第十一話 起死回生の一手

『——こちらセッカ、全戦車の配置準備が完了!』


 ナツリに指示された地点ポイントの幹線道路にて全ての戦車を並べ終えたレジスタンスたちは、すでに緊迫した雰囲気で待機状態に入っていた。


 気概に満ち溢れた少女の報告に対し、ナツリもそれにならって快く返答する。


『わかったわ! ——レイン、作戦通りガンドロスをポイント二○八まで誘導して!』


「ああ!!」


 彼女の指示に力強く応え、レインは早速行動に移る。


 ガンドロス周辺の高層ビル群の間を飛び回っていた高速飛行状態から大通りに一気に飛び出し、奴の機体目掛けて思いきり剣で数回斬りつける。


 そして、青年はすれ違った黒鉄の巨体の手前で素早く反転して停止飛行ホバリングすると、敵の闘争心を盛んに煽り立てるように言い放った。


「おい、お前の自慢の馬鹿でかいその図体はただの置物か? さっきからまるで動いていないようだが?」


 その挑発に敏感に反応し、ガンドロスは赤色灯の炯眼けいがんを激しく明滅させる。


「好き放題に言わせておけば……あまりいい気になるな、小僧。では貴様の望み通り、この重厚な機体が機敏に動く様を存分に披露してやろう」


 そう告げた直後、奴の巨体が瞬時に躍動する。


 粗暴な駆動音を両足から派手に撒き散らし、黒鉄の機体が爆発的な加速で一気に飛び出す。


 それと同時に、レインも誘導地点に向けて即座に飛び去る。こちらの挑発にまんまと乗ってくれたガンドロスが、あらゆる障害を薙ぎ倒す勢いで幹線道路を躊躇なく驀進ばくしんしてくる。


 奴は両腕の射出機シューターを仰角に大きく傾けると、二枚の殺人円盤を再び高速発射。さらに両肩の巨大ビーム砲も無差別に乱射し、自身に搭載された殺戮兵器を惜しみなく駆使してくる。


 街中に立ち並んだ電柱やビルなどの障害物をお構いなしにどんどん破壊してくるが、レインはその猛撃の嵐の中を目にも留まらぬ速さで正確に搔い潜っていく。何Gもの強烈な負荷がかかった状態でありながらも上下左右に機体を激しく振り、驚異的な集中力でとにかく敵の攻撃を鮮やかに回避し続ける。


 荒れ果てた大通りを直進飛行していると、すぐに目に飛び込んできた最初の交差点左手に佇むビルの脇を、壁面接触すれすれで鋭く直角に曲がる。それに従い、ガンドロスも巧みなコーナリングでじりじりと後ろから着実に迫ってくる。巨体だからと機動力は皆無と甘く見ていたが、恐ろしいほど小回りの利く動きで軽快に追随してくる。


 だがそれでいい。


 レインは内心でほくそ笑むと、もう一段階機体を加速させる。最終交差点を全速力で曲がり、後は一直線に大通りを駆け抜けるのみ。


 作戦開始からおよそ十分。前方二キロメートルほど先の地点の幹線道路——そこに横一列に並んだ戦車群をついに視界に捉える。


『——まだよ、皆!! ぎりぎりまで奴を引きつけて!!』


 ナツリがレジスタンスたちに透かさず注意を促す。


 いま彼女は、この限られた小さな戦場に存在する全ての命を背負っている、という凄まじい精神的重圧と必死に闘っているのだろう。通信回線を介して聞こえてくる荒い指示は、誰からでも判るほどの激しい緊張の色を帯びている。


