Beat It!! - 3

 しかも正規のエントランスじゃなくて、裏から?

 ここって関係者か出演者しか出入りできないトコですよね?

「お疲れさまんさー」

「たばさー」

 そんな特別なゲートを源子さん、海外のセレブみたい優雅にパスを掲げて通って行った。

 え? え? ちょっと待って下さい?

 もしかして源子さんがさっき言ってた【やるべきこと】ってもしかして?

「これ」

 バックヤードの一室、その扉に貼られた紙には、


 『バンド名未定 様( 代表 : 彩波悠弐子 )』


「えっ? えーっ?」

「ちゃっちゃと着替えちゃって。稽古不足を幕は待たないよ」


 で……気がついたらこうですよ。

 着替えを終えた私たち、舞台袖で待機中。

 着替えと言っても、痴女スーツにパレオ式のスカート&ブラのアタッチメントパーツ着ければ、アッという間にガールズバンドっぽい装いに大変身です。

 いやいや? ガールズバンドというよりも、はっちゃけ気味のマイナーアイドル?

 ボディスーツの厚ぼったい生地と豪快に開いたデコルテのせいでしょうか?

 舞台衣装なら、こんなもんかもしれないんですけど……

(まぁ、客がポツンポツンの前座なら……笑って済ませられますよね?)

 表から見るとリフォーム済みの、そこそこ小綺麗な店に思えたんですが、裏に回れば築何十年だか分からない古臭い小屋で、そこらかしこらに補修跡が露出してますし……そんなに格調高い箱でもないんでしょう、たぶん。身内濃度が濃い、こじんまりとしたステージですよ、おそらくは。

 ウォォォォォォォォォォッ!

「!!!!」

(なんとかならないかもしれない!)

 うん! ならない! 全然ならないよコレ!

「ちょちょ、ちょっとどころじゃなくお客さん多くないですか????」

 陰からコソッと覗いてみれば、後ろまでスタンディング客でギッシリじゃないですか?

 これ二桁じゃ収まらない! 私たちの同級生男子全員分くらいいます! 里山のスロープで鈴生りになっていた数を狭いフロアへギュウギュウに詰め込んだ感じ!

『お前ら最高だ! また来るぜモリミヤコ!』

 ウワァァァァァァァァァアァッ!

 しかも今やってるバンド、めちゃくちゃ盛り上がっていますけど?

 こんなのの後は大変ですよ? 無様なパフォーマンスは死を意味します!

「さ、あたしたちの番よ」

 ジーザスクライスト! 正気の沙汰じゃありませんよ源子さん!

(無理無理無理無理無理無理無理無理! 私、無理!)

「山田桜里子、ここでドロンさせていただきます!」

 思い立ったが吉日、脱兎の如くビートイットを試みたのに、

 ――ガジ。

「ひいっ!」

 か、噛まれた! 剥き出しの首元を背後からガブリ!

 勿論人間にはありません、皮下の太い血管を食い破るような牙は。だから、プシャーっと朱い噴水でライブハウスを穢すような羽目にはなりませんでしたが。

「ほげぇぇっ!」

 にしたって急所を噛まれて平気な女の子なんているはずもなく。

 肉に食い込む歯の感触を感じたら、降参です。仕留められたなと観念するしかありません。

「ほえ……」

 腰砕けで床にバタンQですよ。

「にげちゃだーめーぞーなー」

 私の急所から牙を抜いた牝ライオンちゃん、逆さまの視角で微笑んだ。

 薄暗い灯りが髪を、豪奢な金髪を鬣と錯覚させる。

 何この反射速度? サバンナの機敏を髣髴とさせる人間離れしたムーブメント。

「別に獲って喰われたりしないぞな」

 それはそうですけど。いくら下手こいたところで命までは。サバンナで獅子から噛まれることに比べたら屁でもないですけど、ライブステージなんて。

「桜里子。任せなさいって」

 逆さまの美少女と美少女が、へたり込んだ私を見下ろしながら微笑んでる。

 も、もしかして二人は凄腕のプレイヤー?

 少なくとも三人は必要となるバンド編成を、二人でこなしちゃえる自信あるんですか? 目の肥えた客を沸かせるエクセレントなパフォーマンスを?

 美少女二人組のBz? ドリカム? チャゲアス? Wham? ClariS?

 不安げに覗っても二人余裕綽々。

 美貌だけではなく他にも何か、常人を凌駕する才能を持ち合わせてるの? 彼女たち二人は?

 ズルい! ズルいです! そんなの不公平すぎます神様!

