第二十四話 矛 vs 盾

 レインがエステアたちとの戦闘を終える、その三十分前。


 オルティアの周辺荒野マージナルエリアでは、同じく反乱軍とレイスロイドたちの熾烈極まる戦いが激しく繰り広げられていた。


 軍の戦車砲が一斉に火を吹けば、炸裂した砲弾でレイスロイドたちが木っ端微塵に宙に舞い上がり、戦車群に殺到してきた奴らがレーザーガンで光線を撃ち込めばそれらが立て続けに爆発する。装甲車輌と機械人形が無秩序に入り乱れて戦う様は、さながら象と蟻の大群が坩堝るつぼと化して対等にせめぎ合っているようにも見える。広大な荒野のそこらじゅうで引っ切りなしに地面が吹っ飛び、開戦前まで比較的平坦だった地形がたちまち歪なものに悪化する。


 そんな苛烈な戦場から北西の地帯に向かって飛行中の真紅のレイスロイド——オズは、数分前に起きた出来事に対して一人思考を巡らせていた。


 いつもの悪い気まぐれであの青いレイスロイド、そしてなぜか生きていた天使をみすみす逃してしまった。二年前に直接手を下した本人に問いただしたいことは山ほどあるが、それももう必要ないだろう。どうせあの凶悪コンビに一方的に八つ裂きにされて、奴らはセントラルタワーに辿り着くことすらできないのがオチなのだから。


 故に、今は心置きなく目の前の戦闘に集中できるわけだが……。


 直後、前方一キロメートルほど離れた地点から青い発火炎マズルフラッシュが再び弾けるように眩く迸る。


 左右に機体を振って素早く反応し、オズは次々と飛んでくる光線を軽快に回避していく。


「今度はこそこそ隠れて銃撃戦ごっことは、しつけぇ野郎だな!!」


 その罵声が届くはずもなく、向こうは間髪容れずにとにかく光線を撃ち込んでくる。


 オズは敵の攻撃を弄するように痛快な機動でことごとく躱しながら、しばし飛行を続ける。


 すると、敵の潜むであろう直径三メートルほどの赤錆びたドーム型の小さな特火点トーチカが、たちまち視界に入り込んでくる。


 ——あそこかーッ!!


 恍惚こうこつのような嗜虐しぎゃく的な笑みを口のに浮かべると、オズは両手で握った槍の穂先をそこに突き付ける。


「弾道で狙撃位置がバレバレなんだよ!!」


 敵の低能さを罵り声で指摘し、柄に備え付けられたボタンを強く押す。


 ブシュッ!! という鋭い圧搾音あっさくおんとともに次の瞬間、槍の先端から小さな何かが霞むほどの高速で勢いよく射出される。


《デトネーション・ボム》——それは、均質圧延鋼とセラミックの戦車の複合装甲を容易く食い破るほどの必殺の威力を内包した超小型爆弾だ。


 鋭く大気を切り裂きながら特火点に着弾した瞬間、冗談みたいに鋼鉄の掩体えんたいが木っ端微塵に呆気なく吹き飛ぶ。


 死んだ。喉の奥から堪らずわらいが込み上げてきそうになったが、しかし焼け跡から出てきたのは、黒く煤けた狙撃装置の残骸だけだった。


「誰もいねぇだと……!?」


 思いがけない展開に、オズは虚を衝かれたように激しく呻く。


 不意に、どこからともなく飛来した光線が背中の両翼から発生させた空間シールド——《イーリスウイング》に直撃し、暴力的な衝撃音を派手に撒き散らす。


 オズは反射的にそちらの方向を振り返る。


 すると、さらに別方向からも宙を駆け抜けてきた光線が厚い障壁に阻まれる。


 まさかと思い、オズは機械仕掛けの両眼の赤外線分析機能サーモグラフィーをすぐさま起動させる。


 狙撃手が一人だけだと勝手に決め込んでいたせいで全く気づかなかったが、周囲によく目を凝らすとこの近辺に存在する熱源反応が全部で九ヶ所ある。おそらく全てが今と同様の自動狙撃装置であり、向こうはとにかく数で攻めてこちらのシールドを剥がすのが狙いか。


 いや、そんなはずはない。前回の戦いで奴らはこの《イーリスウイング》の堅牢無比な硬さを痛いほど思い知らされたはずだ。だとすれば、これは全て陽動で本命は最初から俺をオルティアから離すのが狙いか? 


