Love, Election & Glico, Pineapple, Chocolate. - 2


 厳かな入学式も恙無く執り行われ、午後。

『機材の不調により開始予定が遅れておりますが……えー、もうすぐ始めま~す!』

 怒涛の勢いで弁当を掻っ込み、我先にと大講堂へ戻ったんですが……私が到着した頃には、最前列から数列がほぼ埋まった状態でした。

(わぉ……みなさん気合入ってますね……)

 名目上は自由参加でも、新入生たちはがかぶりつきの勢い。筆記用具とポストイット片手に冊子ガイドを読み込んでますよ。

 てか入学式よりも期待感が充満してませんか?

 私が着席した後も続々と新入生たが入館してきて、気がつけば講堂の三分の一が前からギッシリ。

 みんな今か今かと開始を心待ちにしている様子です。

『お待たせ致しま……した……』

 キーン……ブツッブツッブツッブツッ……

『只今より生徒会主催、新歓部活勧誘オリエンテーションを開催致し……ま……』

 ハウリングと接触不良の聴き苦しいマイクでも、

 ワーッ!

 客席は喝采と拍手で歓迎してます。

 そんだけみんなも思っているんです、部活は大事だって!

 好適なる出会いの場として!

 部活選択はJKのクオリティオブライフを左右するシリアスインシデントですから。吟味に吟味を重ねて慎重にジャッジを下さないと、運命を拾い損ねますもんね。

『高校ならば野球部でしょ! 目指せタッちゃん甲子園!』

 同級生たち、案内冊子ガイドと壇上を見比べながらコソコソと所感を交わし合う。

「今の部どうよ?」

「うむ、ピンと来んねぇ……」

「甲子園へ行く前に交通事故に遭っちゃいそう」

「女子マネとチアって、どっちが男の子と仲良くなれるかな?」

「うぅ~ん……アナウンス研究会とかの方が?」

 授業のガイダンスよりも真剣です、男子も女子も目を皿のようにして。

 高額な美術品を品定めするオークション参加者、というか競走馬のセリに参加する馬主みたいな目をしてます! 手にはオペラグラスまで携えて用意周到!

 本気です皆さん!


 ――ところが。

『吹奏楽部は全国を目指す部員を募集します! あたしたちダメ金じゃ満足できません!』

『君らも水泳に青春を賭けてみないか! 見てくれ、この上腕二頭筋を!』

『サバイバルゲームに興味ないかな? 夏は流し素麺で親睦を深めましょう!』

『山ガールになって登山しよう! 初心者でも目指せ富士山、谷川岳!』

 もう何人登場したかな? 数えていないけど二十人か三十人か?

 廻るお寿司のごとく「部長」さんが登壇して熱いアピールを繰り広げてますが……

『デジタル打ちからオカルトまで、今麻雀が熱い! 高校王座を手土産にプロデビューしちゃお!』

『天文部で地球外生命体とコンタクトしない?』

『バイク部入って稚内までツーリングしましょ♪ ブンブンブブブンブブブンブン♪』

『馬術部で馬に乗りませんか? 日本人初の凱旋門賞制覇を目標に……』

『軽音部、楽器が弾けなくてもお茶とお菓子が大好きなら!』

『囲碁部は霊的存在との交信を念頭に……』

『ゲーム制作部で一山当てませんか? 学生起業して百万本売れるソフトを開発するぞー!』

『自転車部、君もツール・ド・フランスを目指すっしょ!』

『フィギュアスケート部に入ってロシア人コーチと一緒にグランプリファイナルを獲る!』

『南国のアイスホッケー部!』

『人力飛行機部!』

『女子落語研……』

 霞城中央は新設校です。汎ゆることが新規立ち上げになるわけで、部活とて例外ではありません。

「まだ出来てもいない部活のアピールなんて、こんなもん?」

 先輩の不在は無用の鬱陶しさを避けられる反面、何の伝統もないってことですし。

 『新歓』と銘打たれていても、勧誘演説してるのは「仮」の部長たち。当然彼ら彼女らも新入生ですから、実績や伝統もゼロベースで作らざるを得ない。だからフワフワとした具体性に欠ける大言壮語ばかりになっちゃう。

