Love, Election & Glico, Pineapple, Chocolate. - 4


「これですかー」

 職員室前の掲示板。とある男子が暫定生徒会長として指名された旨が貼り出されてます。校長先生の印鑑がペタリ押されたA4用紙に。

 おそらく入試結果とか、その辺を適当に参照して指名されたんでしょう。確かに生徒の意思を反映したものとは言い難いですが、暫定措置としては常識的な範囲ですよ?

「そこまでして人の上に立ちたいもんですかね?」

 私には分かりません、あの眼鏡女子の気持ちが。

 人の上に立ったところで無駄に重い責任が伸し掛かってくるだけです。少しでもヘマすれば、即座に背後からクラクションで煽られる立場でしょ?

 ひとときも心休まることなく居住まいを正してなきゃいけない。

 イヤですよ。そんなの勘弁ですよ。

「過分なアンビシャスなど必要ですか? ……私たち女子に?」

 ねぇねぇクラーク博士?

 理想を他人へ押しつけるのって、そんなに愉しいですか?

「ううーん……」

 私には縁遠い世界ですよ。

 というか壇上へ乱入した眼鏡彼女は「最大多数の最大幸福を実現する公約を自分は持っている!」と力説してましたが……野次と罵声に掻き消されてしまい、具体的内容は結局聴けず終い。

女子高生私たちの求める最大幸福……」

 そんなの勿論、当然、言わずもがな!

 恋です!

 めくるめくラブアフェアーを十二分に堪能できる環境こそ最大幸福であり、その機会は、

「ここ!」

 この学舎こそ県内屈指の恋愛理想郷なのです!

 男女比50:50にして実家の太い男の子ばかりが通う、新設進学校! 恋愛対象外のギークや脳筋やDQNは入試という門番が篩い落としてくれました!

 ぶっちゃけ生徒会長が誰だ、とかどうでもいいんです!

 ここで学園生活を送れるだけで勝ち組です!

 生臭い権力闘争に現を抜かす女子とか意味が分かりません!

 霞一中 恋愛ラボの子たちに訊けば、きっとみんな首を傾げますよ?

 もっと! モット! ときめくことが目の前に転がっているのに。

 女の子にしか味わえない、蕩けるほどに甘く、ほんの少しだけビターなチョコレートデイズが。

 ピロロローン。

『謎の美少女X出現したんだって?』

 噂をすれば……携帯へLINE通知が。霞一中 恋愛ラボのラボメン糸満ちゃんからです。

『そんなに綺麗な子なの?』

 倉井ちゃんと羽田ちゃんも、別の高校へ進学した仲間が興味津々メッセージを送ってきます。

「正直、あんな美人は見たことないよ」

 百人単位の聴衆が息を呑んで固まっちゃう子ですよ?

『彼氏は? 誰もが認知するステディはいるの?』

「てか彼氏どころかあの子自身の素性すら。どこ中出身の子か、誰も知らないの」

『まさに謎の美少女ね……そいつが公衆の面前で男を大募集したっての?』

「男に限るとは言ってなかった気はするけど……」

『男に決まってるじゃん!』

『男女雇用機会均等法の関係でハッキリとは書けないけど、忖度して察しろ的な奴だよ!』

『部員募集を口実に上玉オトコを独り占めしようって魂胆よ!」

『傲慢かつ悪辣な自己アピールね!』

 確かに、恋愛ラボの理念に照らせば、突然のキングボンビー襲来に等しい。

絶対恋愛黙示録アポカリプスオブラブデスティニー頓挫の危機!』

『このままじゃ男の子盗られちゃう!』

 彼女は毒入りチョコレートに違いない!

