第八話 鉄壁の四機天王

 青年の高速飛行に従順にならうかのように、二枚の円盤もすぐに合わせて後ろから追尾してくる。


 これ以上敵の妨害行為はなく、レインはひとまず上空からエリアルの都市内部に上手く侵入する。


 街は二年前の当時の惨状を雄弁に物語るように、道路や高層建築群の至る箇所が生々しく抉り取られているか、あるいはもはや原型を留めず無惨に倒壊していた。虚しく放棄されたビル群から赤錆びた鉄骨が大量に剥き出しに晒されており、そのコンクリート製のくすんだ壁面にはなんの種類かも知れぬつる植物が猛威を振るうように秩序なくそこらじゅうにはびこっていた。


 死に絶えた光景だった。ここで本当に、今まで人間とレイスロイドたちが平穏に生活を営んでいたのか。こんなふざけたところ、誰かが暮らしていいようなまともな環境ではない。どこに目を向けようとも心底疑いたくなるほどに、眼下に広がる廃墟は酷く醜い様相を呈していた。


 不意に、後方で一定の距離を保っていた円盤たちが急激に速度を上げ、レインの存在など最初からなかったかのように彼の両脇を高速で駆け抜けていく。


 一体何を考えているのかは知らないが、それらを決して見失わないように青年もブースターの火力を上げて後を追う。


 まるでこちらを誘い込んでいるのか、二枚の円盤は複雑に入り組んだ都市の奥へとどんどん吸い込まれていく。


『——レイン、気をつけて! 前方三百メートル先の交差点上に高エネルギー反応を確認! おそらく四機しき天王てんのうよ!』


 ナツリに緊迫した声で告げられ、レインは円盤たちが飛んでいく先に鋭く視線を向ける。


 そして、その堂々たる姿をようやく視界に捉える。


 都市中心部を大きく切り裂く十字路の中央——そこに孤立するように、禍々しい漆黒合金の巨大な機体がどっしりと鎮座していた。


 神話上に登場する泥人形ゴーレムさながらの太い手足を兼ね備えた、全高およそ五メートルにも及ぶであろう鋼鉄の巨躯。黄金色の無骨な装甲をよろう両肩には、対を成した重厚な特大ビーム砲が威圧的にそれぞれ備え付けられている。全身の肌を突き刺すような威容な雰囲気を漂わせており、あれほどの規模の大型レイスロイドを目にしたのは今回が初めてだ。もはやレイスロイドの範疇に留まっていないと言ってもいいだろう。


 しかし向こうも当然こちらの動きに気づいているはずだが、どういう訳か一向に攻撃してくる気配はない。


 すると、ナツリが酷く動揺を抑えきれない声で叫んだ。


『ちょ、ちょっと待って……! エリアルの南の方角から多数のエネルギー反応を確認! ——そっちに何か向かってるわ!』


 次から次へと目まぐるしい速度で状況が変化し始めた時だった。


『——こちら総司令部よりレイン、聞こえるか!?』


 今度は突然、マーシャルの切羽詰まった声が無線機に割り込んでくる。


「一体どうした?」


『つい三時間前、基地の留置場に収容していたレジスタンスの連中がいつの間にか全員脱走した! 付近の格納庫に保管していた武器や軍事車輌などの軍需品を根こそぎ奪った後、そのままそっちに向かっている! これを機に奴ら、エリアルの街のレイスロイドたちに強襲を仕掛けるつもりだ!』


