Beat It!! - 2

 どっちを選んでも禍根が残る――――ならば、あれしかないですね越前様!

「しばし! しばし待たれい部長さんB子ちゃん!」

 プリンターを巡って子争いしていた二人へ向かって啖呵を切ります。遠山金四郎ばりの外連味で。

 いや、無理ですけど。見様見真似の大根役者ですけど。

 ハッタリが大事ですよ、啖呵ですから。

「ここはこの大岡越前守桜里子ノ介が預かったぁぁ!」

「「ははー」」

 うはー気持ちいい。なんか勢いで土下座してますよ美少女二人が。やってみるもんですね?

「してして、その御沙汰は?」

 美少女一号がお白州から尋ねれば、

「えーとえーと……」

 方法は分かってるんですよ、見解の相違から宙に浮いてしまった案件を解決するには。

 私が身銭を切ればいいんです。

 第三者の献身が手打ちに繋がるんですよ! 譲歩という名の美しい和解へ! meet me halfway!

 つまりここで必要となるのは『 私の一両 』。

 部長さんは奇を衒わないシンプルの美しさ、簡素にこそ調和が存在するという哲学、

 ラプンツェルちゃんは動的ダイナミズムの力強さ、常に変化し続ける世の理、

 二人がネーミングに込めた信条に匹敵する『 一両 』を差し出せれば、必ず和解します。

 それこそが大岡メソッド! 古の名裁きです!

「…………えーと……」

 方法論は鉄壁だとして…………なんだろう? 私の一両って何?

 『ゆずれない願い』、私が最も大事に抱いてるもの……私の中に暖めているもの。

 うーんうーんうーんうーんうーん……

 目を瞑って心の奥底へ分け入ってみる。だいぶいんとうまいまいん。

(願い……)

 色褪せない心の地図に記されているもの。心の王座にデンと鎮座するフィロソフィー。

 う、ううむ……


 …………全然何も浮かばない。

 座禅を組んで頭皮クルクルとマッサージ、木魚ビートを心で打ち鳴らすDJ一休スタイルを採用してみても桜色の脳細胞は全然活性化してくれません。塩ラッパー新右衛門並みです。

(うぅーん……)

 埒が明かないので瞼を開いてみれば、

「ひっ!」

 すると姫様が、この世のものとも思えぬ光輝く姫が二人、固唾を呑んで私の顔を覗き込んでて!

「そもさん?」

「せっぱ?」

 そんな近くで見つめられたら、まとまるものもまとまりません!

「急かしたらダメです!」

 即座に背を向け、視線を遮ります。あーもぉー心臓に悪い、至近距離の美少女とは!

「…………ん?」

 すると窓の外に変な看板が。

 消費者金融系? それとも金券ショップでしょうか?

 色褪せてしまった看板が、デフォルメされた旧一万円札っぽいモチーフの。

「あ?」

(――これかもしれない!)

 私が尊ぶべきマイファーストプライオリティ!

「悠弐子さんB子ちゃん思いつきました!」

 すぐさま向き直って訴えます。

「「おー」」

「山田発案! 最高のがありますよ! これにしましょうバンド名!」

「「しかしてどんな???」」

「センス抜群のフレーバーテキストですよ! オーソドキシーとアバンギャルドを兼ね備えた!」

「「そ、それは!?」」

 興味津々で食いついてきた二人へ自信満々で披露します!

「The Seventeen Articles! ――――どうですか?」


 却下でした。

 出会って4秒も掛からずに二人から「ツ・カ・エ・ナ・イ」のサイン。

 懺悔室の神様みたい力いっぱい「×」を示され、敢えなく却下です。越前様の判例メソッド、何故か通用しませんでした……

「…………」

 結局バンド名問題は暗礁に乗り上げ、興が削がれたとでも言わんばかりに二人は物別れ。

 B子ちゃんは助手席にて不貞寝、源子さんも荷室の方へに篭ってしまいました。

「はぁぁ……」

 残された私は一人溜息のドライブ。

 ドライバーズシートに座ってるだけですけどね。免許ないんで。特に何も操作しなくたってウイドーメイカー号は交通規則遵守で目的地へ向かってくれますし。

「即席で考えた割には良い名前のような気がしますけど……」

 ――――和を以て貴しとなす。

 form The grace of Seventeen Articles.

 日本が誇る大聖人の有り難い言葉じゃないですか。

 仲良き事は美しき哉。仲が良かったら美しいものも更に美しく見えますよ。更に! 更にです!

 そうです。

「仲がいいことこそ、最も尊ぶべき価値ですよ」

 啀み合ってたら醜さを生じます。そんなのニュートンやアインシュタインへ訊かなくたって、誰でも知ってる宇宙の真理です。

「悠弐子さんとB子ちゃんだって仲良くしていれば万人から愛されますよ……」

 仲違いダメ! ゼッタイ!