 ナツリだけではない。セッカや他のレジスタンスのメンバーたちからも全身の肌に針を突き刺すような緊迫した空気が、無線機越しからでもはっきりと伝わってくる。


 レインは大通りの両脇にはべらせた高層ビルの間を次々と横切り、最初は数キロも離れていた誘導地点までの距離が瞬く間に縮まっていく。


 ——五百……四百……三百……二百……百メートル…………。


 飛燕ひえんの如き疾風迅雷の猛烈な勢いそのままに、レインはついに指定されていた地点ポイントを通過し——。


 通信回線に張り詰めていた緊張の糸が、今、限界を迎えた時だった。


『いまよ!!』


 ナツリが鋭く叫んだ瞬間、レインは寸分違わぬタイミングで突然上空へと急上昇する。


 それと同時に、セッカはレジスタンスの仲間全員に素早く号令を出していた。


『総員、撃てッ!!』


 清々しいまでに凛とした声が無線機に響いた直後、耳をつんざかんばかりの戦車砲の轟音が一斉に鳴り響く。


 だが、レジスタンスたちが狙ったのは決してガンドロス本体ではない。

 彼らが最初から一点に照準を定めていたのは——奴の進行方向先の道路の交差点﹅﹅﹅﹅﹅﹅だ。


 直後、そこの中心に徹甲弾の驟雨しゅううが局所的に降り注ぎ、猛烈な爆発の連鎖が立て続けに巻き起こる。


 重砲の発砲炎を思う存分に吐き出し尽くし、レジスタンスたちは砲撃を一時中止。派手に噴き上がった大量の爆煙が辺り一帯に立ち込め、全員が一心にその結果を見守る緊張の中、道路を覆い隠していた煙幕がたちまち晴れてくる。


 果たして、ナツリの予想通りそこに巨大なが出現する。


 それは、彼女が予めエリアルの資料から調べ上げていた都市の《地下貯水槽》だった。


 この不毛の地に住む以上、必ず避けては通れないことがある。


 そう、深刻な水不足だ。この大都市の広大な地下には、何日も雨が降らなかったいざという時のために非常用の巨大貯水槽がある。ガンドロスを上手くこの真上の誘導地点におびき出し、どうにか戦車砲で奴を地下に落とし込んだ後、最後にレインが確実に仕留める。それが今回、ナツリの捻り出した作戦の一連の流れだった。


 だがもしもこれに失敗すれば、レインを含むレジスタンスたちの全滅は到底免れないだろう。一切逃げ場のないこの閉鎖的な戦場で、決死の覚悟でもがき続ける全ての青年たちの命運を懸けた、まさに乾坤一擲けんこんいってきの大博打だった。


