Whatever you face, No Future. - 2


 お母さんごめんなさい。先立つ桜里子を許して下さい。

 私、調子に乗っておりました!

 こんなことになるのならば、Rage against the Beautyなんて企むんじゃなかった!

 好奇心は猫をも殺す。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗き込んでるんです!

 注意一秒怪我一生、わざわざ藪を突いたら、飛び出してくるのは蛇だけです!

 これは天罰。

 注意力散漫な仔猫への御仕置です。

 神様の罰ゲームは加減ってものを知りません。安易なミステイクは死を以って償えとか普通に言ってきますから。急に冷たくなってソッポ向いちゃったり。

 でも私の場合、ちょっと早すぎませんか? タイミング。

 享年十五歳って。物心がついてから十年も経ってない?

 短っ!

 さすがにそれは短すぎませんか、マイガッドネス?

 いくら誤選択だとしても、ちょっと厳しすぎる気がしますけど?

 でももう遅いな。走馬灯タイムも限界です。伝説のドラゴンボール制作陣でもコレ以上は引き伸ばせませんね。

 さらば人生、こんにちは輪廻の輪。はてさて次は何に生まれ変わるやら?

 願わくば虫とか止めて下さい。せめて人間に、人間になりたーい!

「ふん!」


 視界が ―― 流れる  視 界 が 歪 む。 歪むというか捻じ曲げられた。

 人も 街も 宇宙も まわる まわるスリリング。


(は!?!?)

 センターコンソールからダッシュボードへ移り変わるはずの景色が……変な方向に?

 縦への流れが途中から斜め……いや、もっと三次元的な転回力が加わって?

「あがっ!」

 脳天をぶつけてしまいました。

 でも硬質ガラスとのガチンコ衝突じゃない。

 勢いよくフロントへ突っ込んだら、確実に頭蓋骨もパックリ逝っちゃいますけど……それに較べたらだいぶ柔らかい……カジュアルな「痛い!」で済む柔らかさ。一瞬で意識と脳漿が吹っ飛ぶような大惨事とは程遠い。

 というか良い匂い。なんだこの鼻先に当たっているのは?

 柔らかくてシットリとした感触はほんのりと暖かくて、芳しい香りがして。

「…………」

 反射的に閉じた瞼を恐る恐る開けてみれば、視界は白で覆われていた。

「せふせふ」

 その白が退けられると――――天井。大ぶりなワンボックスと言っても、狭苦しい車の天井。

(……助かった?)

 のかもしれないけど、自分がどんな格好しているのか直感できない。

(何が? 何が起こったの?)

「あ……」

 下半身へ目を落としてみれば、お尻はダッシュボードの上。ガラスの感触を両足で感じる。

 良かったぁ……ぶつけても脚なら大丈夫です。膝と股関節が力を逃がしてくれるから。これは打ち身の痛さです。痛いことは痛いけど、腱の断裂とか骨折みたいな重篤まで至りませんよ。不幸中の幸いとはこのことですね。

(とはいえ、この状態って……)

 フルブレーキングでつんのめった私、脳天からフロントへと突き刺さっていくはずだったのに……

(――いったい何が起こったんです????)

 同じく飛んでいった豆腐はガラスへ叩きつけられ、無残な姿を晒している。破片と砕け散り、原型を留めていません。

 対して私の頭は健在。

 金髪ちゃんの腋に鼻を突っ込んだまま、脳天はドアの柔らかい内張りへゴッツンコ。

(つまり? ……えぇと?)

 人間ロケットとして慣性の奴隷となった私を空中キャッチして、首投げの要領で助手席へと引き込んだってこと? 咄嗟にシートベルトも外して?

 そんなこと出来る? 常人の反射神経で? 命知らずの限界バトルの最中に?

 合気道の神業師範みたいな人間離れしたな投げを?

 私と背格好も変わらない同級生が?

 いや……変わる。

 キラキラ。青い空を遮る天使色のヘア。

 こんなにも美しい髪をした女子高生を私は知らない。

 この子も飛び抜けてる。私と同じ人類には思えないです。後世の考古学者が化石を仕分けたら、「異なる人類ですね」と別の箱へ分類しちゃいますよ。

 匂いだって全然違う。これ何の匂いでしょう? 食べてるものが違うから?