『死活問題じゃん!』

 霞一中 恋愛ラボの見立てでは【悪】の可能性が濃厚。田畑を食い荒らす蝗並み、ガンジーでも助走をつけて殴るレベルの邪悪と認定された模様です。


 【 第一回 贅理部 入部セレクション 開催要項

   日時 : 金曜日 放課後          】


 暫定生徒会長指名の隣、最も目立つ場所に掲示されています。白いコピー用紙に二行。

 余白が勿体なく感じる情報量。オリエンテーションで配られた案内冊子と何ら違わぬ内容なのに。

「でも……」

 違ってますね。見逃しませんよ、相違点。

「ウォーリーを探すよりは随分と分かりやすい」

 ココです。A4用紙の端に小さなドット塊。正方形のランダムな市松模様で。

 ピポー。

 読み取ったリーダーアプリは怪しげなURLを吐き出した。

「…………」

 意を決してリンクをタップしてみれば……

「……キノコ?」

 何の変哲もないキノコ…………じゃない。色が毒々しい。柑橘系の色味をしてます。

 これはちょっと躊躇いますね、寄せ鍋の中に入ってたら。箸を伸ばすのを。

「贅理部 セレクション参加資格 : 図示されたキノコを持参すること……?」

 ご丁寧に生えてそうな場所までレクチャーしてくれてます。手書きの地図にグリグリの丸印。

「学校の裏山ですか?」

 振り向けば、廊下の窓越しに山。教室棟の向こうは雑木林の斜面です。

 我が霞城中央、「中央高校」と銘打ちながらも市内の中心部からは若干外れてまして、敷地の裏は山塊へ連なってます。巨大な脊梁山脈は時折、悪戯でもするように小さな丘陵を平野部へポコンと突き立てる。そういう使いづらい土地なのです。だからこそ学校用地へ転用できたのかと推測しますが……

「学校の裏に自生する……野生キノコ?」

 確かに、こんな金柑色したキノコなど普通のスーパーでは扱ってません、常識的に考えて。

「何を試そうとしてるんですか?」

 かぐやちゃんが欲する『普通じゃない人材』って……キノコマニア?

「タケノコ王とかなら聞いたことありますけど?」

 蔵を建てるなら、そっちの方がよくないですか? マツタケとか? 単価高めの。

 てか、美少女にキノコって!

 竹から産まれた赤子なら、神秘の美少女っぽさがありますが……キノコの榾木を母胎とするとか、菌糸類の植物モンスターっぽいじゃないですか。だめですそんなの美少女には似合いません!

「贅理部って……何かしら科学系の部活なんですかね?」

 名前から察するに「贅」にも「理」にも汗臭さとは無縁な感じは受けますが……

『桜里子!』

『分かってるの桜里子?』

 沈思黙考で返信の指が止まった私へ、糸満ちゃん倉井ちゃんから矢の催促。通知音の連打。

『こうなったら、あんただけが頼りなんだからね!』

 もちろん、分かってますとも羽田ちゃん。

 探るべきはズバリ――――【 貞 操 観 念 】。

 あんな美人ならば殊更のアピールなど不要、何をせずとも異性がワラワラと寄ってくる。歩く誘蛾灯ですよ。バイオハザードの主役視点です。

 なので姫が望めば即カップル成立。出会って四秒もかかりません。

 ただし、問題はその後。

 もし彼女が本物のかぐや姫なら、言い寄る男子おのこは是非に及ばず。甘い汁をチューチューと吸い上げつつ、中途半端に摘み食いしちゃいます。竹取物語で公達に無理難題を押しつけるくだり、あれがメタファーですよ。おねだり系寄生女子は今も昔も変わらないんです。

 そういうのが一番タチが悪い!

 日本は一夫一妻制の国です! そう憲法で規定されてますから!

 太古の昔から、一人の妻に一人の夫。それこそが規範です。京都の貴族や大名門跡庄屋大店の旦那みたいな特殊例を持ち出すのは無理筋です。大多数の日本人は正しい婚姻関係の元で社会秩序を維持してきたんです。

 そういう伝統的な規律を乱す子は悪ですよ! 誰が許しても山田桜里子が許しません!