『なっ……』


 無線機の向こうで、ナツリが思わず息を詰める。


 それはつまり、レジスタンスたちはわざわざ死地に自ら飛び込みに行くということだ。勝機など万に一つも見出せるはずもない四機天王を無謀にも敵に回して——。


 さすがに焦燥を禁じ得ないマーシャルは、すぐさま二人に指令を下した。


『このままレジスタンスの連中がレイスロイドたちと衝突すれば、なんの成果もなくただ無駄死にするだけだ! お前たちはあの馬鹿どもを至急止めてくれ!』


『もちろんです! ——レイン、急いでそっちに向かって!』


「ああ!」


 水平飛行していた身体を素早く反転させ、レインはすぐにエリアルの南へ方向転換しようとした矢先だった。


 突然、都市の南メインゲート前で厳重に待機していたレイスロイドたちの集団ユニットを次々に蹴散らしながら、戦車やオフロード車の鋼鉄車輛の群れが雲霞うんかの如く街の中に続々となだれ込んでくる。


 それらは都市中心部まで延びる幹線道路を一直線に驀進ばくしんし、その先の交差点中央で今も静かに鎮座している黒鉄のレイスロイドから一キロメートルほど離れた地点で全車輌が停車する。


 果たして、一輛の戦車のハッチからレジスタンスの一員であろう黒バンダナの男がひょいと顔を出す。あれは確か昨日、閉鎖地下世界アンダーグラウンドで軍に捕まったローンウルフのリーダー、カインという名前の男だったはずだ。


 彼は首に下げた双眼鏡で、道路の前方正面を確認する。


「……ん? なんだ、あのバカでけぇレイスロイドは? あれが噂に聞く四機天王って奴か? さっきからちっとも動かねぇじゃねぇか。——それなら今のうちにとっととやっちまおうぜ!」


 すると一体何を血迷ったのか、突然全ての戦車輌が百二十ミリ滑腔砲の肉厚の砲身を黒鉄のレイスロイドに一斉に向ける。


 まさにこれから行おうとしている彼らの愚かな行動を察し、レインは思わず叫んだ。


「馬鹿、やめろ!!」


 違う、奴は動かないのではない。最初から動く必要などないのだ。それほどまでにあの黒鉄のレイスロイドは、己の防護力の高さに絶対の自信を持っているに違いない。


 しかし、その言葉がもはや彼らの耳に届くはずもなく、一切の戦車砲が無情にもけたたましい咆哮を轟かせる。


 直後、高速で殺到した徹甲弾の暴雨が、黒鉄のレイスロイドの機体に立て続けに容赦なく命中する。


 強烈な爆発と轟音。


 数瞬遅れて押し寄せてきた焼けつくような激しい熱風に煽られながら、カインはどこまでも腐り切った醜貌で叫んだ。


「ハッハッハ!! どうだ見たか!! レイスロイドなんかに頼らなくても、俺たち人間だけで勝利は掴めるんだ!!」


 勝ち誇るように下劣な声でとにかく高笑いする。


 だが、法悦のような優越感に浸れたのは、ほんの一時だけだった。


 信じがたいことに、爆煙の中におぼろに浮かび上がる黒いシルエットから現れたのは、眩い光沢を放つ無傷の黒鉄の機体の姿だった。


「なっ……戦車砲が全く効いてないだと!?」


 カインは唖然とした様子で思わず声が裏返る。


 不意に、黒鉄のレイスロイドが長い眠りから覚醒したように、巨大な頭部に埋め込まれた悪魔めいた二つの赤色灯の眼光を炯々けいけいと光らせる。

 ふざけたその巨体に似合わず、奴は両足の駆動ローラーで器用に機体の向きを転換すると、レジスタンスたちの戦車群のほうを厳然と見据える。


「——愚かなり」


《サイクロン・ギア》——突如重低音の合成音声を響かせた途端、両腕の射出機シューターから先ほどの高速回転する二枚の円盤が地面と水平に宙を這うように、彼ら目掛けて一直線に飛んでいく。


 迫り来る殺人カッターの驚異的な速度に、レジスタンスたちが咄嗟に逃れる術はもはやなかった。


 揺らめく青い高熱を帯びた円盤たちが、戦車とオフロード車の群れを透過するように駆け抜けたと思いきや、次の瞬間、それらに乗り込んでいた人間ごとまるで紙切れの如くいとも容易く切り裂き、立て続けに車輌が爆発する。


