第百二十六話 王家の血
王宮の片隅にある一室に、アリサは通されていた。そこで国王から直々に明かされた内容に、アリサは驚愕に包まれた。
「私が……王族の血を引いている? それは確かなのですか?」
「紛れもなく事実だ。アリサよ、お前は間違いなくワシの血を引く子だ。妾の子とでも思ってもらえれば良い」
国王は頷きながら淡々と語る。それが余計に、アリサを混乱に導いていた。
王宮からの使者が、施設に馬車で訪れたのは今朝のこと。話もそこそこに、ほぼ無理やりアリサを馬車に乗せ、王宮まで連れてきたのだった。
詳しくは国王からお話しされますとだけ言われ、アリサは何がなんだか分からなかった。いくらなんでも乱暴ではないか。国王とはいえ、流石に一言文句を言ってやられ場気が済まないと、アリサは憤慨していた。
しかしその気持ちは、国王から明かされた、己の出生の秘密によって、瞬く間に吹き飛ばされてしまうのだった。
「混乱する気持ちは分からんでもない。しかし今は、とても大事な事柄を控えておる状況なのだ。ここはどうか、国王の話を聞いてほしい」
国王の後ろに控える大臣の発言が、アリサを現実に引き戻す。しかしそれでも、驚きが抜けることはなかった。
(まさか、私が王族の血を引いていたなんて……)
物心ついた時から施設で暮らしていた。自分の親が何者なのかも、全く知らないまま過ごしてきた。
国王もリックとファナ以外に子供がいたという事実を、つい最近まで全く知らなかったらしい。妾の子とでも――と言っていたのもそのためだ。
なんでも若気の至りによるモノらしいが、それ以上の詳しいことは語られずじまいとなり、アリサも詳しく聞くつもりはなかった。仮に聞いたところで、気持ちの良い答えが得られるとは思わなかったから。
しかしなぜ今になって、国王は自分を呼び寄せたのだろうか。
アリサがそう考えた矢先に、国王は突然テーブルに両手を乗せ、深々と頭を下げてきた。
「アリサよ……今まで見捨てていたも同然の仕打ち、本当に申し訳なく思う。全くもって言い訳の仕様がない。しかし、ワシらにはお前が必要なのだ!」
国王は顔を上げ、真剣な目つきでアリサを見る。その姿に言葉を失いつつも、アリサはなんとか耳を傾けていた。
すると今度は、大臣から話が切り出される。
「一週間後に、とある儀式を極秘で行う計画を立てている。そこでアリサ殿には、重要な役目を担ってもらいたいのだ。王族の血を引く者が必要なのだが、かなりの危険が伴うこともあり、リック王子やファナ王女のお力を借りるというのは、どうにも忍びないのだ」
「そこで、王家の血を引く私が選ばれたと……そういうことですか?」
アリサが重々しく問いかけると、大臣は黙って頷いた。そして――
「このとおりだ。我がシュトル王国の未来のため、ワシらに力を貸してくれ!」
国王に続いて大臣までもが、アリサに向けて頭を下げてきた。まさかここまでするなんてと、アリサは驚きを隠せない。
しかしそれも数秒のこと。すぐさまアリサは、穏やかな笑みを見せる。
「分かりました国王様。アリサはその儀式の役目を、務めさせていただきます」
アリサが軽く頭を下げながらそう告げると、国王は嬉しそうな笑みとともに涙を浮かべた。
「ありがとう。本当に……王として本当に感謝する」
国王は何度も何度も頭を上げ下げを繰り返し、大臣も同じく「ありがとう」という言葉をアリサに送るのだった。
「アリサよ。儀式が行われるまでの間は、王宮に身を寄せてほしい。大臣よ。お前もそれで良いな?」
「はい。施設のほうには、既に通達しておきました。アリサには里親が見つかり、相手の都合で、そのまま王都から去ったと」
「うむ」
国王が納得したと言わんばかりに頷き、そして立ち上がる。
「アリサよ。この部屋でしばらく待機しておいてほしい。部屋の用意が出来次第、使いの者をよこそう」
「はい。ありがとうございます」
アリサが深々とお辞儀をすると、国王と大臣は満足そうな笑みを浮かべ、そのまま部屋から去っていく。
扉を閉め、廊下を歩き出した瞬間、二人はドス黒いという言葉がピッタリなほどの歪んだ笑みを浮かべるのだった。
「上手くいきましたな……あの小娘は、完全に国王の術中にハマっておりますぞ」
「うむ。おかげで計画は滞りなく実行できそうだ。次の段階へ急げ!」
「はっ! 仰せのままに」
アリサの前で見せていた涙はどこへ行ったのやら。もはや二人には、アリサに対する申し訳なさもありがたみもない。単なる自分たちの計画のための道具。それ以上でもそれ以下でもなかった。
国王も大臣も、完全にアリサを信用させたと思い込んでいる。しかしそれは、あくまで二人の勝手な気持ちに過ぎないのだった。
