)が扉で隔てられた向こう側である食堂の状況を鋭敏に察知してのけるのだった。

「だからどうした」

 というほどに気負いは無いが不快であることを否定できもしない。

「大丈夫?」

 無無明のしかめっ面を心配したのだろう。

 ラーラが問うてきた。

「俺はな」

 あくまで迂遠に。

「お前も大丈夫だとは思うが」

 そして無無明は漆黒のレザーコートの懐から愛銃トレミーを取り出す。

「無無明様……それは……っ」

 案内人が狼狽する。

 自然ではあったが無無明にしてみれば唾棄すべき言葉だ。

 そもそもこの原因を創った一端は案内人にもあるのだから。

「死にたくなかったら下がってろ」

 無無明の文言はラーラではなく案内人に向けられたものだ。

 そして案内人が害意の圏外へ退避したのを確認した後、

「……っ」

 無無明は荒々しく食堂の扉を開いた。

 と同時に十二人のヘルクラネウムファミリーの構成員が無無明とラーラに銃のポイントを絞っていた。

 構成員が銃の引き金を引くことに躊躇いはなかった。

 銃から弾が発射される。

 それを鋭敏な第六感にて察知する無無明。

「…………」

 無無明もラーラも銃弾そのものに脅威は覚えない。

 だが無無明は行動し、ラーラは硬直する。

 そこに玄人と素人の差があった。

「っ」

 ラーラは硬直し……だが聖人ゆえに一切の痛痒を覚えない。

 対して無無明は、

「まったく……」

 うんざりとしながら食堂の天井に足を付けて食堂全体を俯瞰で見た。

 行動はあまりにも早く、速く、疾く、迅かった。

「……っ!」

 手に持ったトレミーが火を吹く。

 それは阿頼耶のタイミングだったが、それ故に反応できた者は無無明以外にいない。

 頭上から銃弾を浴びて部屋にいるファミリーの構成員は全滅した。

 すべからく死に絶えたのだ。

「圧倒的暴力」

 そう捉えて問題ない能力だった。

 生きているのは無無明とラーラ……それからドン・ベルと一人の成人男性だった。

 男は蒼色の髪と瞳を持っていた。

「っ!」

 無無明は蒼色の男目掛けて天井を蹴った。

「…………!」

「…………!」

 無無明の愛銃が蒼色の男の額にポイントされる。

 同時に引き抜いた蒼色の男の銃が無無明の心臓にポイントされた。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 無無明とラーラとベルと蒼色の男が緊張感をもって沈黙する。

 しばしの沈黙の後、

「さすがだ」

 蒼色の男が感嘆とともに言を紡いだ。

「名を聞いていないな」

 無無明の言葉は挑発的だ。

「ドミニ……と言う」

 蒼色の男……ドミニは自身の名を告げる。

 無無明の心臓に銃口をポイントしたままで……である。

 無無明はドミニの額にポイントしたままズカズカと食堂のテーブルの上を歩く。

 そして手に持ったトレミーの銃口をドミニの額に突きつける。

 並行してドミニが手に持った銃の口を無無明の胸板に突きつける。

 ラーラは聖人ゆえに弾丸をくらって「何するものぞ」といった様子だが、目を白黒させている辺り展開についていけていないようだ。

 上座に座るドン・ベルは無無明の所有能力に驚愕していた。

 表情は穏やかだが瞳孔が開いている。

 そもそもにして普通の人間なら扉を開けた瞬間ハチの巣にされて終わっているはずなのだ。

 無無明は自動絶対防御ドラゴンスケイルを持っているため結果は違っていたろうが、それでも一発の弾丸も浴びず回避してのける直感と身体能力、構成員を漏らさず殺戮する手際の鮮やかさ、殺害に対するドライな感情とクソ度胸は正直に言って常識では語りきれない。

