第13話 エンジェルダスト3

 本日の夜ご飯であるカルボナーラは丁寧で美味しかった。

 無無明は作り手のカオスを率直に褒め、ラーラはがむしゃらに胃に収めることでそれを評価と為した。

 カオスはといえば美味しいと言ってくれる無無明や美味しいと態度で示すラーラを見て、

「にゃはは」

 と笑うばかりだ。

 それからしばし食事の音だけが無無明探偵事務所二階のダイニングを支配する。

 全員が食べ終わりカオスが食後のアイスティーをふるまう。

 メイド服を着ているせいか給仕という概念に対しての親和性はそれはそれは高かった。

 もっとも本当のメイドさんとは違い、本人もまた自身のアイスティーを用意して一緒に楽しむのだったが。

「で」

 と無無明が閑話休題。

「状況はわかったか?」

 無無明の黒眼はカオスを捉えた。

 同時にカオスの碧眼も無無明を捉える。

 ラーラの白眼がキョロキョロと無無明とカオスをいったりきたり。

 無無明がアイスティーを口にする。

 ほぼ同時にカオスが口を開く。

「アオン全般で多少なりとも問題視されてるっすね。アオンの上層に行けば行くほど鳴りをひそめるっすけど、掃き溜めでは常習者は珍しくもないようで。ただ麻薬としての効能もそんなではないため中毒者の大半は耐性が出来上がって別の麻薬に流れる傾向があるっす。とはいえ遠慮も減ったくれもなしに頒布されているのも事実で特に一層では極端に常習者が多いっす。多分理由は……」

