親父の寿司

歌野裕

親父の寿司

「隆彦、しっかり食ってしっかり笑え」


 鳶職で昔気質の親父は、俺が一人で悩んでいると、決まって回転寿司に連れていく。そして、俺の悩みに対し、年長者としての助言をくれるわけでも、馬鹿野郎、と叱るわけでもなく、俺の主張にただ首肯くだけだったが、最後には必ずこの台詞を吐いた。

 親父が取る皿はかっぱ巻きばかりだった。別に魚介が嫌いなわけではない。

 では何故、かっぱ巻きしか食べないのか。一度、聞いてみたことがあるが、「ツウの食べ方にケチをつけるな」と叱られた。その時は、ツウも何も、懐に優しい百円の回転寿司チェーン店で粋がる親父を見て、笑いを堪えるのに必死だった。

 だけど、俺はそんな親父が大好きだ。小さくも大きい背中に憧れて、俺も親父と同じ鳶職の道を選んだ。

 俺は親父みたいになれるのだろうか――。悩みは尽きないが、どうせ相談しても、親父は黙って首肯き、いつもの口癖を言うのだろう。


「父さん、聞いてる?」

 息子の声で、俺は我に返った。もうすぐ高校生になる息子はタッチパネルで次の皿を探す手を止め、こちらを見ていた。

「爺ちゃんは、いい顔してたね」

 落ち込んでいる俺に息子が気を遣う。これではどちらが父親かわからないな、と笑みが溢れた。

「お前も女に振られたくらいでへこたれてたら、あんな安らかな顔はできないぞ」

 息子は舌打ちをしながら、レーンから回っていた鮪をとり、ところで、話題を変えた。

「何で父さんは、いつもかっぱ巻きなの?」

 俺はテーブルに両肘をつき、精一杯の格好をつけて答える。

「ツウの食べ方にケチをつけるなよ」

 息子は笑いながら、「百円のチェーン店でツウって言われてもねえ」と俺が口に出来なかった言葉で父親を野次る。

 俺は苦笑しながら、息子を小突き、精一杯の強がりを吐く。


「雅彦、しっかり食ってしっかり笑え」

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