 仕方ないっちゃ仕方ないですが。最終的に集まる人数も経験者の有無も、見通しが立たない手探り状態ですから。そんな状態で勧誘しなきゃいけないんですもん。

『はい次の部活の方、お願いしま~す』

『えー? 短い!』

(だけど、こんな回転寿司状態になっちゃってるのは……)

 参加の申込みが多すぎるからに他なりません。

『はーい、女子プロレス部さん終了でーす。舞台から降りて下さい』

『え? ちょっと待ってよ! こっからが良いとこなのに!』

 中途半端で演壇から剥がされてしまう。こっちが知りたいことも聞けぬままで。

 生徒会役員四人に四肢を掴まれ、ハンティングで捕らえられた獲物みたいな有様で退場させられていく水着の女子。ご愁傷様です。

 てか一体いくつ申請出てるの?

「生徒会もホイホイと安請け合いしすぎなんじゃないんですか?」

 選挙の供託金みたい、もし上手くいったら儲けもの的な冷やかし候補は予めフィルタリングしとくべきだったんじゃ? 常識的に考えて。何らかの措置を講じないと、こうなることは目に見えてた気がしますけど……配られた案内冊子ガイドの厚みがセンチ単位になっちゃってる時点で。

『え? えっと次は弓道部? ……弓道じゃなくて柔道部か?』

「ちょっと生徒会! マイク切れてるじゃん!」

 柔道部の部長候補さん、手際の悪い生徒会執行部に怒り心頭のご様子。

『すいません! すぐ直しますんで!』

「ああもうタイマー動いてる! ちゃんとウチらの持ち時間リセットして!」

 うん、分かります。こんなにgdgdな運営じゃ文句の一つも言いたくなります、確かに。

「ふぁぁ……」

(は!)

 つい欠伸なんてしちゃいました……

 こんな腑抜けた態度は霞一中 恋愛ラボの面汚しです!

 間違いだらけの部活選びなんてしてたら、ラボメンにドヤされてしまうのに。

(緊張感! 緊張感を持ってこう桜里子!)

 運命ちゃんの前髪は短いの! デコ丸見えの超ショートバングなんだから!

 ムニイィ!

 ほっぺを抓って眠気を飛ばそうとしたのに、

「ふぁぁぁぁ……」「ふへぁぁ……」「ふへぁぁ……」「ふぁあぁ……」「ほわぁぁ……」

 周囲の同級生たちも欠伸してた。

 私だけじゃなかった。要領を得ない空疎なアピールタイムに飽き始めていたのは。

 開始当初の熱気も冷め、鵜の目鷹の目で掲げられてたオペラグラス、もはや誰も覗いてません。

(むべなるかな……)

 期待に胸を膨らませて臨んだ入学初日ですし。入学式で昂ぶったら次に訪れるのは鎮静です。ハイアンドローのバイオリズムが人の生理ですよ。ブツブツ切れるマイクも観衆の興を醒まし、沈滞の淀みをウエルカム。

「書道部です! ダンスをしながら書を書きます!」

 かといって悪目立ちのスタンドプレーは逆効果ですよ? 冷えた客席相手じゃ痛々しいだけです。

(ああ……)

 さすがは新設校、新品椅子のフカフカな座り心地が堪りません。抑えた照明は柔らかな暖色系。これでは眠りに誘われない方がオカシぃ……

「桜里子桜里子」

 白河夜船になりかけた私の肩をトントン。

「は!」

 警策の気配に身を正す座禅の人みたいな反射で振り返れば……

望都子モコちゃん……」

 椅子列と椅子列の間に腰を屈め、神妙な顔で彼女は、

「ゴールしてもいいんだよ?」

 飛び級パイナップルちゃんから『楽になれよ』と堕落のお誘い。

 見れば望都子モコちゃんの背後には彼がスタンバイ。このまま実のない話が続くのなら、さっさとエスケープしちゃおうって体勢ですね?

