第四話 作戦会議
「——以上が、今回の任務報告です」
任務開始から四時間後、レインとともに基地の司令室に何事もなく帰投したナツリは、特等の司令席を占拠しながら各地の任務報告書に目を通すマーシャルに、
「拳銃二十挺と自動小銃五十挺、手榴弾百二十個、その他の武器弾薬を諸々押収……。——ふむ、二人とも任務ご苦労。おかげで今回も助かった」
報告書を全て確認し終えたマーシャルは、目の前のナツリとレインに改めて
「やはり予想通りレジスタンスの奴ら、水面下でろくでもない計画を企てていたな。まさかこんな軍需品の類いまで隠し持っていたとは……。どうやら各都市に放棄されていた無人の基地から入手したようだが、そんなものを一体どこから閉鎖地下世界内に持ち込んだのか一度調べる必要があるな。幸いまだ被害者は一人も出ていなかったから良かったものの、今のレジスタンスの連中が不安要素でしかない以上、無駄な犠牲を増やさないためにも今回の件は致し方のないことだ」
あくまでも冷淡な彼女は、事務的な口調で言葉を連ねる。
「さて、任務から戻ってきたばかりで悪いが、今日はお前たちにもう一つ伝えておかなければならない大事なことがある。——
困ったようにそう言いながら、左腕の腕時計をちらりと確認する。
時刻はすでに午後五時をまわっており、司令室を取り巻く硝子壁の外には
そして、それは皮肉なことにどこまでも争いが終わりを迎えるようなことはなく、人類と機類の新たな戦いへと再び醜く形を変え、現在も彼方の戦線で過激な戦闘行為が繰り広げられているのだった。
「——悪ぃわりぃ、すっかり遅れちまったぜ」
不意に、背後から聞こえてきた無気力な声に、ナツリとレインは反射的に後ろを振り返る。
見ると、黒色の装甲を顔以外の全身に纏った一人の青年が、ちょうど司令室に入ってくるところだった。
眩い緑玉めいた翡翠色の瞳、艶のないブロンドの短髪を顔と頭の装甲の内側から鋭く出しており、何より目立つのは背中に負った彼の身の丈百八十センチにも迫るほどの
その名の通りレイスロイドの体や鉄筋コンクリート製の
そんな緊張感の欠片もない態度の青年に、マーシャルは少しきつめの口調で灸を据えた。
「遅い、十分の遅刻だ。まったく……その時間にルーズな癖はいい加減どうにかならんのか」
上官からの早速のお小言に対し、しかし青年は性懲りもなく軽く肩をすくめる。
「相変わらず鬼畜司令官殿は、人使いが荒いならぬレイスロイド使いが荒いっすねぇ。こっちは昨日戦線から戻ってきたばかりで、一秒でも長く惰眠を貪りたいっていうのに。少しぐらい大目に見てくれないっすかねぇ」
反省の色が全く見られない青年に、ナツリたちはすっかり呆れたような視線を向ける。
ナツリの父であるローエン=ライト博士が遺したレインの
レインと同じ第二世代レイスロイドであり、第一世代のそれとは機構技術が根本的に異なる。
大都市オルティアにあるセントラルタワーのレイスロイド中枢管理システム——通称《マザーオベリスク》の
剣による近接戦闘を得意とするレインとは対照的に、スレッドは見ての通り銃による遠距離戦闘を最大の武器としている。彼らのような高性能レイスロイドを量産開発することができればこの上ないが、今の軍にはそれに
すると、スレッドがいきなり赤髪の少女の首に無遠慮に腕を巻きつける。
「ナツリちゃん、今日も相変わらず可愛いねぇ。俺、ますます君のことが好きになっちゃったかも」
「あら、ありがと。スレッドくんもなかなかカッコいいけど、女の子の誰にでも好きって言うその残念な女癖はまるで直ってないみたいね。そこのところはまた一から改良してあげようかしら?」
「ハッハッハ!! それじゃ俺が俺じゃなくなっちまうから、全力で遠慮しとくぜ」
少女の手厳しい言葉に、青年は豪快に笑いながら彼女からすぐに手を放す。
ふと横から感じた強い視線のほうにナツリが目をやると、こちらの様子をずっと見ていたレインが、露骨に不愉快そうな顔をしていた。