 なおかつそれらが契約者としての異能でないということがまた動揺を誘うのだ。

 血臭の充満する部屋に置いてラーラとベルが取り残され、無無明とドミニが互いの急所をポイントして鬼気を発しぶつけ合っていた。

「大した御仁だ」

 ドミニが苦笑する。

「お前もな」

 無無明がニヤリと笑う。

「矛を納めないか?」

 ある種当然の駆け引きだろう。

 無無明の銃がドミニの脳を、ドミニの銃が無無明の心臓を、それぞれ狙っているのだ。

 例え先手をとっても反射的に死に際に引かれる引き金で共倒れになる未来予想図は明確だ。

 しかして、

「無理」

 無無明は何の躊躇も動揺もなく引き金を引いた。

 銃声が鳴る。

 二つだ。

 無無明と、そこから間一髪のタイミングで出遅れてドミニが引き金を引いた。

 そして破壊された。

 無無明の心臓でもドミニの脳でもなく、二人の持つ銃が、だ。

「っ?」

 無無明は素早く結論を知って困惑し、

「…………」

 ドミニは銃の衝撃で頭部をはじかれるようにのけぞらせた。

 二人の持つ銃が自身の放った弾丸で壊されたのである。

 二人は互いに銃口を突き付けていた。

 零距離での銃撃だ。

 普通の人間相手なら貫いて終わりだが終始悉く二人は普通ではなかった。

 ドミニの銃よりの弾丸は無無明のドラゴンスケイルにはじかれて銃身を逆走……結果として自身の銃そのものを破壊した。

 同じことが無無明の愛銃……トレミーでも起きた。

 こっちはドラゴンスケイルではないが、ドミニの額は超硬金属で防護されていたのだ。

 故に撃ち貫けずトレミーはガラクタと化した。

 結果論で悟る。

「サイボーグか……」

 あるいはロボットか。

 既に現代科学は人と人工知能の境界線を簡単に踏み越えている。

 故に体を超硬金属で固めているドミニを指してサイボーグと予測した無無明はあまりにも聡かった。

「……先に言えよな」

 愚痴を漏らして壊れたトレミーを懐にしまう。

 それからタバコを取り出してくわえ、火を点けると、

「おら。起きろ」

 のけ反ったままのドミニの顎をテーブルの上から蹴りつける。

「銃弾を弾く防御能力……情報は正しかったと見える」

 ドミニは確認するように言って姿勢を整える。

 人工皮膚だろう。

 それが銃弾を受けたところだけ破けて金属光を示していた。

 サイボーグかロボットか。

 それについては無無明にとってはどうでもいい。

 ただ銃の効かない敵だと認識すればそれは零一にも通ずる判断基準だ。

「契約者だな?」

「だったらどうしたよ?」

「いや、確認したかっただけだ」

「ならもういいな」

 無無明は大きくアギトを開く。

 上座に座っているドミニをテーブルに立っている無無明が見下ろす形だ。

 そして無無明は契約者としての異能を行使した。

 ドラゴンブレス。

 そう呼ばれる異能だ。

 ドラゴンスケイルが防御能力ならこちらは攻撃能力としての異能。

 矛盾を体現するドラゴンの規格外を現すソレである。

 無無明の口から放たれたのは超高温プラズマのビーム砲。

 あらゆる質量を蒸発させる竜王の吐息。

 たとえドミニが全身を超硬金属で防御していようと防ぐこと叶わぬ絶対攻撃。

 それはドミニを蒸発させ、床を消失し、アオンの底辺を貫通するのだった。

 もっともアオンは『こんな事態に備えて』海水が都市内に入ってこないよう応急処置および修復作業は自動的に行われるが。

 ともあれ深淵を覗きこむような穴が出来て、そこにいたはずのドミニは圧倒的熱量によって蒸発し死に至る。

 無無明はその結果については頓着せず、ベルに視線をやる。

「で? 何のつもりだ?」

「問うのが遅い」

 ラーラとベルの思考が一致した。

 もっとも先に仕掛けてきたのはヘルクラネウムファミリーであるため弁解の余地はないが。

 無無明は紫煙を吸って吐く。

「わたくしとて本意ではありませんでした」

「今更だな」

 無無明の言うことがいちいち尤もだが、ベルはベルでしがらみに囚われているらしいことは察しえた。

「まずは理由を聞こうか」

「あなたの殺した男……ドミニは決定機関の使者です」

「…………」

 沈黙する無無明。

「しまった」

 と思ってももう遅い。

 決定機関の使者ともなれば割れ物取扱注意だ。

「性急過ぎたか」

 と思う反面、

「まぁいいか」

 というのも正直な感想だった。

「続けろ」

 終わったことは終わったことと前向きに考えて、タバコを吸いながら無無明はベルに言葉を催促する。

「銃弾の効かない魔術師……契約者の存在を漏らしたところ決定機関が大いに興味を示しまして……実際に銃弾を撃ってみてその魔術……異能を確認したいと仰ったのです」

「それであの凶行か……」

「然りです」

「…………」

 無無明はフーッと紫煙を吐く。

 ゆらめく煙に無常を見つめながら思案する。

「銃弾が効かない契約者がいてそれが何だってんだ?」

「そこまでは……」

 苦笑いをするベル。

 無無明も五つ程度の理由くらいは思いつけたが、正解を得る手段を自身の異能で消滅させてしまった。

 悔やんでいるわけではないが。

「なら決定機関に強制されて凶行に及んだと見て取っていいんだな?」

「はい。なるたけ穏便な処遇を求めます」

「殺してもいいが別に利することもないしな」

 タバコを吸いながらくつくつと笑う。

「なら帰っていいか?」

「それはもう」

「それから」

 今思いついたとばかりに……実際に今思いついたのだが……無無明は言葉を紡ぐ。

「懸賞金を取り外してくれないか? これ以上死者を増やしたくないだろ?」

「ええ。ええ」

 ベルは殊勝に頷いた。

 まさか最後の一兵になるまで無無明を襲ってもまったくと言っていいほど利は無い。

 なばれこそ無無明が妥協を引き出すのは容易だった。

 もっとも襲ってきたなら襲ってきたで返り討ちにするだけなのだが。

 無無明にはそれを可能とする攻撃能力がある。

 ドラゴンブレスがそれだ。

 ドラゴンブレスは無無明の口から発せられるが、その超高熱プラズマビームの太さは無無明の開いたアギトに大きさに比例しない。

 もっと言えば直径一キロのドラゴンブレスさえ発動させることが出来る。

 此度はドミニの消滅にのみ特化させたためドミニの肩幅程度にビームの直径を抑えたが、その気になればアオンそのものをドラゴンブレスで消滅させうることさえできるのだ。

 それほど戦力を持っているが故に無無明は不遜でいられる。

 アオン全体を敵にまわしても勝ちきる戦力であるが故に。

 無無明はスーッと煙を吸うとフーッと吐く。

「帰るぞラーラ」

「いいの?」

 この確認は、

「ヘルクラネウムファミリーを壊滅させなくていいのか」

 という疑問だったが愚問でもあった。

 無無明はクシャクシャとラーラのウィッグによる黒い髪を撫でる。

「ここでヘルクラネウムファミリーを潰したところで別の組織が優位に立つだけだ。なら話のわかる奴に委任する方がよほどいい」

「無無明がそう言うのなら……」

 ラーラも納得したらしい。

 二人はリムジンで五層の無無明探偵事務所まで送られた。

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