 危険な恋はダメダメダメ、しちゃいけないの、スキャンダル!

「見極めてくるわ! この目で確と!」

 彼女の本性――男女交際のモラリティを。

「奴は蝗か否か」

 LINEに荒ぶるグリコポーズのスタンプを貼りつけながら決意する。

 そう!

 恋愛の自由こそ最も尊ぶべき乙女のポリシーです!

【霞一中 恋愛ラボ 恋の掟 第九条 恋愛は何事にも縛られないから素敵なの】

 と、ちゃーんと書いてあります!

 だけどそれは公共の利益の範囲内でのこと。

【第九条 第二項 但し人様の彼に不貞を誘いかけたり、複数の男子を囲い込むような行為は厳に慎まれるべし】

 いくらモテモテ美人だからといって、調子に乗って猟色を縦にしたりするのなら、

「悪です!」『悪ね!』『紛うことなき絶対悪よ!』『姦淫許すまじ!』

 糸満ちゃん倉井ちゃん羽田ちゃんラボメン全員が悪魔スタンプを返してくる。

 ですよね! 山田もそう思います!

『でも仮に謎の彼女Xが蝗女だったとして……どうすんの?』

 言われてみれば……

「うぅーん……」

 私は普通の女子高生です。武道の心得もなければ怖いお兄さんとのツテもない。仮に法曹界の切れ者弁護士とコネクションがあったとしても、単なる恋愛インモラリストを処する法律は存在しません。担任へ泣きつけばあらゆるトラブルが解決したのは小学校低学年までです。

 されども悪には報いを、罪過に応じた応報こそ正しき世の理。

 ――女子高生が求める執行者。

 法で捌けぬ悪人を、超法規な闇の力が成敗してくれたなら。

 どこの誰かは知らないけど、カラダはみんな知っている。どこかで不幸に泣く女子いれば「あんな男とは別れなさい」と助言をくれる。傲岸不遜の恋愛バーバリアンどもをバッサバッサと一刀両断。

『いないの? 意識高い系ばっかりなんでしょ? 霞城中央って』

「多少偏差値が高かろうと、そんな黒い天使はいません……それこそ漫画やアニメの中にしか」

『霞城中央 SEX PISTOLS的な執行者!』

『霞城中央 SEX MACHINEGUNSの方が強そう!』

 弱者を救う性の守護者ガーディアン……武器を取って悪に立ち向かう性義の自警団……

 女の敵は女の手で成敗する。野蛮な匂いがプンプンしますけど、筋は通ってる。口だけで、実際には女子を守ってくれないフェミニストなんかよりずっと。

「いたら嬉しいですけど、そんなのいま………………………………ん?」

 なんでしょう?

 教室棟の屋上で何かしている人が見えますね?

「……旗?」

 なんか書いてありますよ?

「万国の女子 …………団結せよ?」

 セーラー服の女子たち数人が声を張り上げてます。

「xxxxxxxxxxxxx!」

「yyyyyyyyyy!」

 本校舎棟ここまでは距離があるので、具体的な内容までは聞き取れませんが。

「渡りに船?」

 噂をすれば影というか必要は発明の母というか、そういうジャストタイミング?

(もしかしてアレは!)

 『万国の女子 団結せよ!』とは……女の子の女の子による女の子のための結社ですかね?

 恋愛弱者の懸念を払い除けてくれる善意の有志さんたち?

 ポリスや先生では対処しきれない恋愛アウトローを駆除してくれる守護者でしょうか?

 だとしたら是非、お力をお借りしたいですね!

 山田一人では非力にもほどがありますから。


「これ! ホント生えてるんですか?」

 山へ入ってから何時間経ったでしょう?

 少なくとも授業一コマ分ほどは必死に探し回った気がしますけど。

 行けども行けども見慣れたブッシュです。代わり映えのしない日本の里山ですよ。

 こんなところに金柑色したキノコとか生えてるんですか?

