第百二十三話 アリサと王女と魔物使い



「アリサねーちゃーん、はーやーくーっ!」

「ちょ、ちょっと待ってったら!」


 シュトル王都の片隅にある、子供たちが暮らす施設。そこでアリサは、今日も小さな子供たちに振り回されまくっていた。

 十六歳となった彼女も、この施設でずっと暮らしている少女だ。しかし一番の年長ということもあり、先生と呼ばれる施設長の代わりと務めることも多い。

 このまま本当に施設長になるんじゃないかと、周辺の人々からはウワサされているほどなのだった。


「お姉ちゃんもうバテちゃったの? ぜんぜん体力ないね」

「アンタたちが元気過ぎなの!」


 ゼーゼーと肩で荒い息をするアリサを前に、男の子はケロッとしていた。他の集まっている子供たちも、皆疲れている様子を見せていない。

 子供の体力は底なしかと本気で思いたくなってくる。アリサは心の中でそう悪態付きながら、子供たちの輪の中へと入っていく。


「よし、じゃあ鬼ごっこしようぜ!」

「えーっ、それ昨日もやったじゃんか! 今日はかけっこが良いよー!」

「だったら鬼ごっこで良いじゃん。似たようなもんなんだしよー」

「なんだとー!」

「やるか、このやろーっ!」


 二人の男の子が胸倉をつかみ合い、言い争いを始める。そこにアリサが苦々しい表情を浮かべながら、慌てて駆け出した。


「だあぁーっ! ケンカは止めなさあぁーいっ!」


 アリサが無理やり二人を引き剥がす。


「そんなに遊びたければ両方遊べばいいでしょーが!」

『あ、そっかー♪ じゃあそーしよーっ♪』


 見事なまでに声を合わせて、二人の男の子は楽しそうに駆け出す。さっきまでの険悪な雰囲気はどこへ行ってしまったのだろうか。

 そして周囲の子供たちも、特にこれといって驚いている様子はない。この光景もいつものことだからだ。

 正確にはアリサがいてくれるからこそ、子供たちも慌てずに落ち着いていられると言えるだろう。それだけ彼女が信頼されているということなのだ。

 ちなみに底なしに見える子供の体力も、やはり有限ではある。疲れれば皆揃ってお昼寝タイムに突入し、驚くほどの静けさが訪れる。


(よーやく寝てくれたわね……つっかれたぁ……)


 皆が寝静まった姿を見て、アリサは深いため息をつきながらも自然と笑みがこぼれてくる。例えどんなにわんぱくでも、この子たちは大切な存在なのだと、アリサは改めて感じていた。

 アリサは静かに立ち上がり、空いている窓から空を見上げる。青空に流れる白い雲と眩しい太陽、そして少し暖かな風が、程よい心地良さを醸し出していた。


(平和ね……二年前のあの騒ぎが、なんだかウソみたいだわ)


 王都の騎士団と冒険者たちによる、盗賊討伐ミッション。それ以来この二年間、シュトル王国では特に大きな出来事は起こっていない。

 しいて言うなら、あのミッションの後から、国王が何かを熱心に調べているというウワサを聞く程度だろうか。

 恐らくそれこそが、この二年間の静けさを作り出している原因だろうと、アリサは思っている。騎士団や冒険者たちに、実戦訓練と称した何かしらのミッションを国王が定期的に与えるのだが、それも殆どないのだ。

 むしろ国王がうるさく言わない分、のびのびと自主的に鍛えることができて、冒険者たちも楽しく修行が行えている話をアリサは小耳に挟んでいた。

 実のところ、シュトル王都で国王に良い印象を抱いている者は多くない。せいぜい自分の儲けを増やすために媚びを売る、どこぞの商人や貴族ぐらいだ。

 しかしここ最近では、その商人や貴族ですら、自分の儲けは自分でなんとかしなければならないと思い始めている。要するに今の国王はアテにできず、そんなヒマがあるのならば、他国へ売り込んだほうが早いと思い込んでいるくらいなのだ。

 それぐらい今の国王は、完全に国のことなど放ったらかしにしているということであり、それこそ他の国からの評判が下がっていても不思議ではない。

 単なる子供でしかないアリサでさえ、そう思えているのだから、他の町の人々や冒険者は勿論のこと、王宮に務めている人々は、果たしてこの状況をどう思っていることだろうか。


(不安に思う声を聞かないワケじゃないけど……むしろ喜んでる声のほうが多いってのも、また確かなのよね……まぁ、無理もない気はするんだけどさ)


 ため息をつきながらアリサは思う。

 子供たちを連れて買い物に出たりすると、やはり色々な場所で色々なウワサ話を耳にしてしまうのだ。

 店によっては冒険者や王宮の人々も訪れることがあり、そこから雑談を通して、情報が流れることも少なくない。それが秘密であればあるほど、あっという間に流れてしまうというのは、もはやお約束なのだった。

 それもここ二年においては、特に情報が流れやすくなっていると、アリサは常々思っていた。

 流石に聞いたらマズいのではと思いたくなる情報も、至極当然のように王都中に広まっていき、やがてどこぞの貴族が血相を変えて走り回る姿が目立つ。そんな光景も、アリサは子供たちとともに、遠巻きながらに見てきた。

 やはりこの王都は、色々な意味で悪い方向に向かっている気がしてならない。少なくとも、このまま静かな時が続くとは到底思えない。

 苦々しい表情でそう思いながらも、アリサは願わずにはいられなかった。

 どうかシュトル王国が、平和のまま過ぎ去りますようにと。施設の子供たちに、変な危害が加わりませんようにと。


「アリサ。ちょっといいかね?」


 突如声をかけられ、アリサは振り返る。太めの体系で髭を生やし、眼鏡をかけた優しげな笑みを浮かべる男性が、そこに立っていた。

 彼の名はゼン。この施設の長である。

 話があると手招きして来たため、アリサは昼寝をしている子供たちの邪魔にならないよう、廊下へ場所を移す。そしてゼンからの知らせを聞いた。


「え、明日ですか?」

「うん。ギルドから連絡があってね。前々から出していた依頼を、とある冒険者の方が引き受けてくれたそうだ」


「その人たちが、明日ここへ遊びに来ると?」


 アリサの問いかけに、ゼンは頷く。


「なんでもその冒険者は、アリサと同い年の男の子だそうだ。彼らなら子供たちもきっと喜んでくれるだろうと言っていたよ」


 ゼンは嬉しそうにそう言うが、アリサはどことなく浮かない顔をしていた。



 ◇ ◇ ◇



 その翌日、アリサは子供たちとともに、外で件の冒険者を待っていた。

 あれから色々と考えたが、やはりどうしても不安が拭えない。ゼンの話では、その冒険者は快く引き受けてくれたとのことだが、それ自体がアリサには、どうにも信用できないでいた。


(他国から来た冒険者ってのが、どうにも気になるのよね。その人が快く引き受けてくれたってのも、信じがたい話だわ……)


 ゼンから聞いた話によれば、そのアリサの同い年だという冒険者は、スフォリア王国やサントノ王国を渡り歩いているらしい。

 そしてたまたまこの王都へやってきたところを、ギルド嬢がクエストを受けてみないかと勧めたのだとか。

 この時点でアリサは大体の事実が読めていた。

 大方、その冒険者にあれこれ言って、押し付けるも同然に引き受けさせたのだろうと思った。

 施設の子供たちに冒険者としての活動を教えてほしい、という依頼など、そもそも冒険者が好き好んで受けるとも思えない。現にだいぶ前からギルドに依頼申請していたにもかかわらず、全く受けてくれる気配すらなかったのだ。

 クエストを選択できる指定ランクを可能な限り下げても、全く効果は見られず、アリサ自身、とっくに依頼は引き下げられたモノだと思い込んでいた。まさか未だ諦めずに粘っていたとは思わなかった。


(いや、ゼン先生のことだから、きっと普通に忘れていた可能性もあるわね)


 ひっそりとため息をつくアリサの周りでは、子供たちがこれから来る冒険者のことについて話していた。


「どんな人が来るんだろー?」

「せんせーはちょっと変わったボーケンシャだって言ってたよ?」

「でも、わたしたちとは遊びやすいって言ってたよね?」

「楽しみだなぁ。カッコイイ人だといいなぁ……」


 総じて子供たちはワクワクした顔を浮かべているが、アリサはどこか難しそうな表情で首を傾げる。

 ちょっと変わった、とはどういうことだろうか。子供たちと遊ぶのにうってつけな冒険者の職業なんてあっただろうか。

 実際、ギルド嬢がどんな風に説明していたのかを見ていないため、アリサには判断のしようがない。だからこそ、不安が拭えないでいるのだ。

 とはいえ、もうこの施設に来ることは決定している。子供たちに悪影響を与えないような、変な人が来ないことを祈るしかないと、アリサは思うのだった。


「ねぇ、もしかしてあのひとたちかな?」


 子供の一人が声を上げる。指をさした先を見ると、確かに三人ほど、アリサたちのいる方向へ来ようとしていた。


「…………」


 アリサはどう反応して良いか分からなかった。

 一人はローブを深々と羽織っている人物。これについては心当たりがあるため、別に気にするほどでもない。もう一人は頭にバンダナを巻いた少年。恐らく自分と同い年の男の子というのは彼のことだと、アリサは悟った。

 そして三人目。これが一番の大きな疑問点であった。


(何アレ……あんな小さくて羽根を生やした女の子って……)


 少年の周囲を軽やかに飛んでいる存在。明らかに小さすぎる。少なくともヒトがあんな小さいワケがない。少なくとも絶対にヒトではない。だとすれば――


(魔物……かしら? ヒトによく似た魔物もフツーにいるってこと?)


 アリサの中で、それ以外の答えが見出せなかった。そして更に、少年の周囲にいる存在で、他にも気になる部分はたくさんある。

 まずは少年の頭の上、そして左肩から、それぞれしがみついて顔を覗かせている可愛らしい小動物のような存在。そして少年がその胸に抱きかかえている、これまたぬいぐるみのような愛くるしさを醸し出している生き物。

 そして彼らの足元には、ピョンピョンと楽しそうに飛びながら来るスライムが。シュトル王国でもよく見かける青いスライムであった。その様子からして、彼らの仲間であることが容易に想像できる。

 恐らく魔物なのだろうその小動物たちは、羽根を生やした女の子を含め、皆同じ印のようなモノを額に付けていた。

 一瞬、入れ墨かとアリサは思ったが、それもなんか違う気がすると思った。


(それ以前に、あんなたくさんの魔物を連れてるってのも……あっ!)


 ここでアリサは思い出した。二年前、サントノ王国やスフォリア王国で、魔物使いの少年が活躍したという話を耳にしたことを。

 あれだけたくさんの魔物を連れているとなれば、その本人である可能性が高い。そう思ったアリサは、警戒から一転、どこか興味深そうにジッとその少年のことを見つめていた。

 そして、少年たちがアリサたちの前にやってきた。


「おはようございます。今日は彼らとともに、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ。ファナ様もようこそおいでくださいました」


 ローブの人物が深々とお辞儀をすると、アリサも同じようにお辞儀をする。

 そんなやり取りを見ていた少年は、まるでワケが分からなさそうに、キョトンとした表情を浮かべていた。


「ファナ……様?」


 首を傾げる少年に、ローブの人物がフードを取った。ウェーブをかけられた煌びやかで長い金髪が広がり、少年や魔物たちは驚きの表情を浮かべる。


「改めまして、私はシュトル王国で王女を務めている、ファナと申します。マキトさん、そして魔物の皆さま、以後お見知りおきくださいませ」


 ローブの人物ことファナは、ニッコリと微笑みながら自己紹介をする。それに対してマキトや魔物たちは、戸惑うばかりであった。


「ふやぁー、王女さまだったのですかぁ」


 ようやく声を出したのは、マキトの傍らに飛んでいる妖精のラティであった。


「こりゃ驚いたな……まさか王女様だったなんて思わなかった」

「ですよねぇ。私もビックリしちゃったのです」


 マキトに続き、ラティも苦笑を凝らした。ここでマキトが何かに気づいたような反応を見せ、改めてアリサや子供たちに向き直る。


「えっと……ギルドから依頼を受けてきた、冒険者のマキトです」


 やや緊張した様子で、マキトがアリサや子供たちに自己紹介をする。そして足元の魔物たちに視線を落としながら、軽く両手を広げた。


「見てのとおり、こうしてたくさんの魔物を連れてるけど、皆に襲い掛かったりすることは絶対ないから、どうかよろしく頼みます」

「わたしは妖精のラティというのです。これでも立派な魔物なのです」


 ラティの挨拶に続き、他の魔物たちもよろしくーと言わんばかりに元気よく鳴き声をあげる。

 そして、マキトに抱っこされているフォレオも――


『ぼくはフォレオっていうんだよ。みんな、今日はよろしくねー♪』


 楽しげな声で自己紹介をするのだった。もっともアリサや子供たちには、残念ながら聞こえていなかったが。


「さぁ、皆さん。今日は思いっきり遊びましょう!」

『はーいっ!』


 ファナの掛け声に、子供たちは元気いっぱいに返事をするのだった。



 ◇ ◇ ◇



 施設の中庭では、子供たちと魔物たちが楽しそうに走り回る。

 フォレオが大きな四足歩行の獣型に姿を変え、子供たちを乗せて走り回ったり。リムとロップルの頭や体を撫でまわしたり、そしてヒトの言葉が話せるラティとお喋りしたりなど、すっかり施設の子供たちと馴染んでいる様子であった。

 ファナも子供たちとの遊びに参加する中、マキトは休憩がてら、アリサと二人で話していた。


「ファナ様は、時々ああして、お忍びで来てくださるのよ」


 女の子たちにお城での出来事を話すファナに、アリサは視線を向ける。


「子供たちが楽しそうにできているのも、全てはファナ様のおかげ。本当に感謝してもしきれないわ」

「そっか」


 施設を継続させるにも、子供たちを育てるにも、お金がどうしてもたくさん必要となってくる。子供たちの居場所を失わせないために、ファナが施設の援助に力を貸しているとのことであった。

 とはいえ、ファナはあくまで王家の血を引いているだけの身に過ぎず、次期国王である兄のリックに比べ、発言権はそれほど強くない。

 実際、施設の援助もかなり無理をしているようであると、アリサは見ていた。

 リックも全面的に協力する姿勢を見せてくれているからこそ、国王や大臣の説得もなんとか行えている状態ではあるらしいが、果たしてそれがいつまで問題なく続くことか。

 最悪の事態も想定しておかないといけないと思っているが、それは自分の胸の中に留めておこうと、アリサは思っているのだった。


「それにしても、まさか本物の魔物使いに会えるなんて、思ってもみなかったわ」


 アリサがそう切り出すと、マキトはわずかに笑みを落とした。


「やっぱりこの国でも、魔物使いはまだ一人もいない感じか?」

「少なくとも私は見たことがないわね」

「そっか……」


 なんとなく予想していたかのように、マキトは小さな苦笑を見せる。

 すると、女子の一人がマキトの連れてきたスライムを抱っこしながら、男子たちに声をかけた。


「ねー、男子たちもスライムちゃんと遊んであげなよー!」

「やだよ! スライムなんて弱っちいじゃんか!」


 見事なまでにバッサリと言い切られた。落ち込んだスライムが女子の腕の中から飛び降り、そのままマキトのところまで飛び跳ねながらやって来た。


「ピィ……」

「気にするなよ。ちゃんとラームが強いってのは分かってるから」


 スライムことラームは、マキトの励ましもあまり効いてない様子であった。アリサは気まずそうに視線を逸らしながら、マキトに言う。


「えっと……なんか、ゴメン……」

「ま、仕方ないさ。そう思われるのも無理はないってな」


 これも今に始まったことではなかった。普通の青いスライムは、魔物の中でも最弱と見なされることが多い。そこはマキトもラームも、覚悟はしていたつもりでいたのだ。

 もっとも楽しい気分からの不意打ちには、流石に耐えられなかったらしいが。

 マキトがラームを優しく撫でているところに、ファナが子供たちを連れて歩いてきた。


「マキトさん。この子たちが、マスターと魔物ちゃんたちとの冒険話を聞きたいそうですよ」


 ファナの言葉に、子供たちはうんうんと頷きながら、表情を輝かせる。そして何人かが我慢できなかったらしく、早速マキトに詰め寄ってきた。


「ファナさま以外の王女さまと会ったってホント?」

「森の賢者さまのことも聞いてみたい!」

「魔物ちゃんたちとどうやって出会ったの!?」

「なんでもいいから教えてー!」


 次々と飛び交ってくる子供たちの言葉に、マキトもアリサも戸惑うばかりで対応しきれない。

 あまりにも勢いが凄すぎて、普通に驚くような問いかけが含まれていたことに、アリサは気づけないでいた。


「分かった分かった。とりあえず、この二年間のことを軽く話してみようか」


 両手を軽く前に掲げ、子供たちを興奮をなんとか抑えながら、マキトがそう提案してみると、子供たちは更に笑顔を輝かせた。

 フォレオたちと遊んでいた男子たちも呼び寄せ、マキトとラティが中心となり、これまでの旅路を話し始めるのだった。


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