 エキゾチックな香草ハーブ……遠き異国に咲く香草の香り?

 このままずっと嗅いでいたい、不思議な匂いが私の鼻腔をくすぐって……

「B子、あんたいい加減にしなさいよ」

 逆さまの美女が荷室から首を伸ばしてくる。

「まーたタイムアタックモードのデータ使ったでしょ?」

「本当に溢れないか観察する。公道最速理論の実証ぞな」

 ホルダーの紙コップを指しながら言い訳をする金髪将軍。

「ウイドーメーカー号のポテンシャルを知らない子が乗ると、こうなるでしょ?」

 確かに。ダッシュボードへ尻から突っ込んだ私は、何よりも雄弁です。

「自重なさい」

「ちぇー」

 金髪ちゃんが携帯ゲーム機を操作すると、途端に車の挙動が穏やかになる。見違えるほどスムーズな荷重移動で峠のコーナーもスイスイ曲がっていく。まるで高級サルーンの乗り心地ですよ?

「これ……自動運転!?」

 峠を越え、久々に現れた赤信号もブレーキが正しく反応してる。誰が操作しているわけでもないのに停止線でキッチリと止まる。相変わらず運転席には誰も座っていないのに!

「いつからOKになったんですか? 公道の完全自動運転って?」

「キャァァーッ!」

 変な体勢のままシステマティックな挙動に感心していると……車の外から悲鳴が?

 何か事故でも遭ったんでしょうか……って、事故は私か!


「ううぅ……お嫁に行けない……」

 顔は見られなかったにしても、あんな格好を世間に晒してしまうなんて。フロントガラスに尻を押しつけたまま、お股全開とか! 女子力ポイントがボツシュートですよ!

 アクロバティックな体位のせいで制服もビリビリ破れちゃったし……

「これじゃ外にも出られませんよ……」

 あらぬ誤解を与えて、お巡りさんを呼ばれちゃいます。即座に。

「山田桜里子」

「はい?」

 源子さん、荷室から何かを引っ張り出して、私に差し出した。

 着替えろと?

「ウエットスーツですか?」

 足首まで隠れそうなボディスーツ。水着みたいな感じの。

 贅理部とはマリンスポーツの部活なんでしょうか?

(だとしたら何が『贅』で、何が『理』なの?)

 分かんないです。取っ掛かりすら浮かんできませんよ。両者の関係性に。

「うぅー」

 かなりキツいスーツですが、なんとか足先まで押し込めました。

 肩紐をギュギュッと引っ張って、胸回りを整えます。

「うむ?」

 キッチギチピッチピチパッツンパッツンでも、意外と動けますね。サイズがピッタリだから?

 にしたってマージンがなさすぎる気がしないでもないですが。

 ウエットスーツって、もう少し余裕ありません?

(て、てか、ウエットスーツじゃない! これ違う!)

 だってデコルテが豪快に開いてますもん。腕も別パーツになってて、二の腕と腋が完全に無防備になっちゃってます!

(なんだこれ?)

 例えて言うならなんだろ? バレエの練習着に近い?

 華奢な鎖骨と乳房へのドロップラインを強調したデザイン。ネイキッドな首周りは女性らしさのアピールを意図してます。

 これは無理です。こんなウエットスーツで海に入ったら、急所である首を危険な生物に噛まれる恐れがあります。大自然を舐めすぎてる装備です。

 じゃ、なんですかコレ?

 バレエの練習着にしても緊縛感が強すぎる素材じゃないですか?

 それに所々に何をするのか用途不明のアタッチメントホルダー的なギミックが付いてて……これはバレエの練習着にしては余計ですよ? どう考えても?

