第12話 エンジェルダスト2

 無無明探偵事務所。

 その一階が仕事場で二階が生活空間となっている。

 その寝室でスヤスヤと無無明は寝ていた。

 そしてまたいつも通りカオスのフレンチキスで目を覚ます。

 正確には濃厚なキスによって強烈なミント臭のする錠剤を口内に送りこまれて、だ。

 ラーラは「うへぇ」と無無明とカオスのラブラブっぷりに辟易していた。

 それもまた仕方ない。

「おはようカオス」

「にゃはは。おはようっす無無明」

「ぶれませんね二人とも」

 ラーラの白い瞳はジト目だ。

 ここでは何の効果も無いが。

「今日の朝飯は?」

「高菜チャーハン」

 例によってラーラのは大盛りである。

 朝食をパッパと終わらせて無無明は漆黒のレザーコートに黒いパンツと云う全身黒尽めになると探偵事務所の掛札である「クローズド」を「オープン」にひっくり返し、所長椅子に座ってタバコを吸い始めた。

「いつもあんな感じですか?」

「にゃはは。だね」

 そんなラーラとカオスのやり取り。

 無無明はギシリと所長椅子にもたれかかって紫煙をフーッと吐いた。

「仕事しなくていいんですか?」

 ある意味当然の質問に、

「今日はやる気が出ないから休憩」

「なら掛札をオープンにするなよ」

 というツッコミを入れる者はいない。

 カオスは自身の席に座ってパソコンを弄っている。

 このご時世に少し面倒であることは否めないが、ブレインアドミニストレータを持っていないためこうするより他に無いのも事実だ。

 ネットワーク管理社会に対するアンチテーゼではあるが状況に即すことは色々と不都合が生じることもあり、こういった形態をとらざるをえないのもまた弁解のしようのない現状である。

