Bullet:4



 由江さんは今、何と言った……? 俺の聞き間違いか? それとも由江さんが言い間違えたのか?


 「え、えっと、由江さん。今、“俺が”紫亜と同じ学院に通うって聞こえたんですが……

 “紫亜が”俺と同じ学校に通うの間違いじゃないですか?」


 二つの文は似ているが、限りなく違う意味合いを持つ。前者だと“俺が”紫亜の通う予定の女子校学院に通うという意味になり、後者だと“紫亜が”俺が通う予定の一般校高校に通うという意味になる。

 常識で考えたら前者のはずはない。何せ“女子校”だ。女子校に通えるのは女子だけであり、が通えるはずがない。

 だから俺が由江さんに聞き返したのは当然の反応なのだが、由江さんは俺の予想を裏切るかのようにあっさりと否定した・・・・


 「ううん、間違ってないわよ。カナタ君が明日から通うのは、私立白嶺しろみね女子学院―――所謂いわゆる、お嬢様学校よ」


 「……嘘、ですよね?」


 「当たり前です。あり得ません。お母様、いい加減に冗談はお止め下さい」


 そうだ。紫亜の言う通りあり得ない。きっと由江さんの冗談に違いない。

 そう思い、豊さんへと視線を移すと―――気まずそうな表情を浮かべながらも頷かれた・・・・


 (―――どうなってんだ?)

 

 まだ短い時間の付き合いだが、二人が嘘をついているとは思えない。豊さんは俺が知らない何かを親父から何か聞いているようだし、由江さんにしても、冗談を口にしてもこうまで引っ張るような性格の持ち主とは思えなかった。

 けど、それでも男が女子校に通えるなんてやっぱりあり得ない。普通じゃない・・・・・・


 (―――いや待て。普通じゃないってことはつまり、普通じゃないこと・・・・・・・・が起きている・・・・・・ってことだろ)


 親父が俺をここに送ったのも、恐らくはそれに関することが理由なのかもしれない。親父はどうしようもなく馬鹿でクズで常識知らずのアーパー野郎で意味も無いイタズラを平然とやってのけるする男だが、意味も無く俺を武装させたりは絶対にしない・・・・・・


 もしかして―――? と、豊さんと由江さんに視線で問うと、豊さんは気付かれない程度に真顔になると再度頷き、由江さんは微笑みの中に僅かに憂いを滲ませた。


 (どうやら何らかの事情があるワケアリみたいだな―――紫亜は知らないようだが、心当たりはあるのか?)


 二人に向けていた視線を本人に気付かれないように移してみたが、当人はというと未だに自分の両親に噛み付いていた。

 どうやら紫亜に関しては何も知らされておらず、心当たりも無いようだ。


 俺は紫亜の死角にそっと移ると、豊さんと由江さんに頷いた。

 それだけで察したのだろう。豊さんと由江さんは目だけで答えると、未だ噛み付いてくる紫亜を宥めつつ退室を促した。


 「紫亜。済まないがお前には後でちゃんと説明をするから、今は自室に戻りなさい」


 「何故ですか。この人が白嶺に入学するというのなら私も無関係ではありません。説明をするなら私も一緒に聞いてもいいじゃないですか」


 「確かに紫亜ちゃんの言う事にも一理あるけど、紫亜ちゃんには直接関係の無いデリケートな内容もあるのよ。良い子だから、ね?」


 「…………分かりました。

 ですけど約束通り、後でちゃんと説明して下さいね」


 根は素直な子なんだろう。紫亜はそれ以上食い下がることをせず、両親二人の説得に応じ自分の部屋に戻ることに決めた。

 部屋を出て扉を締める直前、何か言いたそうな顔を俺に向けていたのが気になるが……まぁどうとでもなるか。


 「意外とあっさりと引きましたけど、納得はいってないって感じでしたね」


 「ハハ、妻に似て頑固な娘だからね。どう説明したものやら」


 「大丈夫ですよアナタ。アナタに似て意外とチョロいですから、何とでも有耶無耶に出来ますよ」


 「豊さんがチョロいかはともかく、頑固って点には同意です」


 足音を立てずに扉に近付き開けると―――そこには聞き耳を立てていたせいで、後ろにひっくり返っているお嬢様が転がっていた。


 「扉に耳を当てたって聞こえないだろうに」


 「わ、分かっているなら放っておいて下さいっ!」


 羞恥で顔を赤くすると、紫亜は今度こそその場から立ち去った。てか、この家でかいな。一番最初のバイオの屋敷ぐらいデカいんじゃないか?