「う~ん……」

 携帯のインカメラに映る私は……これ裸です。裸同然じゃなくて裸です。破れたセーラー服と同じくらい、公序良俗に反してます。

 残念なことに謎ギミックは尽く外してるんです、女の子なら隠すべき、肝心な箇所を。

 お尻も胸も女性らしさ隠すどころか強調されていて、こんなんじゃ日の高いうちは歩けません。

 かと言って夜の闇で見かけたら、瞬時に通報されますよ。性的変態徘徊者として。

 取り敢えずコレで街中を歩くのは無理です。羞恥心が限界を超えて発狂します。

 お尻から胸から、体中の曲線を強調するかのように肌に張り付いて……痴女ですよ、こんな格好で歩いてたら間違いなく痴女認定されます。

 まさにスキン。身体のラインを寸分違わず露わにしちゃってる。

 なんたる卑猥衣装!

(ま、人前に出なければ問題ないんですが)

 幸い、この車には女の子しか乗ってませんし。

 着替えも荷室で完了、こういう時はありがたいですねフルスモークは。

 カチャリ。

 今度は運転席に座ってキッチリとシートベルト。こうすればタイムアタックモードも平……いや、平気じゃないか?

 こんな特等席であんな運転されたら、間違いなく失神してしまいますね。並のジェットコースターなんて目じゃない、人生が弾け飛んじゃうスリルですよ?

「…………」

 ちら。

 私が壁に投げつけられたトマトになるのを防いでくれた彼女。金髪の方の。

 元はと言えば彼女が元凶なんですけど。

 助手席に座った金髪ちゃん、ノートPCを腿に乗せて物憂げにタイプ。トイポップなヘッドホンを耳に引っ掛けて、パチパチ&クリクリとコンソールを操る。

 芸術品みたいな金髪に玩具っぽいハウジング。軽く目眩がしそうなギャップ感。

 なんかすごい。

 彼女も私と同じスーツを着てて……ウエットスーツの気密性と水着の解放感を併せ持つ変な服。インナーを着けたままだとスケブラスケパンして逆にイヤらしい、身体の線を出しまくってる服を。

(…………服なのか?)

 スタイルが良い人ならレースクイーンとかの衣装に見えなくもないけど……ああいうのは大概ビビッドな色彩で染められてますよね? 体を張った広告塔サンドイッチウーマンですから。

 でもこれは色彩を排した単色ホワイト。

 なので素地が、生地越しの肉体の出来不出来が、否が応でも強調されるんですよ。

 こんなのを人前で晒したら、性的すぎるってクレームが殺到しちゃ……

「…………」

 ……しちゃわないかも?

 不思議とエロくないです。

 霞一中 恋愛ラボで培った男性脳エミュレーションをフル稼働させても、なかなか情欲回路へと繋がっていかないです。

 どうして?

 ほぼほぼ裸体ですよ? 瑞々しい女体がビザールな生地に締め込まれているのに?

(……うぅぅぅーん?)

 美術の教科書をエロく感じないのと同じ理屈ですか?

 完成された美にはフェティシズムの紛れ込む余地がない、ってことですか?

 なら、この子の肉体は美術の教科書に載るレベルってこと?

「…………」

 遜色ないです。美の巨匠が裸婦像のモデルにしたがるモチーフですよ。頭蓋骨から爪先に至るまで、一片の隙もないパーフェクトバランス。

 首の長さ、胸の大きさ、ウエストの絞れ具合……全てに於いて、自然。恣意的に形作られた矯正の跡が覗えないんです。肉体を形成する上で、理に適った形状と塩梅が整ってるんです。ぎこちなさの元となるシンメトリーの破綻も全然見受けられないし。普通はどっか偏ってたりしますよ、人間。生きていく中で変な癖が体に刻まれたりするんです。

 でもこの子、それがない。

 ほんの些細な仕草にすら余計なコンフリクトが紛れず、見惚れるほどのムーブを織り成していく。何気ない仕草にも漂う、美のビヘイビア。

(な、なんなのこの子?)

