第三章 今夜はビートイット? - Beat It!!
ええ逃げました。逃げましたとも。当然。
そうでした今の私、制服じゃなくて裸同然の破廉恥スーツじゃないですか!
こんなとこにボ~ッと突っ立ってたら、誘ってんじゃないかと疑われても仕方ない!
ラプンツェルも同じスーツだし、源子さんはセーラー服ですし。
売る気もないのに絶賛売出し中の装いです!
「…………」
右を見ても左を見てもファンシーカラーの御休憩処。ビジネスユースでは領収書も切れない名前のホテルが林立している地区ですよ?
こんな所で着の身着のまま無一文で取り残されちゃったら……
(無理無理無理無理無理!)
私にとって安全地帯は車だけです! あのカラスみたいに黒いワンボックスだけ!
路地に身を潜め、人や車がいなくなったのを見計らってダーッシュ! ダッシュダッシュ!
それにつけてもなんなの私たち? 何故にこんな駆け抜ける青春を演じねば!
「ひー!」
ところが。
「ちょっとB子! なんなのよコレは?」
必死の思いでウイドーメイカー号へ戻ってきたのに……雲行きが怪しい。
「これで良いんだぞな」
先に戻ってた美少女二人が、車の前でガンのくれあい飛ばし合い……
「こんなクソダサステッカー貼れるくぁー!」
ビリビリビリビリビリ!
源子さん、B子ちゃんからタオル大のシートを奪い去って豪快に破き始めた!
「なにすんだ、ゆに公ぉぉ!」
そんなことされたら怒ります。誰だって怒ります。
案の定、美少女二人、掴み合いの乱闘に発展してるし!
「やーめーてー! やめて下さいぃぃぃ!」
なにそんな大人げない喧嘩してるんですか? お外ですよ? アダルト向けの隔離地区とはいえ!
二人の間に体を潜りこませ、力づくでブレイク!
「一体何がお気に召さないんです?」
裂かれかけたステッカーを拾い上げてみれば……英文です。イカしたフォントで。
「The Rising Sun on the tour?」
何の変哲もない英文ですよ。何故これが諍いの種に?
「間違ってるからよ!」
と譲らない源子さん、彼女が手にしていたシートを広げてみれば、
透明に白文字で『The Patoriots on the tour』、ウイドーメイカーの車体に最も映える色ですね?
ええと?
「すいません、コレどういう経緯なんですか?」
山田には全く理解できないんですが……何か気に障る部分とか、あります?
「「 あれ! 」」
沸騰女子たちは差した。それぞれ別の方向を。
「ん? ん? ん?」
源子さんが指した右斜め四十五度。そこには「ほてる☆ぱとりおっと」とファンシーな看板が。どういう名前のホテルなんです?
対してB子ちゃんの指す方向には「らいじんぐさん♪」。擬人化されたお陽様が、アメニティの充実をアピールしてます。
「どうして分かんないの、B子? シンプルさよ! シンプルさこそ万物の真理へと辿り着く道よ、たった一つの冴えたやり方なの! 神は煩雑な公式を書き給わず!」
「動的な喚起こそ名前の存在価値ぞな! その点RinsingするSunなら万人が想起するぞな。燃え盛る力を! ぶわぶわぶわぁぁぁぁー!」
身体いっぱい使って天空の核融合反応を表現するバースディちゃん。可愛い。
「Rising Sunとか今時珍走団だってつーけーなーい。センスが昭和!」
「PatoriotsはNFLと被ってんじゃん? タイホだータイホ、ゆに公タイーホ!」
「あ? 関係ねぇーし」
「あーりーまーすー」
「根拠は~? どの法律の第何条第何項の何文字目ですかぁ?」
「エンブレム佐野並みの大炎上待ったなし! ゆに公、ネットの力で社会的に抹殺されるぞな!」
にしてもなんなんですこの小学生並みの口喧嘩?
「B子、あんた覚悟はいい?」
ポキポキ指鳴らす源子さんに、
「望むところぞな」
不敵な笑みを浮かべB子ちゃん、死亡遊戯の構えで挑発する。
「今日という今日は、地獄へ行ってもらうわよブロンドエアヘッド……」
「ぬかせ、ジャパニーズホラードール……」
ガシ!
「「 ふんっ! 」」
熊の手をした二人の美少女が、恋人つなぎならぬロックアップで息む。がるるがるるがる、と歯を食いしばりながら、相手を捻じ伏せようと最大出力!
本気です! ――この二人、本気です!
というか私を物理的に巻き込むのは止めて!
「ちょっと待って下さい、二人とも!」
二人は味方同士ですよね? 同じ部活に所属する仲間ですよね?
なんで闘争心剥き出しの内紛を演じているんですか?
おかしいですよ! 傷つけ合うのが女の友情だとでも?
「「桜里子!」」
「は、はいっ!」
左右同時に睨まれた!
「「あんたはどっち?」」
どっちって言われても……何の話かも分からないのに答えようがないですよ?