 この二人には、手に余るほどの才能を与えまくっておいて、私には何もない!

 ズルいです!

 神様はよっぽどの面食い? 美人になら何でもホイホイあげちゃうエロジジイなの?

 薄っすら思ってましたけど、七福神とか全員エロジジイっぽいし!

「弁天様は女子だぞ?」

 KOされたボクサーを労うセコンドみたい、悠弐子さん私を優しく抱き上げてくれる。

(うわ……)

 ギュってハグされると安心しちゃう。

(気持ちいい……)

 私、勘違いしてました。

 お母さんだけだって。虚勢の鎧をパージして、無防備に身を預けてもいいのは。

 柔らかい女の子の感触は毛羽立った心を慰めてくれる。優しく背中を撫でつけられれば、心の嵐が凪へ変わる。出会ったばかりの何も知らない彼女でも、抱いた手が私を鎮めてくれる。

 すごいよ女の子。

 この世が優しい女の子ばかりなら、世界は救われる。ジャンヌダルクは女の子らしさで祖国フランスを救ったのかも。そんな気がしてきます。

「………………………………あ?」

 ところが。

 何も案ずることはない、大船に乗ったつもりでついてらっしゃい。寿司詰めのフロアを前にしても悠然と構えてた彼女の顔が曇る。

「ヘイゆに公、わっざまた?」

 背中から覗き込んできたB子ちゃんの顔も。

 マズいかもしんない。なんとかなるかな? いやなんないな、的な。

 よぉぉーやく気づきましたか? 今になってド素人を舞台に上げる不合理に気づきました?

 私、楽器演奏なんて一切出来ませんよ? 人前で披露できるような歌唱力もありません。

「ファンデ?」

「いや……さすがにコレはちょっと……」

 メイク崩れの話ですか?

 気になって舞台袖の鏡をチラッと覗きこめば……

「あぁぁーっ!」

 齧りつかれた跡が! 首元んとこに!

 こんな小さな箱では、バッチリ見えちゃいますよ! 見られちゃいます!

 どう見てもコレ【事後】の跡じゃない! ぴちぴち新入生にあるまじきラブアフェアーの痕跡!

 こんなの付けたまま人前出ちゃったら噂が駆け巡りますよ! 光の速さよりも早く!

 SNSで! 学校裏サイトとかそういうところで晒し上げですよ!

 私そういうキャラじゃないのに!

 女子高生になったばっかりでビッチ扱いとか勘弁して下さいマジでマジでマジで!

「や、やっぱ山田はビートイットさせてもら……」

 子供みたいに泣きかけた私をギュッと抱きしめてくれる。

「大丈夫、桜里子」

 パパでもママでも彼でもなく、同じ身長の女の子がギュって。

「悠弐子さん……」

 なんか変な感じ。

 でも心地いい……毛羽立った心が治まっていく……

 頬と頬が擦り合わされれば、胸いっぱい広がる彼女の匂い。取り乱しかけた心に最高の鎮静剤。

「これ」

 優しいお姉ちゃんが泣き虫の妹に贈る――白詰草の冠かと思った。

 でも、それはティアラの位置には留まらず、マフラーみたいに首へ巻き下りた。

「あ……」

 プロ仕様のモニターヘッドホン。その大きなハウジングが私の首元を隠してくれる。

「あんたは今日からDJよ、百合百合DJ☆山田桜里子」

「イイネ!」

 何がいいんでしょうか? 山田にはよく分かりません。

 てか百合百合DJって何です?

「じゃ、行くわよー!」

 ほんと適当というか、口から出任せというか……

 でも……熱い。

 源子さんがずっと首に掛けてたヘッドホン。大切なアイテムを私のために差し出してくれた。

 そこまでしてもらったら、私も付き合わないわけにはいかないです!

 賑やかし要員だったとしても頑張ります! やれるだけやっちゃいます!


 眩しい。

 インディーズの興行とはいえ、客席が埋まったライブハウスは別世界。

 グツグツ煮え立つ期待感と、容赦ないライトが日常を吹き飛ばす。

「ヘイオーディエンス! ひえらいあーむ、UNICORN AYANA参上!」

 ウワァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!

 百人単位の群衆を前にしても全く物怖じしてません、二人とも……

(ど、どういう神経しているんですか?)