「問題が起きてもパージできるから……か」

 カオスの結論を無無明が奪った。

「然りっす」

 頷いてアイスティーを飲むカオス。

 アオンは多層構造体であり、下から順にパージ……切り離しが出来るようになっている。

 何者が麻薬……エンジェルダストを頒布しているのかは明確ではないが、一番初めにパージが出来る一層を好んでいることは想像に難くない。

「エンジェルダストの無料頒布に何か意図があるってこと?」

 ラーラが確認するように問う。

「にゃはは。と、考えれば自然ではあるっすけど……」

「何かの実験か?」

 茶を飲みながら疑問に首を捻る。

「ヘルクラネウムファミリーが干渉しないのも違和感っちゃ違和感っすね」

「まさか決定機関?」

「かどうかはわからんが何某かの背景は覚悟すべきだろうな」

 ラーラの怯えたような結論を打ち消して撹拌させる。

「さて、で? 目星はついているのか?」

「千里の道も一歩からっす」

「その一歩は?」

「一層の事情通に話を聞いてきてほしいっす。情報は送るっすから」

「情報屋ですか?」

「ドラッグデザイナーさんっす」

「なるほどな」

「でもでも」

 焦りがラーラの白い瞳を塗りつぶしていた。

「一層はまずくないですか?」

「何で?」

 心底わからないと無無明。

「だって無無明は私を助けるために業者を撃ち殺してるんですよ? 目を付けられたんじゃないかなぁ……なんて」

「まぁ別に気にするものでもないな」

「そうなんですか?」

「そうなんです」

 無無明はコックリ首肯した。

「銃程度じゃ死なない作りになってるから」

「はあ……契約者ですか?」

「ですです」

「何と契約したんです?」

「ご想像にお任せ」

「むぅ」

「にゃはは」

 口を尖らせるラーラに気楽に笑うカオス。

「じゃあ明日の方針は決まったな」

「僕がお留守番で無無明とラーラが出張っすね?」

「え? 私もですか?」

「武器火器兵器が効かない絶対防御に神之御手っちゅー絶対攻撃を持ってるんだ。連れていかない理由が無い」

「無無明の護衛?」

「そうとってもらえても構わんな」

「私自身も業者に狙われてるんですけど……」

「大丈夫だろ」

「ですかねぇ」

「邪魔する奴らはぶっ潰す。それが俺の信条」

「でも右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさいって……」

「馬鹿かお前は。不条理な暴力を受けたら一片の容赦もなく殺し尽くす……だろ?」

「…………」

 ある意味で清々しい無無明の言葉に反論する糸口を見つけられないラーラであった。

 そもそもにおいて精神の有り様があまりに違いすぎており、今回のラーラの同行はその摺合せの意味も含まれているのだ。

「ちなみに無無明とラーラはもう目を付けられてるから掃き溜めの何処にいようと問題ないと思うっすよ」

「いえ、大問題だと思えるのですけど……」

 力ない言のラーラに、

「にゃはは」

 と笑うカオス。

「心底どうでもいい」

 と表情が語っていた。

 それは見捨てようという意図ではなく、楽観論の産物だ。

 ドラゴンスケイルという自動絶対防御を持つ無無明。

 武器火器兵器が一切通用しない聖人ラーラ。

 二人が二人とも極めて人間という概念から遊離している。

 故にカオスの楽観論も的外れでは決してない。

「…………」

 無無明はアイスティーを飲み干すと、タバコを取り出して火を点けた。

 煙をスーッと吸ってフーッと吐く。

「ま、何事も経験だ」

「それが人を傷つけることもですか?」

「せっかく凶悪な能力を持ってるんだ。使わなきゃ損だぜ?」

「殺めず偽らず謀らず……そう孤児院では教えられたんですが」

「上層ならそれも通じるんだがな……」

 紫煙を吐いてくつくつと笑う無無明だった。

「悪魔ですか無無明は……」

「唯一神が絶対無二だと云うのならそれ以外の超常存在は悪魔に相違ないし、そと契約した契約者も悪魔の概念に限りなく近いだろうよ。ああ、旧教では三柱の大天使だけは例外なんだっけか」

