第九話 相容れぬ信念の先に

 中央都市エリアルの戦場から遥か西に離れた位置に広がる、トラビナ西部第一基地。


 そこにひときわ大きく佇む白亜の管制塔内に存在する、個人オペレーター専用の管制室。常に囂然ごうぜん極まる戦場とは対照的な静謐せいひつに包まれた小さな部屋の中で、孤独に闘い続ける一人の少女の姿があった。


 青い布張りのワークチェアに姿勢よく腰掛けた彼女は、苦虫を噛み潰したような顔で目の前の巨大モニター画面とひたすら向き合っていた。


 レインの両眼を通し流れてくる苛烈な戦闘映像は、今の彼の必死さを物語るように目まぐるしい動きで視点が移動し続けている。


 見ているだけでとても歯痒いが、自分にもまだやれることはあるはずだ。


 興奮した気持ちを落ち着けるように一度大きく深呼吸すると、ナツリは覚悟を決めて無線チャンネルのスイッチを切り替える。


 彼らが使用している戦車の車輛用無線機に信号を送り、鋭く啖呵を切った。


「レジスタンスの皆、聞こえる!?」


 頭に付けたヘッドセットのマイクに、いつも通り強気な態度で呼びかける。


「突然で申し訳ないんだけど、あなたたちローンウルフのリーダーを至急呼び出してほしいの!」


 さすがに軍の通信機から少女の声が聞こえてきたのは想定外だったのだろうか、レジスタンスたちの戸惑っている様子がはっきりと伝わってくる。


 少しの間を置いて、すぐに男の荒い声が流れてくる。


『セッカ、軍の連中から通信だ!!』


 すると今度は、咽喉スロートマイクを首と耳に装着するがさつな音が聞こえてきたかと思うと、突然女がやり場のないような怒りに叫んだ。


『……リーダーはさっき死んだ!! 私が副リーダーのセッカだ!!』


 最も聞きたくなかったその残酷な返答に、ナツリは思わず胸をかれたようにハッとなる。


 しかもこの男勝りな声は、先ほどレインとやり取りを交わしていた少女のそれだ。


 すぐに気持ちを切り替え、ナツリは神妙な面持ちで早速話を切り出した。


「……ごめんなさい。セッカさんね。私は今あの巨体のレイスロイドの四機しき天王てんのう、ガンドロスと戦ってるレインのオペレーターを務めてる、ナツリ=ライトよ! 今回はあなたたちに折り入って頼みたいことがあるの!」


 すると彼女は、自分の口から出たとは到底思えないほどの言葉を口にした。


「今から私たちと協力して、ガンドロスをたおしてほしいの!」


 その瞬間、通信回線に凍り付くような空恐ろしい沈黙が満ちる。


 さすがに予想外の提案だったのだろう、レジスタンスたちが明らかに困惑しているのが判る。


 しかし、ナツリはわらにもすがる思いでとにかく話を続ける。


「ガンドロスは足裏の走行ローラーを精密駆動させて、自身のその巨体を自由自在に動かしてるの。地面を走行するだけで飛行機能はないみたいだから、奴の足の動きを封じ込めれば後はこっちのもんなんだけど……」


 ここに来て、淀みなく紡いでいた言葉がどうしようもなく詰まりそうになる。


 それでもナツリは決して心折れることなく、現状を打開しようと必死に交渉を続ける。


「閉鎖空間というこの限られた状況の中で、奴を斃す方法がまだ一つだけ残ってるわ。今から私が指示する地点ポイントにレインがガンドロスを上手く誘導して、あなたたちが使用してる戦車であること﹅﹅﹅﹅を実行してもらいたいの。無理を承知で頼んでるのはわかってるけど……今はどうしても皆の協力が必要なの!」


 だが当然と言うべきか、次の瞬間、彼らから口々に返ってきたのは怨嗟にも似た怒号の嵐だった。


『そ、そんな危険な役目を俺たちに押し付けるって言うのか!? ふざけんじゃねぇ!!』


『そうだ!! 誰がお前たちの命令なんか聞くかよ!!』


「うっ……」


 一方的な激しい反論に対し、普段は温厚なナツリも思わず腹に据えかねたように叫んだ。


「それじゃこのまま、あなたたちの身勝手な責任を無理やり彼だけに全部押し付けるって言うの!? レインは一体誰のために戦ってると思ってるのよ!? あなたたちはついさっき死にかけたところを彼に助けられたばかりじゃない!! この戦いが長引けば、あなたたちの身の危険だってどんどん増すばかりなのよ!?」


