第二十二話 大都市オルティア
機暦二二五三年 七月三十一日
三日間の休息などもはや皆無に等しく、ついに迎えた決戦当日。
まだ夜の深い時間帯からエリアルを出発した反乱軍一行は、完全に陽が顔を出す前にはオルティアの
結局ローンウルフに関してはエリアルでの戦いのショックから立ち直れない者がほとんどだったが、セッカと彼女の数名の仲間から微力ながら協力を得ることができた。
眩く光沢の美しい青と黒装甲のクルーザーに乗ったまま、未だ仄暗い荒野でじっと待機していたレインは、眼前に広がる物々しい光景を静かに望んでいた。
エリアルの時ほどではないが、先日の情報通り数千ほどのレイスロイドの
「……思ってた以上に物騒ですね」
バイクの後部座席に腰掛けたティアが、今にも不安に圧し潰されそうな声でぼそりと呟く。
レインはしかと正面を見据えたまま、気休めだろうがどうにか彼女の気を落ち着かせてやろうと、珍しく柔和な響きで言った。
「怖いか?」
「正直なところ少し……。でも、レインさんが一緒ならとても心強いです」
今は不安を抑え込むだけでも精一杯のはずだが、少女は健気な声を返してくる。
すると、エリアルのベースキャンプの管制室にいるナツリの苦笑が無線機から流れてくる。
『ふふ、あと私のサポートも忘れないでよね。……さて、そろそろ時間よ』
素早く気を引き締め、
直後、燃える地平線の彼方から山吹色の朝陽がたちまち差し昇り、世界を色づける眩い曙光が
来た。開戦の合図だ。
レインは肩越しに後ろを振り返り、ティアに一声かける。
「しっかり俺に掴まっていろ」
「は、はい!」
少し緊張気味に返事をし、少女は彼の腰にぎゅっとしがみつく。
すると、トラビナ基地の司令室からマーシャルの凛とした号令が無線機に轟き渡った。
『よし、ではこれよりオルティア奪還作戦を開始する!!』
それに次いで、レインはおもむろに鞘からラズライトセイバーを鋭く抜剣し、柄の電源を入れる。
そして右足のアクセルペダルを踏み込むと同時に、瞬間的な爆発力で一気にバイクを発進させる。
最初の加速によって周囲の風景が緩やかに流れ始め、たちまち疾風の如く勢いに乗る。遠く離れていたレイスロイドたちとの距離がみるみるうちに縮まり、互いの攻撃の射程圏内に瞬時に入り込む。
厳重に警戒網を張っていた奴らがこちらの動きにすぐに気づき、両手に抱えたレーザーガンを一斉に構える。
本来ならこの程度の相手に使用するまでもないが今回はティアを護衛していることもあり、レインはあらゆる不測の事態にも対応できるよう初っ端から《
途端、世界のその一切が死に絶えたように極度に減速し、レイスロイドたちの動きが最大限の遅延によって事細かに判る。
その直後、前方正面に立ち並んだ銃口が続々と青い光を迸らせ、こちらを目掛けて大量の光線が苛烈に殺到してくる。
しかし、レインは敵の発砲のタイミングに絶妙に合わせて剣を振るいながら、まるで精密機器めいた手際の良さで次々と光線を迎撃していく。さらに防御の一瞬の
こちらに銃撃を浴びせてくる敵どもを百発百中の精密射撃で一通り
すると、今度は第二陣に張りぼてのように控えていたレイスロイドたちが、無造作に高周波ブレードを構えて無策に突っ込んでくる。
だが、走行中のバイクの真正面から戦いを挑んでくるなど愚の骨頂以外の何物でもない。
レインはアクセルペダルを一層強く踏み込むと、まさに飛んで火に入る夏の虫とでも言うような猪突猛進で容赦なく奴らを撥ね飛ばしていく。時折レイスロイドたちは後ろのティアを狙って横合いから鋭く剣を突き込んでくるが、青年はそれに冷静に対処して相手を剣で