「そこまで理解を深めておいて感応しないんですか?」

「理解を深めているわけじゃない。知識として知っているだけだ」

「似たようなものでしょう」

「真贋は常に似たようなものだ」

「…………」

 それ以上の説得を諦めるラーラだった。

 そこにカオスが割って入る。

「ラーラ、先にお風呂に入るっす」

 話題は転換点を迎え、俗世にまみれた。

「一番風呂を譲ってくださると?」

「にゃはは。うん。僕と無無明が一緒に入ってアレコレした後の風呂には入りたくないでしょ?」

「前から思ってたんですけど……」

 ジト目でラーラ。

「何だ?」

「なぁに?」

「よく今までツッコミ不在でやってこれましたね」

「別にボケてるわけでもないんだがな」

「にゃはは」

「…………」

 こめかみを押さえるラーラ。

「では先にお風呂を頂きます」

 相応の準備をして風呂場に向かうのだった。

「いつか受容できる日が来るのだろうか?」

 そんな命題に取りつかれるラーラだった。


    *


「なあああああああああんでこうなるんですか!」

 ラーラの悲鳴兼絶叫は銃声に撃たれて散り散りに掻き消えた。

 時間は昼。

 場所はアオン一層。

 無無明とラーラはアサルトライフルの吐き出す弾丸を避けるためにコンクリートのビルの陰に逃げ込んだ。

 無尽蔵にばらまかれる弾丸はコンクリートを貫通することは無いが、牽制に撃ち続けながら迂回し射程内に入ってしまえば無無明とラーラは弾丸を受ける羽目になるだろう。

「憎しみ買うことないじゃないですかぁ!」

 ある意味正論のラーラの叱責に、

「別に俺のせいじゃないし」

 ある意味正論の言い訳で返す無無明。

 アオン一層の人間は今、大きく二つに分けられる。

 一つは「我関せず」と厄介事から遠ざかる人間。

 一つは無無明とラーラを殺そうとする人間。

 無無明はヘルクラネウムファミリーおよび人身売買業者に喧嘩を売った身。

 そんな人間が「報復してください」とばかりに一層に降りてきたのだ。

 殺されたって文句は言えない立場であった。

 カオスによれば懸賞金までかかっているらしい。

 紳士協定を破った無無明を威厳にかけて粛清しようとする輩と懸賞金に目のくらんだ暴力嗜好者との殺意を一身に浴びるのも道理。

 時を少し遡行する。

 最初の発端は一発の弾丸だった。

 無無明が陰から飛び出してきたチンピラを持ち前のクイックドロウで銃殺したのである。

 ヘルクラネウムファミリーの末端構成員だった。

 タァンと銃声が轟いて人が一人死んだ。

 その絶叫こそ報復の呼び水となった。

 力無き人間たちが逃げる道程を遡ればそこは戦場になった。

 無無明およびラーラを殺すべしとの御触れが言葉や文面ではなく状況によって広まったのだ。

 ある種一層における暴力の抽出概念そのものを敵にまわしたと言っても過言ではない。

 結果として死体が積みあがったが死に神の名簿に無無明とラーラの名前は無い。

 名も知らぬ暴力嗜好者たちが次々と奈落の切符を握るはめになったのだった。

 無無明は量子指向性アクチュエータによって事実上弾切れの無い愛銃トレミーを用いて敵対する人間を殺してまわった。

 しかも素早く、そして的確に、加えて先手を取りながら。

 ラーラは神之御手……超音速で伸びる腕で敵対する人間の肩や脚を消失させ無力化するにとどめたが、その無力化された人間すら無無明の容赦の対象にはなりえない。

 結果として敵をラーラが無力化して無無明がとどめをさすという構図になった。

 そして時が現在へと戻る。

 アサルトライフルの牙から難逃れた無無明とラーラが言い争う。

「これじゃ鏖殺するまで止まらないよ!」

「なら鏖殺するまでだ」

「新たな憎しみを生み出すよ!」

「知ったこっちゃないな」

 既に数十人を銃殺しているが無無明の瞳には罪悪感も後悔も懺悔も存在しない。

 というかそもそも「命」というものに対して敬意を払ってすらいないようでもあった。

「先討ちは尖兵の花形だ。行ってこい」

 いまだアサルトライフルをもったチンピラの銃撃は続いている。

 無無明のトレミーと同じく弾切れを起こさないタイプなのは想像に難くなかった。

 故に無無明とラーラはコンクリートの壁に避難したのだが、無無明はラーラの尻を蹴っ飛ばしてアサルトライフルの射線上に突き飛ばした。

 ラーラが飛び出すのと並行してチンピラの銃撃はラーラという存在を狙った。

 結果だけ言えば無駄に終わったが。

 無無明の異能たるドラゴンスケイルは弾丸の貫通力こそ無益と化すものの着弾における衝撃までは消しきれない。

 無論銃弾程度なら「軽く小突かれた」ほどの感覚しか覚えず無敵と言えばそうなのだが。

 しかしラーラの聖人としての防御力はそれを遥かに上回る。

 例えるのならばそれは熱い紅茶に入れた角砂糖の粒子化を、時を速めて再生するようなものだ。

 弾くでも防ぐでも拒むでもない。

 ラーラを襲った弾丸はラーラに触れるや否や粒子と化して消え失せる。