「ぎゃああああああああッ!!」


 直後、悲鳴と絶叫、呻吟しんぎんが大通り全体に立ちどころに広がり、阿鼻叫喚の嵐とけたたましい爆音が続々と巻き起こる。


 それらはたちまち断末魔の叫びへと変貌を遂げ、眼下は一瞬にして地獄絵図と化す。


 そんな狼狽ろうばいしたレジスタンスたちに更なる追い討ちをかけるように、二枚の円盤は素早く宙を旋回してくると、再び容赦なく彼らに襲いかかる。


「うわああああああああッ!!」


 縦横無尽に空中を駆け回る鋼の凶刃によって、逃げ惑う青年たちの身体が次々と呆気なくずたずたに引き裂かれ、おびただしい量の鮮血と臓腑がこれでもかと辺り一面に無惨に撒き散らされる。まるで街中に焼夷弾でも投下されたかのように誰もがパニック状態に陥り、とにかく自分だけでも助かろうと彼らは死に物狂いで地面を這い回る。


 一方的に虐殺の限りを尽くしたところで、二枚の円盤はそのまま黒鉄のレイスロイドの両腕の射出機のほうに忠実に戻っていくと、鋭い金属音を立てて中に収まる。


「そ、そんな……」


 運良く生き残った亜麻色の髪のポニーテールの少女が、突き付けられた今の現実に心を打ち砕かれたように茫然と呟き、その場にがっくりと膝をついて崩れ落ちる。


 たった一戦を交えただけにもかかわらず絶望的なまでの敵との戦力差を察し、レジスタンスたちは本能的にたちまち浮き足立つ。


「あ、あんな化け物なんかに敵いっこねぇ!! 逃げろおおおおおおお————ッ!!」


 その中の一人が堪らず叫び、近くに残った戦車の中に急いで駆け込むと、それが引き金となって他の者たちも全員この場から慌てて逃走を図ろうとする。


 完全に戦意を喪失したレジスタンスたちの身勝手な行動に、黒鉄のレイスロイドは拍子抜けしたように不満を洩らした。


「我が領域にぬけぬけと踏み込んだ挙げ句、呆気なく敵前逃亡とは……。もはや敗者同然のその見苦しい行為、極めて万死に値する。では愚鈍な貴様たちに、それ相応の死をくれてやろう」


 すると次の瞬間、決して巨体とは思えぬほどの爆発的な急発進で、奴はレジスタンスの集団目掛けて猛然と突っ込んでいく。


 それを見たレインは、すぐに敵のおぞましい狙いを察する。


 あの黒鉄のレイスロイドは——己の機体でそのまま彼らを完膚無きまでに轢き殺すつもりなのだ。


「くそッ!!」


『ちょ、ちょっとレイン!?』


 目も当てられないほどの一方的な蹂躙にこれ以上我慢できず、レインは我知らず弾かれたようにその機体が飛び出していた。


 右手の剣を素早く鞘に収め、両者のちょうど中間地点の道路上に流星の如く瞬時に割り込み着地。身も凍る恐怖をまざまざと味わいながら、なんと彼は黒鉄のレイスロイドの突進を両手だけで受け止める。


「うおおおおおおおおおおおおおおお……ッ!!」


 まるで大型トレーラーと正面衝突したかのような、途方もない衝撃。

 しかも重量だけでなく、なんと恐ろしい機械出力マシンパワーだ。少しでも気を抜けば、何トンもの奴の巨体の下敷きにされて一瞬でお陀仏だろう。敵もすでにこちらの存在に気づいたはずだが、突然入り込んできた小蠅など眼中にもないつもりか、その超重量級の機体の運転を全く停止させようとはしない。