 無無明はアオンの決定機関の末端である特務士官から掃き溜めに流行っている「エンジェルダスト」という名の麻薬の調査を依頼されているが、

「今日は気が乗らない」

 という理由だけでボイコットしているのだった。

 これが無無明探偵事務所をして零細とみなされる原因なのだが本人……どころかカオスさえも気にしていない。

 ちなみに正式に無無明探偵事務所の助手二号となったラーラは応対スペースの黒革のソファに寝っ転がって時間を潰していた。

 無無明は今日一本目のタバコを灰皿に押し付けて鎮火させると、

「なぁラーラ」

 とソファに寝転んで「シネマレコード」と呼ばれる映画フリーク必須の雑誌を読んでいるラーラに声をかけた。

「なんでしょう?」

「お前聖人なんだよな?」

「半分はですけど」

「武器火器兵器は通じるのか?」

「通じるならとっくに人身売買業者に足を撃ち抜かれて行動不能になってます」

「そりゃそうか」

「納得」

 と無無明。

 そして二本目のタバコに火を点ける。

 スーッと煙を吸ってフーッと煙を吐く。

「暇だ」

「にゃはは。なら依頼を行使すれば?」

 言ったのはカオス。

 容赦ない言葉だが誠意は含まれていない。

 この場合の依頼とは、

「エンジェルダストの捜査」

 だが無無明にやる気は全くなかった。

「中央さんは何か言ってきてないか?」

「浮気調査が一つ」

 視線ポインタでパソコンを操作しながらカオス。

「どうせピンハネだろ?」

「いつものことじゃないっすか」

「然り」

 苦笑する。

「なんなら私が引き受けましょうか?」

「外に出ることに抵抗は無いのか?」

 この無無明の言葉はラーラを心配してのモノだった。

 白い髪に白い瞳に白い肌。

 例え、

「そうだ」

 と思わなくとも聖人を想起させるにふさわしい外見だ。

 事実聖人なのだが。

「大丈夫ですよ。そのためにウィッグも買いましたし」

 かぽっとウィッグを頭に乗せるラーラ。

 ちなみにラーラが来ている服はカオスが見立てたゴスロリだ。

 さらに黒いロングのウィッグを被り、無無明に勝るとも劣らない黒尽めと化すラーラであった。

 ちなみにカオスはメイド服。

「ええと依頼人は……住所は……対象は……」

 カオスが上層のピンハネ仕事の仔細をラーラに話す。

「で、浮気現場を押さえればいいと」

 確認するラーラに、

「っすね」

 カオスはコクリと頷いた。

「うん。探偵っぽい」

 どこかラーラは嬉しそうだった。

 助手となって日は浅いが……それ故に捜査という行動に夢を見ている部分があった。

「…………」

 無無明はタバコを吸うばかりだ。

 そもそもにして探偵が華やかな仕事というのはエンターテイメントの中での話である。

 決して事件現場に割り込んで警察のお株を奪うような仕事ではない。

「その辺わかっているのか?」

 とは思うが水を差すのは野暮だろうことも無無明は理解していた。

「でも」

 とさっきまでノリノリだったラーラが躊躇った。

「どした?」

「浮気現場を押さえれば家庭崩壊に繋がるんじゃありませんか?」

「それについては他者の自己責任だろ」

「むぅ」

 納得いかなげらしかった。

「なんなら俺が担当するが?」

「大丈夫です。やってみせます。無無明探偵事務所の助手としての初仕事です」

「さいか」

 それ以上言うことは無いとばかり無無明は頷いた。

 ラーラは情報端末で確認すべきを確認すると、

「行ってきます」

 と敬礼して事務所を飛び出した。

「がんばれ~」

 まったく誠意の感じられない激励がその背中に送られた。

 それから無無明はというとタバコを吸ってニコチンを摂取し紫煙を吐く。

 情報端末から対象の関係者に連絡を入れて大まかな素行を聞くと、それをデータに置き換える。

 そのデータを受け取ったカオスが報告書を作る。

 これにて浮気調査は完了である。

 やる気満々で飛び出していったラーラには酷だがこれが探偵の仕事のやり方と言って差し支えなかった。

 いちいち他者の浮気を調査するのに待ち伏せ尾行盗撮を行なうなど愚の骨頂。

「報告書、中央さんに送るっすよ?」

「待て」

 フーッと紫煙を吐く。

「せめて今日くらいはラーラの結果報告を待とうぜ」

「空振りに終わると思うっすけど」

「まぁ探偵がどういうものか知るいい機会だ」

「にゃはは。然り」

 とカオスも同意した。

 無無明はタバコを吸う。

「む・む・みょ・う?」

 すると今度はカオスが猫なで声を出した。

 碧眼には艶やかな色が浮かんでいる。

「何だ?」

 わかっていてなお問う無無明。

「仕事も終わったし」

「終わったな」

「ラーラもいないし」

「いないな」

「抱いて?」

「…………」

「だろうとは思ったが」

 と結論付ける。

「まぁ今日は他にやることないしな」

 タバコの火を消すと、無無明はむしろ自分に言い訳するのだった。

「にゃはは。やたっす」

 同意を得られてカオスは嬉しそうだ。

 そして無無明もすっかりその気になったのだった。

 以下略。

 大人の時間が終わって、汚したシーツを洗濯し干すという作業をカオスが率先してやって、そのシーツが渇こうとした時間にラーラが帰ってきた。

 無無明とカオスは情事の後なぞ微塵も感じさせない表情で一階の事務所に戻っており、一人はタバコを吸いながら映画を見、一人はパソコンからネットを介してイリーガルなことをやっていた。

 ちなみにお客は来ていない。

 そんな二人が、

「お帰り」

 とラーラを歓迎すると、

「ただいま」

 と嬉しそうに答えてラーラは、

「やりましたよ」

 と自慢げに結果を報告した。

 浮気調査の報告書は既に出来ているがラーラの苦労を徒労にするのも忍びなく、やむなく結果を聞く無無明であった。

「浮気現場を押さえました」

 ラーラはモーテルに入る対象と浮気相手の映像をデータとしてカオスに送った。

 明確な証拠ではあるが、

「どうしたものか」

 というのが本音だ。

 報告書はもう出来ている。

「修正を加える必要はあるか?」

 タバコを吸いながらカオスに問う。

「まぁこれくらいなら。何より明確な証拠になるっす」

 というわけで一段位の高い報告書を作って中央さんに送るカオスだった。

 困惑したのはラーラ。

「え? もう報告書作ってたんですか?」

 意味がわからないと言いたげだ。

「ま、大人のやり方って奴でな」

 無無明は飄々と。

 フーッと紫煙を吐く。

「私の努力はいったい……」

「いや、いい仕事だった」

 したいのかどうかわからないフォローだった。

「じゃあ今日は閉店するか。ラーラ、掛札をクローズドにしといてくれ。カオス、今日の晩飯は?」

「パスタとかどうっすか?」

「私大盛り!」

「言われずとも」

 それがカオスの素直な感想だった。

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