『違うよ、桜里子』


「え?」

 浮かんできた記憶。

 傾きかけた陽に反射するドアガラス、眩しさの中に幼くも懐かしい顔たちが写ってる。

『私たちが最も尊ぶべきなのは、恋愛の自由だよ!』

 望都子ちゃん、糸満ちゃん、倉井ちゃんに羽田ちゃん……同じ志を抱き、女子力を切磋琢磨してきた友人たちが訴える。

『愛こそ全てよ桜里子!』

『目を覚まして下さい桜里子ちゃん!』

『Love is supremeだよ!』

 それが私たち霞一中 恋愛ラボのポリシーでしょう?

 ラブロマンティックを奉じ、愛に生き愛に死すことすらも厭わない。愛が全てを変えてくれると信じてるんだもの。

 あらゆる価値や規範を越えて、至高の王座に鎮座するのが愛――愛しかない。

 愛こそが、信ずるに足る絶対唯一の真理である。

 それが全ての女子が歩むべきクイーンズロードと、今の今まで疑うことを知りませんでした。

 なのに……

 褪せた看板に導かれ、咄嗟の自問自答で浮かんだのは別の言葉。

「私の、一番大事なこと……」

 市街中心部へ進むにつれ激しくなる渋滞。ノロノロ進まない車へ、外から音楽が漏れ入ってくる。

 外、レコード屋さんのショウウィンドウには世界一有名なロックバンドの四人、仲睦まじそうなポスターが貼られてた。

「……仲良き事は美しき哉……」

 仲が良ければ世界だって変えられます。世界を変える音楽だって作れます。

「翻って愛は……」

 霞一中 恋愛ラボの最終目標【絶対恋愛黙示録アポカリプスオブラブデスティニー】、それは人も羨むような素敵な彼氏をゲットして玉の輿に乗ること。それがゴール。

 でもちょっと待って下さい。

 人も羨むような王子様なら選り取り見取り。敢えて私を指名買いしてくれる可能性が、いかほどありましょうか?

 ……おそらく万馬券級と思われ。自分で言うのも悲しいですが。

「翻って愛は奪う……」

 何のため恋愛ラボで女子力を鍛えたのか?

 自分を選んでもらうためです。並み居る競争相手を押し退けて恋愛コンペに勝利することが自ずと本懐となる。それが【絶対恋愛黙示録アポカリプスオブラブデスティニー】の基本構造。

 「仲良き事は美しき哉」とは本質的に相容れないものです。

 二律背反×トレードオフ。あちらを立てればこちらが立たず。スポーツやビジネスならば、ライバル

共々のハッピーエンドもあり得る。成功度の優劣はあれど、両者エスタブリッシュメントの高みまで登り詰めた後で「あの頃はお互い若かったな」と昔語りに酔えるんです。

 だけど恋愛はそうじゃない。

 女の子は王子を独占し、終生の愛を誓う。その時点で「ゴール」の王子は消える。早い者勝ちの椅子取りゲームです。

 ラブロマンティックの理想的終幕を向かえるためには、越えなきゃいけない【闘争】がつきもの。使えるものは魔女でも使わないことには、シンデレラの舞踏会へも辿り着けない。

 お伽話ですらそう。現実なら何をか言わんや。

 女子は闘わなくてはならない。

 戦わざるを得ない【構造】が組み込まれている、「恋の掟」には。極めて好戦的信条なのです。

「はぁ……」

 何が「50:50の恋愛理想郷」ですか?

 数学的に1:1へ約分されるわけがないんですよ。そんなの幼稚園児だって分かります。

 「すきなおとこのこ」は偏って、好かれようとする競争が始まるんです。

 そんなのは自明の理なのに……自分に嘘をついてきた。本当の気持をマスクして。

 本当はしたくない。

 躊躇なく他者を蹴落とす生き方など。

 できる限り争いごとは避けたいんです。刺激溢れたロマンティックライフよりも、穏やかで優しい日々が欲しい。平凡な学生生活を送って平凡な出会いを経験して平凡な家庭を育めれば。子供は二人、あんま多くても大変ですから。そして部屋とYシャツと私を愛してくれる旦那様と穏やかな天寿を迎えるのです。王子様を高望みするよりも平々凡々な幸せで。

 『 仲良き事は美しき哉 』を全うできれば満足なんです。恋愛大勝利とか興味ないんです。

 平穏に生きたい!

 私の自伝アニメが製作されるならタイトルは「へいおん!」でお願いしたい!


『――これをなんと読む?』


 分かってます、ええ分かっていますとも神様。

 わざわざ晒しボード掲げてくれなくとも分かってます。

 私の中学生時代はハズレです、全否定してもらって構いません。

 Love is supremeは偽りの信仰告白。いいよねいいよねと偽の共感を擦り合わせてたのは、ちっぽけな安寧を得るための方便です。臆病な帰属意識が促す、つまんない迎合ですよ。