 それでも足裏から大量の火花と擦過音を激しく撒き散らしながら、レインは死に物狂いで黒鉄のレイスロイドを食い止めようとする。


 ——三百……二百……百メートル……。


 あれだけ空いていた双方の距離がみるみるうちに縮まり、このままレジスタンスの集団ごとぐちゃぐちゃに撥ね飛ばされる——そんな最悪の光景が一瞬脳裏をよぎった。


 だが、咄嗟の判断が功を奏したのか、黒鉄のレイスロイドは徐々にその巨体を減速させていくと、奇跡的に彼らの数メートル手前で辛うじて停止する。


 眼前の重金属の巨躯を必死に押さえながら、レインはちらりと後ろを振り返る。


 亜麻色の髪のポニーテールの少女が恐怖に足をすくませており、その場から一歩も動けない様子で地面にへたり込んでいた。


「何をしている!? さっさと逃げろ!!」


 すると、少女はようやく我に返ったように反発の声を上げた。


「ふ、ふざけるな!! 誰が……だれがお前みたいなヒーロー気取りのレイスロイドの言うことなんか聞くもんか!! 私たちはレジスタンスであって、戦うためにここに来たんだ!!」


 そんな二人のやり取りには全く興味なさげに、己の渾身の突撃を阻止された黒鉄のレイスロイドは、些か感心したように腹底に響く低い声を発した。


「ほう。我が一撃を受け止めるとは、貴様も同じレイスロイドか。だが——何処か見覚えのある機体だな﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅


「一体何を言っている……!?」


 先刻もあの真紅のレイスロイドが口にしていた似たような言葉を思い出し、レインはますます理解に苦しむ。


 彼の薄っぺらい反応に、黒鉄のレイスロイドはどうでもよくなったようにすぐに話を変えた。


「まあいい。我が一撃を止めた称賛として、貴様に一つ名乗ろう。——我が名はガンドロス。此のエリアルを支配下に置き、《絶対防御》の異名を冠する四機天王の一角である」


 決して全身の出力を緩めることなく、ガンドロスは更なる疑問を投げかけた。


「汝に一つ問う。其処までの秘めたる力を有しながら、何故其の愚かな人間たちに身を賭して加担する?」


 小刻みに痙攣し続ける両手で奴の巨体を懸命に押さえ込みながら、レインは馬鹿馬鹿しげにその問いに答えた。


「なぜだと……!? 俺はただ無闇やたらに人間を殺そうとする、お前たちの一方的なやり方が気に食わないだけだ……!」


 彼の口から洩れたその言葉に対し、少女は到底理解できないように悲痛の叫びを上げた。


「どうして……どうして私たちを助けたりする!? そんなふざけた義理はレイスロイドのお前に必要ないだろう!! それとも単に軍の命令だからか!?」


 瞬間、レインは全身の電子回路が暴走しそうなほどの憤激を滲ませ、ギリッと歯を軋ませる。


「……義理だの命令だの、俺はそんなくだらない理由で戦っているんじゃない!!」


 いつになく激しく感情を発露し、彼は本心の赴くままに尚も強く叫んだ。


「人間のあいつはただ涙ながら、助けて、とレイスロイドの俺にそう望んだ!! それがあいつの望んだ唯一の願いだ!! だから今、俺はここにいる!! ここで戦っている!! ——俺はもう誰かの泣く姿を見るのは懲りごりなんだ!!」


『……ッ!』


 不意に無線機の向こうで、微かにナツリの息を凝らす気配がする。


 山岳の研究所でレインが目覚めた一年前のあの日、目の前で自分を抱き締めていた赤髪の少女は、ただひたすらに涙を流しながらこう言った。


 ——お願い、私たちを助けて、と。


 なぜそんな悲しそうな顔をして、そこまで自分に助けを乞うのか。その時のレインはまだこの世界の事情など知り得るはずもなかったので、何がどういうことなのか少しも解らなかった。