 「盗み聞きするお嬢様に床に転がるお嬢様ときて廊下を走るお嬢様か……俺の知ってる“お嬢様”のイメージがマッハで壊れてってますよ」


 扉を締めてソファに座り直すと二人は苦笑いをしていた。

 けど、そんなやり取りのお陰で少しだけ場の空気が緩んだのも事実だ。グッジョブだぜお転婆娘紫亜。聞くなら今だと判断した俺は口を開く。


 「今度こそ本当に扉の向こうには誰もいません。

 だから教えてもらえないでしょうか。何故俺がここに送られてきたのか、女子校に通うことになっているのかを」


 二人はこれまで以上に真剣な表情を浮かべ顔を見合わせると頷き合い、豊さんは重く閉ざされた口を開き始めるのであった。





 

~~~~~~~~~~~~





 「事の発端は、先日息を引き取った私の義父―――姫咲 秀臣ひでおみの遺言書が公開されたことだ」


 姫咲 秀臣。

 古くからの名家の当主で、各界に対し非常に強い影響力を持つ人物だった。当然それだけの大物なのだから、彼の持つ財力など一般市民の俺なんかでは想像もつかない。


 「姫咲にも分家があり、どこも企業や会社を起ち上げてはいるのだが……正直経営は芳しくないのが現状なんだよ」


 ちなみにうちが本家なのよ、と由江さんが付け加えてくれた。


 「そんな時期に義父が亡くなり遺言書―――遺産相続の話が浮かび上がった。分家の者たちからすれば、まさに絶好のタイミングだったろうね」


 経営が上手くいってるからこそ、うちはこんな事を言えるんだろうだがね、と豊さんは苦い笑みを浮かべながらも言葉を続ける。


 「そうして弁護士によって遺言書が公開されたのだが……その内容はまさに驚愕の内容だったんだ」


 「……その内容を聞いても?」


 豊さんは頷くと、簡潔に内容を教えてくれた。


 「紫亜に財産の五割、私と妻に二割、残りは一部の分家の者と慈善団体に譲渡すると書かれていたよ」


 「……それはまた思い切りが過ぎますね」


 分家が幾つあるのかは知らないが、豊夫妻と紫亜だけで七割も受け取ることになる。


 「ああ。私と妻も聞いた当初は言葉が出なかったよ」


 「これは他の人には話さないで欲しいことなのだけれど、経営が上手くいってない分家の者たちは、事ある毎にお父様にお金を無心していたそうなの。そういったことを繰り返していた親類に対してだけ、お父様は遺産相続をさせなかったのじゃないかしらって豊君とは話しているわ」


 最終的に慈善団体に寄付するくらいだ。遺産を与えられなかった奴らはよっぽど姫咲 秀臣から疎まれていたんだろう。



 だがそれとは別に、気になる部分がある。


 「でもその件と紫亜が五割もの遺産を相続するのとは話が違いますよね」


 姫咲 秀臣が分家の人間の大半に遺産を譲渡しなかったのと、紫亜へ遺産の半分も譲渡させようとするのは話が別だ。何か紫亜へ遺産を相続させたい理由があるのか?


 「うん、そうだね―――これはハッキリと遺言書に書かれていた訳ではないので私たちの予想となるんだが、そのことを前提として聞いてくれ」


 そう前置きをした豊さんはそこで言葉を一度区切り、考えを述べた。


 「私だけではなく分家の者全員が同じ予想をしていると思うんだが―――恐らく義父の、紫亜を姫咲家の次期当主に据えるという意志の表れではないかと思っている」


 「……なるほど」


 としか言い様がなかった。莫大な財産を与えることによって、紫亜の姫咲総家内での発言権を強めるのが目的―――事実上の当主―――というのことか。

 尚、念の為二人に訊いてみたが、紫亜と姫咲 秀臣の間にはこれといった特別な交友関係は無かったそうだ。

 

 「……取り敢えずここまでの話は理解出来ました。

 ですけど、この話の内容と“俺”がどう関係してくるんですか?」


 遺産相続の件は大体把握したが、それが俺とどう絡んでくるのかがまだ見えてこない。



 ―――いや、嘘だ。実は二つの内、半分は思い当たってる・・・・・・・・・・


 俺の言葉に、豊さんは一度目を瞑る。見れば由江さんも表情を硬くしていた。


 それも数秒。豊さんは閉じていた目を開き俺と視線を交じわせた。





 「……カナタ君。キミは何の事情もなくここに送られてきたそうだが、それはいつもの父親アイツの悪戯でもなければ冗談でもないんだ」


 「カナタ君を薦めてくれたのはシン君―――貴方のお父さんだけれど、それに納得してお願いしたのは私たち二人の判断なの」


 これまでの話の内容から薄々と勘付いているが、それでもハッキリと二人の口から聞いておきたい。

 俺は二人に先を促した。


 「それって、お二人が父に“俺を薦めるようなこと”を相談したってことですよね……いったい、何を相談したんですか?」


 静かに問い掛けた俺に乾く唇を舌で濡らした豊さんは、視線を逸らすことなくこう告げた。


 「紫亜が義父の遺産を受け取るまでの約半年間―――」





 ――――――“紫亜の護衛を依頼したい”、と。




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やる気なし護衛執事の雇い方(仮) エリートニート @yuki10033001

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