第3話 恋をせよ、わたし。

「んっ。ん。うん、、、、あ。」

時計は7:35。今日は8:00からカンファレンスの日。またやってしまった。昨日の夜、色々やって、どーせ起きられないし、夜のうちに病院に泊まろうかと思ってたのに、眠気には勝てなくてそのまま髪が濡れた状態でベッドにうつ伏せで寝てしまった。急いで仕事着に着替えて、上からコートを羽織ってダッシュでタクシー乗り場へ。職場の近くに安いマンションを借りたら、仕事も遅刻しないしタクシー代もかからないのに。

カンファレンスには1分遅刻くらいで、同期より少し早く着いたのが私としては満足できる範囲だった。次からは前日の夜に病院に泊まるようにしよう。

カンファレンスが終わって、回診の前にサンドイッチと野菜ジュースを朝御飯に食べた。前日の過食のためか、全部食べきれないという奇跡が起きた。今朝は59.5kgまで太ってしまったことがショックで吐こうかと思ったりもしたけど、ちゃんと過食せずに普通の食事をとって、運動してダイエットしていきたいと思う。仕事は、気の強い先輩がいらっしゃったことでかなりストレスが溜まってきた。

「山ちゃん、髪の毛どーにかしーや。」

「え?まとまりきってませんか?はみ出てます?」

「いや、はみ出てるとかいう問題じゃなくて、せめてブラッシングはしーや。」

「あっ、はい。」

そういえば飛び起きた時に髪をまとめてから鏡を見ていなかったことを思い出す。すっぴんで髪もボサボサの私を見かねて言って下さったのは分かる。恥ずかしいと感じてしまった。やっぱり、最低限の身だしなみって大事なんだなぁ。

昼食は、一人でカレーライスを食べた。今の職場は、仕事以外の会話がほとんどなくて、喋り足りない。話を聞いてもらえる相手もビジネスパートナーで、食べるか、話を聞いてもらうか、泣くか、旅行するかでしかストレスを発散できない私にとっては仕事が忙しいと食べて泣くしかないのだ。そんな時、消化器内科を回っていた時のことを思い出す。先生達が優しくて、指導熱心で、プライベートでも遊んでくださって、本当に楽しかった。今でも、時々飲み会に誘って下さって、その度に好きになってしまう。唯一すっぴんを見せたくないのが消化器内科の先生方だ。今、私が一番誰のことが好きかと聞かれれば、消化器内科の青野先生だ。

「山ちゃん、青野先生と付き合えばいいのに。」

消化器内科で同じ時期に働いていた同期との宅飲みで言われた時は、好きだけど、好きな人の一人という感じだった。

「いやいや。優しいからめっちゃ好きやけどさ。(笑)」

「絶対、青野先生は山ちゃんのこと気に入ってるって。いっつも山ちゃんと一緒に飲み会呼んでもらってるけど、青野先生は山ちゃんを誘いたいだけって感じがするもん。」

「えー。でも、青野先生、彼女いるやん。」

「最近、別れそうらしいで。青野先生は、山ちゃんみたいな子と付き合うのがいいねんて~。」

この会話を思い出す度に、青野先生のことが気になっていく自分がいて、青野先生に会うにはどこに行けばいいかって考える自分がいる。7:50に2階の廊下を通って、7階まで階段を使って更衣室まで行くのが一番会える可能性が高いってことは分かってる。この感じ、去年後輩を追いかけていた時に似てる。(笑) 単純接触効果で、どんどん自分が相手のことを好きになってきていくのだ。今日は結局会えなかったけど、明日からはストーカーになる勢いで会いに行こう。

夜は、先生方が私達研修医の歓迎会を開いて下さった。行きのタクシーでとても嬉しいことがあった。

「山ちゃんって、めっちゃカンファレンスの発表上手やんね。」

今まで回ってきた各科で、声が小さい、発表が下手、医者じゃなくてもできる仕事ばかりしている、アセスメントが足りないと言われ続けたので、カンファレンスに命を懸けて生きてきて、ようやく言われたのが指導医に用意していただいた原稿を読むだけの適当な発表をしたあとだった。本当は全然喜べることじゃないけれど、上手く発表したいというのが仕事での一番の願いだから、ついつい喜んでしまった。こういう風に誉められると、頑張ろうと思える。私は来年度から誉めて伸ばす先輩になろう。

歓迎会はとても楽しくて、おしゃれしてメイクもして行けたし、ポケットがファーになっているピンクのワンピースを着ていたから、イケメンの先生にファーのポケットを触られて、嬉しかった(笑) 肌は触れなかったけれど、大胆になれた気がして、これも私が変わる第一歩だと思えた。

帰宅して、脱いだ洋服をまとめて洗濯機に詰め込んだら、スエットに着替えてジムへ。22時をすぎたジムにも、ちらほら人がいて、特にぽっちゃりギャルがいたときにはかなり励みになる。話したこともないけど、心の中では、一緒に頑張ろうねって思っているのだ。このジム通いを毎日続けて、モデル体型になれることを夢見ている。

「元気?」

「ぼちぼち。理子は?」

「まぁまぁ」

昨日メッセージを送った元彼から返事が返ってきた。いつも、誰かにかまってほしくなったときには、裕一に連絡してしまう。絶対に元サヤに戻ることはないけれど、お互いに好きだって信じている。ドキドキとスリルはあるけど、駆け引きなく二人で会える唯一の異性だ。かまってほしいときに、好きな人に連絡できたらいいのに。

帰宅後は、体重減少について少し学んで、風呂に入って眠りについた。

今日は、異性の肌に触れる、英語の勉強、自分と他人へのプレゼント、好きな人に会いに行くっていう試練ができなかった。英語の勉強とプレゼントは朝の習慣にしたら上手く行くかもしれない。毎日前に進んでいこう。

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