 ただ一つ解ったのは、いま目の前で泣き続けている少女が、現在に至るまで自分では計り知れないほどの辛い思いをしてきたのだろうということだけだった。


 これまで決して表に出すことのなかった青年の本音に対し、ガンドロスはようやく得心がいったように再び口を開いた。


「成る程、其れが貴様の答か。我々と同じレイスロイドにもかかわらず、愚かな人間たちを護らんとする其の信念、敵ながら実に崇高な意志である。しからば此方こちらも其れに全身全霊で応え、貴様の身体ごと全て此の足で踏み潰してくれよう」


 直後、重々しい動作で象のような右足をおもむろに持ち上げると、青年の頭上から彼をし潰そうと足裏で思いきり踏み付けてくる。


「うおおおおおおお……ッ!」


 レインは咄嗟に両手でガンドロスの足を押さえるが、桁違いの高圧力に彼の両足が沼のように道路にどんどん食い込んでいく。


 たちまち身体中の関節機構アクチュエーターが激しく軋んで焼けつくような熱暴走オーバーヒート寸前の状態に陥り、背中の放熱器ラジエーターの機能がまるで追い付かなくなる。さらに全身の人工筋肉まで悲鳴を上げ始め、このまま一方的に押さえ付けられてしまえば本当に跡形もなく木っ端微塵に磨り潰されてしまうだろう。


「頼む……! もう私たちのために傷つくのはやめてくれ!! お願いだ!!」


 そんな青年を見るに見兼ねた少女が、今にも泣き出しそうな声で悲痛に叫び続ける。


 だがそれでも、レインは決して逃げるような真似はしない。


 ここでそんな馬鹿げた選択をするぐらいなら——死んだほうが余っ程マシだ。


 はらわたが煮えくり返るような憤怒を物凄まじい底力に変換し、彼は全身にみなぎるエネルギーを一気に爆発させる。


「お前たちは……お前たちはそうやって一体無駄に何人死ねば気が済むんだああああああ————ッ!!」


 喉が張り裂けんばかりの雄叫びを迸らせたその瞬間、徐々に沈み込んでいた青年の両足がついにその動作をぴたりと停止させる。


 彼の身体の一体どこに、未だそんな力が有り余っていたというのだろうか。


「……ほう?」


 少々意外だったように、ガンドロスは思わず驚嘆の声を洩らす。


 何十トンもの圧力を支えるほどの強靭な膂力りょりょくを総動員し、レインはじりじりと奴の足を押し返していく。限界まで両腕が伸び切ったその瞬間、ガンドロスの足下の脅威から素早く後ろに逃れる。


 今度はこちらの番だ。飛び退いたと同時に即座に剣を鞘走らせて力強く地面を蹴ると、高々と宙に舞い上がる。無駄に馬鹿でかい奴の図体の上に軽快に着地した途端、レインはまるで敵の総身を鎌鼬かまいたちが駆け巡るかの如く、深黒の装甲を怒濤の勢いで斬りつけていく。