 山田なんか接地感がありませんよ、足裏と床との接地感が。光と音の洪水で浮遊している、ほとんど無重力状態。覗いた万華鏡の中で、あっちいったりこっちいったりしてる小さな粒です。ほぼほぼクリフハンガーの心地です。

「れいよーはんぞん! ぷりろんぷりろーん!」

 そんな私を尻目に源子さん、ステージを所狭しと駆け回ってオーディエンスを煽る。

「B子! たーんなっぷざすぴーかぁぁー!」

 新歓オリエンテーションは出来たて校舎のピカピカ舞台。光る源氏の処女おとめ登場に相応しい小奇麗なシーンでしたが。

 紫檀の演台とは比べ物にならない無骨なテーブル、DJミキサーとターンテーブルが無造作に乗せられているだけの。

 そこで!

 パチンパチンクイクイクイッ!

 メカニカルなコンソールを操る、しなやかなムーブ!

 質素極まる舞台装置でも、演者の煌めきは些かも失われていない!

 まるでレトロSFの敏腕オペレーター。絶体絶命のアステロイドベルトをいなすマタドール。

(か、格好いいぃ……)

 職人さんの動きです。熟練のマイスターが醸すオートマティックな美しさ。

 まさかB子ちゃん、手練のDJなんですか? 知る人ぞ知る、知らない奴はモグリ的な美少女プレイヤーだとか?

「ヘイカモーン! モリミヤコ! えびばでくらっぽゆあへーん!」

 源子さんの煽りに合わせ、思いっきりダーティなシンセをブパブパと吹かす。ズンズンお腹に響いてくる四つ打ちで客もヒートアップ!

 クラブの定番ナンバーを織り交ぜながら、美少女DJちゃんが絶妙のミックスプレイ。

 快楽琴線をビンビン響かせてくる外連味たっぷりのループフレーズ、エッジの効いたブレイクを織り交ぜてオーディエンスを煽っていく。

「レッツモンキーダァーンス!」

 小さなエプロンステージで源子さん、ファニーなダンスを繰り広げれば、

「きっちょきちょへんぞ! きちょきちょへんぞ!」

 煽られたオーディエンスは熱狂して踊り狂う。

「さんまりすくりゅー!」

 不特定多数を問答無用で惹きつける美――――ライブハウスに降臨するトランスの巫女。

(にしても……)

 何故でしょう。イケない感じがするのは?

(女の子の腋って……)

 見せてはいけない『 内側 』のインモラルが漂う不思議な部位。

 動物に喩えるならば無防備な腹。爪の一掻きで臓物が飛び散る急所の危うさ。

 そんなのを想起させるからでしょうか?

 だけど本人お構いなし。グリコ看板と見紛うばかりの伸身で、天真爛漫ムーブ。軽く汗ばんだ両腕の付け根、美しい丘のラインを惜しげもなく見せつけている。

「うえるかーむとぅーざとわいらいっ!」

 ズビシッ!

 源子さんの『指揮』で音が止められると、ホールを包むトワイライト……薄暗闇に浮かび上がる少女のシルエット。荘厳なシンセの主旋律だけが彼女を飾る。

 華奢でありながら芯の通った体幹。伸びやかな四肢が熱情を表す。

 それは切り絵のエッジライン。常夜灯の仄暗さを背にした静止画の佇まい。

 『 氷柱花 』

 氷中に咲く枯れない花。一瞬の美を封じ込めた、奇跡の花。

(私は……どうしてこんな所にいるんだっけ?)

 本当の私は向こう側。芋洗いの一人としてカメラに抜かれることも見切れることもなく、不特定多数に埋没するのが私。

 舞台とは、有象無象から抜きん出た才能タレントだけが乗れる資格持つ、はず。

 はずなのに?

 こんなにも美しくキラキラな女子と同じステージに立ってる。この私が。

 どうしてこんなことになっちゃったんだっけ?

 思い出せない。

 眩い照明と等間隔で響くバスドラムが、思考を凍結する。暴力的な音圧で見失う。私は私の立ち位置を見失う。

(綺麗……)

 ただ唯一、揺るがぬ真実は美。理性が機能を止めてしまっても、ユニコーンを自称する美の化身、彼女の美しさだけは「True」判定が帰る。

(悠弐子さん!)

 もしかして私は一生分の幸運を使いきってしまったのでは?

 JKブランドの御利益、約束されたモテ期のラッキーポイントが、ただいま現在進行形で消費されまくっているんじゃ?

 そんな不安に苛まれるほどの特権。思いがけない優越。息をするのも忘れ、傍で踊るスタチューオブビューティに見惚れていた。

「ここでイカしたメンバーを紹介するわ!」

 危うく肺の酸素が尽きかける頃、愛しの氷柱花が叫んだ。

「オンDJ! プリティベイカントBeeBee!」

 そのタイミングで目深に被ってたベースボールキャップを脱ぎ捨てると、

 おおぉぉぉぉぉぉぁぉぉぉーっ!