 やはり急には停止できないのか、ガンドロスは咄嗟とっさにブレーキをかけるも凄まじい慣性ゆえに到底間に合うはずもなく、自ら地獄の淵に飛び込む形で勢いよく落下する。


「なん……だとおおおおおおおッ!?」


 己の身に何が起こったのか理解できないように奴が大音量で叫んだ直後、強烈な地響きを伴った暴力的な落下音が聴覚センサーに届いてくる。


『レイン!!』


「わかっている!!」


 ナツリの素早い指示に、レインは道路に口を開けた深淵の中に迷わず飛び込む。


 濛々もうもうと湧き立つ濃密な土煙の先に、薄闇の地下空間で横様に倒れたガンドロスの姿を確かに捉える。


 その黒鉄の巨躯の上に軽快に着地すると、レインは奴の首筋の装甲間の関節機構アクチュエーターに両手で鋭く剣を突き込む。


「ようやく隙を見せたな。覚悟しろ」


 すでに勝利を確信したようにニヤリと口のを吊り上げる青年に、ガンドロスはその声に初めて平静さを失い叫んだ。


「は、離れろおおおおおおおお————ッ!!」


 重厚な四肢をじたばたさせて必死に抵抗しようとするが、何十トンもの巨体であるが故にすぐには起き上がることができない。


 その最大最後の勝機を逃すはずもなく、レインは奴の機体を踏み締めるように足裏をしっかり固定すると、ラズライトセイバーの華奢な柄に限界まで力を込める。


「うおおお……おおおおおおお————ッ!!」


 こちらも負けじと咆哮のような雄叫びを迸らせながら、凄まじい量の火花を散らしてガンドロスの肉厚の首を水のような滑らかさで容赦なく溶断していく。


 あらん限りの力を出し尽くし、最後まで剣を振り切ったその瞬間——。


 奴の巨大な頭部が豪快に斬り飛ぶと、重々しい鈍音どんおんを立てて虚しく地面に転がる。


 それでも心底驚愕すべきか、ガンドロスの音声システムは未だ理解できないような口調でかすれた声を発した。


われがこのような半端なレイスロイドに敗れるなど……断じて有り得ぬ……。だが……これでまだ終わりではないぞ……」


 完全に首を失ったガンドロスの機体が、バチッバチッと破損した箇所から弾けた異音を散らし、激しく漏電する。


 それを見たナツリは、すぐに何かを察したように鋭く叫んだ。


『レイン、その場から急いで離れて!! ——そいつ自爆するつもりだわ!!』


 その指示に即座に従い、レインは頭上で丸く切り取られた地上の光に向かって天高く飛翔すると、一気に地下から脱出する。


 直後、天をくほどの物凄まじい大爆轟が辺り一帯の国道を一瞬で破壊し尽くし、もたらされた強烈な爆風と衝撃波によって周辺のビルの窓ガラスが粉々に砕け散る。


 大規模な爆煙に呑み込まれた街の上空へと逃れたレインは、どうにかガンドロスの巻き添えを食らわずに済む。


 その時だった。


 エリアル全域に張り巡らされていた防衛結界バリアシステムの半透明の障壁が、本来の碧羅へきらの天を開かせながらたちまち解除されていく。


『ガンドロスのエネルギー反応消滅を確認!! 皆、よくやったわ!!』


 ナツリの興奮した報告が無線機に響いた瞬間、レジスタンスたちは全員割れんばかりの勝ち鬨を上げる。


『やった……ついに勝ったんだ……』


 その中で一人、セッカは身体の底からどっと安堵感が押し寄せてきたように、静かに声をらしたのだった。


    ∞


 エリアル周辺荒野マージナルエリアの上空。


 レインたちの戦いがようやく終結し、こちらの戦いもまたいよいよ終息を迎えようとしていた。


 両足のブースターで大空を高速飛行しながら、スレッドはもう何度目かというような猛威を振るい続ける熱線を躱す。


「おいおい、あれだけ吠えてたくせにさっきまでの威勢は一体どこにいったんだーッ!?」


 こちらのケツを執拗に追いかけ回しながら、真紅のレイスロイド——オズは、とにかく槍の強烈な火炎放射を間髪容れずに後ろからぶっ放してくる。


「くっ……!」


 スレッドは素早く反転してレーザーガンでカウンターを試みるが、やはり発射した光線が奴を取り囲む空間シールドに呆気なく阻まれてしまう。


 一体あの防護壁がどういう仕組みなのかは知らないが、さすがに遠距離武器による近接戦闘では圧倒的にこちらの分が悪い。しかも空中戦は奴の独擅場どくせんじょうだ。このまま一方的に押され続ければ確実に自分は死——最悪部隊の全滅すら免れないだろう。


 正直こんなことを考えるのは癪だが、今はあいつがもう一体の四機天王をぶっ倒して早く戻ってくるのを待つしかない。おまけに先ほどからノンストップで光線を撃ち続けているせいで、レーザーガンのエネルギー残量を示す警告ランプがすでに残り少ない赤色に灯っている。


 ——クソ、ここまでかッ!!