 早速の充実した放課後ティータイムへシケ込もうって腹積もりですね?

 でも!

「こんなとこでリタイアなんて!」

 霞一中 恋愛ラボラトリの名折れですよ!

 そうです!

 看護科へ行ってしまった糸満ちゃん、調理科へ進学せざるを得なかった倉井ちゃん、県内唯一の音楽科に推薦された羽田ちゃん……切磋琢磨して女子力を磨いた仲間、志半ばにして疑似女囚監獄へと飛ばされた彼女たち《ラボメン》の無念を思えば!

 見て下さいこの痛ましくも心強い励ましのLINE画面を!

 『あたしらの屍を越えて行け』『恋愛戦士死ニタマフコトナレ』『山田桜里子君の恋愛運長久を祈る』……どれも怨嗟の篭ったオドロオドロしいスタンプ付きで。

 哀しみの川です、彼女達ラボメンの涙 集めて早し最上川です!

 それを思えば私はエリート! 選ばれし恋愛エリート候補生なんですよ山田は!

 男女半々の普通科高校。とてもじゃないけど生理的に耐えられないDQNヤンキースは入試で篩い落とされた恋愛理想郷、そこへ通えるVIPです。選ばれし者の恍惚と不安、ふたつ我に在り!

「OK桜里子、心ゆくまで粘りな」

 ちょっとだけ憐れみ入った笑顔でハートのハンドサイン。

(勝者の余裕か!)

 でも私だってすぐにそっちへ参りますから。

 初志貫徹 to 満願成就!

 たとえ亀の歩みだとしても、グリコ三歩分しか進めない双六でも、私は既に立っているんです。

 霞一中 恋愛ラボの悲願【絶対恋愛黙示録アポカリプスオブラブデスティニー】が容易に手の届くところに。早いか遅いかだけの違いです、勝者のゴールは、いずれ私を優しく抱きしめ……


 『  ザ ワ ッ !  』


 って書き文字が宙に浮かぶのが見えた。        …………気がした。

「えっ?」

 おかしい。

 目に映る皆が【凍りついている】。

 望都子ちゃんも望都子ちゃんの彼も、講堂の後ろ半分の生徒全員が、まるで時が止まったかのように息を呑んでいる。緩み澱んでいた生徒たちの緊張感が一気に反転しちゃってます!

「え?」

 異様さを産む元凶は視線。全員の目線が均一すぎるから異様に見える。

(なに? 何が起こってるの?)

 私の背方向、舞台の上で声も出せないような異常事態が?

「…………」

 不気味な静けさの中、得体の知れない怖れに身構えながら向き直ってみれば……

(か――――――――かぐや姫?)

 演壇脇に飾られた豪奢なフラワーアレンジメント。あれを斬った断面から現れた花の精。

「……!!!!」

 としか、考えられない!

 だって霞城中央のセーラーより十二単衣が似合いそうな子が立ってたんだから!

(なに? なんなのあの子????)

 どんだけ梳いたらあんなサラサラ真直ぐの髪になるの?

 艶々輝く黒はフォーマルで上品な、天鵞絨みたいな照り。一筋も縒れることなくプリーツスカートまで垂らされてる。一糸の乱れもなくまとまった髪束が産む極上の立体感、見上げる私たちはただただ息を呑むしかなくて。

 その見惚れるほどの落ち方はピンと張った背筋、つまり美しく湾曲した背骨が生み出してる。いかなる他者に対しても気後れしない、そんな精神を持っている子しかできないよ。あんなにも堂々と、しかも自然な胸の張り方は。