閃、閃、閃閃閃。さながら鬼神の如き無双の彼の剣術を前に、さすがにこの程度のレイスロイドの
『——気をつけて二人とも! 街のほうから大量の熱源反応がこちらに向かってるわ!』
ナツリが鋭く注意を呼びかける。
折しも、街の正門から暴走族のようなバイク部隊が怒涛の勢いで続々と飛び出してくる。
バイクにはそれぞれ一体ずつレイスロイドが不恰好に鎮座しており、奴らの手には先ほどと同様に軍事用の高周波ブレードを提げている。あれはおそらく、オルティア旧正規軍が昔運用していた偵察用オートバイだ。これまで敵の機動力の無さが大きな欠点だったが、前回の戦いでこちらの戦術を向こうも学習してきたか。
だが——
レインは、迷わず正面に再び拳銃の光線を発射。
前方から闇雲に突っ込んできたレイスロイドの眉間をまたしても正確に撃ち抜き、おんぼろの車体から無理やり敵を引きずり下ろす。まだ乗り始めで運転慣れしていないのか、レイスロイドたちはおぼつかない動きのまま一直線にこちらに突っ込んでくる。
避けない的ほど当てやすいものはない。ノーブル・エンブレムの銃口が閃くたびに敵の頭部に光線が物の見事に命中し、一体、また一体と奴らは剣を振るう機会すらなく無様に撃ち落とされていく。
すると、少しはやれそうな二台のバイクが、それぞれ左右から回り込んでこちらに挟撃を仕掛けてくる。
だが、レインはその冷徹な相貌に決して焦りの色を見せることはない。
まず左方に素早く拳銃を構えると、即座に
速射。やはり寸分の狂いもなく光の弾丸が前輪を捉えるが、次の瞬間、レイスロイドは微塵もためらうことなくバイクを乗り捨てると、バネ仕掛けの人形の如く空中へと豪快に跳躍する。こちらの進行方向を予測した地点に向かって両手で高々と剣を振り上げ、最上段で力強く構える。
真っ二つに叩き切るつもりだ——。
さすがにもう回避することは間に合わず、レインも咄嗟に右手の剣を構える。
レイスロイドが全力で振り下ろしてきた剣を、青年は水平にした剣で左側へと鮮やかに受け流し、透かさずカウンターの要領で勢いよく切り返す。超振動を帯びた超高温の刃が敵の胴体に触れた瞬間、それは恐ろしいほど容易く滑らかに両断され、青く透き通った刀身が美しい半月を描く。半身を失ったレイスロイドはもはや為す術もなく、そのまま派手に大量の部品を撒き散らして地面に落下する。
「きゃっ!」
ティアが甲高く悲鳴を上げる。
どうやらこれ以上バイク部隊が街から出てくることはなく、レインたちはまず第一関門を突破する。
一時的に目の前の危機は去ったが、それも束の間の安息だった。
『——前方から強い熱源反応が急接近! おそらく真紅のレイスロイドよ!!』
ナツリが大声で再度注意を促してくる。
直後、オルティアの街の方角から紅緋色の機体がこちらに向かって超高速で飛行し、全身の鮮やかな装甲が新鮮な
やはり来たか。真紅のレイスロイド単独一体だ。
両者の凄まじい速度に、たちまち彼我との距離が物の数秒で消失する。
はっきりと互いの姿を認識できる位置まで接近すると、上空からこちらを見たオズが度胆を抜かれたように声を上げた。
「なっ……なんでテメェまで生きてやがる、《天使》!?」
奴が指している《天使》とは、おそらくティアのことだろう。二年前に仕留めたはずの敵がいま目の前で平然と動いていれば、その反応になるのは至極当然だ。
「ここは通させてもらいます、オズ!!」
四機天王の威圧にも決して怯むことなく、ティアは勇ましい声で堂々と言い放つ。
それに続いて、レインは真紅のレイスロイドに高々と拳銃を向けると、とにかく先手必勝で立て続けに光線を撃ち込む。
