第十話 真紅のレイスロイド
一方その頃、エリアルの
熾烈な最前線に入り乱れる砲弾と光線が一緒くたに飛び交い、広大な戦場のそこらじゅうで間断なく立て続けに爆発が起きる。一方的に大量の光線を撃ち込まれた戦車が派手に爆発し、あるいは地面に炸裂した徹甲弾で吹っ飛ばされたレイスロイドが木っ端微塵に宙に舞い上がる。血や機械油、硝煙などのむせ返るような強烈な臭いが立ちどころに広がり、それらは地上に限らず上空へと見境なく一層侵食を始める。
そしてその空の舞台でもまた、高性能レイスロイド同士の凄まじい対決が行われていた。
レインと一時別れた後、
「——ハッハッハーッ!! どうしたどうしたーッ!? さっきから逃げてばっかでよーッ!!」
スレッドは両足のブースターを駆使して素早く機体を右に振り、紙一重の動きでそれを躱す。
「ったく、相変わらずとんでもねぇ放火野郎だぜ!!」
次々と迫り来る猛炎をほとんど予測で回避しながら、大声でうんざりげに吐き捨てる。
スレッドはどうにか付け入る隙を見つけるたびにマカブル・エリミネーターの光線を奴に撃ち込むが、敵の殺人的な
忙しない戦闘中にもかかわらず、つい邪念の入り混じった思考が脳裏をよぎった時だった。
突然、後方で待機していた対空戦車の自走百五十五ミリ榴弾砲の列が一斉に火を吹くと、広範囲の弾幕が真紅のレイスロイドに容赦なく殺到する。
炸裂。
いくら奴でも空間を埋め尽くすほどの榴弾の嵐を完全に避け切ることはできず、耳を
奴を包み込んでいた濃密な爆煙が、通りすがりの突風によって綺麗に払われる。
だが、直後出てきたのは——二枚の虹の機翼から発生した正六角形のハニカム構造のシールドを己の周囲の空間に展開させた、真紅のレイスロイドの無傷の姿だった。
「無駄無駄ーッ!! この《イーリスウイング》の光学シールドは、テメェらの屁みてぇなクソ火力じゃぜってー破れねぇよ!!」
そう豪語すると、奴はすぐさま標的を変更し、地上に配置された戦車部隊のほうに向かって錐揉みするように急降下する。
天を焦がす真紅の機体が揺らめく灼熱の軌跡を残しながら、戦車群の頭上を音速をも超える速度で一気に駆け抜ける。
直後、最新鋭戦車が恐ろしいほど容易く立て続けに爆発し、眼下一帯が一瞬にして
たちまち十輌分の兵士たちを冥界送りにした真紅のレイスロイドは、そんな彼らの尊厳を徹底的に踏みにじるように高笑いする。
「ハッハッハ————ッ!! ホントざまぁねぇな!! 毎度毎度ザコすぎて全く話にならねぇよ!! そんなゴミみてぇな兵器で本気で俺様に勝てるとでも思ってたのかーッ!? ——さーて、次はテメェの番だ!!」
散々悪態をつくと、今度はスレッドのほうに攻撃の矛先を向ける。
その時だった。
「——スレッド隊長を援護しろ!!」
苦戦を強いられている青年を見るに見兼ねたのだろう、突然戦闘用の黒のコンバットスーツと両足に特殊ブースターを身につけた選りすぐりの鋭兵たちが、彼の背後から一斉に飛び出してくる。
彼らが今まさにせんとしていることをすぐに察し、人間の血管とも言うべきスレッドの全身の電気回路が瞬間的に凍り付く。
あまりに無謀な部下たちの突貫に、思わず制止の声を上げた。
「よせ、早まるなッ!!」
しかし彼の命令には一切耳を貸さず、鋭兵たちはもはや目の前の敵しか見えていないように素早く真紅のレイスロイドを取り囲む。
撃てッ!! という部隊長の力強い指示とともに直後、彼らは腰だめにしたレーザーガンで四方八方から奴に次々と光線を撃ち込む。
だが、どの光線も先ほどと同様に不可視の空間障壁に阻まれてしまい、真紅の機体にはまるで攻撃が届かない。
「あァ?」
目を合わせただけで悪寒を禁じ得ないほどに醜く表情を変貌させ、真紅のレイスロイドは周囲に鬱陶しげな視線を走らせる。
「うっぜぇハエどもだな……死ねよ」
鋭兵たちに向けてぴたりと槍を構えると、再び穂先から猛炎の渦を存分に吐き出す。
「ぎゃあああああああ——ッ!!」
龍の如く荒れ狂う熱線が彼らの身体に容赦なく食らい付き、悲鳴を上げ続ける火達磨となって盛んに燃える。
執拗に纏わり付いて容易に消えることのない地獄の業火は、鋭兵たちの全身を蝕むように骨の髄も残さず瞬く間に
呆気ない彼らの死に様に、真紅のレイスロイドはここぞとばかりに最大限の侮蔑を込めた声で吹き出した。
「ブハーッ!! 人間ってのはホント燃やしやすい生きモンだなッ!! これだから人殺しはやめられねぇ!!」
狂気さえ感じさせるような不快な
不意に、真紅のレイスロイドを覆う空間シールドに直撃した青い光線が勢いよく弾ける。
「——おい」
音もなく右手の愛銃を下ろしたスレッドが、不気味に目を伏せたままぶっきらぼうに一言呟く。
自分の口から出たとは思えないほどに至極沈着で、けれど酷く震えた声だった。
決して恐怖からではない。ぐつぐつと溶岩のように腹の底が煮えくり返るほどの、この堪えがたい怒りにだ。
スレッドはおもむろに顔を持ち上げると、ただまっすぐに眼前の敵だけを見据えて大胆不敵に言い放った。
「あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ、この阿呆女」
勾玉を思わせる翠緑色の
さすがに聞き捨てならなかったのか、真紅のレイスロイドは醜悪に大きく顔を歪ませてこちらを振り返る。
「あ? 今なんつった? 誰がアホ女だって?」
すると、奴はこれ以上にないほどの下劣な態度で堪らず失笑した。
「クックック……ハッハッハ——ッ!! こりゃ稀に見る超弩級の大バカ野郎だぜ!! そんなに今すぐ死にてぇなんてな!!」
敵の愚劣さをどこまでも
「それじゃ望み通り、この四機天王の一人《
豪然と名乗りを上げると、真紅のレイスロイドは物凄まじい勢いでこちらに突っ込んでくる。
それに対し、スレッドは敵の気迫に決して呑まれることなくとにかく銃撃で応戦する。
「さっさとケリつけてくれよな……! こりゃ……」
今頃もう一体の四機天王と死闘を演じているであろう青年に向けてそう囁き、スレッドはオズの猛攻からひたすら逃げ回る。
「そう長くは保ちそうにないぜ!!」
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