第二十七話 終着

 機暦二二五三年 七月三十一日 午前十時四十七分



 この日、中央制御装置であるマザーオベリスクの自爆によってセントラルタワーはほぼ半壊し、悪心制御ヴァイス・コントロールプログラムであるオルミアに感情操作されていた第一世代レイスロイドたちの全稼働が停止した。


 これにより、大都市オルティアの周辺荒野マージナルエリアにて反乱軍とローンウルフとの戦いを繰り広げていたレイスロイドたちは突如活動を停止し、全員魂を失ったようにその場に倒れた。


 今回の戦闘でもほとんど死傷者を出すことはなく、世界崩壊アストラル・コラプスと呼ばれた人類史上最悪の二年間にも亘る長き戦いは、オルティア反乱軍の勝利によりついにその幕を下ろしたのだった。


 終戦から数時間後、戦場から遠く離れていたナツリとマーシャルもオルティアの門前で待機していたセッカとスレッドたちと無事に合流し、レインたちとの通信が途切れたセントラルタワーにすぐさま足を運んだ。


 だが一行が駆けつけた時には、すでにセントラルタワーは倒壊寸前の近づくのも危険な状態で見るも無惨に残っていた。


 特にマザーオベリスクが存在していた中央制御室の損壊があまりに酷く、レインから送信されていた視覚映像で見た時のような原型は一切留めていなかった。


 そして当然と言うべきだろうか、あの場にいたレインとティア、オルミアたちの残骸の破片すら一向に見つからず、マザーオベリスクの自爆に巻き込まれて跡形もなく消滅したという最悪の結末を誰しもが想像した。


 しかし、まだ希望は完全に絶たれていなかった。


 高性能レスキューロボットによる半日ほどのセントラルタワーの綿密な内部調査の結果、なんと非常時の緊急脱出用ロケットポッドの使用された形跡が施設内の発射場で見つかったのだ。


 レイスロイドの活動限界時間は、長くともせいぜい七十二時間が限度。


 だが、四機天王との連戦でのレインのエネルギー消耗を考慮すれば、すでに彼は動けなくなっている可能性が高い。さらにマザーオベリスクが稼働停止したため、今頃ティアとオルミアもおそらく同じ状態のはずだ。


 一縷の望みに賭け、ナツリと軍は三人の捜索を翌日からオルティアの周辺荒野マージナルエリアで本格的に開始したのだった。


    ∞


 八月一日 初日はオルティアの周辺荒野から捜索が始まったが、結局この日はどこを捜してもレインたちが見つかることはなかった。


 八月四日 周辺荒野からさらに捜索範囲を拡大し、軍の捜索隊は全方位散りぢりになってそれぞれ作業に当たったが、やはり彼らの発見には至らなかった。


 八月八日 捜索開始から早くも一週間が経過したが、青年たちの発見どころか手掛かりすらろくに見つからず、捜索隊に徐々に諦めの雰囲気が表れ始めた。


 八月十五日 レインたちの捜索だけにこれ以上軍の人員を割くわけにもいかず、およそ二週間に亘る大捜索は無情にも打ち切られ、最終的に彼らの存在は戦時中の行方不明者扱いとして書類上処理されることとなった。


 軍事車両を借りていたセッカ率いるローンウルフもナツリにもはや協力することは叶わず、ついに捜索員は彼女一人となってしまった。


 それでもナツリは、決して諦めるような真似はしなかった。


 まだ通っていなかった地点ポイントをしらみつぶしに調べ、まるで代わり映えのしない無窮むきゅうの荒野を血眼になって捜し続けた。瀑布ばくふの如く降り注ぐ豪雨の日も嵐のように吹き荒れる暴風の日も、毎日気が遠くなるような繰り返し作業に彼女の心は少しずつ磨り減っていった。


 そして、バイクの燃料を無駄に使い尽くすだけで結局なんの成果も出ないまま、ついにひと月が経過した。


 九月一日 オルティア周辺の全方位の荒野を隈なくマッピングし尽くし、もはや日課となりつつあった捜索作業もいよいよ諦めがつきそうになっていた。


 本来の美しさを忘却の彼方へ葬ってしまった大地に、今日もナツリはバイクの細いわだちを幾重にも刻み続けた。果てなき西方の地平線には、悠久の荒野を焼き尽くさんばかりに揺らめく斜陽がまもなく沈み始めようとしていた。


 しきりに周囲に視線を走らせるが、やはりどこにもレインたちの姿はない。


 あたかも砂漠に落ちた一粒の石を見つけ出すかのような——いやもしかしたら、もうこの世界には彼らの存在すら一片たりとも残っていないのかもしれない。


「レイン……」


 誰よりも呼んだ青年の名前を、ナツリは無意識に呟く。


 ただもう一度だけ、あなたに会いたい。


 あなたを抱き締めて、その温もりを直接肌で感じたい。今の自分の本当の気持ちを、ちゃんと口で伝えたい。どうしてこんなにも、胸が張り裂けそうなぐらいに苦しく切ないのだろうか。


 これが、焦がれるという感情なのか。全身のあらゆる細胞が必死に熱く訴えかけてくるように、狂おしいほどにそう叫んでいた。


 あれだけあった行きの分の燃料も、もうすぐ底を突いてしまう。また今日も、泣くなく街に引き返さなければならないのか。なんの成果も得られないまま。


 ——せめて……せめて、あと数十メートルだけでも……。


 先の見えない暗闇に向かってありったけ手を伸ばすように、ナツリは少しでも前へとバイクを走らせる。


 もはや限界だった。終わりのない、永遠とも言える捜索作業に、いよいよ完全に心が折れかけようとした——まさにその時だった。


 不意に、前方百メートルほど先で何かがきらりと光る。


 それは毎日のように当たり前に見続けた、眩い光沢が特徴の青色の装甲。


 ——まさか。


 微かな希望の予感に駆り立てられ、ナツリはそこの地点まで思いきりバイクを走らせる。


 ブレーキ音を派手に撒き散らしながら車体を停止させ、急いでシートから降りると慌ててそれに駆け寄る。



 間違いなかった。



 その姿を彼ら﹅﹅だと認識した瞬間、ナツリはたちまち全身から力が抜け、地面にがっくりと膝がくずおれる。


「ああ……あああ……」


 ひび割れた嗚咽が思わず洩れると、少女の瞳からどうしようもなく滂沱ぼうだの涙が溢れたのだった。



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