対するオズはこちらの攻撃を蜂のようなすばしっこい動きで躱しながら、ますます理解できないように声を荒らげる。
「なんでラスカーに殺されたはずのテメェらが生きてるのかは知らねぇが、はいそうですか、って素直に通すわけねぇだろボケ!!」
乱暴な口調でそう叫び、両手で握った紅色の改造槍を鋭く突き付けてくる。
その時、彼方から高速で飛来した青い光線が、奴を取り囲む空間シールドに思いきり直撃し、弾けるような衝撃音を派手に撒き散らす。
たちまち醜悪に顔を歪ませ、オズは反射的にそちらを振り返る。
「……このうぜぇ狙撃……また
その存在を敏感に察したように、
そう——北西地帯の特火点に潜むスレッドによる遠距離精密射撃だ。
すると、オズはすぐに気が変わったように素早く機体の向きを変える。
「ハッハッハーッ!! 今回も特別に見逃してやるよ!! どうせテメェらはあの
何やら物騒なことを言い残し、北西の方角へと向かって颯爽と飛び去っていく。
こちらの作戦にまんまと乗ってくれたことを確認すると、ティアは声を弾ませて叫ぶ。
「ひとまず上手くいきましたね!」
「ああ! だがまだ油断できん!」
レインの不安を体現するかのように、次なる関門が二人に容赦なく牙を剥く。
オルティアの周辺荒野の各所に設置されたカノン砲のうちの一基が、こちらに目を付けて大きく旋回する。
「チッ……!」
レインは素早く左にハンドルを切り、一足先に早めの回避行動を取る。
百五十五ミリ口径の肉厚の砲口がこちらに鋭く照準を定めた瞬間、耳を
刹那、黒い影が視界の右端を
強烈な爆風と熱風に晒された車体が、激しく左右に不安定に揺れる。
「きゃーっ!!」
ティアが堪らず鋭い悲鳴を上げる。
レインの巧みな運転テクニックとバイクの自動補正バランサーで辛うじて横転せずに済むが、息つく暇もなく他の砲台も矢継ぎ早に徹甲弾を撃ち込んでくる。
着弾。回避。着弾。また回避。間欠泉の如く沸き起こる凄まじい爆発によって立て続けに地面が吹っ飛び、天を
だが、どの砲弾もレインたちの跨る小さな車体を確実に捉えることはできない。傍から見れば、まるでこちらの動きに合わせて砲台がわざと外しているようにも見えるだろう。並外れた高速演算能力と卓越した運転捌きを存分に駆使し、レインは砲撃の包囲網を紙一重の動きで次々と搔いくぐっていく。
しかし、敵地の奥へ入り込むに連れて集中砲火の苛烈さは輪をかけて増し、次第に回避範囲が限界まで狭まると、とうとう全ての砲台がこちらに狙いを定める。
「くそっ、ここまでか……!」
これ以上避け続けるのは不可能だと判断し、レインは咄嗟にティアを抱えてブースターで上空へ退避しようと、仕方なく相棒のクルーザーを乗り捨てようとした——まさにその時だった。
突如背後から頼もしい砲音の重奏が聞こえてきたかと思いきや、こちらを取り囲んでいた各所の砲台が立て続けに爆発する。
猛烈に降り注ぐ徹甲弾の
遥か後方地点に整然と配置された、軍の戦車連隊による支援砲撃だ。
『——レイン、聞こえるか!?』
不意に、無線機からセッカの男勝りの声が流れ込んでくる。
『こっちは私たちに任せて、レインたちは作戦通りそのまま先に行ってくれ!』
勇猛な彼女の指示に対し、レインは即座に力強い声で応じた。
「ああ!!」
最後に思いきりペダルを踏み込み、フルスロットルで苛烈な火線地帯を一気に突っ切る。
両勢力入り乱れる激戦地を突破すれば、残るは今や品位の欠片もないオルティアの朽ち果てた正門が目と鼻の先に待つのみ。
もはや留まることを知らない猛烈な勢いそのままに、レインはひとまず街の中に侵入しようとした時だった。
