「ときどきふと我に返って思うよ、三十近くにもなって、漫画のキャラホモにして何やってんだろう、ほんとって」

 激しいセックスも不倫の恋もテレフォンセックスも、なんぼのもんじゃと思ってしまう。

 だって、小説を通してそんな「実体験」を告白するひとたちって、結局そこそこ美人だし、言ったところで何かを失うわけじゃない。「うぉーこんな美女がこーんないやらしい行為をむふふ」って、アホな男の妄想のネタになるだけじゃあないですか。

 自慰だって、美人作家が描けば芸術だし、羞恥心なんかをそんなに持っている女、イマドキいないんじゃないだろうか。なのにいつまでも「いやん、恥ずかしい……」とか言いながらそろそろとスカートをめくりあげていく女、みたいのを妄想する種族がいるから、「美人作家の衝撃的な性描写!」を妙にありがたがる空気、変わらない。

「好きな男とのセックスを思い浮かべてオナニーしてます、よりもさ、ホモ漫画で抜いてます彼氏ナシ歴年齢のほうがよっぽど衝撃的だよね。すさまじいよね」

 でもそんなこと言えないよね。と、私は付け足す。

「知佐、ヒューストンメイディも好きでしょ。そっちでは本出さないの?」

 漫画のキャラ以外もあるじゃない、と聖奈は励ましてくれる。

「さすがに怖いわ。本人に送るバカいるし。聖奈、芸人さん好きだったときサイト作ってたけど、へんな人に潰されたよね」

「あー、そういうことあったな」

 三次元はいろいろと面倒だから、書き手にはならないと決めている。

 ヒューストンメイディは日本のロックバンドで、有名だからファンも多い。私はギターのロイが好きだけど、だいたいの人には誤解されている。「ああいう男がタイプなんだ」って。異性の芸能人が好きだと言うと「結婚したい」「つきあいたい」んだと決めつけてくる人は一定数いる。違うよ、と答えても信じてもらえないので訂正はしない。ロイたんがメンバーといちゃついてる同人誌持ってます、とか言うほうがイタイので黙っている。

「最近モブおじさんとか流行ってるけど、モブ姦だけは無理だわ」

 バカじゃないのと思われるんだろうけど、こういう専門用語っぽいのを使ってするくだらない話が好きだ。結婚とか生々しい話よりずっと。普通に目の前のことだけ考えてたら、「モブ」(名もないような、適当に作られたキャラクター)なんて言葉無縁なんだろうけど、それってちょっと退屈な気がする。801の神様ありがとう。

「ロイたんには明菜に嫁入りして幸せになってほしい」

 私はどうでもいいことを真剣に願った。

「明菜?」

 そういやまだ見せてなかった。オタクの世界は広いので、同じ腐女子でも、ジャンルが違うとまったく話が通じないときがよくある。昔なら「今度見ておくね」ですませるしかなかったその溝を、簡単に埋めてくれるネットはやっぱりすごい。

「ほら」

 私は最近ネットで知り合った先輩腐女子にもらった同人誌の表紙を、スカイプに貼る。

「あぁ。メリーさん、中森明菜かと思った」

「すごいでしょ。発行年96年だよ」

 絵柄がめちゃくちゃ古くて、スケバン漫画みたい。ボーカルのメリーの顔が中森明菜そっくりに描かれていて笑った。それから彼を明菜、と勝手に呼んでいる。

「これ、ベースのコが受なんだぁ。いいの、カプ違い平気? 私無理だよ」

 聖奈は好きなカップリング以外は読めない派だ。私はわりと何でも平気。

 この漫画は、メリーが愛するあまり手を出さずにいたアキを、ギターのロイとドラムのシドがおもしろ半分で拉致監禁してレイプするという身も蓋もない内容だった。

「ははは、ロイたん悪魔じゃん。絵がきれいでレディース様みたいなのがウケる」

「でしょ。昔のだから、トークページもすっごいぎっしり書いてあんの」

 正直そこがいちばんヌケたわー、と半分マジなことを友達だから言う。

 作者はアキの大ファンらしいけど、活躍を願う一方で、「屈強な男になってアキちゃんの内臓が傷だらけになるまで犯し続けたい」とかけっこう恐ろしいことが書いてあって、「腐女子って昔っから『わけわかんない女』だったんだわ」と、自分に流れる魔女の血の業の深さを思ったりするのだ。

