第七話 中央都市エリアル

 機暦二二五三年 七月二十七日



 黎明れいめい。トラビナ西部第一基地の司令室で深夜中にマーシャルとの入念な作戦会議ミーティングを終えた後、レインとスレッド率いる反乱軍全部隊は三時間ほどで中央都市エリアルの周辺荒野マージナルエリアに到着した。荒涼とした大地に総数百輛にも及ぶ戦車の配置が全て完了し、兵たちは早朝から今回のエリアル奪還作戦の最終確認をおこなっていた。


 その重厚な戦車の放列の前で愛用の青と黒の派手なクルーザーに一人跨がったレインは、人並み外れた視力を備えた機械仕掛けの眼球で周辺の様子を事細かに観察していた。


 特殊な技巧で造られた一切混じり気のない水晶体——《スフィア・ホークアイ》により、およそ一キロ先のエリアルの大都市を象徴する、眩い暁光を浴びた山吹色の高層建築群の街並みが鮮明に視認できる。


 さらにその周辺荒野には、前日の情報通り総勢一万にも上る大量のレイスロイドの集団ユニットもしっかりと見て取れる。目下忙しなく蠢いている奴らは都市の外周部を大きく取り巻くように全方面を堅く封鎖しており、全部で四つ存在する東西南北の街のメインゲート手前には特に密集している故、やはり内部に侵入するには一筋縄ではいかなさそうだ。


 トラビナ基地の司令室から無線機を通して全部隊に向け、マーシャルが毅然とした態度で淡々と作戦説明を繰り返す。


『——では作戦通り、一番槍としてレインにオートバイで先陣を切ってもらい、次にスレッド率いる戦車連隊が後衛から掩護射撃を実行。レイスロイドの集団を強行突破した後、二人はそのままエリアルに突入し、都市内部に待機しているであろう四機しき天王てんのうを上手く撃破してもらう。以上が、作戦全体の大まかな流れだ』


 あたかも目の前で話しているかのような気力に満ち溢れた声を、彼女はひときわ大きく通信回線に響き渡らせる。


『今回はかつてないほどの厳しい戦いになるだろうが、重要拠点であるエリアルを取り戻せばオルティア解放への道が一気に開けるだろう! これだけ戦力が整った今の我々なら、充分に勝機はあるはずだ!』


 力強くそう言い放つと、今回の戦の要である二人に再確認する。


『レイン、スレッド、そっちの準備は万全か?』


「ああ。問題ない」


『こっちはいつでもオーケーっすよ』


 これから生死を懸けた戦いが始まるというのに、青年たちは特に気後れした様子もなく普段通り軽い口調で無線機に応じる。


 一度大きく深呼吸する雑音が回線に流れてくると、マーシャルは腹の底から轟くような凛々しい声で告げた。


『よし、ではこれよりエリアル奪還作戦を開始する!!』


 その開戦の合図に続き、レインは他の部隊に早速指示を伝える。


「こちらレインより全部隊に告ぐ。これよりレイスロイドの集団ユニットに対し、オートバイによる強行突破を行う。——ナツリ、管制は頼んだ」


『ええ、こっちは任せて!』


 無線機の向こうから、心強い少女の返事が聞こえてくる。


 レインはバイクのアクセルペダルを右足で思いきり踏み込むと、無骨なエンジンのマフラーが荒々しく唸りを上げる。


 次の瞬間、重厚な車体が勢いよく前へと躍り出る。


 凄まじい加速とともにたちまち時速百キロメートル以上の高速に達すると、彼は左腰の鞘から右手で愛剣のラズライトセイバーを素早く抜き、柄の電源を入れてすぐさま起動させる。


 途端、水晶の如く透明な刀身が青白い燐光を帯びるそれは、超振動によって発生した高熱で物体を溶断する高周波セイバーでもある。


 青年のスカイブルーの長髪を荒くなびかせながら、青と黒塗りのクルーザーが疾風の衣を纏ったような勢いで爆走し、レイスロイドたちとの間にあった距離が瞬く間に消し飛ぶ。


 すると、こちらの動きにいち早く気づき、横に列を成したレイスロイドたちが両手に抱えていたレーザーガンを一斉に構える。


 一秒後、その銃口が鮮やかに閃く、という強烈なイメージを脳裏で予感した刹那——。


 世界が、森羅万象その一切の活動を停止させる。


 否、かなり判りにくいが、レイスロイドたちはこちらに銃の照準を合わせようと微々たる動作モーションを続けている。


高速演算能力ハイパーオペレーション》——レインの機械仕掛けの碧眼を通して送られてきた視覚情報を、彼だけの特殊な電子頭脳サイバーブレインで高速処理することによって極限まで思考加速オーバークロックし、一秒間を最大倍率百倍——およそ百秒間に体感させる超優秀な技だ。