 いかなる評価にも揺らがぬ無謬の自己肯定と、それを担保する才の確信。両者を持ち得た者だけができる、本物の選ばれし者だけに許される姿勢ですよ。

 ――――そして肌。

 古来、七難を隠す万能ディティールとされたサーフェスも、特別な輝きを放ってる。

 白いんです! 確かに日本人の肌なのに白く感じる。それも病的な青白さでもなければファンデーションやドーランの色味でもない白。

 そんな白と黒ですから、極上の明度差が無彩色のビビッドビューティを映し出す。まるで格調高い蒔絵が施された漆器のような、日本人の美意識に訴える美しさがある。

(綺麗…………)

 とは言ってもですね、能面の弥生顔、ってわけでもないんです。

 今まで出会った誰よりも和装が似合いそうな女の子なのに、霞城中央の姫は違ってた。

 瓜実型とは異なる華奢な細い顎。深い二重瞼と真円の瞳。小ぶりな頭蓋骨は真球の美を保持して、どの角度からも均等な美を返す。

 隔絶したフォルムなんですよ、お多福の下膨れとは。能面の切れ長とは。ふくよかさが富貴の象徴だった時代とは。

 極めて現代の美意識に即した美人です! それも『超』が付いちゃうほどの!

(な……なんなのこの子?)

 未体験のイクスペリエンスがもたらす新規性で、精神の平衡を奪われる。

 軽く自分の視覚を疑ってしまうほどに美しい、花の姫。

(いやいやいやちょっと待って! ……おかしくない?)

 感覚の倒錯だけじゃなく、論理の齟齬も私たち新入生を追い立てる。

 私たちだからこそ、「妙だ!」と思い当たる論理破綻が存在するからです。

 私たちは新設された霞城中央高校の一期生。

 とはいえ、ベビーブームの要請として作られた昭和の新設とは意味が異なります。

 逆です。

 現存する東高南校西高北高は二年後に廃校の予定。

 霞城中央は周辺の高校を統合した受け皿。耐震基準を満たさない旧校舎に手を入れるより、先の少子化を見据えれば、新しく統合校を作ってしまった方がいいんじゃないか? という合理的判断の賜物なのです。

 部活勧誘オリエンテーションがこんな有り様になっちゃってるのも、それが原因です。

 私たちが三年になる頃には埋まる教室も、今は空き放題。ということは部室用に使える部屋が通常の三倍あるってことになります。校則に記載された最低維持人数の三人さえクリアできれば、校内で好き勝手に使える部屋を確保できるんです。部活予算というお小遣いまで支給された上で。

 そりゃ我も我もと雨後の筍になりますって。ちょっと考えれば予想つきそうなもんですよ。

 閑話休題。

 つまり私たちは本来、市内に点在する東高南校西高北高へ入学するはずだった子たちなんです。一ヶ月前までは中学生。霞城市内と周辺学区に住んでいた同級生なんですよ、大半は。

 だけどみんな目を剥いている。「あの子はどこの誰?」って探り合っている。

 慌てふためく他者を笑っている子が一人もいないんですよ! 誰も!

 みんな狼狽えてる。全員どっきりカメラの騙される方。

 こんな度肝を抜かれるような美少女が同級生に存在するとか!

「……生徒諸君!」

 「聞いてないよ!」状態の全校生徒へ向かって、『姫』の方から先制攻撃。

 沈滞した空気を一掃する――凛とした声で。

「ゼイリ部は新入部員を求めます」

 不調の拡声器を通さなくても刺さる声、エッジの立った声で全員の耳を一方的に牛耳ってくる。

 飛び抜けた美貌だけでなく、こんな声まで持ち合わせてるなんて!

 ソリッドな響きの中にもナチュラルなビブラート。絶妙な揺らぎが鼓膜を震わす。

(凄い……)

 何が何だか分からないけどスゴい……本能的な直感で総毛立つ。

「ただしタダの新入生には興味ありません――――以上」

 進行役の生徒会も唖然と見送る電光石火。

 さして長くもない持ち時間の大半を放棄して、かぐや姫は颯爽とステージを後にした。

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