「——レインさん、ちょっと待ってください!」
不意に、ティアが後ろから制止の声を上げる。
レインは咄嗟にブレーキをかけ、大門の手前でバイクを急停止させる。
「一体どうした?」
「すみません、どうしても確かめたいことがあって……!」
急き込みながらそう言い、ティアは慌ててシートから降りる。
まるで何かを探し求めるように、忙しなく周囲に首を巡らせる。
するとある一点に目を留め、少女は真っ先にそこに駆け寄る。徐々に勢いを失ってその場に立ち止まると、ほとんど力のない声で呟いた。
「やっぱり……ここにいたんですね……」
それに続いて、レインも彼女の傍に近寄る。
そこには奇しくも——
すぐ近くには、戦場で絶え果てた青い機体の残骸が見るも無惨に晒されており、しかもレインが使用している愛剣と同じ型の、半ばから刀身がへし折れた——《ラズライトセイバー》と思しき剣の柄が儚く地面に突き立っていた。
色褪せた青色装甲の頭部は砂埃に酷くざらついており、青年は安らかな表情でその瞳を閉じていた。
それを見たナツリが、にわかに信じがたい様子で茫然と声を洩らす。
『うそ……。どうしてこんなところにレインがいるの……? まさか……』
彼女の言葉を引き継ぐように、ティアは予想通りその名を口にした。
「はい……。正真正銘彼は紛れもなく、二年前の
力なく地面に崩れて膝をつくと、くしゃりと顔を歪めて彼の頭部をそっと抱き寄せる。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……。私はあの時、たった一人で戦うあなたを見捨てて、ただ遠くまでひたすら逃げ続けました……。誰一人として助けることができなかった私なんかを護るために、あなたは自分の命をなげうってでも必死にその剣を振るってくれました……。いま私がこうして無事に生きてここにいられているのは、間違いなくあなたのおかげです、お兄さん……」
肉体と魂を
その光景をしばらく見ていたレインは、あからさまにばつの悪い顔でさっと
「……いつまでも悲しんでいる暇はないぞ。俺たちにはまだやるべきことがある」
『ちょ、ちょっとあんたねぇ……!』
あくまでも酷薄な青年に、さすがのナツリも思わず頭に来たように彼を咎める。
しかし、レインは背中越しに少女に向けて静かに言葉を重ねた。
「……ラピスがお前を連れてオルティアから逃げ出したのは、単純にローエンの命令だったからか? ただそれだけの理由で奴が行動したとは俺は思わない。たった一人の大切な妹であるお前を護りたい、と心から望んだからじゃないのか? だったら必要以上に自分を責めるな、情けない顔をそいつの前で晒すな。——少なくとも俺は、そんなことは決して望まない」
死んだもう一人の青年の気持ちを代弁するような、彼なりのせめてもの優しさを秘めた本音に、ティアはすぐに腕で涙を拭う。
「そうですね。仮に逆の立場だったとしても、きっとラピスさんもレインさんと同じことを言っていたんだと思います。私たちにはまだ成し遂げなければならないことが残っています。今は先を急ぎましょう」
一変して気丈に振る舞い、少女は青年の頭部をそっと地面に置くと、ゆっくり力強く立ち上がる。
「必ずまた戻ってきますね、お兄さん……」
最後にそう言い残し、ティアはレインのもとに急いで駆け戻っていく。
彼のクルーザーに再び跨がり、二人はついに悲願のオルティアの街に侵入を果たしたのだった。
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