 生えていても、せいぜいシイタケとかシメジとかナメコとか、いかにもキノコっぽい菌類しか。あんな赤道直下のジャングルにでも生えていそうな金色のキノコとか……

「あぁーもう! めんどくせぇ!」

 癇癪を起こしたマッチョボーイ、鍬を振り上げ、片っ端から掘り返してます!

 うおォン、彼はまるで人間ブルドーザーです。

 タンクトップ一丁、荒ぶる筋肉に任せてローラー作戦です!

 まぁ、一本見つければそれでOKですから、下手な鉄砲数打ちゃ当たる方式も間違ってないかもしれませんが。

「うぉぉぉぉぉぉぉうぉりゃぁぁぁぁ!」

 女子の馬力では無理ですね……ちょっと真似出来ない。女子力と筋肉は相関の薄い概念です。

「…………お?」

 場所を変えようかと、尾根状の斜面を登ってみたら、

「あれって……」

 尾根の向こう側に人影が。山の植生を入念に観察しながら進む、四人パーティです。

 脳筋タンクトッパーとは対極のトレッキング装備に身を固めた男子が四人、メモ帳と図鑑らしき本を携えて。奇しくも四人が四人とも眼鏡男子じゃないですか?

「ちゃぁーんす……」


「ふっふっふ……」

 賢い! 山田賢い!

 私が彼らを捕捉してから数分足らずで、四人組はキノコの生息域を特定しちゃいました!

 盲滅法な山狩りなど足元にも及ばぬ高効率です!

 これも確かな経験と理論があったればこそ。あると見抜けたからこそ!

(これぞ霞一中 恋愛ラボ謹製『男子見極眼ボーイズサーチング!』)

 雌伏の中学時代、ずっと磨いてきたのは女子力のみに非ず。過酷な恋愛戦線で勝ち抜くためには、人を見る目……あ、字が違ってますね。男性ひとを見る目が大事なんですよ!

 女子力をデモンストレーションするにも、猿やゴリラ相手じゃ意味がないのです。

(よし!)

 霞一中 恋愛ラボで培ってきた恋愛殺法四十八手、早速役に立ちました!

 まるで専門外の問題ならば、勝手知ったるエキスパートをフォローするのが一番です!

 睨んだ通り、知識に長けた男の子たちでしたよ、今回のミッションへと最適化された。

(ありがとう恋愛ラボ!)

 特訓の日々は無駄じゃなかった!

 ビバ、恋愛ラボ!

 桜里子翔びます!

(ではでは……)

 満足気な四人が現場から去ったのを見計らって、そそくさと私もキノコポイントへ!

 小さな渓に面した倒木の裏側です。ジメッとした腐葉土を踏みしめながら辺りを見渡せば……

「あったぁ!」

 お零れゲットだぜ! キノコマスターに私はなる!

 …………いえいえいいえ。

 なる必要はありません。一本で十分ですよ。トゥートゥーフォーも要りません。

「よぉぉーし!」

 ふふふ、難なくクリアです!

 ハ イ エ ナ 大☆成☆功☆!

 いわゆる一つのハイエナ作戦――有効ですよ、生き残る策としては。かなり。

 我々のご先祖様、脆弱な旧人類が肉食という栄養摂取手段を知り得たのは、元々猛獣の食べ残し、もしくは隠された獲物を盗み食いしたところから始まる。そこで肉食の高効率を知り得たからこそ、カロリーをバカ食いする高度な脳を維持できるようになったんです。

 極めて合理的な作戦です、ハイエナ策は。先祖伝来のライフハックテクニックです。


「で…………どっちだろ?」

 それはそれとして、私どうにも地図が読めません。

 贅理部の地図が粗雑な手書きだから、ではなく、スマホアプリの精緻な地図でも迷いますし。

 何故でしょう?

