第6話 聖人ラーラ2

「星空の距離と僕らの心、いったいどっちが遠いだろ~」

 半端に歌を唄いながらカオスは朝食の準備をする。

 フライパンで大きめのウィンナーを焼き、パンに挟んでホットドッグを作る。

 インスタントのコーンスープ。

 サラダ。

 朝食を作った後はコーヒーの準備に取り掛かる。

 そして最低限の目処をつけるとエプロン姿のまま寝室に入る。

 ベッドには全裸の(とはいってもやはり下半身はタオルケットで隠しているため見苦しくは無い)無無明がいた。

 健やかな寝息とともにヒュプノスの寵愛を受けている。

 ちなみに右腕は真横に伸びていた。

 カオスが情事を終えた後、

「腕枕をして」

 と懇願したせいだ。

 付き合う無無明も大概だが、もとよりそんな関係だと割り切れば特に問題もないと無無明は言う。

 寝ているが。

「むーむーみょうー?」

 愛らしい……カオスは金髪碧眼の絶世の美少年である……カオスの文言に、

「…………」

 沈黙を貫く無無明。

 もとより寝つきは良く、逆に起きるのが苦手な無無明である。

 言葉だけで起きるのならカオスも苦労はしない。

 ふとカオスは、

「無無明が寝ている間に無無明の男根を刺激したらどうなるか」

 という不埒な考えを想起した。

 実行に移すのは止めておいたが。

 ともあれ後はいつも通りのルーチンワーク。

 カオスはミントの錠剤を口に含むと寝ている無無明にディープキスをして錠剤を無無明の口内に送るのだった。

 強烈なミントの香りに咳き込みながら無無明が覚醒する。

「毎度毎度……ゲホッ……」

 文句を言いつつ無無明は起き上がる。

 それからヒラリと寝室を抜け出たカオスを見送った後、部屋着に着替えた。

 ミントの錠剤を味わって眠気を追い出すとダイニングに顔を出す。

 ダイニングテーブルには既にカオスが着席していた。

「おはよっす」

「ああ」

 何気なく挨拶を交わして無無明が席に着く。

 それから犠牲に感謝して無無明とカオスは朝食を開始した。

「コーヒーは?」

「食後に宜しく」

「にゃはは。わかったっす」

 快活に答えるカオスだった。

「…………」

 生来の眠り癖とミント臭の睡眠妨害で睡眠と覚醒をうつらうつらと行き来しながら無無明はホットドッグに大量のマスタードを塗りたくってかぶりつく。

 プチンと皮の切れる音がして肉汁が口内に広がる。

 総じて美味であった。

「ウィンナーって……」

 しみじみとカオスが言う。

「何だ?」

「男根を想起させるっすよね」

 朝食には有り得ないことを。

「…………」

 何を言えというのか。

 無無明の目がそう語った。

「まぁでもこんなウィンナーよりも無無明の方が逞しいんすけど」

 ちなみにホットドッグ用のウィンナーであるためそれなりの大きさを持つ。

「俺のはもうちょっと謙虚だ」

「本気で言ってるっすか?」

「誤魔化してどうなるもんでもないだろう?」

「にゃはは。謙虚が美徳は日本人特有っすね」

「うるせえよ」

 憮然としてホットドッグにかぶりつく無無明。

 釈然としない。

「いらんことを聞かされたせいで」

 無無明の目はそう語っていた。

「無無明の男根は素敵っすよ?」

「食事中に持ち出す話じゃないだろ」

「食事中以外だったらいいんすか?」

「まぁ……」

 ぼんやりと肯定する無無明。

 そしてサラダをシャクリ。

 なんとなく気まずい雰囲気を覚えるのだった。

「ラーラとエンジェルダストの捜査は?」

「今日から」

 躊躇いなく。

「にゃはは」

 カオスも納得したようだ。

 コーンスープを飲む。

「しかしアオン五層以下を探すには広いと思うっすけど」

「まぁ色々と聞き込みから始めるべきだな」

 当然だと無無明は言う。

「特にエンジェルダストについては前金でもらってるし」

「にゃはは。適当に誤魔化すわけにはいかんすか?」

「無料で頒布される麻薬ってのにも興味はあるしな。情報屋に売れば金になる」

「情報屋は既に掴んでいると思うっすけど」

「まぁ金はとらんでも別段構わんが」

 そう言って無無明は朝食を食べきった。

「ご馳走様でした」

 パンと一拍。

「どうもっす」

 首肯して、

「にゃはは」

 とカオスが笑う。

「コーヒー……飲むっすよね?」

「ああ。よろしく頼む」

 一つ頷く。

 カオスはパタパタとキッチンに消えていき、それからホットコーヒーを持ってパタパタとダイニングに姿を現した。

「はい。コーヒーっす」

「どうも」

 当然のように受け取って無無明はコーヒーを飲む。

 無論ブラックだ。

 無無明は、

「ハードボイルドたれ」

 という心情を常としている。

 タバコを嗜むこともウィスキーやブラックのコーヒーを愛飲することもその一端である。

「うん。いい香りだ」

 満足そうに無無明はコーヒーを飲むのだった。

「手ずから淹れたんだろ?」

「それはもう」

 コクリとカオスは頷く。

 量子指向性アクチュエータを使えば簡単に高級コーヒーを具現化できるのだが、カオスは手ずから淹れることを望んだ。

 そんな心の動きはしっかりと無無明に伝わっている。

「ああ、美味い」

 コーヒー一つに感嘆する無無明だった。

 リップサービスがあるのは否定できないが、それが無無明の正直な感想であることもまた事実である。

「光栄っす」

 カオスは苦笑した。

 これらは何度もされたやり取りであるからだ。

「受付はどうするっすか?」

「しばらく休業」

 コーヒーを飲みながら無無明は言う。

「ちょっと手を離せない状況だからな」

「にゃはは」

 カオスは気楽に笑う。

「中央さんから来たら?」

「適当に応答してくれ」

「僕に任せるってことっすか?」

「そう言ってる」

「にゃははぁ……」

 笑いながら困惑するカオス。

「僕に出来るっすかね」

「どうせ回ってくるのは素行調査の依頼だろ」

「それはそうっすけど……」

「まぁ俺がいなくともお前なら出来るだろ?」

「っすかねぇ……」

「屋外に出る必要もあるまい」

「っすかねぇ……」

 繰り言するカオス。

 困ったように頬を掻く。

「無無明はどうするんすか?」

「蛇の道は蛇ってところだな」

 コーヒーを飲みながら無無明は言を紡いだ。

 今日の無無明探偵事務所は「クローズド」のままで客を排斥するのだった。

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