 銃声は轟く。

 銃弾はばらまかれる。

 だがラーラになんら害するものではなかった。

 ラーラは神之御手をくってアサルトライフルの持ち主の脚……その動脈を損傷させた。

 絶叫が上がった。

 銃声が止まる。

 無無明の決断は早く的確で容赦なかった。

 コンクリートビルの陰から飛び出して、足を押さえて苦痛に苛まれるチンピラの悲鳴を銃撃で黙らせた。

「ふう。やっぱ便利だなお前」

 無無明は率直に褒めたつもりだったが、

「殺人の片棒を担がされた」

 ラーラとしては皮肉にしか聞こえなかった。

 火山が噴火するには相応のマグマと地殻エネルギーが要る。

 ラーラの無無明に対する評価もそれに近い。

「無無明! あなたは……!」

 噴火憤激しようとラーラが口を開いた次の瞬間、

「っ!」

 タァンとまたしても銃声が響いた。

 トレミー。

 無無明が陰から飛び出してきた無法者を撃ち殺したのである。

 また……人が死んだ。

「無無明!」

 ラーラが鋭く無無明を呼ぶ。

「なんだ?」

 無無明は新たに追加された死者の記憶を既に忘れてラーラへと意識をやる。

「殺すことはないでしょう!」

 それは正義や正道による言葉だが生憎と無無明には縁の無い概念でもあった。

「後々禍根を残すよりマシだ」

 実利一択でそう返す。

「憎悪は憎悪を呼びます! あなたのやっていることは憎しみの波紋を広げているにすぎません」

「…………」

 無無明はまたトレミーを撃った。

 銃を構えて今にも無無明を撃ち殺そうとしていたチンピラが逆に撃ち殺される。

 そしてそれが無無明のラーラに対する答えに他ならなかった。

 即ち、

「邪魔する奴らはぶっ潰す」

 というとてもシンプルな回答だ。

 無意味に死んだチンピラの死体を睥睨しながら、

「しばらくは大丈夫だな」

 結界に害意を感じずタバコに手を出す。

 一本口にくわえて火を点けると、紫煙を吸って吐く。

 くゆる煙は別に死者への焼香というわけではない。

「何故そこまで自身を貶めるのです!」

 無無明の躊躇なき殺人にやるせなかったのだろうラーラが詰め寄る。

「逆に聞くが何ゆえ殺人程度で俺は貶められるんだ?」

「それは……だってそうでしょう?」

 ラーラにとっての当然が無無明にとっての当然とは限らない。

 無無明は吸った紫煙をフーッと吐くと、

「俺が最も忌み嫌うプロパガンダを教えてやろうか」

 そう言った。

「……何です?」

 ここで引くわけにはいかないのはラーラにとって当然だが、そんなラーラの姿勢を無無明は鼻で笑った。

「憎しみの連鎖……だ」

 憎しみは憎しみを呼ぶ……罪は罪を呼ぶ……殺意は殺意を呼び……暴力は暴力を呼ぶ。

 そんなプロパガンダを、

「忌み嫌う」

 と無無明は言ったのだ。

「事実、私たちの暴力は一層の人間の暴力の呼び水になっているでしょう?」

「私たち」

 というところにラーラの心の内の罪悪感を感じ取りながら、それでも平然とタバコを吸う無無明。

「別にやったからやりかえされているわけじゃないさ」

 無無明にとっては自明の理だ。

 ラーラにとってはピントのずれた回答だったが。

「では何故私たちは次から次へと襲われるのです!」

「こっちを弱者だと思っているからだ」

 淡々と言ってタバコを吸う。

「憎しみが憎しみを呼ぶ? 暴力が暴力を呼ぶ? 罪悪が罪悪を呼ぶ?」

「違うとでも?」

「違うな」

 いっそさっぱりと。

「その論理には《泣き寝入りする人間》が含まれていない」

「っ?」

 ラーラの困惑。

「わかってるよ」

 と無無明は言う。

 結界内に不穏な動きが無いことを察して……無無明はラーラとの道徳と正義と真理のディベートを開始した。

「まず確認するが……人間は何でノアの方舟にいると思う?」

「アポカリプス故でしょう」

「五十点」

「……聖人による虐殺から逃れるためです」

「だな」

 フーッと紫煙を吐く。

「聖人は暴力によって人間を虐殺し多くの文明を蹂躙した。アオンの住人の中には親しき者を聖人に奪われた人間だって少なくは無いだろう」

「…………」

「さて……暴力が暴力を呼び、罪悪に対して復讐が必然であるならば……何故人間はアオンに引き籠っているんだ? 何故命を賭して聖人という不条理に復讐しない? 百億人近い人命を奪われておきながら何故復讐心に猛り狂うこともなく戦々恐々として聖人に恐れ屈している?」

「それは……」

「もうちょっとスケールを小さくするか。一層を取り仕切っているのはヘルクラネウムファミリーってマフィアだ。逆らう奴は殺し麻薬を売りさばいては人身売買に手を出す。なんでそんな罪一色の組織に一層の人間は抗わない?」

「…………」

「別に組織じゃなくてもいい。ファミリーの末端が罪を犯すこともあるだろう。犯罪が罷り通っている。虎の威を借る狐だがな。お前を保護していた孤児院だってお前のせいで襲われたんだろ? 仮に生き残りがいるとしてそいつらが復讐に奔ると思えるか?」

