3. 噂は現実

~こぼれ話~ 2話


若葉梢わかばこずえ。若葉と呼んで」

「いや、俺からしたら先輩なんだから呼び捨てはちょっと……」

「タメ語なのに?」

「あ、抜かった」

「ふふふ。じゃあこうしましょう。呼び方はちゃんと先輩に対して、会話時は仲のいいタメ語で。どう?」

「それならいいか、よし。若葉さん、ナイス提案だ」

「うんうん。一件落着!」


 

 とまあそういうわけで俺は入学式初日、見ず知らずで超能力だと断言する人と出会ってしまった。俺自身、そこまで落胆していない。このような生活もありかな、とすぐさま自己判断してしまった。なのに少しも、いやまったくと言ってもいい。支障は皆無だった。

 なぜだろう。俺も普通の生活に飽きてしまったのか、それとも非日常な生活を心行くまで送りたいと思ってしまったのか。

 俺はしみじみ思う。後者の立場なのかな……と。


 次の日、俺は眠気に襲われた朝を迎えつつもしょうがなく学校へと向かった。強い陽射しが照りつけるなか、俺は我が校の校門をくぐった。

 初対面の人たちが鉢合わせとなった昨日からもう一日が経った。人見知りな人からしてみれば、この時期は過ごしにくい。五月病にかかる人だって現れない保証はどこにもないくらいなのだから。そんな空気の中、俺は教室で難なく居座っていた。

 俺はというと入学式初日に友達? 仲間? が二人もできてしまったのだから人見知りがどうのこうのという考えはなくなった。

 そのような話をしていると、居場所を嗅ぎつけた野ネズミのように二人の男が俺に詰めかかってきた。

 言うまでもない、例の二人である。


「調子はどうだ? トッシー」

戸田とだ、まずは 『おはよう』 じゃないかなあ」


 福井ふくいの言うとおりだ。いきなりそんなことを言われると逆に調子が狂う。だからな戸田よ、悪いことは言わん、基本からやり直せ。


「ん、今何か言ったか? トッシー」


 いかん、って俺は声に出してないぞ。こいつには心境察知能力でもあるのだろうか。


「いいや、なんでもない」

「そうか、それでだ。お前、世界中の学校の中でごくまれに存在する一風変わった生徒の噂、知ってるか?」

「は?」


 やはり噂は出回っていた。この戸田の口から出てくるほどなのだから。まあ俺も入学する前、小耳に挟んだくらいなのだが……。


「要するにな、そのたいへん貴重な人物がこの学校にいるということを聞いたんだよ。どこから出回っていたかは知らないが……。あくまでも噂だぞ?」

「でもさ、そんな人が実際この学校にいるとこなんて見たことないんでしょ?」


 福井のどうってことない問いに俺はビクついた。見たことない? そりゃお前は見たことがないであろう。しかし俺自身は……。

 この目ではっきりと見たついでによくわからん同盟までも結んじまった。


「さあな、俺は知らんな。そんな噂も、人物も」

 うまくごまかせたか……。ごまかす立場も随分大変だな、おい!


「あー、やっぱり噂は噂どまりなんだな。つまらないご時世じせいだぜ」

「戸田、思い込みすぎるんじゃないのかな。昔から自己満足の妄想ばっかりしてたもんね」

「お、おい福井! それはもう過去の話だろが!」

「え? 今も絶賛継続中じゃなかったっけ?」

「おまえなー! 一回黙れ」


 どうやら戸田はものすごい性癖の持ち主らしい……。

 反対に福井はいじるのが好きらしい。いや俺には得意分野にも見えたな。

 これくらい個性があってもいいことだ。なにもなければツッコミどころもしゃべりどころもなくなる。それだけは勘弁だ。


「あ、トッシー。話すっぽかしてごめんね。トッシーはこんな噂気にすることないよ。どうせすぐ流れていくさ」

「そうだよな、ははは……」

 福井よ、ナイスフォロー!