 この最大限の時の遅延により、レイスロイドたちが銃の引き金トリガーを完全に絞り切った瞬間——。


 無音。


 不発? 否、決してそうではない。


 それとほぼ同時に、並列した敵の銃口が連続的に青く発光するタイミング、発射された光線の描く直線的な軌道、こちらの全身に狙いを定める無数の赤い照準線、その全ての動きが世界ごとコマ送りされたかのようにスローモーションとなって確かに手に取るように判る。単純に撃ち出された可視光線を視認するより、こちらの聴覚センサーに発砲音の到達する速度のほうが遥かに遅いだけなのだ。


 故に、音よりも速く最初の光線が己の眉間に届く寸前、レインはすでに宙に走らせていた剣を横一文字に一閃し、それを造作もなく迎撃する。


「……うおおおおおおおッ!!」


 裂帛れっぱくの気合とともにさらに動きを繋げて高速で剣を8の字に描きながら、彼は惜しげもなく規格外の身体能力と動体視力を存分に発揮し、前方から次々と飛来してくる大量の光線をことごとく捌いていく。


 言わずもがな、敵のレイスロイドたちがこの奥の手の情報を知り得るはずもないので、傍から見ればただ適当に剣を振り回しているようにしか見えないだろう。理不尽なまでの高速演算能力と、高性能レイスロイドたる彼の身体が対象物の敏捷びんしょうな動きにも瞬時に反応できるからこそ為せる業だ。ただし、電子頭脳への負担が極めて大きいため、毎度おいそれと使用できないのが難点だが。


 これほど型破りな剣術の極致をじかに見せつけられてしまえば、普通の人間なら真っ先に尻尾を巻いて逃げ出すところだろう。だが、いま自分が相手にしているのは微塵も恐れを知らない狂い切った機械人形たちだ。奴らは愚直にも攻撃を止めることなく、とにかく立て続けに銃を連射してくる。


 レインは敵の光線を軽やかに剣で捌きながらレイスロイドたちの銃撃の間隙かんげきを決して見逃さず、こちらも左腰のホルスターから白銀の短銃身のレーザーハンドガン——《ノーブル・エンブレム》を開戦の名刺代わりにクイックドロー。


 微弱な反動リコイルが左腕に伝わり、前方正面に突っ立っていた三体のレイスロイドの眉間に青光線の三連射を見舞う。


 一直線に照準された赤いレーザーサイトが寸分の狂いもなく指し示す通り、針に糸を通すような正確無比で見事に奴らを連続で撃ち抜くと、青年はそのままバイクで突っ込んで敵の防衛線を豪快にぶち破る。さらに相手の陣形を可能な限り掻き乱すように大きく蛇行運転しながらレイスロイドたちを次々に撥ね飛ばし、まさに破竹の勢いでどんどん蹴散らしていく。


 剣で首を一振り、炉心を一突きで続々と殺到してくる敵を確実に仕留め、慈悲の欠片もなく問答無用でまた斬り伏せる。まるで赤子の手を捻るような無造作な剣技でレイスロイドたちを軽々とねじ伏せてしまい、レインは物ともせずにひたすら火線地帯を突き進む。


 敵軍の指揮官とも言える四機天王は周辺には見当たらず、このままレイスロイドの集団を一気に強行突破すると、一直線に向かってエリアルに突入しようとした時だった。


 不意に無線機の向こうで、ナツリの動揺した空気が激しく伝わってくる。


『上空に高エネルギー反応……? ——レイン、上よ!!』


 突然鋭く注意され、青年は思わず頭上を振り仰いだ瞬間——。


 青い天を焼き尽くさんばかりの勢いで燃え盛る業火の渦が、ちょうど地上に向かって降り注いでくるところだった。


「チッ……!」


 咄嗟にハンドルを左に切り、レインは地面に広く突き刺さった猛炎の槍をすんでのところで回避する。


 だが、強烈な熱風に晒されたバイクが滑るように横転し、彼は素早くシートから飛び降りる。


 両足で軽やかに着地すると、荒く地面を横滑りしながら幸い転倒することなく停止し、すぐに剣を構えて上空を見上げる。



「——俺様の部隊に手ぇ出すとはいい度胸してんじゃねぇか、ガキ」



 降ってきた粗暴な声の先には、燃え立つような紅緋色の装甲を顔以外の全身によろい、片方だけでも全長二メートル近くはあろう一対の虹色の翼を背中に生やした人型の機体が宙に浮かんでいた。