 一、二、三、四、五、六、七——計十二回。


 最後にガンドロスの角ばった巨大な頭部にひときわ強烈な剣の一撃を浴びせると、それを踏み台にして思いきり右足で蹴り、後方に大きく一回転して飛び退く。


 だが、恐ろしく頑強なブラックメタルの装甲はかすり傷がついた程度で、その身に全く刃が通っていない。


「無駄だ。我が最強装甲《アブソリュート・レーガ》の前では、如何なる攻撃も等しく無意味」


 終始余裕が垣間見えるガンドロスに対し、レインは苛立たしげに舌打ちしながら、柔軟な身のこなしでくるりと道路に着地する。


 今の攻撃だけで奴との歴然とした力の差を感じたのか、ナツリが堪らず叫んだ。


『レイン、今は一旦退きましょ!! あいつの言う通り、いくらあなたの剣でもあの頑丈な装甲は斬れないわ!! ここはしっかり態勢を立て直してから——』


「無理だ!!」


 彼女の提案を即座に遮り、レインは背後のレジスタンスたちをちらりと一瞥いちべつする。


 ある者はすくんだ足で茫然と立ち尽くし、ある者はもはや体裁など繕うつもりもなく不恰好に地面に倒れており、誰もが絶望に塗り潰された表情でこちらを見ていた。


「今ここで離脱すれば、俺は奴らを生きて帰す保証はできん!!」


 そう勇ましく叫び、レインは両手で剣を構えて敢然と殿しんがりを引き受けようとする。


 しかし、ガンドロスは彼の英断を酷く嘲笑うかのように、重低音の響く音声で冷酷に告げた。


「笑止。われがこのまま見すみす貴様たちを逃がすとでも思っているのか?」


 その時だった——。


 突然、エリアルの外周部から上空にかけて全ての空間を覆い尽くすように、巨大な半球形の結界が瞬く間に展開されていく。


「なっ……なんだよあれ!?」


 その異変にすぐに気づいたレジスタンスたちも、一斉にざわつき始める。


 全方位から侵食するかの如く押し寄せてきた半透明の障壁がドームの頂点でぴたりと接合し、完全にその蓋を閉じる。


『あれはまさか……エリアルの《防衛結界バリアシステム》!?』


 ナツリが度肝を抜かれたように思わず声を上げる。


 それに対し、レインも少しだけ聞いたことがある。


 世界崩壊アストラル・コラプスが始まる以前から、エリアルのバリアシステムは敵の侵攻を防ぐ国の大規模防衛システムの中でも最新鋭の性能を誇っていたとわれており、その防護力の高さは当時の開発者たちですら測定不能レベルでもはや計り知れないほどだったという。


 しかしあの史上最悪の日、エリアルの街中のレイスロイドたちも当然暴走してしまったため、結局民間人の避難を優先して実際にバリアシステムは一度も使われることはなかったはずだ。まさかこのタイミングで過去に放棄された人類の英知の結晶を、人間たちの牢獄代わりに有効活用してくるとは。


 すると、突如出現した結界の南メインゲート前で立ち往生したレジスタンスたちは一体何を考えたのか、使用可能な限りの戦車砲の砲門を障壁の一点に向けてぴたりと合わせる。


 次の瞬間、全ての砲口から立て続けに火を吹くと、無理やりそのバリアを突き破ろうと一斉に集中砲火を浴びせる。


 炸裂、轟音。


 滑腔砲の荒れ狂う咆哮に寸毫すんごう遅れてほぼ同時に、結界に突き刺さった大量の徹甲弾が凄まじい爆発の連鎖を巻き起こす。


 結界の着弾箇所を覆っていた爆煙の紗幕がすぐに吹き飛ぶが、信じがたいことに堅牢な障壁にはひび一つ入っていない。


「不毛。このバリアシステムは、すでに我が任意で自動的に起動するよう予め設定しておいてある。愚直に吾をその手で打ち倒すか、あるいは結界が完全にエネルギー切れになるまで決して解除不可。すでに貴様たちは、我がテリトリーの術中である」


 突然のガンドロスの無慈悲な宣告に、レジスタンスたちの顔に凍り付くような戦慄が走る。


 無線機を介し、ナツリの苦々しげに唇を噛む気配がする。


『……どのみち私たちを逃がさないってわけね。——わかったわ! 私がガンドロスの機構データを解析するから、レインは少しの間だけ時間を稼いでちょうだい!』


 突拍子もない無茶な指示をされ、青年は仕方なくブースターで空中に浮き上がる。


 これまで溜め込んでいた鬱憤をぶつけるかのように、黒鉄のレイスロイドに向かって威勢よく叫んだ。


「おい、デカブツ野郎!! 俺がお前の相手をしてやる!! かかってこい!!」


 その挑発に敏感に反応したガンドロスは、無骨な頭部を載せた首を豪快に捻らせると、こちらに赤灯の眼光を鋭く光らせる。


「よかろう。まずは面倒な貴様からあくたに消し去ってやろう」


 直後、奴の両腕に装着された巨大な射出機シューターから、再び二枚の円盤を勢いよく撃ち出してくる。


 レインは決してレジスタンスたちを巻き込まないように彼らとは逆方向に飛び去り、自ら囮になる形で奴の攻撃を一身に引きつける。


 先ほどと同様のパターンで、殺人歯車が荒く空気を切り裂きながら高速で後ろから追尾してくる。彼が道路に沿って並んだ街灯や電柱を素早く横切ると、円盤たちはまるで障害物の存在など皆無のようにそれらを容易く両断してくる。