 女子は地図が読めないのは……狩りで野山を駆けるのは男の仕事だから、そっちの解析中枢は発達しなかったんですかね? 狩猟の時代から。

「…………こっちでいいのかな?」

 谷筋の川沿いに小径がありますね……どうやら尾根の方へ続いているみたいです。しかも踏み均された具合は単なる獣道じゃないっぽい。

「ぐーりーこ! それ、ぐーりーこーぐーりーこー!」

 取り敢えず行ってみるしかないでしょう。新品の制服を気遣いながら、坂道をえっちらおっちら。

(It's easier to do something than worry about it!)

 もし彼女がモンスターだったら。

 霞一中 恋愛ラボ、ラボメンたちが懸念する通り、恋愛ヒエラルキーの頂点を志向する蝗なら。

 教室棟の屋上にいた人たち。「女の子 団結せよ!」と主張を掲げた子たちと連携して、傲慢な猟色行為を封じ込めできれば理想的ですが……

(まずは確かめないと!)

 実態を知らなきゃ話が進みませんから。敵を知るのです!

「ぐりこ! ぐりこ!」

 非力極まるこの山田桜里子

 不届き者を誅する性義の自警団などにはなれそうもないですが……調査なら、何の後ろ暗い所もありません! 正々堂々懐へ飛び込んじゃいます! 霞一中 恋愛ラボの代理人として内偵です!

 コードネームは差し詰め、『Rage against the Beauty』とでも。

(……というかですね)

 内偵調査員Rage桜里子から言わせてもらえばですね、

 【謎の彼女X】こと、霞城中央のかぐや姫は容疑者に非ず。大山鳴動して鼠一匹、が真相ではないかと勘ぐっています。この山田桜里子の、桜色の脳細胞が下した判断では。

 だって、あんなにも美しい独り身女子がいますか? ぶっちゃけ不自然です。

 無秩序な男漁りへの危惧、それは恋愛ラボ特有の過敏反応であって、オリエンテーションの告知も単なる部員募集でしかないのでは……

 捜査に予断は禁物。

 でも実際彼女を目撃した者として、その可能性も大いにあると考えざるを得ません。

(だからこそ!)

 どちらが正しいのか確かめてみましょう。この女坂を登りつめ!

 問題が有ったらその時はその時!

 教室棟屋上の勇ましい女子たちの力も借りて、なるたけ穏便に済ませましょう。

 私としては恋愛理想郷が健全に機能を果たせれば何の問題ないんですよ。

 50:50の黄金比が維持されれば。

 それを1:100で独り占めしようとするのは悪です! 我々霞城中央女子全員の敵です!

「ぐーりこ、ぐーりー……ぅぉ!」

 当てずっぽうの進路選択も間違っていなかったっぽいです、どうやら。

 川沿いの斜面に列が伸びています。ドキッ☆男だらけの謎の列です。全員が柑橘系と見紛わんばかりのキノコを手にして。

「…………」

 さりげなく最後尾に並んで様子を窺っていると……

「これを何と読む?」

「ハズレ!?」

 列の前方から女子と男子の会話する声。

「またかよチクショー!」

 そして渋い顔の男子が列を逆走して、再び山の中へ。

(何が起こってるんですか?)

 ひょいと横から列の先頭を覗ってみたら、

(……キノコチェック?)

 セーラー服の女子が一つ一つ、男の子たちのキノコを検品してるようです。残念ながら、ここからでは検分役の顔までは覗えませんが。

「これを何と読む?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 彼女ゲートキーパーの検査は厳格みたい。一人また一人とハネられ、山へ逆戻り。

(ま、私は大丈夫ですけど)

 科学に基づいたサイエンスボーイズの見立てですから。余裕ですよ。左団扇でスタンバイ。

 これも霞一中 恋愛ラボで培った『男子見極眼ボーイズサーチング』のお陰……

「違うのかよ!」

「絶対に合ってると思ったのに!」

「は????」

(今の人!)