 ライトに映える金髪とエキゾチックフェイス。背筋に寒気が走るほどの舞台映えです!

(すご……ぃ)

 美の源泉とは何処に存在するのか?

 大胆な、それでいて破綻なきフォルムと、細部まで行き届いたディテール。両者が並立した時、「とてつもない何かだ!」と感じる。それこそが美の根源。

 そこへ更に質感が加われば人は言葉を失う。つまりライブです。この空間です。

(B子ちゃん!)

 時にクラシックのピアニスト、時に卓球のカットマンみたいな、変幻自在のムーブ。矢継ぎ早のオペレーションで定番のテクノからディープなトラップまで繋いでいくミスドリームウィーバー。

(わぁ……)

 ライティングとは素人が思うよりずっと効果的な演出です。ワンボックスの助手席でモグモグ豆腐を食べていた彼女とは別人の趣。それは強烈な照明が仕立てあげる陰影のドラマティック。余計な物を白で飛ばしちゃえば芸術品だけが残存する。

「オンマラカス! サリィ、ヤーマダァァー!」

「……はっ!」

 ヤバイヨヤバイヨ、私じゃん! 源子さんに紹介されちゃったし!

(びび……B子ちゃーん!)

 ガクブル状態でチラリとDJ卓を伺えば、

 ほーい、ポチッとな。

 「こんなこともあろうかと」とでも言わんばかりに、ストックされていた出来合いのパーカッションソロがリリースされちゃいますよ。

 カカスコカカスコスタトンスタタン♪ カカスコカカスコスタトンスタタン♪

 でもコレもうほとんどマラカスとか聴こえないんですけど? 見る人が見たら一秒でバレますよ?

(ぅぉぉぉぉぉー!)

 それでも木偶の坊みたいに立ち尽くしているわけにはいかない。顔面蒼白でシャッシャカシャッシャカ誤魔化していると、

「オンボーカァァァァァル!」

 あとは『本日の主役』が引き受けてくれるから。

「UNICORN AYANA!」

 ステージに咲いた大輪のダリアが叫べば、

 ファッッファーララ♪ ファラファファッファファッファーララララ♪

 跳ねるようなブラスセッションが少女を彩る。

「ひぇあらいあぁぁーむ! ろっきゅーらいかはりけーん!」

 音の洪水を浴びながら、虚空を抱くように両手を広げる悠弐子さん。

 こんなにもグリコ、というかThis is itポーズが似合う女子高生っているのかな?

「ゆ・に・こ・ん! ゆ・に・こ・ん! ゆ・に・こ・ん! ゆ・に・こ・ん!」

 さほど広くもない小屋に響くコール、地鳴りのようなコール。

 そうです。あまりにも神々しい存在なら名前を呼ぶしかなくなる。

 アイドルでも歌舞伎役者でもスポーツ選手でも一緒です。想いが溢れ出すと名前しか残らない。

 したい!

 私も一緒に客席から屋号を絶叫したい!

(そんなダメに決まってます、常識的に考えて)

 これでも一応、演者側なので。黒子までヒートアップしたら収拾がつかないじゃないですか。演者としては、〆の一品まで恙無く提供しなくちゃお客さんに申し訳がない。

 ライブ《ナマモノ》の刺激に酔ってるわけにはいかないんです。ジャバジャバと溢れる脳快楽物質を制御して段取りを進めねば!

(Show Must Go On!)

 たとえ下手でも自分の役割を済まさないとダメ。人様にご迷惑をかけない生き方こそ日本人の在るべき姿ですから。

(Show Must Go Onですよ! Show by Rockな身分でなくてもSHOW by ショーバイな世界の人でなくたって、舞台に立つ者として責任が!)

 ライブハウスが祭礼の昂ぶりに包まれても、そこで流されちゃいけ……

「うえぇぇぃ! 桜里子ぉぉぉぉぅ!」

 モニタースピーカーを踏み台にして全力のダイブ!?

「はがー!」

 突然舞い降りてきた美少女を受け止め損なって、二人もつれ合いながら倒れてしまいました!

「いたたた……源……悠弐子さん! ダイブなら向こうですよ! フロアはあっち!」

 どうして演者側こっち向かって飛んで来るんですか!?

 ルチャのトペコンヒーロだってプランチャだって受け手との阿吽の呼吸が必須なんですよ? それがなかったら正真正銘のスイシーダですって。

 スイングが必要なのはステージワークでもプロレスでも一緒です!