「…………」

 返す言葉をラーラは持っていなかった。

 無無明は煙を吸って吐く。

「御覧の通り……強者の不条理に対して弱者は泣き寝入りするしかない。聖人に対する人間がそうであるように。マフィアにとっての一般人がそうであるように。銃に対して無手がそうであるように」

 表情に浮かぶは会心の笑み。

「憎しみの連鎖? は! もし本当に憎しみが連鎖するなら人間は聖人に最後の一人になっても復讐行為をして全滅させられてるはずだろ? 五億人の人間がアオンに逃げこんで安穏と暮らしているはずもあるまい?」

「…………」

「憎しみの連鎖ってのはな……泣き寝入りするしかない弱者を切り捨てた理想論だ。いや、理想論どころか虚空論だ。いつだって弱者は傷害や破産や自殺に追い込まれて復讐なんて考えない。お前も存分に心当たりはあるだろう?」

「っ」

 言葉を探すラーラ。

 タバコを吸う無無明。

「でも……自分がされて嫌なことを他者にするのはどうでしょう?」

 道徳的に立派な言葉だったが皮肉にも聖人としての存在がラーラを貶める。

「じゃあ聞くが」

 無無明はタバコを楽しみながら問う。

「お前は銃撃を受けて不利益を被るのか?」

「それは……」

「自分がされて嫌なことは他者にしてはいけない……か。その言葉は正しい。なるほど俺だってされて嫌なことは山ほどあるし、それを他人にしようとは思わない。だが聞くが俺やお前は銃撃を受けて嫌な思いをするだろうか?」

「…………」

「俺は銃撃程度に嫌な思いはしない。お前に至っては徒労に過ぎんだろう? なら別に他者を銃撃したところでソレを自分に当てはめることはないんじゃないか?」

「それは……!」

 そこまで言ってラーラの言葉は雲散する。

 あまりにシンプルかつ強烈な無無明の理屈に返す言葉が無いのだった。

 無無明とラーラが狙われるのは別に協定を破り憎しみを買ったからではない。

 憎しみを買ってなおかつ《復讐できる弱者》と認識される者だったからだ。

 弱者……つまり泣き寝入りする他ない人種と思われたから攻撃される。

 これが仮に強者ならば一層の人間とて手出しはしてこない。

 逆に泣き寝入りする他ないのだ。

 事実一層の人間を殺してまわっている無無明とラーラに対して一層のチンピラたちは二の足を踏む状況となっている。

 相手が強いとわかれば正義感も復讐心も芽生えることなく霧消する。

 相手が弱いからこそ復讐という行為は成立するのだ。

 だからこそ無無明は「憎しみの連鎖」というプロパガンダを笑い飛ばす。

「弱者の泣き寝入りを無視したテーマ」

 であると。

 強者は強者らしく。

 弱者は弱者らしく。

「右の頬を打たれたら?」

「もちろん一片の容赦もなく殺し尽くす」

 その言葉通りに実行するのだった。

 また銃声が鳴る。

 無無明のトレミーが襲おうとしたチンピラを撃ち殺す。

 先読みというより……もはや未来予知にも近い判断だ。

「なんで襲う人間がわかるんですか?」

 ラーラの非難は鳴りをひそめ、無無明の判断と殺戮に対する能力に疑問を呈した。

「熱探知による結界だ」

 無無明の説明は簡潔を極めた。

 納得させるつもりもないようだったが、ラーラは深く突っ込んだ。

「熱探知?」

「蛇にはピット器官ってのがあるだろ。科学的に言うサーモグラフィだ。俺の異能はそれに似た機能を持つ。熱を持った存在……この場合は人間だな……の位置や人数や距離や移動速度や体勢や引き金を引く動作を半径五百メートル……直径にして一キロの範囲内で察知できる異能だ」

「蛇の悪魔との契約者なんですか?」

「そゆこと」

 タバコを吸いながら肯定する無無明。

「それよりそろそろ件のドラッグデザイナーの住居近くだと思うんだが」

 話題を現状に戻す。

「襲ってきそうな人間はいますか?」

「俺の結界内にはいないな」

「なら安心ですね」

 ラーラにとっては納得のいかないことであり、襲われたから襲い返すというのは軽んずることではなかったのだ。

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