 レインはまず大通りを外れて直角に鋭く曲がり、ビルとビルの間の狭い路地裏に素早く滑り込む。あの馬鹿でかい円盤の大きさなら、路地の隙間につっかえて移動できずに停止するだろう。


 そう安直に踏んでいたが、なんと二枚の円盤はそのままコンクリートの壁面をも軽く切断し、尚も執拗に迫ってくる。


「チッ……!」


 大規模な摩天楼の合間を華麗に縫うかの如く、レインは突風をも置き去りにする速度で都市全体を自由に駆け巡る。


 冥界へといざなう耳障りな切削音を囂然ごうぜんと奏でながら、二枚の円盤はビルの窓ガラスを木っ端微塵に粉砕し、そそり立つ壁面すらも水平に駆けるように後ろから容赦なく伝ってくる。ここで殺人カッターの猛追をどうにか振り切ろうと、レインは一度天に向かって直角に高々と急上昇する。


 まだ早天を迎えたばかりの新鮮な蒼穹に青い三日月を描くように、豪快な宙返りサマーソルトで鮮やかに円盤たちを回避。再度急降下し、今度はこちらから透かさず反撃に出ようとする。


 なかなか仕留めきれないすばしっこい青年に、ガンドロスは痺れを切らしたように鬱陶しげに不満を洩らした。


「ちょろちょろと小賢しい。ならばこれでどうだ」


 不意に、両肩の肉厚の巨砲を緩慢に旋回させると、レインに砲門を向けて確実に照準を定めてくる。


《カオティック・レイ》——二門の巨大なビーム砲に、混沌の残滓のような紫黒色の光子がたちまち集束していく。今にも砲口から溢れ返らんばかりにチャージされた厖大ぼうだいなエネルギーの塊が、その臨界点に達した次の瞬間——。


 刹那、両の砲門が同時に閃いたかと思うと、猛烈な紫電を漲らせた極太の光線が一直線に宙を駆け抜ける。


「……ッ!」


 素早く危険を察知し、レインは反射的に上方に飛び退く。


 物凄まじい熱量を内包したドス黒いビームが、無数に林立した高層ビル群を横一文字に次々と薙ぎ払っていく。それに伴って立て続けに爆発が巻き起こり、鉄筋コンクリート製の頑丈な塔がいとも簡単にえぐれて大量の瓦礫が瀑布の如く崩落する。


 雲海めいた広範囲の爆煙と粉塵によって、一時的に大通り全体が無秩序に埋め尽くされる。


 が、その中から間一髪のところでレインが勢いよく飛び出してくる。


「おい、まだか!?」


『もう少し……あと十秒!!』


 たった一秒が何倍にも感じられるような長いカウントが、ナツリの口からゆっくりと刻まれていく。


『——解析完了! やっぱりガンドロスの全身があの頑丈な装甲で覆われてる以上、弱点らしい弱点は一切見当たらないわ! でもそれはあくまで外部装甲の話であって、内部機関﹅﹅﹅﹅なら全くの別よ! 昔戦争で使用されていた兵士の板金鎧プレートアーマーのように駆動する装甲の唯一の脆弱箇所——関節機構アクチュエーターを狙うしかないわ!』


 すると思わぬことに、ナツリは予想外の人物たちに向かって大声で呼びかけた。


『レジスタンスの皆、聞こえる!?』

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