 改めて思うと俺は今、すごい体験をしているんだなとしみじみに感じる。午後の授業、先生の理解を求める教え言葉を聞いている普通の生徒なのに……。そういえばこの噂を聞いた時、俺はなんて思ったっけな。たしか、 『絶対に面倒なことになる』 だっけか……。


 思い出し気分で過ごしていると気がつけばもう下校時間。このようなことでいつの間にか学生としての一日を終了させてしまうことも珍しくはない。足早に立ち去る生徒もいれば友達と話題を膨らませながら帰宅する生徒と、行動は多様だ。俺はまた体力を補充しつつ、ゆっくりな移動を試みていた。すると――――


「奇遇だねートッシー!」


 聞き覚えのある声。まさに昨日、俺自身がその能力を認めてしまった張本人ちょうほんにん。今日も穏やかかつ、高らかな響きをしていた。


「どうも若葉さん。どうしたんですか? こんなとこで」

「どうしたもこうもないよ。昨日言ってた場所と時間、提案してきてくれた?」

「場所? 時間?」

 しまった。そんなこと俺言ってたっけか。すっかり忘れていた。戸田と福井のせいだと言い訳をしておこうかな。


「考えてないの?」

「すまん。違う考え事をしていた」

「そうなんだ。違う考えをしている暇があったらちゃんと思い出して提案しときなさい!」

「すみません」

「ふふ、冗談だよ。忘れちゃうことなんて人間だれにでもあることだよ!」


 この人、冗談が好きなんだなあと頭の中で考えつつもなぐさめてくれる若葉さんはとても本心をくすぐらせた。理性は保っている。安心してくれ。


「ここで立ち止まっていてもあれですし、一緒に帰りませんか?」

「へー、トッシーから誘ってくれるまでに君も成長したんだねえ」

「勘違いしないでください! それに成長って昨日初めて会ったばっかりでしょうが」

「えへへ、バレた?」

「バレバレです」


 他愛たわいもない会話をしつつ、俺と若葉さんは最寄りの駅へと向かった。駅に着くと地元の高校生であふれかえっている。高校生になって三日目だがもう見慣れた光景だった。俺自身、どんな状況でも対応力は備わっていると自覚しているほどなのだから。


「そういえば、どうして若葉さんはこの学校に来たんですか? 超能力が使えるのに」

「そうね。私自身、無自覚にこの能力が身についていた。要するに気づかないうちにね。それにこの世界は無能力の一般人が生活している。だから超能力者教育養成所なんてものもない、私自身、そんな学校があっても行かなかっただろうけど」

「なぜですか?」

「そんなとこに入らされたらなにされるか分からないからよ。この世界、超能力者なんて珍しい存在、もし関係者に見つかりでもしたら解剖かいぼうなんて確定事項。私もなりたくてなったわけじゃないからもしそんなことが起きたら理不尽もいいところだけどね」


 超能力者の解剖だなんてこれまたフィクションの漫画でしか見たことも聞いたこともない。そのような言葉を俺の横に立っていてどう見ようと普通の女子高生から聞くのも普通はおかしなことなのである。俺が世界初なのではないだろうか。

 

「私が超能力者である以上、私の存在が人間じゃない可能性だってあり得ること。ましてや異世界からきた存在だということも保証できないの。私は今、何者なのかということさえ、未解決なのよ」

「若葉さんが超能力が使えるのは事実です。でも若葉さんは正真正銘の人間です。俺、絶対否定なんてしませんから!」

「うん。ありがとう。トッシーって優しいんだね」

「これでも純粋に生きてきた男子高校生ですよ?」

「そうね。ふふっ」


 俺の前を鋭い風が吹き荒れる。電車が来たようだ。俺は若葉さんに一礼し、帰りを見送った。若葉さんの話はとても興味深いものだった。若葉さんもあんなに思い込んでしまっているのかと思うと正直かわいそうに見える。でも自分の存在をよく理解しているようにも見えた。それだけ考えられるのだから人間であることはあながち間違っていないとは思うんだけどな。

 しかしこれだけは言える。噂は本当であったこと、そして若葉さんが俺を選んだことは偶然ではないということ。

 まあ俺の勝手な思考だということは内緒だがな。

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エキセントリック若葉さん 彼方ちとせ @taiti

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