「んー? いいの桜里子? あたしがあそこ突っ込んじゃっても?」

 ……はっ!

「だだダメです! あんな野獣の群れに!」

 源子さんみたいな美少女…………飛んで火に入る夏の令嬢です! 何されるか分かったもんじゃありません!

 特に最前列は野獣の群れです! 見せパンって分かっていながらも鋭角ポジションを求めてくる性欲の権化どもですよ!

「ならこっちで正解じゃない?」

 とか呟きながらゴロニャンしてる。私の胸で。

 丁度、DJラプンツェルのリリースする楽曲もチルアウト。メロウなインストゥルメンタルに身を任せて、鎮静に浸る時間なのかもしれませんが……

「ふひー……」

 私たち演者までドップリと浸かっていていいんですか? まだプログラムも途上なのに……

「いいのー」

 寝転んだ女子高生二人分を隠すモニタースピーカー。こんな死角があったのか、舞台には。

「ふにゅる……」

 そしてもう一つ、初めての体験。

 スク水みたいな生地越しに感じる、別の子の体温。踊って唄って煽り立て、縦横無尽に飛び回った身体の熱がトクントクン鼓動と一緒に伝わってくる。

 これ、もしかして私のも伝わってるの?

 恥ずかしい……肌と肌との熱交換、体温カンバセーション。こんな人の観ている前で?

 知られたくないことまで全て知られちゃいそうな錯覚、ゼロのパーソナルスペース。

(でも……)

 それでも身を委ねてしまいたくなる、快楽の免罪符。

 蕩けちゃいそうな柔らかさと温もりと芳しい匂い。こんな抱き心地なんですね、女の子って。

 何もかも忘れて永遠に溶け合っていたい……

「……はっ!」

 チルアウトしていたはずのストリームが突然のブレイク!

 煽りMCすら挟まずにダイナミック曲調転換! ダンスアレンジされたジグソーが鳴り響いて!

「へ????」

 ――スカイハイ!

 天空から舞い降りる未確認物体!

 萌えアニメ的に翻案すると、『空から美少女が降ってきた』!

 脳天方向から、見惚れるほどに美しいプランチャースイシーダ。

「ぐぇぇ!」

 およそ女子高生に相応しくない【呻き声】がマイクに乗ってしまいました。

 だって仕方がないじゃないですか!

 DJ卓をコーナーポストに見立てたラプンツェル、一回転して飛んできたんですよ?

「ゆに公の首、頂戴!」

 手負いの侍大将の首を脇差しで掻っ切る! ……かの如き迫力で部長を抑えつけたB子ちゃん、「宿敵」から、ヘッドセットを毟り取ると、

「ここに新生『 The Rising Sun 』 爆誕!」

 と、高らかに宣言した。

「たった今この時より、このバースディブラックチャイルドがバンドの全権を掌握……」

 ところが部長、

「させるかぁぁぁぁぁぁぁ!」

 即座に復活して舞台中央でガッチリとロックアップ。

「ふんっ!」「ふんっ!」

 互いに相手を捻じ伏せようと、腹の底から息む美少女が二人。

 なに? なになに なにこの画?

 シーケンサーが勝手に演奏を続ける最中、全力の力比べ。本気のマウンティングで覇を争う演者って何者ですか?

「ええと部長さん、私たちライブ中ですよね?」

 世界でいちばん強くなりたい人たちの肉体パフォーマンス興行じゃないですよね?

「桜里子は黙ってて!」

「は?」

「大事なトコなんだから場を繋いでて!」

 山田がですか????

「そーよ!」

 卍固めで苦悶の表情を浮かべながら源子さんは私に促してくる。

(場を繋ぐって言っても……)

 悠弐子さんの代わりにパフォーマンスを?

 そりゃフラフラとタコ踊りしているだけでもカタチにはなりますけどね?

 演奏自体はDJラプンツェルのPCから生でダラダラ流れてるだけですから。

(いやいやいやいやいやいや!)

 そんな単純なもんじゃないです!

「……!!」

 ブパブパブパブパブパパパパパパパ……

 いかにもドロップの期待感を煽るシンセのフレーズ、スネア連打のショートフィル。

(これはマズいですよ!)

 ここを上手く繋がないと、踊り狂う観客から大ブーイングされちゃいます!

「やって桜里子! このカオスを収拾できるのはあんただけよ!」

 あぁーもう! 何でこんなことに????

 そもそも私はバンドなんてやるつもりはなかったのに!

 入部セレクションもドロップアウトするつもりだったのに!

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