 光源氏の姫様も見惚れてしまうほどの美人だけど、この子はこの子で超越しています。

 十把一絡のkawaiiなんて冗談にしか思えなくなるほどの美形さんです……

「…………」

 ふと視線を投げかけられれば、見失う、焦点を見失う。視差によって保たれていた立体感、距離感の把握双方とも喪失してしまう。

 それほど深い瞳の色、碧とも翠とも呼べない不思議な色の瞳。

「…………」

「あ、すいません!」

 ジロジロと舐め回すように眺めてしまったよ。私が男の子なら平手を飛ばされてるところです。

「びーこちゃんって言うんですか? お名前?」

 初対面なのに失礼千万。まずは穏当な距離の縮め方をするべきですよね?

「あんたさー」

 ところがラプンツェルちゃんってば、数年来の友人の口調で尋ね返してくる。

「はい?」

「バースデイの愛称知ってる?」

「ば、バースデイ……?」

 残念ながら寡聞にして存じ上げませんね山田は。

「だーかーらーB子。簡単でいいじゃない」

 荷室から首を伸ばして源子さん、私たちの会話へ割り込んでくる。

(て、適当……)

 にしたってぞんざいな扱いじゃないですか?

「あんなこと部長さんは言ってますけど……いいんですか?」

「構わんぞな」

 拘りの薄い性格なんですかね? 自分の名前ですよ?

「バースデイさんは外国の方ですか? それとも留学生とか?」

 だって、どっからどう見ても外人ですもん。

 金糸の髪に翡翠色の碧眼、日本人離れした伸びやかな骨格と質感の異なる肌。

 外人。どう見ても大陸を一つ二つ隔てた遠方に住んでいらっしゃる方です。日本に漂着したら鬼とか呼ばれちゃう系の。御伽噺の時代なら。

「日本人ぞな」

「そ、そうなんですか?」

「バースデイ・葉月・ブラックチャイルド。その子、ハーフよ」

「奇遇ですねー! 実は山田もハーフなんです!」

 山田・ルイーズ・桜里子と申しまして。こう見えて日仏ハーフなのですよ。

 ま、私の場合は日本人にしか見られませんけど。エクストラバージンピュアオイルジャパニーズガールですよ、外見に関しては。今まで「ハーフ?」と尋ねれたことは一度もありませんし。

 せめて何らかの西洋人ギミック、欠片でも醸せていたら、ワンアンドオンリーな魅力として自分に自信が持ててたかもしれないのに……私は日本人の中に埋没する、日本人オブ日本人。

 だからこそ愛され女子高生になるために研鑽を積んできたんです!

 霞一中 恋愛ラボの仲間ラボメンと試行錯誤を重ねながら、磨きに磨いた女子の力。

 それ以て華麗なる高校デビューを飾るはずだったのに!

 甘くてちょっとだけホロ苦い恋愛劇チョコレートラブの主役として!

 なのに何ですか?

 女子高生という爆アドを一瞬で霧散させる――その美貌。

 比類なき美しさで同性をモブ化させ、異性の関心を丸ごと飲み込む恋愛原子核。

 敵わない。こんな同級生がいたら絶対に敵わない。

(――そうだ!)

 忘れてました! 訊かなきゃいけないんでした!

 何のためのRage against the Beautyか!

「あ、あの部長さん……」

「なに?」

「この入部試験は……何の意味があるんですか?」

「…………」

「というか贅理部って何する部活なんですか?」

 訊けました今度こそ! 頓珍漢じゃない質問ができました! 私、やればできる子!

「山田桜里子」

「はい?」

「よくぞ訊いてくれたわ!」

「は?」

 質問したのはこっちなのに、源子さん前のめり。私の両肩を掴んで訴えてくる。

「今あたしたちは未曾有の危機、その渦中にいるの!」

「……危機?」

 てか『 あたしたち 』?

 いぃーえいえいえ、危機は私です。あなたとB子ちゃん以外の霞城中央女子です。ひいては恋愛トリクルダウンを一日千秋で心待ちにしている恋愛ラボのラボメンたちです。男子の視線を根刮ぎ奪われた恋愛難民の方です。

 なのに『あたしたち』と仰るか?

 それはちょっと虫が良すぎませんかね、光る源氏の処女姫様

「日本は――――蝕まれてる!」

「…………は?」

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