 内心でどうしようもなく吐き捨てると、このまま一時撤退を余儀なくされると思われた。


「なっ……!」


 突然、青年の背後の方向で何かを見たオズが、酷く衝撃を受けたようにぴたりと動きを止める。


 スレッドも思わず後ろを振り返る。


 エリアルの大都市全体をくまなく覆っていた巨大な結界が、ちょうど上部から消えて解除されていくところだった。


 オズは度胆を抜かれたように堪らず声を上げる。


「あのデカブツの鉄壁を破っただと!? まさか……さっきの青いレイスロイドにられたっていうのか!?」


 紅玉の瞳に憤怒の火を灯し、ぎりぎりと憎く歯噛みする。


 少し考えたように一瞬の逡巡の間を置いて、奴は忌々しげに目の前の青年に視線を戻す。


「今回の勝負はひとまずお預けだ!! 今度こそテメェを消し炭にしてやる!!」


 口汚く捨て台詞を吐き、紅蓮色の機体は遥か東の彼方に颯爽と飛び去っていく。


 凄まじい巡航速度によってたちまち地平線の可視圏外に奴の姿が完全に消えると、スレッドはようやく安堵からホッと胸を撫で下ろした。


「ふう……どうにかやり過ごせたか。さすがに今回ばかりは命拾いしたぜ……」


    ∞


 数分後、エリアルの周辺荒野マージナルエリアでレイスロイドたちを抑え込んでいたスレッド率いる戦車部隊に駆け付け、レインもすぐさま援軍として加勢した。


 もはや四機天王という最強の指揮官がいなくなった無法者の集団など恐るるに足らず、西の地平線に完全に陽が沈む前には一万の数にも及ぶレイスロイドたちは全て掃討された。幸い反乱軍に関しては戦死者をほとんど出すことなく、当初の想定よりも最小限の被害に留めることができた。


 だが深刻な問題なのは、トラビナ西部第一基地から脱走してきたレジスタンスであるローンウルフのほうだった。最終的に彼らの仲間の大半の死亡が確認され、生き残りのメンバーたちは肉体的にはほとんど無傷だが精神的にはもはや立ち直れないほどの心的外傷を負ってしまった。


 戦闘終了からおよそ三時間後、エリアルの都市中心部にナツリとティアを乗せた数台の軍の救護トラックが到着した。彼らはすぐさま道路上にベースキャンプを設営し、負傷した兵とレジスタンスたちの治療とメンタルケアを至急おこなった。レインとスレッドに関してはいずれも軽傷だったが、一応救護車内で機体のメンテナンスを受けることになった。


「——痛てててっ! ナツリちゃん、こっちは怪我人なんだからもう少し身体をいたわってくれよな……」


「あら、ごめんなさい。そうしてあげたいのはやまやまなんだけど、ここの機材が充分に揃ってないから残念なことに痛覚緩和装置ペインアブソーバーは使用できないのよ。でもタフなスレッドくんなら、これぐらい全然問題ないわよね」


 痛ってえええ!! と隣に隔てられた仕切りの向こうから甲高い修理音とともに青年の悲鳴が無慈悲に聞こえてくる。


 そんな騒々しい車内で疲れ気味にぐったりと椅子に腰掛けたレインは、ナツリと一緒に付き添いで来たティアから手厚い介抱を受けていた。


「ははは……向こうはなんだか楽しそうですね。レインさんも今日はお疲れ様です。その……昨日目覚めたばかりの私が言うのもなんですが、ついにやりましたね。まだ折り返し地点ですけど、今日の任務成功は間違いなく人類の大きな一歩だと思います」


 土と砂埃に汚れた青年の身体を濡れタオルで綺麗に拭きながら、少女は嬉しそうに顔を綻ばせる。


 レインは虚空に視線を移し、ぼんやりとした頭で少し考える。


 確かにこれまで人類は、無双の存在である四機天王を相手に全く歯が立たなかった。いくらレイスロイドの助力を得たとはいえ、幾度となく敗れてきた四機天王の一角をついに崩し、主要都市の一つであるエリアルをこの手に奪還したのだ。これほど価値のある戦果は、この二年間で他になかったといえよう。


 だが、レインは一つ気がかりなことを思い返す。


 それは、今回の戦闘中にあの四機天王の二人が口走っていたことだ。奴らは自分の姿にどこか見覚えがあるような口振りをしていた。無論、こちらは向こうと面識など一切ない。かと言って単なる勘違いとは到底思えないし正直気が気でないところだが、今はいくら考えようが答えに辿り着けるはずもなかった。


「そうだな……。だが、まだ一つ問題が残っている」


 少し気にかかるようにそう言い、レインは幕舎の外のほうにちらりと視線を向ける。


 もうすぐ、不安な夜が訪れる——。



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