 右手には幾重にも細かい部品パーツ特殊改造カスタマイズほどこされた、紅い柄の先端に二枚の鋭利な刃が装着された機械槍を提げている。あたかも太古の鳳凰を彷彿とさせるようなその煌びやかな姿は、前日の作戦会議ミーティングで充分に警戒していたあの真紅のレイスロイドの《四機天王》だ。


『レイン、大丈夫!?』


「ああ、どうにかな」


 慌てて心配してくるナツリに、青年はあくまでも従容しょうようとした声音で応じると、目の前の敵に改めて向き直る。


 見えない火花を激しく散らし、互いの視線が鋭く交差した瞬間、真紅のレイスロイドは胡乱うろんげに眉をひそめる。


「テメェ……なんで生きてやがる﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅?」


「……?」


 奴の言っている言葉の意味がまるで理解できず、レインは思わず返答しかねる。


 その無答が相手の逆鱗につい触れたのか、真紅のレイスロイドはたちまち激昂して胴間声を上げた。


「なんでテメェが生きてやがるんだっていてんだよオオオオオオッ!!」


 直後、こちらに向けた槍の先端から猛烈な熱線を勢いよく射出してくる。


「……ッ!」


 やはりあの広範囲攻撃を完全に防ぎ切るのは不可能だと即座に判断し、反射的に両足のブースターを起動したレインは、素早く空中へと飛び退く。


 紅蓮の炎が彼の元いた地面に容赦なく直撃すると、眼下の周辺一帯が蝕まれるように一瞬で黒々とした焦土と化す。


 真紅のレイスロイドはなおも怒りのままに、猛獣の如く咆哮を上げる。


「テメェが吐く気ねぇなら、無理やり吐かせるまでだアアアアアアッ!!」


 停止飛行ホバリングした状態のレインに槍の穂先を鋭く突き付けると、再び火炎放射を撃ち込もうとした——その時だった。


 バリンッ!! という弾けるような甲高い轟音。


 突如青年の背後から青い閃光が宙を駆け抜けたかと思うと、真紅のレイスロイドの顔にそれが命中する寸前、謎の不可視の障壁に阻まれたのだ。


「あァ?」


 醜く歪ませた顔で、奴は己が攻撃を受けた方向をちらりと見やる。


 三十メートルほど離れた場所で滞空した黒色装甲の人型機体——スレッドが、こちらに向けて愛銃の巨大対物アンチマテリアルレーザーガン《マカブル・エリミネーター》を両手で力強く構えていた。


『——テメェには悪ぃが……』


 自信満々の態度で見得を切り、スレッドは大きく一歩前に出ると、堂々と高らかに宣言した。


『俺たちも手段を選んでる場合じゃねぇからな。ここは是が非でも、二対一で勝たせてもらうぜ!!』


 すると、なぜか真紅のレイスロイドはクックック……と不気味にわらいを洩らす。


「ハッハッハ————ッ!! 二対一だァー!? 二対の間違いじゃねぇのかーッ!?」


 突然下品に塗れた声で失笑し始めた、その時だった。


 不意に、何かの耳障りな駆動音と鋭い風切り音が、はっきりと大音量で耳に届いてくる。


 レインは背筋が凍るような嫌な予感に、思わず音の発生源の方向を見やる。


 直径一メートル半ほどの高速回転する二枚の巨大な円盤が、それぞれ不規則な動きで宙を滑るようにこちらに向かって飛来してくるところだった。


「……ッ!」


 咄嗟の回避は難しく、レインは両手で縦横に剣を振り切って二枚の円盤を弾き飛ばし、直撃する寸前でぎりぎり軌道を逸らす。


 どうにか真っ二つになることだけは免れたが、鋭利な刃を剥き出しにした円盤たちは彗星の如く青い光芒を引きながら大きく弧を描き、再びこちら目掛けて高速旋回してくる。


 レインは限界まで各円盤を引きつけてから素早く左右に機体を振り動かし、今度は余裕を持ってそれらを回避する。


 一体どこから遠隔操作しているのか、周辺一帯に視線を巡らせるがそれらしきレイスロイドの姿はない。


 すると、スレッドが無線機で荒く指示を飛ばしてくる。


『お前は先に行け! コイツとはちょいと因縁があってな! 俺がここで奴を食い止める!』


 その無茶な提案に対し、しかしナツリも迷わず同意する。


『レイン、スレッドの言う通り今は先を急ぎましょ! 都市のほうからこっちを狙ってる敵の撃破を優先するべきだわ!』


 一瞬の逡巡の間を置いて、レインは無線機の向こう側の青年に一言かける。


「……死ぬなよ?」


『へっ、そんなつもりはねぇよ』


 スレッドはあくまで余裕を含んだ軽い口調で言い返す。


 フッ、とレインは微かに口許に不敵な笑みを浮かべると、エリアルの廃都に向かって颯爽と飛び去ったのだった。




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