「こういうふっるいジャンル行くと、農村みたいに後継者探してたりするよね」

『ナックル』の同人サークルに勧誘されたので話だけ聞きにツイッターで絡んだら、四十過ぎの奥様ばかりだった、と聖奈。

「私も普段ババア扱いばっかりされるけど、ヒューストンメイディのファンの中だとわりと若いほうだから、書いて書いてって勧誘されるよ」

「なんか、『魔法陣グルグル』のキタキタ踊りみたい」

「ひゃははは」

 私たちは、同世代だから通じる話で笑い転げる。

 いつになったらこういう中学生みたいなノリを卒業できるのかな、と不安になるときもあるけど、卒業したって次行くとこが用意されてるわけじゃないって、もう分かってる。

 この先もろくでもないことやつらいことがいっぱいあるんだろう。聖奈みたいな友達に巡り合えたのは、それだけでかけがえのない財産かもしれない。

 四時間も話したし、そろそろ切ろうかと言いかけたとき、「そういえば」と聖奈が引き止めた。

「あのね、ちょっと恥ずかしいんだけど、見せたいものがあるんだ。笑わないでくれる?」

 珍しく恥じらっている。 

 何だろう、リアル恋愛に関することとかかな。「こんなセックスしたの」より「オナニー大好きなの」より衝撃的! なことなのかな。

「笑わないよ」

 約束したら、ファイルが送られてきた。

 ちょっと重いので、クリックして別画面で開く。

「うわっ」

 私は思わず、へんな声を出した。

 画面いっぱいに広がった肌色の光景、何かと思えば、六人並んだすっぽんぽんの成人男性の画像だった。イラストでもなく写真でもなく、立体的でリアルな、ゲームの中の人間だ。

「何これ……」

「え、『ナックル』の超人六帝だけど」

 確かによく見たらそうだな、って分かったけど、何で全裸なの。格闘漫画らしい異常に発達した筋肉とありえないくらい割れた腹と、目のやり場に困る陰毛と男性器に、私は言葉も出ないのだが。

「作ったの。このPCゲーム、リアルな人間を作って生活とかを楽しむやつなんだけど、漫画のキャラとか芸能人にそっくりなのもできるんだよ。パーツをダウンロードしたらだけど」

 説明を聞けば、ちょっと設定をいじると、キャラクターにセックスさせたり関係を築かせたりもできるそうだ。

「元のだと、服着たままお風呂入ったりするんだけど、へんじゃない。ネット上で裸作ってる人がいたから、それをもらって、肌の色とか筋肉とか自分で調整して、アソコも自分で描き足したの。線がガタガタになるから、一人一時間くらいかかっちゃったー」

 ふう、と偉業をなしとげた聖奈は達成感を漂わせている。

「それは、すごいね。たいへんだったね」

 私の科白は棒読みになってないだろうか。

「ふふ、それだけじゃないんだよ。よく見て」

 言われて、いやいやながら私は彼らの下半身を注視する。

「あ」

 じっと見ないと気づかないけど、一人一人微妙に色とか大きさが違うのだった。

 そして、彼女が一番好きなレオスネークというキャラは、なんと陰毛がなくて、イチモツもかなり控えめに作られている。

「レオさま金髪だけど、金髪のシタの毛がなかったの。だからパイパンにしちゃった」

 えへ、と聖奈は笑っている。

「経験も少なそうだからピンクっぽくしたくて。そしたら、ついでにアナルもピンクにしてあげたくなったから、女のコの下半身と合成したんだー。だから、ふたなりだよ」

 あぁ、そう……。

 攻のコは遊んでそうだから黒っぽいんだね。

 隣のコは若干右に曲がってるしね。みんな個性的だね。

 ……聖奈、私の負けだ。

 私はしょせん、R指定なしのぬっるい漫画描いてるだけだし、化石みたいな他人の作品を消費してるだけの下等腐女子よ。

「知佐も作らない? 否梨くんとかも近いパーツあるから作れるよ? 強姦セットもあるから、そこにキャラ連れてくだけでヤってるとこ見れるよ?」

 いやいやいや、いいです。

 何時間もかけておちんちん作るほどの情熱は私にはない。

 すっぽんぽんでぶらぶらさせてる妙にリアルな人形が六体も並んでるの見ると、圧巻だけども。ここまでくるともう、神の領域だよね。

「笑うな」と言われたけど、スカイプを切った後、私はその日ずっと、こみあげてくる笑いが止まらなかった。

『見るなの座敷』っていう物語があったけど、女がそこにしまうのは、体験したセックスの思い出だけじゃない。もっと禍々しいものがいっぱい、その奥にあるはずだ。「衝撃的!」なんてのけぞるのは、まだまだ早い、ような気がする。




     終わり

 

 


 


 


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二月の部屋はそんなにきれいじゃない。 池崎心渉って書いていけざきあいる☆ @reisaab

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