 抑え切れない激情から柄にもなくまくし立ててしまい、今になって彼女は、自分が独りよがりな発言をしていることに気づく。


 果たしてレジスタンスの一人が、これまで反乱軍とローンウルフが幾度となく敵対してきた結果がもたらした、決定的な一言を発した。


『……それはお前たちが勝手にしたことだろ……。俺たちは助けてくれだなんて一言も頼んじゃいねぇ……。そういう恩着せがましいところが、いちいち気に食わねぇんだよ!!』


「なっ……」


 まるで冷えきった刃を喉元に突き込まれたかのように、ナツリは思わず絶句する。


 彼らの言い分などまるで理解できず、到底信じられない顔で首を振った。


「酷い……ひどいわ……。あなたたちには人の心がないの……? 彼は今も自分の命を懸けて、皆のために必死に戦ってるのに……」


 身も世もなく嗚咽がれてしまい、ついに堪え切れなくなった瞳から膝上にぽとぽとと涙がこぼれ落ちる。


 同じ人間同士なのにもかかわらず、どうしてこんなにも人は大きな困難を前にしても手を取り合うことすらできないのか。今こそ互いに協力して目の前の敵に立ち向かう時なのに、まるで両者の間に見えない壁でも存在するかのように何一つ彼らの心に声は届かない。


 もう、駄目だと思った。今回ばかりは潔く諦めて別の作戦を考えよう。


 そう結論に至り、ナツリは通信を切ろうとコンソールのスイッチに手を伸ばそうとした。


『——わかった!!』


 不意に、捨て鉢のような乱暴な叫びが、回線に立ち込めていた重苦しい空気を鋭く切り裂く。


 突如声を上げたのは、ローンウルフの副リーダー——セッカだった。


『私たちもその作戦に協力する!!』


 いきなり彼女の口から飛び出した衝撃的な言葉に、レジスタンスたちは一斉にざわつき始める。


 その思わぬ賛同に対し、仲間の一人が堪らず猛反発した。


『しょ、正気かセッカ!? こいつら軍と手を組むなんて! そんなのいつものお前らしくねぇよ!』


 実際本当のことだったのだろう、それに少女は素直に肯定した。


『ああ、そうだな……。今日の自分がおかしいことは、自分が一番よくわかってる……。全部自分で立てた計画のくせに、今更勝手なことを言ってるのもわかってる……。けど……いま危険な戦いに晒されてるのは、あの青いレイスロイドも同じだ! ……自分たちだけ何もしないでじっと見てるだけなんて、それはただの傍観者で卑怯者だ!!』


 もっともな彼女の痛烈な正論に、他の仲間たちも皆ぐうの音も出ない。


 すると、セッカはどこかもう一人の自分と激しく葛藤するように叫んだ。


『でも……これだけは約束してくれ!! あの化け物は私たちの大切な仲間を殺した仇だ!! だから必ず勝ってくれ!!』


 彼女の心からの訴えを聞いたナツリは、軍服の袖でさっと涙を拭うと、その気持ちに応えるように自信に満ち溢れた声で言い返した。


「ええ! もちろんそのつもりよ!」


 死中に活を求めるようなあまりに絶望的な状況だが、今はもう彼らにとことん頼るしかない。


 しかし千に一つ——万が一にもこの作戦が成功するようなことがあれば、それは間違いなく一つの歴史的な瞬間となるだろう。


 決して相容れることのなかった二つの勢力が、ようやく一致団結した末に掴んだ勝利となるのだから——。


「レイン、話は聞いてたわね!?」


『ああ!! こっちはもう限界だ!! やるならさっさとしてくれ!!』


 今も絶え間なく続いている黒鉄のレイスロイドの荒れ狂う猛撃によって、いつになく本気で切迫している青年の荒い声が通信機に流れてくる。


 ナツリは一度乱れた呼吸を整えると、レジスタンスたちに早速最初の命令を下した。


「今から皆にエリアルのマップデータを送るわ! これから私の指示する地点ポイントまで移動をお願い!」


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