 本当は「へいおん!」が観たくて仕方ないのに、「Love is supreme」のチケットを買っていた。

 皆が買うから私も買わなくちゃ。買わないと仲間はずれにされちゃう。

 そんなので私の心は満たされやしないのに。

 無味乾燥なポップコーンを頬張りながら何の興味も惹かれないスクリーンをボ~ッと眺め、無為な二時間を過ごしてた。

 それが私の中学時代です。

「ね、これ可愛くない?」

 窓の外、渋滞を追い越してく見知らぬ制服の女子中学生たち。

「いいじゃん! 超可愛いー!」

 無邪気に笑い合う姿が痛々しくて胸を抉る。

 思考を停めて一秒貴女愛想笑いしたから、そこから何も考えないの思い出ロンリネス。

「ふぇぇぇぇ……」

 泣いたらもっと惨めになるって分かっているのに、涙が止まらない。

 自分の望みとは正反対の、的外れの目標へと空回りしてた青春、それを思い知らされるとか。

 恥ずかしい情けない勘違いの自分に向き合わされるとか。

「ふぇぇぇぇぇぇぇ……」

 つらい。

 思ったより全然つらい。

 入学式が終わったばかりで、こんなの酷いです神様。

 もうちょっと勘違いしたまま居させてくれたっていいじゃないですか!

 人生最大の前途洋々に浸らせててくれたって。

 唐突に「お前は痛すぎる!」と宣告してくれなくたって、いずれ自分で気づきますよ。その時コッソリ軌道修正しちゃえば、上手く現実と折り合いをつけられるのに。

 いきなり【ハズレ】ボードを破顔一笑掲げてくる――――神様は意地悪。

「へぐっ……へぐっ……」

 私が何をしたっていうんですか? お気に召さないことしました?

 そこまで悪い子じゃないと思うんですけど?

「てかてか!」

 あの二人ですよ!

 あのとんでもない美少女二人組!

 あの二人が私を無理矢理連れ出したりしていなければ、青臭い恋愛幻想もソフトランディングできていたかもしれないのに。刷り込まれた偽の共感を、誰も見てない所でコッソリと本物に入れ替える作業を行えてたかもしれないのに。素知らぬ素振りで女子高生生活をエンジョイしながら。

 それが!

 頼んでもないのに、痛すぎる自分と強引に向き合わされるとか!

 中二の幼稚を自覚するための自分探しの旅に連れ出されるとか!

「ふぇぇぇぇぇぇ……」

 つらい。

 思ったより全然つらい。

 このまま優しい誰かの胸で泣き腫らしてしまいたい。海よりも深い母性に包まれながら、癒やしの泡で溺れていたい。

「存分に知れ! 己の弱さを知れーい!」

 なのにそんな夢想すらも許してくれない!

「未熟を恥じるのは貴様ぞ!」

 渋滞を自動運転でノロノロと歩を進めていたウイドーメーカー号、いつの間にか裏道へと逸れ、ビルの狭間の駐車場に停まっていた。

「あの二人!」

 車内に姿が見えないと思ったら、早速外で何をやらかしてるんですか????

 外から聞こえてきた物騒な会話に、慌てて車を降りてみれば……

「……は?」

 紐状の何かをヒュンヒュン振り回して、スリングっぽい武器を構える源子さんと、

 木製の棒を何本かバルログ握りして腕を交差させるB子ちゃん!

 なんだこの凶器準備集合罪?

「止めて下さーいー! ここで騒ぎ起こしたら、お巡りさん呼ばれちゃいますよ?」

 もうバイパス沿いのホテル街じゃないんですよ!

 地域を代表する中核都市、そのど真ん中なんですよ!

 田舎ではお目にかかれない高層ビルがニョキニョキと林立する大都会です!

 果てしない夢を追い続けて大空駆け巡る地ですよ?

 不穏な諍いは即通報されかねない、人目憚る場所ですから!

「「あ」」

 それもそうだな、と武装解除。

 暴走する青春から一転、物分りの良い子たちへ瞬時の相転移。

「やらねばならんことがっ!」

「やるならやらねば!」

「「我らには!」」

 今夜は貴様をビートイットしてやると凄んでいた二人が、今夜は一緒にブギーバックしようよとでも言わんばかりに「武器」を掲げてます。二人しか居ないのに三銃士の決めポーズですよ?

「いやいや桜里子、beat itは叩きのめせ! って意味じゃないから」

「え?」

「逃げろ、だぞ?」

 えっ? ま、マジで?

「無意味な諍いに巻き込まれんなって意味だけど?」

 知りませんでした…………今の今まで誤解してました山田……

 マイケルがフォウフォウと叫びながら悪漢を薙ぎ倒していくゲームばっかり頭に浮かんでました。若かりしマイケルの滾る熱情の歌かとばかり。ファンキーなマンキーと一緒に。

「じゃビートイットですよ! ビートイットして下さい!」

 無意味な諍いは勘弁して下さい本当に。

 てかこんな武器、どっから持ち出してきたんですか?

 よく見れば源子さんのスリング、コードです。しかもプロ仕様の丈夫な奴。

 バルログの爪は木製のスティックで、先がティアドロップ状に形成されてます。

 ……ドラムスティック?

 こんなもの、どっから持ち出したんですか?

「「ここ」」

「は?」

 ここって……ライブハウス?

 二人が指した先には「LIVE HOUSE YOSHIWARA」のレトロなネオンが浮かんでいた。

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