第5話 聖人ラーラ1

 金髪碧眼にカジュアルな服を着た美少年が問うた。

「ってことはラーラとエンジェルダストを探ると?」

 黒髪黒眼の黒いレザーコートに黒いパンツという黒尽めの青年が答えた。

「そういうことになるな」

「例によって僕はお留守番っすか?」

「役に立ちたいなら事務所の掃除やファイルの整理でもしといてくれ」

「にゃはは。そういうことならサポロボ買おうよ」

「あんまり回線に繋ぎたくねえな」

「スタンドアロンタイプだってあるよ?」

「ブレインユビキタスネットワークの範囲内だしなぁ……」

「にゃはは」

 無無明探偵事務所の所長と助手は今寿司屋に来ていた。

 回転寿司だ。

 アオンの階層で言えば五層にあたる。

 六層以上の治安の良い管理社会に住む人間は五層以下を無法地帯だと思っている。

 事実無法地帯ではある。

 警察力の介入を許さず決定機関も介入を避けている。

 かといって本当に殺戮と凌辱と堕落だけの都であれば、そもそも経済が回らず社会として構成されない。

 パンや肉が滞れば生きていけないのだ。

 掃き溜めと呼ばれる五層以下の社会は警察の代わりに犯罪組織によって統率されておりルールや紳士協定は確かに有る。

 まして単純計算で一層につき約一千万人……合計して約五千万人が五層以下に住んでいるのである。

 その全てが犯罪者というのは無理な理屈であった。

 善良な人間は確かに存在するし治安の良い所とて珍しくもない。

 警察力も法も当てには出来ないが、かといってやたらめったら全部が全域で犯罪が行なわれているわけでもないのだ。

 無無明とカオスが席についている回転寿司屋もそんな掃き溜めの中でも治安の良い場所にあった。

 太平洋は魚が良く取れる。そうでなくとも量子指向性アクチュエータによって新鮮な魚は再現できる。

 五層である以上おそらくは後者だろうが、そんなことを気にする二人ではなかった。

 無無明は鯛を、カオスはウニをとって頬張る。

「ん~。美味しい」

「どんどん食え」

 言いながら無無明も鯛の握り寿司を食べる。

 貧乏な二人が回転寿司に来るのは稀である。

 アルベルトからの報酬が無ければ戸を叩くことも出来ない。

 もっとも此度にアルベルトからもらった前払いは大金とよんでいい額であり回転寿司くらいで揺らがないモノではあったが。

「やっぱりお金があると心に余裕が生まれるっす」

 皮肉げなカオスに、

「だな」

 無無明も同意する。

 いくら量子指向性アクチュエータによって最低限の衣食住が保障されていると言ってもその維持には税金がかかる。

 決定機関に持っていかれるのだ。

 で、ある以上やはり人は働かねばならないのだった。

 無無明とカオスはそれが探偵だというだけだ。

 イクラを食べる無無明。

 サーモンを食べるカオス。

「そう言えばっす」

 寿司を咀嚼嚥下してカオスが新たな話題を展開する。

「なんだ?」

 律儀に答える無無明。

 白湯を飲みながら。

「ネットに変な噂が流れてるっす」

「ネットは変な噂が流れるからな」

「聞きたくないっすか?」

「お前に任せる」

「アオンに聖人が現れたって話っす」

 むしろさっぱりと言ったカオスの言に、

「…………」

 思わず沈黙する無無明。

 白湯の入った湯呑を落とさなかったのは幸いだったろう。

「正気か?」

 我知らず問う無無明だった。

「僕が言ったことじゃないっすよ。あくまでネットの噂っす」

「それにしたってだな……」

「無無明は信じるっすか?」

「まさか」

 否定する。

「だいたい聖人は大地に根差す存在だろう?」

 それが一般的な新人類……聖人の定義だ。

 一つ、地面よりエネルギーを供給しているため地面を離れることが出来ない。

 一つ、神之御手と呼ばれる絶対殺害方法で旧人類を駆逐する。

 一つ、人間の発明した武器火器兵器は一切通用しない。

 一つ、個別の意思を持たず全体論にて動く。

 一つ、白い髪に白い瞳に白い肌を持つアルビノである。

 そして第一の定義に則るなら聖人は地面と接続して糧を得ている。

 それ故に旧人類である人間は海に逃げたのだから。

 聖人が地面から離れられない以上、海および海に浮かぶノアの方舟に手出しは出来ないはずであるし、実質その通りなのだ。

「地面に足を付けなくとも活動できる聖人がいると?」

「にゃはは。あくまでネット上の噂っす」

 知ったこっちゃないとカオスは笑う。

「それに仮にいるとしても……ならば大虐殺が起こらないのは不思議っす」

「……だな」

 無無明も同意する。

 聖人は人間に対する唯一神の憎悪の表れだ。

 人間を否定し殺戮する存在。

 それが聖人であるはずだ。

 仮にアオンに聖人が現れたとする。

 聖人は人間の武器火器兵器に対して無敵である。

 である以上殺されるのを待つ以外の選択肢は人間には無い。

 軍隊を以てしても止められない。

 それが聖人である。

 そんな聖人がアオンに現れたとカオスは言う。

 しかしてカオスも否定的な言葉を口にする。

 当然だ。

 本当に聖人がアオンに現れたのなら悪夢が起きても不思議ではない。

 唯一神の憎悪の象徴。

 たとえ一体だけであってもアオンを滅ぼすには十分である。

 そして現在そんなニュースは無い。

 ソースも無い。

「物騒な都市伝説だな」

 無無明はそれを噂話と割り切った。

 必然だったろう。

「ちなみにどこで知ったんだ?」

「某巨大掲示板」

 それがネット掲示板であることは言わずともわかる。

 無無明はウニの軍艦を食べながら情報端末から掲示板に向かう。

 確かに、

「アオンに聖人が出た」

 というスレッドがあった。

 しかして勢いもなくレスも少ないスレッドである。

 試しに詳細を尋ねるために書き込みをしようとしたところ、システムに弾かれた。

「?」

 首を傾げる無無明。

 特に何をするでもないのに書き込み禁止のエラーが起こったのだ。

「異様に書き込みや勢いが少ない理由か」

 そう思って、

「待てよ」

 と思案する。

「聖人がアオンに現れた」

「神之御手を使った」

 そんな、

「狂乱した」

 としか思えない書き込みばかりがスレッドを支配している。

 対するレスも、

「証拠を見せろ」

「演出乙」

 などの冷ややかなものばかりである。

 これでは真実に迫れない。

「気づいたっすか?」

 意地の悪い笑みを浮かべるカオス。

「どうも上ではこれを都市伝説にしたがっているみたいっすね」

「じゃあこの情報は……!」

「確定ではないっすよ」

 さっぱりと言われる。

「にゃはは。先にも言ったように本当に聖人がいるんならもっと大騒ぎになっているはずっすから」

「あ、ああ、だよな」

 無無明もあり得ない思考を放棄した。

「しかし……」

 軍艦を頬張る。

「火の無い所に……って言うしな」

「聖人がエネルギーの供給を克服したと?」

「有り得ないな」

 苦笑してやる。

「それなら本当に虐殺が起こっているはずだ」

「然りっす」

「まぁ俺やお前には問題にならないことだが」

「それも然りっす」

 そこで打ち切りになり、久しぶりの奮発に話題は移った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る