 だが、奴らもこんなくだらない時間稼ぎでどうにかなると思うほど馬鹿ではないはずだ。ということは、向こうも本気で俺を仕留めに来ている。やはりこの中のどれかに、あのいけ好かないパツキンレイスロイドが紛れ込んでいるとみて間違いない。


「ハハッ、おもしれぇ!! こっちが先に当たりを引くか、テメェが先にシールドを剥がすか、このゲームどっちが最後まで生き残るのか賭けようじゃねぇか!!」


 ますます興が乗ったように荒々しく声を上げ、オズはまず一番近い地点ポイントの熱源に向かって高速飛行する。


 虹色の両翼を鋭く二等辺三角形に広げ、戦闘機の如く驚異的な空中戦闘機動マニューバーで全方位から殺到してくる敵の光線を立て続けに躱していく。


 すぐに二つ目の特火点トーチカが大きく見えてくると、そこに目掛けて再度爆弾を発射する。


 着弾、爆発。派手に噴き上がった黒煙とともに四方八方に大量の金属片を撒き散らし、たわいもなく引きちぎられた掩体の中身が包み隠さず剥き出しになるが、やはり先ほど同様にもぬけの殻だ。


 続けざまに光線を回避しながら危なげなく移動した三ヶ所目の特火点にも爆弾を撃ち込むが、ここもハズレ。次から次へと爆撃機のような物凄まじい勢いで特火点を破壊していくものの、どれもデコイの熱源ばかり。


 ——しかも奴ら、ご丁寧に同じ種類の狙撃装置を惜しみなく使用してやがる。


 あのパツキンレイスロイドが使用していたレーザーガンと同じ類いの光線だが、これほど高性能の装置をこの短期間で複数も用意するのは決して容易ではなかったはずだ。今日の決戦の日のために、奴らが万難を排して入念に作戦を練ってきたことがはっきりと窺える。


 だが、そんな小手先だけのちんけな策は、圧倒的なまでの力で捩じ伏せるのみ。


 不意に、オズはあることに気づく。


 矢継ぎ早にこちらを攻撃してくる周辺の熱源を全て把握しているが、先ほどから一ヶ所だけ何も仕掛けてこない反応がある。あからさますぎるほどにその理由は見えすいていた。


 ——さてはあの野郎……! 自分だけぎりぎりまで攻撃を仕掛けずに、俺の攻撃を最後までやり過ごしてから仕留めに来るつもりか!!


 弾かれたように急激な動きで方向転換し、オズは傍観の熱源のほうに素早く標的を変更する。


 果たして、姑息にも沈黙を保っていた反応が、慌ててこちらに光線を撃ち込んでくる。


 それとは対照的に、オズは粗暴な性格とは思えぬほど至極冷静な憎たらしい機動で敵の攻撃をことごとくすり抜けていく。


 果然こちらの期待を裏切ることなく九ヶ所目の特火点を再び視界に捉えると、真紅のレイスロイドは力強く槍を突き付ける。


「そこかァ————ッ!!」


 野蛮な絶叫とともに穂先から射出された爆弾が、地上に向かって超高速で飛んでいく。


 特火点トーチカに勢いよく着弾した瞬間、黒く泡が膨らむように掩体が文字通り脆弱そのままに造作もなく破裂し、極太の火柱が天高く噴き上がる。


 たまたま荒野を吹き抜けた突風によって、特火点を覆っていた濃密な爆煙がたちまち払われる。


 だが衝撃的なことに、またしてもあのレイスロイドが死んだ痕跡は一片も見当たらない。今のも予測の範疇だったというのか。


 この近辺に残る熱源は、あと一つ。


 結局、運よく最後まで生き残りやがった。引きこもり野郎にしては随分と粘ったほうだが、それもここまで。次にこっちが槍の爆撃ボタンを押した瞬間、そこがテメェの墓場だ。


 オズは湧き上がる殺意の衝動を抑えきれないまま素早く機体を翻し、残り一つの熱源のほうへと速攻で飛んでいく。


 さすがに焦燥を禁じ得ないのか、向こうは最後の悪あがきのように闇雲に光線を連発してくる。たまさか空間シールドに命中することもあるが、それでも頑強極まる結界を破壊するには到底至らず、ついに果ての特火点を視界に捉える。