 渋い顔で横をすり抜けていった子たち!

(私がハイエナした四人組!!!!)

 完璧なフィールドワーカースタイルに身を包み、図鑑と虫眼鏡を携えた!

(嘘でしょ!?)

 てことは私もハズレキノコを掴まされちゃったの?

 あの四人組って、格好だけ一丁前の、中身が伴ってないピーマン野郎ども?

「あわわわわわわわ……」

 いきなり天国から地獄ですか!?!? オートマティックな合格を確信していた私、バカみたい!

(こ、この程度……私の男子見極め力ってこの程度?)

 実践不足の頭でっかちがアッサリ露呈されちゃいました?

「はいネクスツ!」

 震えながら蹲っていた私の手を引き寄せる。不意に引っ張り上げられる。

「ひっ!」

 それは、私と同じセーラー服の女の子。

 でもでも!

(――ヘルメット!)

 同じ服装でも頭にはヘルメット! 見るからに普通じゃないヘルメットが!

 まるでスペースオペラの銀河帝国、不気味なシンフォニックテーマで姿を現す暗黒卿。そんな傑物を想起させるゴッツいヘルメットの女子高生!?

 黒光りするサーフェスには機能美溢れるメカニカルギミック。どんな機能か想像もできませんが!

「ひっ!」

(何このヘルメット????)

 見るからに精巧な部品精度は、セーラー服との親和性が異常に低い!

 首から上と下で世界観が断絶してます。雑コラにしても程がある絵面ですよ!

(な、なんなのこの子?)

 顔を隠さなきゃいけない運命さだめの女子高生? 少女鉄仮面伝説?

 たとえそうだとしても、何故こんな仰々しいメットを?

 人相隠しなら普通のありふれたマスクでいいじゃないですか。だって女子高生ですよ?

「……あんた」

「は、はいっ!」

 反射的に、持ってたキノコを差し出しちゃった!

(うわ! ダメだ! ハズレキノコなのに!)

「……………………」

 無慈悲な失格ボードを出されちゃう!

 貴様は出来損ないだ、と公衆の面前で宣告される、あの晒しボードの餌食になっちゃう!

(ひぃー! ひぃぃぃぃ!)

「……………………」

 そんな悪目立ちしたくないのに。可能な限り波風を立てないように任務遂行するのが潜入工作員Rage against the Beautyの鉄則なのに。

(…………ん?)

 なんだこの感触?

「はっ!」

 揉まれてるし! クレイジークライマー式に正面から! ムニムニってセーラー服越しに!

「え? え? えっ?」

 女の子同士なら辛うじて許され……いやいや良くないです!

 いくら女の子だからって初対面の同級生の胸を揉んでいい謂れはありません!

 てか何をやってるんですか? チェックするのはキノコですよね?

 あの毒々しい金柑色したキノコの真偽であって、女子高生の身体じゃないですよね?

 てかどうして私だけ?

 他の人はキノコを検品されるだけなのに、私は体まで????

「ひゃん!」

 我慢できずに変な声が出ちゃいました。そりゃそうです、肋骨を一本一本確かめるみたい触られた末に脇腹までコソコソとされちゃったら! そりゃ変な声も出ますって!

(くぅぅぅぅ……)

 必死に恥ずかしさを堪えてるのに、ヘルメットちゃんお構いなし。入念なボディチェックを止めてくれない!

(ううぅぅ……変な感じ……)

 無抵抗で体を他人に委ねる、背徳的なこそばゆさ。異性でなくとも耐え難い!

 でもだからって、変な声を出してたら後ろで並んでる男の子たちに変に思われる! いやらしい目で見られちゃいますよ! 可愛いフリしてあの娘、割とやるもんだねって噂になる!

 そんな噂が出回っちゃったら……入学早々、尻軽イージーラバー枠入りとか本当勘弁ですよ!

(……早く、早く終わって!)

 我慢しすぎて脳が茹だっちゃいそう!