一人残されたアリサは、一仕事終えたと言わんばかりに、深いため息をついた。
(まさか私が生け贄に選ばれるなんてねぇ……エゲツないにも程があるわ)
自然と笑みが零れ落ちるアリサの表情に、後悔の二文字はない。完全に開き直っているのだ。昨晩、ゼンの独り言を聞いてしまった時から。
(王家の血を引く私を、異世界召喚儀式の媒体にする。施設を継続するための資金援助が、その交換条件にされた。まぁ、先生の様子からして、裏で糸を引いていたワケではなさそうだったけど)
自室で酒を飲みながら、ゼンは涙を流していた。済まないと何度も謝り、そして次にはこう言った。施設を守るためにはこうするしかなかったのだと。
無論、全ての気持ちが子供たちに向けられていたワケではないだろう。多少なり自分の身の保証も考えていたのかもしれない。
それでも結果的に、施設の子供たちを守ることはできた。それだけでも十分ではないかと、アリサは思えていた。
(きっと国王も大臣も、今頃真っ黒な笑顔でも浮かべてるんだろうね。さっき流していた涙も、果たして本物かどうか……)
その予想がズバリ的中していることを、アリサは知らない。しかし概ね間違いではないだろうと、何故か確信せずにはいられなかった。
同時に別の意味で驚いてもいた。
よくあそこまで本気に近い涙を流し、ありがとうと言えるモノだと。
逆にそれぐらいのことができなければ、王様として成り立つことはできないということか。なんとなくそれもあり得そうな気がすると、アリサは思っていた。
(まぁ、それはともかく……私の人生もここまでってことかぁ……)
思えばたったの十六年。流石にあっという間過ぎる。
子供たちはこんな自分を怒るだろうか。恐らく怒るだろうが、それはあくまで、勝手に施設からいなくなったことに対してだけだ。儀式の媒体として命を奉げるという事実が、公になるワケがないのだから。
それはすなわち、アリサの死も公にならないということ。葬儀はおろか、形だけの墓すら建ててもらえない。
子供たちも、いつまで自分のことを覚えていてくれるのか。
それなりに好かれていた自信はあるが、勝手にいなくなったという結果が、子供たちの評価を下げたことは確かだ。それはすなわち、覚えている価値がないと思われても、何ら不思議ではないということにも繋がってくる。
下手をすれば数日後には、完全に忘れ去られる可能性も拭えない。十六年という長い積み重ねも、崩れるときは一瞬で崩れてしまうのだ。
自然と零れ落ちる涙を拭いながら、アリサは窓から見える空を見上げる。
「せめて……せめてこのアリサを、幸せな天国に連れてってください、神様……」
アリサの呟き声が、誰もいない部屋の中を響き渡るのだった。
◇ ◇ ◇
「最近、父上と大臣の様子がおかしい。騎士団長ネルソン、何か知らないか?」
「残念ながら、自分はなにも存じ上げておりません」
誰もいない王宮の廊下の片隅で、リックに問いかけられたネルソンは、堂々とそう答える。
しかしあまりにも淡々とし過ぎていたためか、リックの傍らにいたファナは、伏せられている何かがあると感じ取り、目を細めながら口を開く。
「ネルソン、今は場をわきまえる必要はございません。知っていることがあれば、なんでも良いので話してほしいのです」
「ファナ様……ですから自分は、本当に何も存じ上げてないんですって……」
詰め寄るファナに、ネルソンは両手を挙げながら、戸惑いの表情を浮かべる。その様子を見ていたリックは、諦めを込めたため息をついた。
「はぁ……どうやら本当に何も知らないようだな。ネルソンなら何か知っていると思ってたのだが……見当違いだったか」
「申し訳ございません。私も気にはなっているんですが……」
「いや、気にしなくて良い。私たちの思い過ごしなら良いのだがな」
ネルソンの謝罪にリックが笑みを浮かべる。しかし――
「甘いですわ、お兄様! ネルソンは騎士団長として、信頼を置かれている人物の一人です。そのようなお方が何も知らないとは思えません!」
納得のいかないらしいファナは、とうとう苛立ちを爆発させ、声を荒げた。
「私も兄上も知りたいのです。一国の王子や王女として、重要な案件であればちゃんと知っておく必要があると思うのです! この王女ファナの願いでも聞き入れてはくれませんか?」
荒げた声はどうにか落ち着かせてはいるものの、その迫力は更に増している。思わず一歩下がってしまうネルソンだったが、彼も今の段階では、さっきと同じ答えしか出せないのだった。
「ですから、何度も申し上げておりますように、私は本当に何も……」
