・専務 → 慎之介?
落ち着いた麗奈を見送って、専務のマンションに戻ったのは夜遅くになってしまった。
玄関を開けると、リビングのドアがあいて専務がすっ飛んできた。
「心配しただろう。こんな遅くなるだなんて」
「メッセージ、送りましたでしょう。慎之介さんも返信をくださったじゃないですか」
『ばったり友人と偶然会いました。懐かしいので彼女と食事をして帰ります』と送ると、『それは楽しそうだね。ゆっくりしておいで。でも遅くなるならもう一度メッセージを送ること』と返信があったから安心していた。ただ、遅くなった、まだ帰らない――は送り忘れていた。
「遅くなることは伝えられなくて、ごめんなさい。懐かしくてもりあがってしまって……」
「そうだろうとは思っていたけれど。女の子がこんな時間にも帰ってこないと、帰り道になにかあったのかと心配になるよ」
「ごめんなさい、専務」
そう呟くと、目の前の彼がとても不満そうな顔になる。
「慎之介と言えていたのに、また専務になった」
あれ。ほんとうだ。と、眞子も気が付いた。ちょっとずつだけれど慎之介さんと言えるようになったようだけど、まだ専務が抜けない?
「でもいいや。ほっとした。おかえり、眞子」
そしてこちらも。ふたりきりの時は眞子と呼んでくれるようになってきている。
おかえりと抱きしめられ、すぐに二人で見つめ合うとキスをしてしまう。
「なに食べてきたんだ。ほっぺたが赤いな。身体も温まっているみたいだな」
キスをして温かかったと専務がいう。
「おじやと日本酒をいつもより多めに。すごい盛り上がっちゃって」
「よかったな。今度、俺もそこに連れて行ってよ」
いいですよ。と笑うと、また専務に抱きしめられてキスをされてしまう。
―◆・◆・◆・◆・◆―
その夜、寝る前のホットドリンクをつくってくれた専務が、ダイニングテーブルの向かいに座ってくれたと思ったら、いつまでもじっと眞子を見つめている。
「専務? どうしたのですか」
「すごく、楽しいんだ。こうして眞子と夜を過ごせること……」
もう慣れてきた専務との暮らし。いつも眞子をリラックスさせてくれる大人の専務との暮らしは眞子もたのしい。その専務がとても思い詰めた顔をすると、眞子も不安になる。
「眞子。ほんとに俺と暮らすこと本気で考えてくれないか」
同棲をしようという意味。そしてその向こうに、専務が見ているものも。
「指輪プレゼントしたいんだけれど、俺が選んじゃってもいいかな……」
専務が作ってくれたホットレモネードを飲んでいた眞子は笑ってしまう。
女の子に選ばせず、自分が選んでしまいたいというなんて。
「いいですよ。私、専務がどんなふうに女の子を輝かせるのか、いつも楽しみだから」
「こんな時に専務? これでも、結婚前提にとプロポーズしているつもりなんだけれど」
『え』、眞子は茫然とする。
「ゆ、指輪って……」
恋人にプレゼントの指輪だと思っていた眞子は言葉が出なくなる。
「婚約指輪だよ。結婚指輪はふたりで選びたいなあ」
本物のプロポーズ!?
「誕生石もいいけれど、眞子らしい透き通っていて、光を七色に反射するようなきらきらの石を選びたいな」
「専務はいつも、女の子をきらきらにしてくれるでしょう。その石、私ずっとこれからお守りにします」
「え、じゃあ……! 今度、親父の家に挨拶に行こうと言ったら、一緒に行ってくれるってこと?」
専務も眞子の即答に、がばっと椅子から立ち上がった。
「えっと、じゃあ……。慎之介さんも、江別の実家に……紹介してもいいですか」
「もちろん!! うわ、うわあ、どうしよう。眠れねー!」
そういって慎之介専務は眠れないと言ったのに、ベッドルームへと消えてしまう。
なんだか。ロマンチックな余韻の欠片もなくて、眞子は唖然として、ダイニングテーブルに取り残されてしまう。
「なあなあ、いつがいいかな」
と思ったら、またベッドルームから戻ってきた。その手にはシステム手帳。それを片手に今度は眞子の隣の椅子に座って、どんどん目の前に迫ってくる。
「親父がいる夜がいいよな。ええっと間近だと……この日、この日はどうかな」
「ま、まって。専務、落ち着いて」
「専務じゃない! 夫になるんだからな、俺」
すごいすっ飛ばしすぎて、また眞子はくらくらしてきた。
ええっと……。もう、お任せします!
どうにでもなれ――と叫ぶと、専務がもう間近の夜によしよしと【眞子と挨拶】と書き込んでしまった。
「もうー、専務ったら」
こんな、ちゃっかりおぼっちゃまなまま旦那さんになったらどうなるのかな。
それはそれで、なんだか楽しみになってきてしまった眞子は……。
「慎之介さん、ずっと、ずっと、よろしくね」
隣に座っている彼に、眞子からぎゅっと抱きついた。
1ヶ月後、眞子の指先にはウォーターオパールの指輪がきらきら光っていた。
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