「The Patoriots!」
「The Rising Sun!」
「「どっち?」」
怖い! 怖いです! 美形の人から睨まれると本当に怖いです! 目力が半端じゃないし!
心臓を抉るような鋭い視線が左右から突き刺さってくる!
「あ……あの……その……」
止めに入ったはずだったのに、私、動けない。挟まれてる。美少女の胸と胸の間で。答えるまで拘束を解かないぞって勢いで!
「冷静に、ひとまず落ち着いて話を整理しませんか?」
とにかくウイドーメーカー号の中で。
というか脂ギッシュなオジサンからカジュアルに値段交渉持ちかけられてしまうような場所からは即退散しましょう! 一刻も早く去りましょう!
「…………バンド名?」
お二人は部活の他に、そんな活動をなさってるんですか?
「天啓のインスピレーションを得て妥当極まる名前に決定したのに」
ウイドーメーカー号の荷室に鎮座する小型冷蔵庫をR2-D2に見立て、寄り掛かるC-3POみたいな体勢で不満顔の源子さん。
「この金髪と来たら……」
肩を竦め不満露わでも美しい。露骨なネガティヴにすら見惚れそうになるって相当ですよ?
「決定? 一票と一票で決定? ハッ?」
対してバースデイブラックチャイルド嬢。臍で茶が沸くわい! とでも言わんばかりの態度で踏ん反り返ってます、助手席で。
大人しくしていれば童話のアリスを具現化したみたいな美少女なのに……そんな悪態ついてたら男の子も幻滅しちゃ……………………いませんね。しませんよね。
だって綺麗なんですもん。粋がり方も堂に入っていて、プロカメラマンが指示した演技に見える。こういう子をフォトジェニックって言うんですね。
誰もが認める生粋の被写体気質。ヤンチャなポーズも仕込みのオーダーと
「同票ならリーダーに従うべきでしょ? 桜里子だってそう思うよね?」
「まぁ常識的に考えればそうかもしれませんけど……」
こいつが? アタマ大丈夫か? と不満顔のB子ちゃん。
そもそも源子さんをリーダーと認めていない勢なんですねB子ちゃんは?
それはそれで筋の通る話ではありますが。部活のリーダーが部活以外でもリーダーであれねばならない必然性はないですよ。
「でも……そんなこと言ってたら永遠に」
決めなきゃいけないことも決まりません。
多数決には奇数でないと成り立たない致命的欠陥が内包されているんです。
「決まる」
ニヤリ笑ったB子ちゃん、指関節ポキポキ。ヤル気です。力で自らの意思を通す気マンマンです!
だめ! そんなのダメに決まってるじゃないですか!
美少女が傷つけ合うなんて人類的な損失ですって!
(こんな綺麗なのに……)
永久冷凍刑にして美術館で飾っておきたいくらいの美少女なのに、二人とも。カーボンフリーズでもいいですね。お好みで解凍できますし。
「てな感じなんだけど……どうよ桜里子?」
「!!!!」
真っ直ぐに見つめられるだけで思考が止まる。
朱色の唇が私の名を呼べば、まとまりかけのニューロン信号も即座に弾け飛ぶ。
(綺麗……)
ダメだダメだカーボンフリーズなんて以ての外。
動いているからこそ価値がある。この世のものとは思えない美少女が、私の名を呼んでくれてるからこそ意味がある。
「桜里子?」
「あ、はい? えぇぇーと……なんの話でしたっけ?」
初めて知りました。あまりに綺麗な子を前にすると、人は痴呆症になります。思考をズタズタに寸断されて毎度毎度会話を辿ることも苦労する。
「「バンド名」」
助手席のB子ちゃんと荷室の源子さん、両方からユニゾンで突っ込まれちゃいましたよ。
「バンド名ですか……」
ぶっちゃけバンド名とか何でもいい気もするんですよ、楽曲が素晴らしければ万人が認める名前として通用すると思うんです。どんなのであっても。
だってサザンオールスターズとかダサさの極みじゃないですか?
ミスターチルドレンとかセンスの欠片もな…………すいません言い過ぎました。
誰もが認める名曲を世に問えば、名前なんて後から勝手に箔が付くような気がします。
キングカメハメハとか速そうに感じられますか?
ダービーを獲って種牡馬として大成功したから「速そう!」「偉大!」って聞こえるんじゃないんですかね?
速水もこみちとかイケメンの名前だから格好良くに聴こえるんじゃないんですか?
「油断も隙もあったもんじゃないわ! このプリンターは渡さないわよB子!」
「ころしてでもうばいとる!」
うわわわわわ!
なんなんですこの二人? ちょっと目を離すと戦闘態勢に入ってるし!
ステッカー印刷用のプリンターを巡って一触即発の事態です!
私が悪いんですか? 即答しない私が悪いんですか?
でもでもだって! どっちか答えたら角が立つじゃないですか!
新たな火種になっちゃいますよ?
「はわわわ……」
どうする私? この場を穏便に収めるには、どう答えれば?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます