第百二十五話 いざ迫る儀式のとき
シュトル王宮のとある部屋。そこで施設長のゼン、国王、大臣の三人が、密談に等しい形で話をしていた。
笑みを一切浮かべず、厳しい表情を浮かべる国王と大臣に対し、ゼンは信じられないと言わんばかりの狼狽えを見せていた。
「あ、あの……差し支えなければ、もう一度お聞かせ願えませんか?」
そんなゼンの問いかけに、国王は眉をピクッと動かした。
「何だ? そんなに難しい話だったか?」
「そうではございません! 私の聞き間違いでなければ、国王様は異世界召喚儀式を近々執り行うことを決意しており、その媒体に我が施設のアリサを使うと、そうおっしゃられたと思いますが……」
「そのとおりだ。ちゃんと理解できてるではないか」
「ゼンもそこまで慌てることはないだろうに」
国王と大臣が揃って笑みを浮かべる。まるでなんてことない雑談を行っているかのような態度に、ゼンはますます混乱してしまっていた。
(な、何なんだこの二人は? 何故そんな当たり前のような反応が出来る!?)
ゼンは国王と大臣に、狂気に等しい何かを感じていた。
(しかし……二人の様子からして、冗談を言ってるようには感じられない。つまりそれは本気だということ……禁忌と呼ばれる魔法に、本気で手を出そうとしているということなのか!)
改めて心の中で整理してみたゼンは、ますます体が恐怖で震えてきた。まさかの展開に気が動転し、完全に落ち着きを取り戻せなくなっている。
国王や大臣の野心は、ゼンもよく知っていた。
他国に負けたくないというプライドの高さ故に、人間族を他種族よりも上に立たせるべく、常にどうにかしたいという気持ちを抱えていた。二年前の討伐ミッションがまさにその一環であったが、それで満足していないことも、ゼンなりになんとなく感じてはいた。
てっきりあのミッションの終了後、国王は更に大きく動き出すだろうと、ゼンはため息交じりに思っていた。しかし実際のところは、王宮に籠って何かを調べているというウワサが流れて来るばかりであり、この二年間は実に静かであった。
しかしそれは、あくまで嵐の前の静けさでしかなかった。まさか禁忌と言われている魔法に、本気で手を出そうとしているとは。
それだけならまだしも、その魔法儀式に遠回しながら関わる羽目になるとは、流石のゼンも予想だにしていなかった。
「では大臣よ。ゼンに異世界召喚儀式の概要を話してやれ」
「はっ!」
大臣は国王の命に従い、説明を始める。
異世界召喚――時空転移魔法で強者を異世界から呼び寄せるというもの。
シュトル王国の身に存在する究極の魔法儀式であり、数十年前までの戦争時には当たり前のように使われていた。
召喚儀式に必要なのは主に三つとなる。
膨大な魔力を施した魔法陣、媒体、そして魔力を施すための魔導師である。
媒体は王家の血を引く者でなければならず、儀式が終われば媒体となった者の命は消滅してしまう。しかも確実に成功する保証はない。
しかも膨大な魔力を魔導師一人で賄うことはできるわけがなく、ほぼ確実に数人の魔導師で行うこととなってしまう。
もし失敗すれば、一度に数人の魔導師の命をも失いかねないのだ。
しかも呼び出した英雄は、いきなり最前線で活躍できるというワケでもない。
あくまで『秀でた才能を持っている可能性がある』というだけで、ちゃんと呼び出した国の手で育て上げる必要があるのだ。
そして勿論、力を全く持たない、ごく普通の一般人が召喚される場合だって当然あり得る。呼び出し損になってしまう可能性も十分あり得るのだ。
早い話が『一か八かの賭け』に等しい、危険極まりない儀式なのである。
「……とまぁ、こんなところだな。何か疑問点は?」
大臣の問いかけに、ゼンは小さく手を挙げる。
「とどのつまり、ウチのアリサが王家の血を引いていると……」
「そういうことになるな」
恐る恐るゼンが問いかけると、国王は真顔であっさりと認めた。
「ワシも若い頃はヤンチャをしておってな。まぁ、後は深く言わんでも良かろう」
「国王のお気持ちも、察してやることだ」
顎に手を当てながら苦笑する国王、そして大臣から厳しい表情を向けられ、ゼンは何も言えなくなってしまう。
それでも、ゼンは言わなければならなかった。
「アリサを見殺しにしろとおっしゃるのであれば、頷くわけにはいきません!」
「人聞きの悪いことをいうな」
必死に抵抗したつもりの言葉も、国王によってアッサリ打ち砕かれる。
「アリサの命は、栄光ある未来への懸け橋となるのだ。断じて見殺しではない」
「国王のおっしゃるとおりだ。言葉に気をつけろ!」
淡々と語る国王と大臣の叱責にて、またしてもゼンは言葉を失ってしまう。そこを畳みかけるかのように、国王はゼンに言った。
「無論、タダとは言わんよ。お前が運営している施設の資金を、可能な限り援助してやろうじゃないか。しかし断れば……分かるな?」
心の中を覗き込まんとするその視線に、ゼンは顔から冷や汗を流す。
もし断れば、施設が悪い方向へ傾く可能性が高い。そうなれば、今暮らしている子供たちから笑顔が消えることも、容易に想像できてしまう。
これはもはや脅しだ。施設の子供たちを人質に取り、何がなんでも断れない状況を作り出されてしまっていたことに、ゼンは今更ながら気づくのだった。
ファナが定期的に施設へお忍びで顔を出していたのも、全てはこのための布石だったのかと、ゼンは一瞬ながらに思う。
しかし――
「我が娘のファナが、お前の施設をいたく気にかけていたからな。父親としても、常々協力してやりたいとは思っていたのだよ。まさか王家の血を引く子が、ずっとそこの施設で暮らしていたとは、流石に予想すらしていなかったがね」
国王がしみじみと語る姿を見て、ゼンは自分の考えが外れであることをなんとなく察した。少なくともファナの来訪は、今回の件とは全くの無関係であると。
だがそれならそれで、国王はファナの気持ちも利用しようとしている、ということが言えてしまう。いくらなんでもそれはどうなのだと、流石のゼンも言いたくなってはくる。
しかしゼンは、それでも無暗なことは口に出せず、また無暗に断ることは、もはやできなくなっていたのだった。
「……国王のお話、しかと受け取らせていただきたく存じます」
遂にゼンは、深々と頭を下げてしまった。
ここで堂々と断り、子供たちを守りながら茨の道を歩く勇気がなかった。大きな権力を敵に回すくらいならと、我が身の可愛さを優先させてしまった。
(アリサを使わなくとも、リック王子やファナ王女を媒体に……することなどできないのだろうな)
頭を下げながらゼンは考えるが、それは現実的ではないとすぐさま思う。
リックは王子にして次期国王となるべき存在、そしてファナは第一王女として、シュトル王国の可憐なる花そのものだ。どちらも今ここで散らせるわけにはいかないことぐらい分かる。
やはり、アリサを媒体にする以外、道は残されていないのだと、ゼンはハッキリと分かってしまうのだった。
(済まない……本当に済まない、アリサよ……)
ゼンの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。国王も大臣も、それに気づきつつ、気に留めることは一切しなかった。
◇ ◇ ◇
朝日が昇る王都の町は、流石にまだそれなりの静けさを保っていた。
仕事に出かける一般の国民や、朝練ないしクエストで早朝から出ている冒険者たちとすれ違いながら、マキトたちは街門に向かって歩いていた。
「もうこの王都に用はないよな?」
「えぇ。施設の子供たちと遊ぶクエストも無事に終わりましたし、買い出しも昨日のうちに全部済ませましたし、問題はないと思うのです」
マキトの問いかけに、ラティが笑みとともに頷く。マキトの左肩で、リムが大きな欠伸をした。
ロップルはいつものようにマキトの頭の上を陣取っており、フォレオとラームはマキトたちの足元を走り回っている。そんな朝から元気いっぱいな姿に笑みを浮かべつつ、ラティはマキトに言う。
「マスター。やっぱりおじーちゃんは、この王都にはいなかったみたいですね」
「あぁ。王女様も言ってたから、多分間違いはないだろう」
マキトは浮かない表情で頷きつつ、透き通るような青空を見上げた。
「完全にアテが外れたな。じいちゃんってば、一体どこへ行ったんだろ?」
そもそもマキトたちが再びシュトル王国に訪れた一番の目的は、クラーレに会うためであった。新しくテイムした魔物たちの紹介がてら、ほんのちょっとした里帰りのつもりでいたのだ。
しかし、山奥にあるクラーレの家に行ってみると、そこはもぬけの殻状態。どこかへ出かけているのかと思い待ってみたが、全く帰ってくる様子がない。
いつも遊びに来ている野生のスライムたちに聞いてみたところ、数ヶ月前に大荷物を持って家を出たきり、帰って来ていないのだそうだ。
スライムたちにも、少し長いこと留守にすると伝えたらしいが、どこへ行ったのかまでは言わなかったらしい。
もしかしたら、シュトル王都へ行ったのではないか。
そう予測したマキトたちは、早速山を下り、大陸の東にある王都へ赴いた。
しかし、クラーレを探すにも事情が事情なだけに、聞き込みをするだけでも面倒になるかと思っていた。
元・宮廷魔導師であるクラーレの存在を知っていると言うだけで、怪しいと目を付けられる可能性も拭えない。下手をすれば王宮へ呼ばれ、色々とあることないことを言われかねないと危惧していたのだ。
ところが到着して早々、その心配は杞憂に終わってしまうのだった。
ギルドに顔を出したその瞬間、ウワサ話がマキトたちの耳に飛び込んできた。
どうやら王宮が何か大きなことを考えているらしく、元・宮廷魔導師のクラーレを連れてこようとしていた。しかしいざ、騎士団が彼が暮らす山奥の家を訪ねてみたところ、そこは既にもぬけの殻状態だったらしい。
付近一帯を捜索したが、せいぜいクエストに精を出す冒険者パーティがいくつか見つかる程度。肝心のクラーレの姿は見つからなかった。
王宮はクラーレの捜索を、早々と打ち切った。詳しくは明かされていないが、これからやろうとしている何かに対し、クラーレに頼るのは止めたのだと、冒険者の間で語られていた。
(……で、それが本当かを確認しようとしたところに、ギルド嬢からクエストを持ちかけられたんだったな。まぁおかげで、確かな情報も得られたんだけど)
昨日、アリサや子供たちに別れを告げてギルドへ帰る途中、マキトはファナに、クラーレのことについて聞いてみた。
するとファナは、意外にもアッサリと話してくれた。
ギルドで流れているウワサは、王宮でもしっかりと流れており、隠しておく理由が殆ど無意味だからということらしい。
結果的に、ウワサ話は限りなく本当であることが、明らかとなった。
まず間違いないのは、クラーレがこの王都にはいないということ。そして、このシュトル王国内にいるかどうかも怪しいところであると。
そしてファナは、表情に影を落としつつ呟いたのだ。
むしろ、良かったかもしれません。巻き込みたくはないですからね、と。
勿論、その話がウソである可能性も捨てきれはしなかったが、マキトはどうにも本当であるような気がしていた。後で魔物たちにも聞いてみたところ、ファナがウソを言ってるとは思えない、という意見が一致した。
ギルドに戻り、クエストの清算を終えた直後、ファナはすぐさま王宮へ帰った。その後もマキトたちを見張るような視線などは感じず、本当に彼女とはたまたま巡り合っただけなのだと、マキトたちは結論付けたのだった。
「まぁ、じいちゃんのことだから、多分どこかで元気にしてるんだろうな」
「そうですね。わたしたちはわたしたちの旅を続けるのです」
マキトの呟きに、ラティが明るい声で答える。一行は気持ちを切り替え、新たなる旅に向けて気を引き締め、街門へと歩いていくのだった。
そして程なくして、マキトたちは街門に到着した。
まだ早朝ということもあり、冒険者たちが群がっていることもなく、手続きもそう時間はかからないと思われていた。
そこに――
「お、なんか珍しい感じの顔が来ているな」
騎士団の男がひょっこりと顔を出す。その姿に門番の兵士は、驚きながらも慌てて敬礼をするのだった。
「ネ、ネルソン団長! おはようございますっ!」
「おう。朝からご苦労だな。あと、そんなにかしこまらなくても良いぞ」
「そういうわけにはいきません!」
ネルソンと呼ばれた男は、未だ慌てる兵士を宥めつつ、マキトたちに注目する。
「なるほどね。ウワサの魔物使いの小僧ってのは、お前さんのことか」
ニヤリとした笑みを浮かべたネルソンに、マキトたちは彼から若干距離を取りつつ身構える。
「あー悪い悪い。別に取って食おうってワケじゃねぇんだ。俺は単に、朝の見回りで顔を出しただけだからよ」
ネルソンは慌てて両手を上げ、苦笑とともに弁解する。
「出発の邪魔をさせちまって悪かったな。手続きも問題はねぇみてぇだし、早く門を開けてやんな」
「は、はい!」
ネルソンの言葉に、兵士が慌てて門を開ける。そしてマキトたちはネルソンと兵士に見送られ、無事に何事もなく、王都から旅立つのだった。
マキトたちの姿が小さくなるのを見届けたネルソンは、小さなため息をついた。
「行ったか……」
ネルソンは踵を返し、歩き出しながら兵士に言う。
「引き続き、周囲の見張りも兼ねて頼むぞ」
「はっ!」
敬礼する兵士に手を振りながら、ネルソンは顎に手を当てる。何故かさっきから彼の頭の中に、マキトの後ろ姿がチラついて仕方がないのだ。
(なーんか前にもどっかで見たような気がするんだよな……あの魔物を連れた後ろ姿とか、魔物を頭に乗っけてるとことか……それにあの顔もどっかで……)
思考の深い部分まで辿り着きそうになったところで、ネルソンはひっそりと小さな笑みを浮かべた。
(まさかな……多分気のせいだろう。まぁ、そんなことよりも、あの小僧たちが今のうちに王都を出たのは、ある意味正解だったかもしれねぇんだよな)
見た目は静かな王宮を見上げながら、ネルソンは浮かない表情を見せる。
近いうちに、国王と大臣が何かをしでかそうとしている。それはネルソンとエステルは勿論のこと、リックやファナも一致させている意見なのだった。
その何かという詳細は、未だ国王と大臣を含むごく一部しか知らない様子だが、恐らく良い内容ではないだろうと、ネルソンは思っていた。
近いうちにとんでもない嵐が吹き付けてくるのではないかと、本気でそんな不安が過ぎって仕方がない。
(魔物使いの小僧が連れている魔物は、見た感じどれも珍しいモノばかりだった。そのことを国王が知ったら、果たしてどうなっていたことか……)
下手をすれば、率先して何かに巻き込もうとしていたかもしれない。少なくとも興味を持ったことは確かだろう。
あの手この手を使い、なんとしてでも我が王都へ留まらせろ。
国王が玉座に座りながら、そんな指令を自分たちに向ける姿が、ありありと想像できてしまい、ネルソンは思わずほくそ笑んでしまった。
(まぁ、どっちにしても、嫌な予感が拭えねぇのは確かなんだけどな……頼むから何事も起こらないで欲しいもんだぜ、ったくよぉ……)
ネルソンはそう願いながら、王宮へ向かって歩き出した。
その願いが儚いモノでしかないことを、彼はまだ知る由もないのだった。
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