それに気づいたスレッドが、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「おいおい、もしかしてお前また俺に嫉妬してんのか? いくら俺がナツリちゃんにモテるからってよ」
「勘違いするな。俺は単に、遅刻してきたくせに平気でぺらぺら喋り続けているお前のふざけた態度が目障りなだけだ」
初めて任務で一緒に仕事をした時からずっとこの調子で、この二人はとにかく相性が極めて悪い。せめてもう少し打ち解けてくれればいいのだが、彼らの対照的な性格ではもはや無理だと割り切っているし、今更どうこうしてくれとも言わないが。
実際、スレッドは聞こえよがしに馬鹿でかい声で隣の赤髪の少女に
「ナツリちゃん、いい加減こんな氷みたいに冷え切った奴のオペレーターなんか辞めて、俺と一緒に楽しく仕事しないか? 少なくともこいつよりは仲良くできることを保証するぜ」
「ふふ、何度も言ってるけど、私はもうレインのパートナーだからそれはできないわ。ごめんなさい」
なぜか眼だけは全然笑っていない不気味な笑顔で丁重にお断りされて、スレッドはがっくりと肩を落とす。
そんないつものたわいない彼らのやり取りに、マーシャルはうんざりげに小さく嘆息した。
「はあ……別によそで喧嘩をするのは構わんが、仕事の時ぐらいお互い仲良くしてくれ。今回の
素早く気持ちを切り替えたようにそう告げ、今も下のフロアで黙々と作業をこなしている管制官の一人に指示を出す。
すると、正面のホログラムの巨大メインモニターに、今も両勢力ひしめく最前線に設置された各観測機器から送られてきた映像データが鮮明に映し出される。
酷く廃れた高層建築群の街並みを望むだだっ広い荒野に、おびただしい数のレイスロイドたちの
マーシャルは、いつにも増して深刻な表情で話を切り出した。
「先日、中央都市エリアルの西方面の
「い、一万!?」
ナツリが思わず面食らったように声を上げる。
「そんな……。そこまでの数のレイスロイドはずっと確認されなかったのに、今になって急にどうして……」
さすがに不安を隠せない彼女に対し、マーシャルはどこか楽観的な口調で話を続ける。
「全世界のレイスロイドの個体数は、この二年間の戦いでおよそ八割が減少した。奴らが自らの手で同胞を生み出せない以上、戦いが長引けば長引くほど戦況が不利になるのは明白だ。おそらくこれが最後の悪あがきと見ていいだろう。レイスロイドは元々戦闘用に造られた兵器ではないからな。いよいよ奴らも各都市から戦力を集中させるぐらいには本気なんだろう」
すると、彼女はにやりと
「だが今や、こちらにも二人の高性能レイスロイドが手中にある。奴らが一斉に畳み掛けてくる前に、やるなら今しかないだろう。——レイスロイド相手には、同じくレイスロイドをぶつけるのみ」
静かなる闘志を秘めた声音でそう言って、青と黒の二人のレイスロイドをそれぞれ一瞥する。
「しかし、いくら一騎当千の力を擁するお前たちでも、あの数のレイスロイドを相手にするのはさすがに骨が折れるだろう。だが、最初から奴らとまともにやり合う必要はない。我々の真の敵は——あの憎き真紅のレイスロイドの《
続いてモニター画面に表示されたのは、先ほどと同じ
しかし、今度はそこに軍の主力戦車がずらりと横並びに大量配置されており、何やら上空に向けて次々と滑腔砲がけたたましい轟音を上げている。
その方向に、ドローンのガンカメラ映像がぴたりと拡大される。
よく目を凝らすと、
軍の隊員たちが一方的に殲滅されていくその過激な戦闘映像に、スレッドは如何にも胸糞悪そうに顔を歪める。
「しっかし、いつ見てもひでぇ映像だな。実際にあの炎を撃ってる姿を間近で見たことはあるが、ありゃタチの悪いただの荒くれモンだぜ」
過去の熾烈な戦闘をまざまざと思い出すように、苦々しげに感想を洩らす。
四機天王の一角である真紅レイスロイドは、これまで反乱軍と一戦を交えるたびに一方的に暴虐の限りを尽くした。無論、軍は幾多の奇策を講じて幾度となく奴との戦いに挑んだが、それも敵の圧倒的な地力の前ではただただ敗北を喫することしかできなかった。
もはや人類の力だけでは四機天王と対等に渡り合うのは不可能だと判断し、ナツリ率いるレイスロイド研究開発チームはすぐさま戦闘用レイスロイドの開発に着手した。過去の研究資料と戦場で回収したレイスロイドの残骸の機構データを基に、彼らは数多くの新型レイスロイドを自分たちの手で一から製作した。
だが、どれも四機天王にとても対抗できるような夢の高性能レイスロイドを造り上げることは到底叶わず、勢いだけで始まった数々の計画はことごとく失敗に終わった。
そこでナツリが最後の頼みの綱として参考にしたのが、父ローエン博士が最後に遺した第二世代レイスロイドのレインだった。
その最先端の技術を用いた高性能レイスロイドの僅か半年の製作期間の結果、ついにナツリたちが初めて造り上げた第二世代レイスロイドの一号機となるスレッドの開発に見事成功し、今や四機天王と真っ向から立ち向かえるほどにまで戦力は申し分なく揃った。
これまでの辛い過去を省みるように、マーシャルは少し苦い表情で言った。
「我々人類は、あの真紅のレイスロイドによって幾度となく苦汁を舐めさせられてきた。もはや人の力だけで奴に太刀打ちできないのは、この二年間で痛いほどはっきりと思い知らされたわけだ。それほどまでに四機天王は恐ろしく強い。仮に反乱軍きってのお前たち二人が組んでも、勝てる確率は三割にも満たないだろう。だが——」
そこで言葉を区切ると、彼女は
「ほんの一パーセントでも勝てる見込みがあるのなら、我々はそれを全力でもぎ取りにいく。たとえ人類が最後の一人になろうとも機類に決して屈さず立ち向かい続けることこそが、追い込まれた我々の意地でもあり
ナツリはごくりと思わず唾を飲み込む。
そうだ。この人はもし明日人類に自分の望んでいた勝利がもたらされるのなら、どんな犠牲も手段も決して
そんな心から尊敬できる自分の上司は、今回の作戦説明を淡々と進める。
「あれだけのレイスロイドの大軍を率いるからには、おそらく指揮官である四機天王がエリアルのどこかにいるはずだ。仮に四機天王が情報通り全部で四体存在するなら、敵軍の統率用に一体と都市の防衛用に一体、少なくとも合わせて二体は確実にいるだろう。そのどちらかに真紅のレイスロイドが配置されていると考えていい」
しかし、マーシャルはそんな劣勢をまるで感じさせない口調で話を続ける。
「今回の作戦はレインとスレッドの正面突破で敵軍を攪乱しつつ、そのまま
凛とした声で力強く宣言し、目の前の一同をさっと見渡す。
「明日にもエリアル奪還作戦を決行する。翌日の深夜三時、お前たちは全員司令室に集まってくれ。夜明けとともに全部隊の進軍を開始してもらうつもりだ。——他に何か異論はあるか?」
それに対し、スレッドはどうしようもないといったふうに大げさに肩をすくめる。
「ったく……人間様が造ったレイスロイドの尻拭いを俺たちレイスロイドにやらせるなんて、たいそう皮肉なもんだな」
「…………」
もっともな彼の痛烈な正論に、ナツリは返す言葉もない。
しかし今は、彼らレイスロイドの力に頼らざるを得ないのが人類に突き付けられた厳しい現状だ。たとえレインとスレッドからどんな非難や罵声を浴びせられようともそれらを甘んじて受け入れることは、第二世代レイスロイドの研究開発の時点でとうに覚悟していたことである。
それでも自分たち人間は、彼らに
マーシャルは自分の部下たちを今一度見渡すと、毅然たる態度を崩さぬまま最後に一言告げた。
「ではこれにて、軍議は解散とする」
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