 確実に仕留められる至近距離まで接近すると、オズはもはや酷く見飽きたそれに向けて引導を渡すかの如く槍を突きつける。


「これで終わりだアアアアアアァァァァ————ッ!!」


 猛獣の如き咆哮を上げ、矛先からひときわ大きな爆弾が鋭く発射される。


 音をも置き去りにする速度で投下されたそれは寸分違わず特火点に命中すると、無慈悲にもたらされた大爆発とともに跡形もなく掩体は消滅した。


 さすがにこれ以上、我慢できなかった。


「クックック……ハッハッハ————ッ!! あの野郎、完全に消し炭になって消えやがった!! ホントざまぁねぇな!!」


 これまで喉の奥で必死に溜め込んでいた嗤いを、オズはここぞとばかりに思う存分とにかく下品に撒き散らす。


 と、まさにその時だった。


 天にも届かんばかりの澄み切った銃声が、不意に荒野を一直線に貫いたのは。


 突如襲ってきた胸焼けのような鈍い痛みに、オズは思わず自分の身体を見下ろす。


 レイスロイドの心臓とも言える胸部の炉心に大きな風穴が口を開けており、何かによって物の見事に撃ち抜かれていた。


 一体己の身に何が起きたのかも解らず、オズは真っ逆さまに地面に墜落する。


 衝撃。耳朶じだを打つような強烈な落下音とともに、派手に土煙が舞い上がる。


 頑丈な装甲故に彼女の機体がバラバラになることはなかったが、もはや全身の細胞組織が死に絶えたように痛みすら感じなかった。無様に地面に這いつくばりながら必死に身体を動かそうとするが、その意思に反して四肢は指一本すら動こうとはしてくれない。


 ——負けた、のか……。


 ようやくその事実を沸々と実感し、この瞬間、オズは生まれて初めて敗北感という堪えがたい屈辱を味わった。


 不意に、どこか遠くから何かのジェットエンジンのような噴出音が微かに耳に届いてくる。


 やがてそれは誰かの足音に変わり、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 僅かに視線を持ち上げると、おぼろな視界にあの黒色の装甲を全身にまとったレイスロイド——スレッドの姿があった。


「テメェ……なんで生きてやがる……!?」


 思わぬ青年の登場に、オズはまるで理解が追いつかずに激しく呻く。


 それに対し、スレッドは面倒くさそうに小さく肩をすくめると、さして勿体振る様子もなく種明かしをした。


「なぁに、別に大したことじゃねぇよ。今回は一番バレる確率の低い、お前が最初に攻撃した特火点の地下に予め造っておいた防空壕に潜ませてもらっただけの話だ。お前の攻撃を上手くやり過ごした後は、他の隊員たちに指示を出して遠隔操作で全ての狙撃装置を動かしてもらってたってわけだ。これまでの度重なる戦闘に於いて、お前が赤外線分析機能サーモグラフィーを使用して相手の位置を把握していることはすでにこちらで解析済みだったからな。お前のその馬鹿みたいな高火力じゃ、いくら赤外線分析機能でも槍の小型爆弾を撃ち込んだ後に地下に潜む俺が存在するかどうかまでの熱分布の見分けなんてつかねぇだろ」


 そして彼は、オズの護りの要である《イーリスウイング》の最大の欠点を鋭く指摘した。


「確かにその翼から発生させていた空間シールドはあまりに頑丈だが、お前自身が攻撃する瞬間だけはどうしても解除しなくちゃならねぇ。そうしないと自分が爆弾で木っ端微塵になっちまうからな。シールドを解除してから再度復元するまで、間隔インターバルはおよそ五秒。お前が最後の最後に勝利を確信するその一瞬の隙だけを狙わせてもらった。つまり最初から、お前は俺の掌の上でまんまと踊らされてたってわけだ」


 淡々とそう言い切ると、スレッドはオズの頭部にレーザーガンの銃口を容赦なく突きつける。


「もう少し生まれた時代が違えば、お前とはちゃんと分かり合えたかもな」


 心なしか、いささか残念そうな口調で呟く。


「クソ……野郎が……!」


 この期に及んでなおも減らず口を叩けるほどの威勢のいい態度を貫き通し、オズは憎々しげに歯噛みする。


 もはやそんな戯れ言に耳を貸さず、スレッドは冷ややかな目つきで見下ろした。


「チェックメイトだ」


 そう告げて引き金トリガーを絞った瞬間、荒野に虚しい銃声だけが人知れず静かに鳴り響いたのだった。



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