第十四話 秘密の女子会

 心から満たされるような美味しい昼食をった後、午後からもナツリたち女子三人組は川で思いきり遊んだ。キャンプという普段の日常生活ではまずできないということもあって楽しい時間は瞬く間に過ぎ、完全に日没を迎えた頃には、彼らはジャージに着替えてすでに就寝の準備を始めていた。


「この寝袋、ふかふかで気持ち良くて、なんだか蓑虫みのむしになった気分です〜」


 グラウンドシートの上に敷いた寝袋に入ったティアが、新しい住み処をすっかりお気に召した様子で感想を洩らす。


 ふと、彼女は気になったように隣で寝袋を広げているナツリにいた。


「そういえば、レインさんはここで一緒に寝ないんですか?」


「あー、あいつ今夜は外で寝るみたい。どこでも関係なく平気で寝るような奴だし、誰かと一緒にいるよりは一人のほうがよっぽど好きみたいだから。それに二人とも、男が混じった空間で一緒に寝るのはさすがに嫌でしょ?」


 ティアを挟んだ向かい側でポニーテールの長髪をほどいているセッカも巻き込み、ナツリは二人に話を振る。


 それに対し、少女たちは互いに顔を見合わせると、何やら意地の悪い笑みを浮かべてこちらに向き直る。


「私は大丈夫ですよ」


「私も特に問題ないな」


「ええっ!? ちょ、ちょっと二人とも!?」


 彼らの予想外の返答に、ナツリは思わず素っ頓狂な声を上げる。


 その面白おかしな反応を見たティアは、くすりと苦笑して本心のままに言った。


「ふふ、そもそもレインさんは別にいやらしいことはしないと思います。確かに少し変わった性格ですけど、ナツリさんの言ってた通り優しい方だってことは、この数日でよくわかりました」


 それに続いて、セッカも若干照れ臭そうに本音を口にした。


「私の場合、故郷を離れて以降ずっとローンウルフの男集団の中で生きてきたからな。男と一緒に寝るぐらいのことはとうの昔に慣れてるんだ。それぐらい私にとって、あいつらはもう家族みたいな存在だからな」


 今朝と比べてすっかりわだかまりのない笑顔で、彼女はニッと白い歯を見せる。


 すると一体何を考えたのか、突然ティアが薮から棒に思わぬことを訊いてきた。


「ところでお二人は、誰か気になってる人とかいるんですか?」


 少女の口からいきなり飛び出した突拍子もない質問に、ナツリは飲んでいた水筒の水が気管に入りそうになり、堪らず咳き込む。


「私は特に誰もいないが……」


 セッカは返答に困ったようにそう言うと、急に悪戯いたずらを思いついた子供のような顔で赤髪の少女に歩み寄り、彼女の首に乱暴に腕を巻きつける。


「ナツリはレインでしょ?」


「え?」


 きょとんとした顔でしばらく固まっていたが、ナツリは慌てて全力でかぶりを振った。


「ななな、何言ってるのよ!? そんなわけないでしょ!? 私とレインは仕事上のただのパートナーなだけで……!」


 誰から見ても判りやすい酷い動揺ぶりに、セッカは思わずクスッと笑いをこぼす。


「別に何も隠さなくていいだろう。一体彼のどういうところを好きになったんだ?」


 すると、ナツリは僅かに顔を伏せながら少し恥ずかしげに答えた。


「正直、自分でもよくわからないの。初めて出逢った頃は何よこの朴念仁ぼくねんじん、ってずっと思ってたし、こんな冷たい奴のことを好きになるなんて絶対にないと思ってたわ。でも……恋っていうのは不思議なものね。毎日一緒に過ごしてるうちにいつしか勝手に意識し始めてて、ついには毎晩のように眠れなくなっちゃった時もあったの。向こうは鈍感なのか無関心なのか知らないけど、こっちの気持ちに気づいてる様子は全然ないし」


 どこか拗ねたように唇を尖らし、彼女はずっと胸のうちに溜め込んでいた本音と不満を洩らす。


 レイスロイドに恋をする、というのはそれほど珍しいことではない。


 昔なら普通に専門店で購入したレイスロイドと一緒に生活をし、最終的にそのまま結婚に至ることもしばしばあったが、世が世ということもあって今はもうそんな可能性すら完全になくなってしまった。世界崩壊アストラル・コラプスによってレイスロイドである大切な恋人を奪われた人たちも当然たくさんいるだろうし、そのことを思えばレインとともに過ごせている今の自分はやはりとても幸せなのかもしれない。


「——だったら本人に直接、好きって告白しちゃえばいいじゃないですか」


 またしてもティアが、しれっととんでもないことを言い出す。


 ナツリはたちまち上気するように顔を紅潮させると、一層狼狽ろうばいして声を大きくする。


「な、なんでそうなるのよ! そんな死ぬほど恥ずかしいこと、あいつに面と向かって言えるわけないでしょ! ……それに告白なんかしても、こっちの気持ちなんか何にもわかってくれないだろうし」


「ふふ、大丈夫ですよ。ちゃんと口に出して言えば、それだけで必ず相手に気持ちは伝わると思います」


 ティアは純粋な眼差しでにこりと微笑む。


 太陽のように明るい彼女の前向きさに、ナツリはやれやれと観念して小さく息を吐き出す。


「そうね……。そのためにも、まずは今の戦いを少しでも早く終わらせないと。いつまでもうかうかしてられないわ」


 改めて気を引き締めた口調で、強い意気込みを口にする。


 しかし、今日だけはせっかくの休暇に存分に甘えることにし、その後も三人は日頃から積もりつもっていた話題でガールズトークにいつまでも興じた。


 そうしているうちに日がな一日遊び続けたせいでどっと疲れが出たのか、今夜はいつもより早く全員泥のように眠りに就いたのだった。



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