・雪まつりの頃


「あんた、まったく冴えないね! なんなんだよ、この仕入れの選び方。ちゃんと半月向こう気候を考慮しての発注なのかこれ!」

 事務所に魔女の怒号が響く。

「申し訳ありません! もう一度見直します!」

 さっとデスクに戻って、真剣な顔つきでメーカーから送ってもらう商品を検討する彼女の姿がある。

そんな若い彼女のデスクに、カンナ副社長が歩み寄る。後ろから眺め……。

「そうだよ、それだよ。寒くても、本州とおなじように春物を出すんだよ。絶対に先取りしたいお客が買うから」

 北海道のファッションは季節がずれていると思われがちだが、寒さに慣れているせいか、春物は本州同様の時期に動き出す。

 雪に閉ざされた季節が長く、春を待ち望む女性達がすぐに手に取り、そして雪が残っていてもパンプスに履き替え、スプリングコートを着ようとする。

 融けた雪で濡れる街でも、軽やかな春の服で颯爽と街を行く北国の女性達。

「よし、いいよ。麗奈。よく考えた」

 カンナ副社長が彼女の頭をぽんと撫でた。

 麗奈の感激した顔、ちょっと泣きそうな顔を、眞子は事務所の外から見つけてしまう。

 麗奈も、中休みのおやつを買い出しに行こうと通路にいる眞子を見つけてしまう。

 ボスの目を盗んで、麗奈がエレベーターに乗ろうとする眞子の前に立ちはだかる。

「まーた専務とおやつですかー。いいですねー」

「あれでうるさいんだよ。けっこう甘党で」

「甘党のカレシさんですか。いいじゃないですか。一緒に食べて楽しめるじゃないですか。ああ、いいなあ。眞子さんったら、いつのまにか専務と恋仲になっているしー。アシスタント外されて落ち込んでいるかと思っていたのに、ちゃっかり恋仲に持ち込んじゃうなんてさすがですねー」

 また嫌味っぽい言い方する。でも、もういいの。これがこの子だから。

 それに麗奈もそのままではない。

「でも。眞子さんだから……ですよね。私、わかるんです。頼れる姉貴だもん。きっと専務のこともうまくアシストできちゃったんだって」

 私もこれからは、人を見て考えてみます。仕事でもなんでも。

 麗奈が帰ってきた夜、彼女はそう誓っていた。

「麗奈にも買ってくるね。今日の専務のおやつは、塩豆大福」

「あそこのですよね。大好きです」

 じゃあ、帰ったら持っていくね――と約束して、眞子はエレベーターに乗る。なのに扉を閉めるそこで、麗奈がまだ眞子を見ている。

「眞子さんのこと、応援していますから」

 そだけいうと、麗奈は頬を真っ赤にして行ってしまった。

 もう大丈夫だね。眞子にそういえるようになったのも、麗奈が前を向いて副社長に怒られても真摯に受け止めて仕事に取り組めるようになったから。そしてカンナ副社長がきちんと大事にして育ててくれようとしていることも通じてきたからやり甲斐もできてきたのだと思う。


 彼女も念願の横浜シルビア本社で行われる『展示受注会』へ、カンナ副社長と出張に行くことになっていた。

 一年後の秋と冬に仕入れるための洋服を、展示されているサンプルの中から選んで注文をするための出張。つまりバイヤーの仕事。これから麗奈もカンナ副社長のそばで仕入れについて学んでいくことになる。

 眞子はもうカンナ副社長のところには戻されないようだった。専務が言う。『戻ってこいといわないということは、卒業という意味なんだよきっと』と。

 事務所ビルを出ると、猛烈な吹雪になっていて眞子は思わず後ずさった。

 でも。塩豆大福! あのおぼっちゃま専務が『え~、なかったんだ。食べたかった、食べたかった!!』と子供みたいにごねる顔が浮かんでしまい、眞子は思い切って外に出る。

 老舗の菓子会社の本店がそばにあり、そこをめざす。

「うー、『雪まつり』やっているから、やっぱり寒いーー」

 この時期がいちばん寒い!! 雪もどっかり積もる毎日!


 眞子、おかえり。寒かっただろう。


 今度は頼もしいお兄さんの顔の慎之介さんが浮かぶ。

 おじいちゃん眼鏡の彼。着古したニットベストの。

 もう眞子には、もさっとしている彼も、スーツでモデル並に凛々しい彼も、おなじ。どちらも愛おしい大好きな人。

 

 雪まつりがおわった頃、いよいよハンドケアのイベントが開催される予定。

 あの後、担当者のふたりが外される、あるいは担当営業マンが辞めるという事態となったが、眞子と専務、そして反省した麗奈の手伝いで、無事に開催する準備も整った。

 エッセンシャル六花の小川店長も、いろいろなアイデアをだしてくれて、マグノリア館でどうしたらお客様がゆったりできるかという会場作りの準備も予想以上のものにできあがっていた。

 横浜本社の三浦部長も当日は、サポートに札幌に来ると言ってくれている。きっと成功すると眞子も信じている。

 徹也はいなくなったけれど――。

 マグノリアも横浜シルビアも、変わらぬ日々を送っていた。


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