 絶っ~対に気づかれませんように! 後ろで並んでる男の子たちに悟られませんように!

 震える膝を無理矢理押さえ込む。

「……っ!」

 くっ! 殺せ! って自暴自棄の煽りじゃないんですね、女騎士さま!

 せめて人の尊厳を尊重して、って懇願なんです。理性最後の一線なんですね!

 擬似的なシチュエーションまで追い込まれて、よーやく理解できました!

「ひ!」

 屈んだ彼女のヘルメットがギュッと胸を押してくる。

 これが男の子ならば問答無用のセクハラ行為でも、相手は女の子。露骨に押し退けちゃったら、逆に私が快楽堕ちしてるみたいじゃないですか。

 ――それは困る。

 新入学生のピュア&ノーブルを武器として使えるのは、この時期だけです。

 お互いをよくしらない、初々しい時期でこそ最高倍率が乗る武器ガールズウエポンですから!

 そんな貴重なものを、こんなとこで捨てちゃうとか勿体ないにも程があります!

「……あ……あぁぁ…………く!」

 だからもう勘弁して下さい!

 調べたいなら、どんなとこでも弄っていいから! せめて男の子が見てない所で……

(てか、もう早く! 早く終わって!)

「……!!」

 ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………ほふぅ……

 越えましたよ。最大の難所デリケートゾーンも突破しました。あとは何も隠しようもない素足をサワサワ検査されて終了です。

 耐えたー! 潜入工作員Rage against the Beauty、耐えましたよ!

「イッテヨシ」

「…………は?」

 散々私の身体を弄り倒した彼女、メット越しのくぐもった声で告げてきた。

「……は……はぁ?」

 曖昧なリアクションしか返せない私へ、サムアップを背に向けて「通れ」のサイン。

 受け取ったキノコなどロクに確かめもせず……というか捨てましたよね!

 今、ハズレの箱へ捨てませんでした? ミス・ヘルメット????

「ネクスツ!」

 なのに戸惑う私など見向きもせず、査察を再開してるし!

「えっ? ええっ? えっ?」

(どどど、どういうこと?)

「これを何と読むー?」

「ぎゃあああ! またハズレかよ! 何度目だよ!」

 相変わらず男の子たちには厳格な審査……       一方、私はフリーパス。

 いわゆる女子高生特権ですか?

「……まさかね……」

 そりゃ異性には効きますけど女子高生ブランドは。あざとい色目が覿面に。

 でも同性相手には効かないですよ?

 あなたも女子高生、わたしも女子高生、どこに違いがあるのやら? 笑う声まで同じですよ?

「な……なんだったの?」

 結果オーライで片付けるにしても不可解すぎますよ。

 金剛杖で折檻される代わりに恥辱の公開ボディチェック?

 いや、自分でも何言ってるのか分からない。脳が茹だって論理回路の一部が壊死してしまったか?

(待って、冷静になるのよ山田桜里子)

 己が為すべきことを忘れないで、Rage against the Beauty!

 まだ第一段階を突破しただけの序の口、余計なことに拘っている暇はないのです!

 ラッキーはラッキーとして甘受するべき。次なる障害へ向けて褌を締め直さないと。

「ふん!」

 プリーツスカートのアジャスターをキツ目に寄せて験直し。日の丸鉢巻もギュッとね。

「正解は過程! じゃない!!」

 結果です。Rage against the Beautyに期待されているのは成果です。

 ぐうの音も出ないようなレポートを持ち帰って、ラボメンに真相を伝えるの。

「よーし!」

 川に侵食された大岩、天然の入場ゲートを潜り抜ければ里山のスロープ。そこにはキノコチェックをパスした選りすぐりの入部志望者がいる…………はずですよね?

 シビアな篩い落としの末に勝ち残った少数の男子が……

(……あれ?)

 目をパチクリさせて視界をリフレッシュ…………させたのに変わりません?

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

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