「騎士団長ネルソン! あなたは私を誰と心得ますか?」
突如、ファナの凛とした厳しい声色が響き渡る。ネルソンも、そして隣に佇むリックさえも、驚いた表情でファナのことを凝視していた。
「私はこの国の王女ファナ。そして兄上はこの国の王子リックでございます。特にこのリックは我が国の次期国王という座をお持ちであり、より逆らうことは許されません! それでもあなたは、私たちの『命令』に従えないとでも?」
ネルソンはおろか、隣にいたリックでさえもファナの言葉に驚いていた。
いつもの大人しく控えめな彼女からは信じられないほどの強気。そして自らの地位を振りかざす言い方をしてくるとは全くの予想外であった。
それだけ父親のことが心配だということはよく分かるが、ネルソンとしては厄介な展開以外の何物でもない。本当に何も知らないことは確かなのだから。
(こりゃもう、いくら知らないって言っても聞いてくれねぇだろうな……)
一体どう対処したモノかと、ネルソンが悩んでいたその時であった。
「何をしている!」
野太い声が響き渡る。振り返るとそこには国王が厳しい表情で立っていた。
「さっきから聞いていれば……ファナよ、自らの地位を持って脅すようなマネをするとは何事だ! 王女としての誇りはどこへやった? そんなことでは、この国の未来を担うことなど、到底できはせんぞ!」
ゆっくりと近づきながらきつく説教をする国王に、三人は声が出ない。やがてファナが唇をかみしめながら、父である国王の前に出ようとする。
「けどお父様! 私は……」
「止めるんだファナ!」
「お兄様……」
言い返そうとするファナを止めたリックは、そのまま国王に頭を下げる。
「申し訳ございません父上。以後はファナ共々、頂いたお叱りの言葉を胸に、精進いたします」
「うむ。それでこそ、我が息子。次期国王としての器に相応しいな」
国王は怒りの表情から一転、満足そうな笑みを浮かべる。そして未だ戸惑ってるネルソンを一瞥し、改めて国王は、リックとファナに厳しい表情を向けた。
「リック、そしてファナよ。ネルソンが何も知らんのは当然だ。ワシも大臣も一切話しておらんからな」
そう告げた国王に、リックとファナは目を見開く。言葉を失う二人に、国王は更に言葉を続ける。
「ワシと大臣は、重要な公務を遂行しておる。内容を知られるワケにはいかん故、極力広まらぬよう極秘に動いておるのだ。したがって、今回ばかりはお前たちにも話すわけにはいかんのだ。分かってくれることを祈っておるぞ」
返事を聞かないまま、国王はゆっくりと立ち去った。
国王の姿が見えなくなると、リックとファナはネルソンへと向き直る。そして、二人は誠意をこめて頭を下げた。
「ネルソン、必要以上に詰め寄ってしまい、本当に済まなかった」
「私からも謹んで謝罪いたします。どうか私のご無礼をお許しください」
二人からの素直な謝罪に若干照れくさい気分を味わいながらも、ネルソンは小さな咳払いをして表情を引き締める。
「とんでもございません。お父上の様子を気にかけられるのは、むしろ当然のことと思います。お気になさる必要はどこにもありません」
ネルソンの言葉にリックとファナは安心したような笑みを浮かべる。
騎士団の訓練場へと向かったネルソンを見送った二人は、改めて父や大臣が行おうとしていることについて考えていた。
「しかしこれで、なんとなく分かってきたな」
「えぇ、お父様と大臣が極秘で動くなど、明らかに普通ではござません。それほどまでに只ならぬ何かが始まろうとしていると見て、恐らく間違いないでしょう」
確かな情報は全く入っていない。しかし、自分たちの中に渦巻いていた疑惑を、ごくわずかながら核心に近づけることはできた。
多少なりとも重要な案件であれば、王子や王女である自分たちの耳にも入ることはある。特に王子は公務を取り仕切ることも増えてきているため、むしろ真っ先に情報が贈られるケースもザラであった。
なのに、そんなリックにさえ内緒にするほどの公務。それが普通の事柄ではないことを想像するのは容易であった。
「お父様や大臣のプライドの高さは正直言って嫌気が差していましたが、今回ばかりは目をそらしてしまっていたことを、少々後悔しております」
「私もだ。お互い揃って、父上のことを見誤っていたのかもしれんな」
ため息をつきながら、リックとファナはそれぞれのやるべきことをやるために持ち場へ戻っていくのだった。
近い将来、父親への見誤りを、激しく後悔することを知らないまま――。
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