願いをこめて

コノハ

願いをこめて

 風が吹き、白いカーテンがさらさらと揺れる。カーテンの隙間から月の光が零れる。それをとても愛しく思う。その月の光に照らされた部屋はとても無機質で寂しさを感じる。


 私はその部屋を眺めながらため息をついた。なぜなら明日は私にとって大事な日なのだから。明日でこれまでの生活が一変してしまうだろう。こんな部屋でも愛着が湧くのだと気づいたのはつい先ほどだ。


 失敗する可能性が高い。そう私を見てくれる医者は言った。本来なら知らない方がいいことでも聞くことを望んだのだから文句は言えない。それに感謝をしている。患者を目の前にして言うことはストレスがかかるだろうから。




 明日が最後になるかもしれない。そう思うと途端に寒気が走る。気にしないようにしているが、やはり恐ろしい。自分が死ぬかもしれないその恐怖は計り知れないものだ。


 大丈夫、きっとうまくいく。願っても祈っても不安は消えるどころか強くなる。いっその事考えない方がいい。でもこの恐怖は考えないようにしても忍び寄ってくるだろう。それがたまらなく恐ろしく思う。


 いつも思う。どうして、なんで、まだまだやりたい事はたくさんあるのにどうして私なのか。怖くて震えて涙も流れる。誰かが変わってくれないのか。そう考えるときもある。でも後になって、なんてことを考えているのだろうという思いと自らのことを酷く浅ましく思い、自己嫌悪が無くなる日など無い。そのせいで一度薬を処方されたこともある。


 でも月を、月の光を見ているときはそういった思いが安らぐ。どうしてか分からないが月にはそういう魔力があると本気で考えている。


 月の光が私を包み込んでくれる。月の美しさに感動し、恋焦がれるときもある。決して届かない存在。見上げることしかできない私はちっぽけな存在だと思う。こうやって照らしてくれているあなたは私のことなどその他大勢の中の一人である。分かっている。でも独り占めしたいとそう思うことは罪なのだろうか。




 一人のときにしか泣かないが、きっと家族も医者も知らない振りをしてくれる。それが嬉しくて悲しいことでもある。


 泣いて泣いて涙が枯れ果てたとき、心が病んで死んでしまおうかと考えた。でもできない。私を心配してくれる家族に対する裏切りとなる。私もそれは望んでいない。でも、死んでしまったらこの苦しみから逃れることができるのではないか。という思いは今も胸の中で燻っている。


 泣きたいのは私だけではない。そう思うと悔しさと少しだけの安心感がある。自分と同じような人がいることで安心感がある。なんと浅ましいことか、自分に吐き気がする。


 ……これではただ自虐しているだけではないか。悔しい、悔しいけれどできることはただ待つことだけ。




 悔しさを人にぶつけることはしないが物に思わずぶつけてしまった事は何度もある。泣きながらテディベアのお腹を殴り、顔を埋め悔しさに歯軋りをする。自分でも何とかしたいが、この感情は持て余す。ただただ夜が過ぎていくことに、いつ死んでしまうか分からないという恐怖が次第に募っていく。そして夜が開け私が生きていることに心底安堵する。それと同時にまた今日も逝けなかったという悲しさもある。私は死ねば月に行けるかもしれない。と考えていたりする。こんなことを思い始めたのは、人は死ねばどこに行くの? そういった些細な疑問から考えて、都合のいい場所を探した。その場所が私にとって月なのだ。

 あの遠い天体に行きたい。そう思わない日は無い。願いが叶うはずがない。そんなことは分かってる。それでも、もしかしたら……という希望を捨てることは結局できなかった。


 考え出して数時間がたつ。手術までの時間が短くなって不安が大きくなる。ポジティブに考えろうとしてもどうしても暗い方に向かっていってしまう。これでは何の進展も無いじゃないか。唯、時間を消費しているだけ。

 病気が治ってしたいこともある。でも、それ以上に死後に興味もある。現実逃避しているだけ。そう言われる事もあるだろう。しかし、私にはそれくらいしかないのだ。傍から見たら可哀想な子供だろう。私自身が可哀想という事に酔っている節がある。だって、死んじゃうかもしれない病気にかかってるんだよ? 可哀想でしょ。可哀想だよね。だから慰めてよ。辛いことを考えないように。考えさせてくれないように。そうすれば私は幸せな……はず。


 でもほんと馬鹿みたいだよね。夜が明けるのはあと少し。そうすれば手術が始まる。なのにこんなにいじいじしてほんと馬鹿みたい…… 夜を迎えれないかもしれない。死んでみたいとか言ってたけどやっぱり死にたくない。生きて生き続けてもっともっと年をとりたい。幸せな未来が待ってる。……それぐらい願っても罰は当たらないよね。




 遂に朝になった。月は、もう見えない。朝ごはんは無い胃に物を入れることが手術には邪魔になってただでさせ少ない成功率がもっと下がってしまう。そんなことは許さないし、何より私を許せない。



 そろそろお医者さん達が迎えに来る。一世一代の大勝負。掛け金は私の命。リターンは元気な体。成功するよね。しなかったら虚し過ぎるよね。皆頑張ってる私だけじゃない。真っ先に私が潰れちゃいけない。




 まずは夜の月を見ること。終了時間は夜になるって言ってたし、成功すれば月明かりが私を包み込んでくれるでしょう。私は、負けない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

願いをこめて コノハ @lux

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る