第三章 百一番目の鬼 編
第十二節 オープニング・パレード 一
人妖特区第一番『珠都』――人と妖怪とが共存する、可能性を求めた街。自由政府をモデルとするこの街には、一人の区長がいた。
しかしその区長が謎の失踪。真偽が明らかにならないまま、次の区長を決める選挙が始まった。これに当選したのが
前任をえらく慕っており、突然の失踪に際しても悲痛の面持ちであった彼だからこそ、できて日が浅いこの街における信用を勝ち取り、今なお有能な区長として在り続けている。
前任の意志を継ぎ、全力でこの街を良い方向へと向かわせる――その発言通り、彼の行う政策は珠都を活気ある街へと変えていった。
それは、前任の頃よりも良いもので。
そして今日、就任からある程度日が経ってしまったが、飛騨光実の区長就任パレードが行われる。
前任の区長が遺した名残。そのため、彼がこのパレードを開催することに、区民は誰一人として疑問を持たなかった。
人間も妖怪も、この街で暮らす以上は願ってやまない理想――二種の共存。それを最も叶えるに近い区長のパレードだ。
参加者は、この街の総人口と大差ない人数となろう。
◆
『ご覧ください! この人集りを! これら全て、飛騨区長のパレードを見ようと集まったこの街の住民の皆様です!』
テレビから聞こえるアナウンサーの声は若干上ずっており、自身もこのパレードを心待ちにしていたのだ、と言わんばかりであった。ちなみにそのアナウンサーは目がひとつしかなく、妖怪だということがまさしく一目でわかる。
「ノエさーん? このパレードとかいうの、行かなくていいの?」
キッチンにいるノエに語りかけるキリエ。朝食の準備に勤しむキリエは、包丁片手に声だけで返答する。
「アタシはそんな興味ないしねえ。行くにしても、パレードは昼からだし? 流石にまだ早いでしょうよ」
「だよなあ。それなのにこんな朝から人が集まってるって……花見の場所取りか何かか?」
街の住民ほとんどが集まるらしいパレードだが、中にはこうした例外もいる。
キリエに関しては特殊な事情でこの街にいるだけ、というのが大きな理由だが、それを抜きにしたってこの異常性は理解できない。
そんなに新区長ってのは人気なのか。つい最近まで知識のほとんどが抜け落ちていたキリエは、この街で暮らす数ヶ月の内に得たなけなしの知識を総動員させ、ここまで人気が出る理由を考えるもやはりわからず。
もっと政治とか勉強しないと駄目かな、なんて思うが、その知能レベルは既に子供の域を脱している。成長期を侮るなかれ。……狐にそんなものがあるのかは謎であった。
「行くなら連れてってあげるから、遠慮せず言うんだよー」
じっと中継を見ているキリエを見て、何を勘違いしたのかノエはそんなことを言う。別に一人でも行ける、行く気はないけれど。そう返そうと思ったが、心配性なノエのことだ、こんな人混みに一人で行かせるなんてできない、なんて怒られそうだ。
「はいはい」
結局そう返すだけに留め、テレビのチャンネルを回す。……この時間はどこもニュースしかやっておらず、またどのニュースもパレードで持ち切りだ。最初のチャンネルに戻し、一つ目のアナウンサーが上がるテンションそのままに実況するのを眺めていた。
『飛騨区長就任から早三ヶ月! 既に様々な政策を実施され、確実にこの街は良い方向へと向かっております! そんな流れに乗って開かれた今回のパレード、そもそも遅れた理由がですね、区長の公務の忙しさはもちろんなのですが、この街の特性上、交通規制を敷くのが難しいという点がありまして! 街を南北に走る大通り、パレードはここで開かれるわけなんですが、ここを閉鎖してしまうと、東西での移動がしにくくなってしまうんですね!』
そんな苦労までしてなぜパレードを開くのか。聞けば前任の区長が遺した名残らしいが、無理にでも敢行するものではないだろうに。
しかしこの盛り上がりを見るに、無理を押したのは正解だったらしい。
街の至る店が今日は休業。買い物などは事前に済ませておけとの指示どおり、ノエとキリエも昨日までに必要なものは買い揃えてある。今日はどこに行く予定も無く、日がな一日ダラダラするだけ――つまりはいつもどおりだ。
まあ、最近は自転車に乗っていろんな場所を見て回ったおかげで、ゆっくりする時間が欲しかったところだ。ちょうどいい機会だし、ノエとのんびりした一日を送ろう。
「はいおまたせ、朝ご飯だよ」
「あいよ」
今日の朝食は、今でも覚えている。ノエとキリエが初めて出会った日に食べたものと同じメニューだった。
◆
街が騒がしい。テレビを点ければ、何やら区長の就任パレードだという。
確か今の区長が就任したのは三ヶ月前だ。なぜいまさら? なんて思うがすぐに興味は失せ、やけに声の大きいアナウンサーが耳障りでテレビを消した。
チクリ、と。今でも時折痛む首筋の傷。何かに噛まれたような痕は、なかなか癒えてはくれない。
このまま癒えてくれるな。これは、兄が遺した、兄の生きた証なのだから。
物憂げな顔をする女の名は
その事件はこの街の病院で起きた。一人の人間が、突然変異を起こし化け物に成り果てた。そして暴れ――ある子供に、殺された。
事件直後は騒ぎ立てられ、区長もまたその責任を追求されていたはずだが。いつの間にかそんな事件は
腹立たしくて仕方がない。あの事件を防げなかったくせに、今こうして担がれている区長が憎たらしくて仕方がない。
同時に、そんな事件の原因になってしまった自分もまた、憎くて、憎くて。
このままでは、おかしくなってしまいそうだ――。
――ぴんぽーん。
「っ……?」
アコが住むアパートの一室、そのインターフォンが鳴らされる。今日はパレードで、誰も彼もが出払っているらしい。その上、いろんな店が休業だとも。
郵便、配達でも無いだろう。ではいったい誰だ?
玄関まで行き、聞き覚えのある声を聞いた。
『どもー、
ドアノブにかけた手が止まる。
浅沼
「……何の用?」
ドアは開けず、扉越しに声だけ投げかける。
『あらー? 開けてくんないんスか』
「何の用って聞いてるの。答えなさい」
浅沼はしばし考えるような間を置き、
『――お兄さんが行方不明だった半年間、どこに居たのか気になりまして。自分で調べたんスよ。いえ、あまりにも馬鹿げた話だったんで、お伝えするかどうか迷ってたんスけど……まあ、聞きたくないならいいっスよね?』
「――――」
半年間の兄の行方。それは、アコ自身も知りたかった兄の謎のひとつだ。
兄には、半年近く帰ってこない期間があった。帰ってきて問い詰めても、要領を得ない返答ばかりで、先に折れたのはアコの方だった。
その兄が、どこに居たのか。その情報を、浅沼は持っているという。
しかし、馬鹿げた話だとも言うではないか。
この男は信用ならない。兄を死に追いやり、アコに最後の引き金を引かせた男だ。顔を見ることすらしたくない。
けれど、
「――お。話、聞いてくれるっスか?」
がちゃり、と開けた扉の向こう。もう大分寒くなってきただろうに、それでも崩さぬハワイアンスタイル。
アコは、浅沼と対面する。
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